学位論文要旨



No 212690
著者(漢字) 古川,知成
著者(英字)
著者(カナ) フルカワ,トモナリ
標題(和) 生物学的計算による非弾性構成則
標題(洋) Inelastic Constitutive Laws Using Biological Computation
報告番号 212690
報告番号 乙12690
学位授与日 1996.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12690号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢川,元基
 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 教授 宮,健三
 東京大学 助教授 吉村,忍
 東京大学 助教授 奥田,洋司
 東京大学 助教授 古田,一雄
内容要旨

 これまで、多様な材料が設計者たちのニーズに応えるために開発されてきた。これら材料はしばしば繰り返し荷重、高温、高圧、放射線なとの厳しい環境にさらされるため、変形挙動を精度よく評価するためには非弾性解析が必要不可欠である。そこで、様々な材料モデルが提案され、研究されてきた。一般にこれらの構成方程式は、陽に数学的に記述され、内部に多数のパラメータが含まれている。これらの従来の構成方程式の問題点は、

 (1)モデルが複雑になればなるほどパラメータを決定するのが難しい。

 (2)モデルは現象学的に構築されているため、モデル誤差を常に伴う。

 これらの問題の原因は、材料が非線形物質であることに他ならない。

 一方で、近年自然現象に基づく計算手法が非線形問題のための非線形解法として注目を集めてきている。そこで本論文では、自然の一部である生物からアイデアを得た生物学的計算手法を用い、上に示した問題点を克服することを目的とする。

 問題点(1)に関しては、これまで様々な数理計画法がパラメータを決定するための最適化手法として提案されてきたが、これら全てに共通する点として、探索点の初期値の取り方により解が発散したり、振動したり、局所解に陥る可能性があることである。本研究では、生物学的計算手法の中で、生物の進化に基づく進化的アルゴリズム(EAs)を最適化手法として用いることを提案する。進化的アルゴリズムの中でもっとも幅広く用いられているのは確率演算を用いながら解を効率よく探索する遺伝的アルゴリズム(GAs)であるが、材料パラメータのように連続値を取るものに関しては遺伝的アルゴリズムは効率が悪い。そこで、本研究では連続探索空間のための進化的アルゴリズムを提案し、その有効性を検証した。Fig.1に見られる多峰性目的関数の最適化テストにおけるパフォーマンス、計算時間、メモリ消費量をFig.2-4に示す。明らかに全てにおいて提案するアルゴリズムが遺伝的アルゴリズムよりよいことが分かる。

図表Fig.1 多峰性目的関数 / Fig.2 パフォーマンス(最小値0) / Fig.3 計算時間 / Fig.4 メモリ使用量

 本アルゴリズムをChabocheモデルの材料パラメータの同定に応用して得られた曲線を、実験データと比較してFig.5に示す。モデル誤差が含まれているものの良好な曲線が得られていることが分かる。また、同じ問題を数理計画法で解いたところ、探索点の初期値の取り方により、解が発散したため、本パラメータ同定手法の有効性が改めて確認された。

 次に問題点(2)については、モデルが陽に記述される限り、モデル誤差を取り払うことはできない。そこで、生物の脳をヒントに構築された階層型ニューラルネットワークをモデルとして用いることを提案する。ニューラルネットワークは入出力データが与えられれば、それらを学習することにより、自ら写像を構築することができる。材料の非弾性挙動は動力学的にとらえられるため、材料モデルとしてのニューラルネットワークは、任意に動力学モデルを記述できる状態空間法に基づいて定式化している。

 本ニューラルネットワークがChabocheモデルを模倣できるかについて、行った実験結果をFig.6に示す。明らかにニューラルネットワークが、材料モデルとして用いることができることがわかる。よって、従来のモデルでは記述することのできない複雑な材料挙動も、陽に記述しないニューラルネットワークモデルでは可能であると思われる。

