学位論文要旨



No 212692
著者(漢字) 宗像,文男
著者(英字)
著者(カナ) ムナカタ,フミオ
標題(和) 層状銅ペロブスカイト酸化物における材料物性と不定比性に関する研究
標題(洋)
報告番号 212692
報告番号 乙12692
学位授与日 1996.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12692号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 柳田,博明
 東京大学 講師 岸本,昭
内容要旨

 酸化物高温超伝導体の発見を契機に層状銅ペロブスカイト酸化物における新物質探索や材料設計技術の開発が進められた。このような新規な複合酸化物の材料設計において、材料機能発現の基礎となる電子状態や結晶構造の知見は特に重要となる。そこで、層状銅ペロブスカイト酸化物の材料物性、特に低温や高温での輸送現象及び感ガス特性及び結晶構造変化に注目し、それらに及ぼす元素置換や酸素不定比性の影響について検討した。本論文では、結晶化学的特徴である不定比性を活用することにより、層状銅ペロブスカイト酸化物の電子状態や結晶構造の特徴を把握し、材料設計を行う上での基礎的知見を得ることを目的とし研究したものをまとめたものである。

 第1章は「緒言」であり、本研究の行われた背景と意義及び本研究の目的について述べると共に研究の概要を説明した。

 第2章の「層状銅ペロブスカイト酸化物における高温電気伝導」は、三層ペロブスカイト構造を有するYBa2Cu3O7-y、Eu1+xBa2-xCu3O7-yと、Bi系232構造を有するBi2Sr2Ca1-xYxCu2O8+y、Bi2Sr1.5Ca1.5-xYxCu2O8+y及びK2NiF4型類似構造を有するNd2-xCexCuO4-yの高温電気伝導に対する元素置換と酸素不定比性の影響について検討した。

 三層ペロブスカイトは、酸素欠損が導入されやすい酸素不定比性の強い酸化物であり、この酸素欠損量により電気伝導が金属的状態から半導体的挙動へ変化し、この時のキャリアは電気抵抗率の酸素分圧依存性からホールであると考えられた。また、陽イオンの部分置換に伴い電気抵抗率の酸素分圧依存性と温度依存性が大きく変化し、置換イオンと酸素イオンとの相互作用が示唆された。

 232構造を有するBi2(Sr、Ca、Y)3Cu2O8+yでは、三層ペロブスカイト酸化物に比べ、高温電気伝導に対する酸素欠損効果は小さいが、その挙動は三層ペロブスカイトに類似していた。さらに、Cu1+とCu2+の共存する酸化状態でもキャリアであるホールが安定に存在することから、CuとOが関与した新しい伝導機構が考えられた。また、結晶構造中のSr/Ca比の変化により、Y置換に対する電荷補償の形態が変化する事が考えられた。

 K2NiF4型類似構造を有するNd2-xCexCuO4-yでは、高温電気伝導の酸素分圧依存性から、キャリアが電子であることが示唆された。特に、Nd1.85Ce0.15xCuO4-yでは、典型的な抵抗率最小の温度領域が存在し、低温域の半導体的伝導から高温域の金属的伝導へ変化することを見い出した。さらに、NdサイトのCeイオン置換効果として、超伝導発現に重要な電子の注入を行うのと同時に、酸素欠損により導入された電子をトラップしてしまう事が考えられた。

 第3章の「Bi系銅酸化物超伝導体における物性と不定比性」は、Bi系232構造を有する銅酸化物に右いて、構成元素や合成条件の超伝導特性への影響や、常伝導状態の輸送現象、結晶構造への影響について検討した結果についてまとめたものである。特に、新たに見いだされたSrを含まないBi系232構造を有するBi2Ca3-xLnxCu2O8+y(Ln=希土類元素)の合成と超伝導特性等の材料物性が調査された。また、Bi系銅酸化物超伝導体における構成元素の違いが、不定比性を通して結晶構造変化やBi系特有の変調構造、さらに超伝導や熱電能等の輸送現象にどのような影響を与えているかをまとめた。