図表Fig.5 実験データと本手法により得られたChabocheモデルの曲線 / Fig.6 Chabocheモデルのデータとニューラルネットワークモデル

 最後にまとめとして、本論分では従来の材料モデルの問題点を克服するために、生物学的計算手法を用い、その有効性が確認された。

審査要旨

 本論文は、材料の様々な挙動を表すために提案されてきた従来の材料非弾性構成則の問題点に着目し、生物の自然現象に基づく非線形計算手法を応用したものであり、10章で構成されている。

 第1章では、構造解析における非弾性構成則の重要性を述べ、その現状と諸問題を明らかにしている。そして、それら諸問題に対し、いかなる経緯で生物学的計算が必要となるのかを述べ、本論文の研究目的としている。また、本論文で扱う数学記述法について略記している。

 第2章では、本論文を読む上での基礎事項として、非弾性理論に触れ、それに基づき提案された数々の非弾性構成則を紹介している。

 第3章では、従来の材料非弾性構成則の最初の問題点として、構成則が複雑になればなるほどその内部パラメータを決定するのが難しいことを挙げ、この問題を克服するための布石として、パラメータ同定について概観している。さらに、これまでに提案されたパラメータ同定法を紹介している。その中で、パラメータ同定問題がパラメータ最適化問題に変換できることを述べている。

 そこで第4章では、パラメータ最適化手法の定義から、これまでどのような最適化手法が提案され、各々がどのような問題点を持っているのかについて触れている。その中で、最もロバストな最適化手法として生物学的計算手法の一つである進化的アルゴリズムを挙げ、量も頻繁に用いられてきた遺伝的アルゴリズムを紹介している。

 第5章では、遺伝的アルゴリズムが材料の内部パラメータのような連続ベクトルを決めるのに用いられる場合、あまり効率的な計算手法でないことに言及し、このような連続探索空間問題に適した進化的アルゴリズムを提案している。また、遺伝的アルゴリズムとの比較を行い、提案した手法の方があらゆる面から有効であることを、数値例を用いて検証している。

 第6章では、有効性が確認された本進化的アルゴリズムを実際のパラメータ同定問題に応用している。また、提案した手法を先に提案されてきた材料パラメータ同定法と比較することにより、有効性を再確認し、本論文の前半部の結論としている。

 第7章では、従来の材料非弾性構成則のもう一つの問題点として、構成則が現象学的に構築されているため、モデル誤差を常に伴うことに着目し、この問題を克服する手法として、生物学的手法の一つである階層型ニューラルネットワークの基礎について最初に触れている。さらに本章では、ニューラルネットワークが内部に近似関数を構築する際の数学的背景について言及している。

 第8章では、モデル誤差のない非弾性構成則として、ニューラルネットワーク自体を用いることを提案している。そのために、まず状態空間法について紹介し、非弾性構成則を状態空間法で記述している。さらに、状態空間方程式をどのようにニューラルネットワークに構築するかについて述べている。そして、提案したニューラルネットワークが従来の構成則の一つであるChabocheモデルを模倣できるかについて実験を行い、従来の構成則として用いることができること検証している。

 第9章では、ニューラルネットワークに基づく非弾性構成則を材料実験データから構築し、その性能を評価している。結論として、6章で用いられた実験結果と同じものであることから、ニューラルネットワーク構成則が、最適なパラメータを持つ従来の構成則よりもモデル誤差が少ないことを示している。

 第10章では、3章から6章まで説明した最適パラメータとともに従来の構成則を用いることと、7章から9章まで説明したニューラルネットワーク構成則を用いることのどちらが適しているかについて考察している。そして、実験データが多く得られる場合にはニューラルネットワーク構成則を、あまり得られない場合には最適な内部パラメータを持つ従来の構成則がいいのではないかという結論を示し、エンジニアにそれぞれの問題を考慮した上での選択を委ねている。

 以上を要約すると、本研究はこれまで非弾性構成則の研究において深刻とされてきた問題を、生物学的計算を用いることにより克服したものである。

 以上、本論文はシステム量子工学、特に新しい非弾性構成則の方向を提案、検証した研究として、材料力学、構造力学、機械力学、計算力学等に与えた貢献は大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位論文請求論文として合格と認められる。

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