 Bi系の新超伝導体の探索においては、Srを含まないBi系新超伝導体を見い出し、特にBi2Ca2.5(Ln、Ln*)0.5Cu2O8+y(Ln、Ln*=希土類元素)で希土類元素のイオン半径の違いにより過剰酸素量が変化し、超伝導遷移温度に影響を及ぼす事が明らかとなった。また、この系ではBi系に特有な変調構造も構成元素や酸素不定比性により変化せず、特徴的な整合変調構造(周期m=9b)を有していた。同時に、BiサイトのPbによる部分置換によっても変調構造は変化せず、超伝導特性のみが劣化した。さらに、HIP処理による酸素の導入を試みたが、2212構造が壊れ超伝導特性の改善は見られなかった。また、酸素不定比性の電気伝導に及ぼす影響についての検討結果から、常伝導状態におけるキャリアがホールであり、このホール濃度変化が、金属-半導体転移を発現させることを見い出された。さらに、CuとO間の電荷移動がキャリア濃度を変化させ、超伝導特性や常伝導機構に関与するという伝導モデルを提案した。

 Bi2Sr2Ca1-xYxCu2O8+yでは、Y置換に伴う正方晶-斜方晶の構造変化に及ぼす酸素不定比性の効果が調査され、酸素量yの減少がオルソロンビスティーの減少を誘発する事が明らかとなった。また、Bi2Sa2-xLaxCaCu2O8+y系はLa置換により構造変化がみられないことから、Y置換系の正方晶-斜方晶構造変化の格子欠陥モデルとして過剰酸素とYイオンとの相互作用による会合モデルを提案した。次に、Y置換及びLa置換により変調構造がどのように変化するか調査され、還元処理による酸素量の減少が変調構造の緩和をもたらすことからBi-O層内の過剰酸素による変調構造発現モデルが支持された。これらの結果に基づき、Bi系232構造における酸素不定比性の起源として、Bi-O層とCu-O層の二つが考えられた。

 このような特徴を有するBi2Sr2Ca1-xYxCu2O8+yについて熱電能測定を行い、キャリアの電子状態について調査した。その結果、酸素量の変化によりBi2Sr2CaCu2O8+yのゼーベック係数の符号が負から正に反転するという挙動が見られ、この挙動からフェルミ面形状が二次元的であり、尚且つファンホープ特異点の存在が符号反転の起源であると考えられた。また、半導体領域の温度依存性から伝導機構が広範囲ホッピング伝導によると考えられた。

 これまで述べてきた系に加え、Bi2-xPbxSr2Ca1Cu2O8+yについても検討した。これらの結果からBi系232構造を有する酸化物では、Cu-O層の酸化状態が超伝導遷移温度に密接に関係し、Bi-O層の酸化状態は変調周期に関連することが明らかとなった。しかし、変調周期とBi-O層の酸化状態は一対一の対応関係を示さなかった。

 第4章の「層状銅ペロブスカイト酸化物における感ガス特性」は、三層ペロブスカイト系とBi232系におけるNO、NO2、N2O及びCOの各ガスに対する感ガス特性について、置換元素及び酸素欠損の効果に注目し検討した結果をまとめた。

 このような層状銅ペロブスカイトにおいて、NO及びNO2は酸化物表面に正電荷吸着する事により酸化物中に電子を注入し、ホール濃度を減少させ抵抗を増大させていると考えられた。また、N2Oにおいては、600K以下の温度領域で酸化物表面への化学吸着が、それ以上の温度領域で酸素空孔の規則-不規則転移に伴う酸素空孔を介した酸化反応が、各々の抵抗変化に関連していると考えられた。これらの結果から、層状銅ペロブスカイト酸化物はNOxセンサーとして用いることが可能であることを見い出した。

 第5章は「総括」であり、本研究を要約し、得られた研究成果を総括した。

 これまで述べてきたように、陽イオンの部分置換と酸素不定比性という結晶化学的手法を用い、層状銅ペロブスカイト酸化物における物性的特徴の把握を進め、以下の結論が得られた。

 (1)結晶構造における配位構造と陽イオンの部分置換により、電気伝導を担うキャリアの種類が変化する。さらに、陽イオンの置換サイトにより、陽イオンー酸素イオン間の相互作用が発生し、結晶構造変化が誘発され、酸素不定比性の変化と同時に電気伝導機構も変化する。

 (2)p型伝導体である層状銅ペロブスカイト酸化物は、電荷移動型電子構造を有し、O2p上のホールが電気伝導を担っており、このO2p軌道は、層状構造を反映した擬二次元的電子状態である。また、低キャリア伝導体であるため、キャリア濃度や温度の連続的変化に対して金属-半導体転移を示す。

 (3)層状銅ペロブスカイト酸化物は、低キャリア伝導体であり、尚且つ、伝導をO2p軌道上のホールが担うことにより反応性ガス、特にNOxに対する優れた感ガス性能を示す。

 このように層状銅ペロブスカイト酸化物における擬二次元的電子状態及び結晶構造中の格子欠陥を制御する上で、不定比性という結晶化学的特徴を利用する事は非常に有効であった。さらに、この酸化物群の電子状態と格子欠陥構造を活かしたガスセンサーとしての応用は、今後の新しい応用分野として期待された。

審査要旨

 本論文は、高温超伝導特性を示すことで知られる層状銅ペロブスカイト酸化物に関して、結晶化学的特徴である不定比性に着目し、機能発現の基礎となる電子状態や結晶構造の特徴を把握し、材料設計を行う上での基礎的知見を得ることを目的として研究したものである。特に、低温や高温での輸送現象、感ガス特性などの材料物性と結晶構造の変化に及ぼす、元素置換や酸素不定比性の影響を中心に検討した結果をまとめている。

 本論文は全5章から構成される。第1章は緒言であり、本研究の行われた背景と意義及び本研究の目的について述べるとともに、研究の概要を説明している。

 第2章は、層状銅ペロブスカイト酸化物の高温電気伝導に対する元素置換と酸素不定比性の影響について検討した結果を述べている。三層ペロブスカイト型銅酸化物は酸素欠損が導入されやすい酸素不定比性の強い酸化物であり、この酸素欠損量により電気伝導が金属的挙動から半導体的挙動へ変化し、この時のキャリアは電気抵抗率の酸素分圧依存性からホールであることを示している。また、232構造を有するBi2(Sr,Ca,Y)3Cu2O8+yでは、Cu1+とCu2+の共存する酸化状態でもキャリアであるホールが安定に存在することから、三層ペロブスカイト型とは異なる伝導機構を推定している。K2NiF4型類似構造を有するNd2-xCexCuO4-yでは、キャリアが電子であることが示され、さらに、NdサイトのCe置換を行うと、超伝導発現に重要な電子の導入が行われると同時に、酸素欠損により生じた電子の一部をトラップしてしまう可能性を示唆している。

 第3章は、Bi系232型銅酸化物について、新超伝導体の探索とともに、構成元素や合成条件による酸素不定比性の変化、およびその超伝導特性、常伝導状態での輸送現象、結晶構造への影響について検討した結果を述べている。Srを含まないBi系の新超伝導体であるBi2Ca2.5(Ln,Ln*)0.5Cu2O8+y(Ln、Ln*=希土類元素)を見いだし、この物質では希土類元素のイオン半径の違いにより過剰酸素量が変化し、超伝導遷移温度に影響を及ぼす事を明らかにしている。Bi系に特有な変調構造に関して、この系では構成元素や酸素不定比性により変化しない特徴的な整合変調構造を有すること、および酸素量の変化により金属-半導体転移を発現することを明らかにしている。また、Bi2Sr2Ca1-xYxCu2O8+yの正方晶一斜方晶の構造変化に対する酸素不定比性の影響を調べ、酸素量の減少が結晶の斜方晶化度の減少を誘発すると同時に、変調構造の緩和をもたらすことを明らかにしている。これより、Bi系232型銅酸化物における酸素不定比性の起源としてCu-O層とBi-O層の二つが考えられ、変調構造はBi-O層内の過剰酸素と密接に関連することを明らかにしている。また、ゼーベック係数の測定から、半導体領域の伝導機構は広範囲ホッピング伝導であることを示し、酸素量の変化によりゼーベック係数の符号が負から正に反転する現象をファンホープ特異点の存在と関連づけて説明している。

 第4章は、三層ペロブスカイト系とBi232系におけるNO、NO2、N2OおよびCOの各ガスに対する感ガス特性について、置換元素及び酸素欠損の影響から検討した結果を述べている。NOおよびNO2では主として酸化物表面に正電荷吸着することにより抵抗が増大することを示している。また、N2Oにおいては、600K以下の温度領域で酸化物表面への化学吸着が、それ以上の温度領域で酸素空孔の規則-不規則転移に伴う酸素空孔を介した酸化反応が、抵抗変化に関連することを示している。これらの結果から、層状銅ペロブスカイト酸化物のNOxガスセンサーへの応用を提案している。

 第5章は総括であり、本研究で得られた成果と結論をまとめている。

 以上、本論文は、層状銅ペロブスカイト酸化物における電子状態、結晶構造、格子欠陥構造と不定比性との相関を調べ、材料物性を支配する要因とその機構を解明したものである。その成果は、層状銅ペロブスカイト酸化物の材料設計、およびこの酸化物群の物性を活用した応用分野の展開に関して、多くの新しい知見を与えるものであり、工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50978