学位論文要旨



No 212693
著者(漢字) 古積,博
著者(英字)
著者(カナ) コセキ,ヒロシ
標題(和) 石油タンクの火災性状の研究
標題(洋)
報告番号 212693
報告番号 乙12693
学位授与日 1996.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12693号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 教授 田村,昌三
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 助教授 堤,敦司
 東京大学 助教授 鶴田,俊
内容要旨

 石油タンク火災に対する消防活動及び消防法等の石油タンクの保安規制法、防災指針等の技術基準作成のためには、火災から周囲への放射熱に関する知見を得ることが重要である。本研究では、放射熱と深い関係のある火災性状として、火災から生じる煙に注目した。煙の生成量や煙の性状に関しては、これまで十分なデータが無くて、定性的な議論に留まることが多かった。そこで、火災から生じる煙を採取し、周囲への放射熱との関係を中心に知見を得、石油タンクの火災性状を明らかにすることが本研究の主目的である。

 そのために、ヘプタン及び原油を燃料として、直径Dが0.3mから6mまでの容器において、放射熱に関係のある基本的な火災性状である、燃料の燃焼速度V、平均火炎高さHf、火炎温度等を測定した。D=6mの火炎内の等温線を求めると、火炎側壁直上部分から火炎中心部へ向かって高温域が存在することが判る(図1)。この領域では、周囲からの流入空気が燃料蒸気と反応し、また、この高さまでで、反応に必要な空気量の2倍程度の空気が火炎内に流入して、大部分の燃焼反応は終了しているが、このことを、火炎内気流速度、ガス組成の結果からも明らかにした。この上側では、燃焼反応によって生じた燃焼ガス、煙が存在し、火炎外への放出が見られた。そこで、火炎の部分毎の放射発散度EをIRカメラを使って求めた。その結果、Eは火炎全体で一様ではなく、火炎基部からの放射が大きいことが判った。Dが大きい時、火炎の大部分は煙で覆われ、ファイアーボール的に形成される発光部が、H/Hf=0.5付近の高さにおいて、数秒毎に出現するが、平均的に見れば、生成した煙が、火炎全体を覆い、火炎は火炎基部以外は見ることが出来なくなった。

 煙の生成は、火災から周囲への放射熱を減らすことが知られている。そこで、煙生成量の多い原油を燃料として、火炎の放射発散度の分布及び放射発散度と容器直径の関係について調べた(図2)。その結果、H/Hf=0.1〜0.3付近の高さに放射発散度のピークがあることが判った。この結果は、前述した火炎温度、ガス組成の結果とも一致する。また、火炎の平均放射発散度Eは、D<3mにおいては、Dの増加と共に増加し、概ねD=3mにおいて、最大となり、D≧3mでは、Dの増加と共に減少した。

図表図1 へブタンの6m容器の火炎の温度分布 / 図2 原油の火炎の放射発散度の分布と容器直径依存性、Hf=平均火炎高さ

 これらの現象を明らかにするために、いくつか予測モデルが、実験結果をもとに提案されているので、これについて検証した。代表的なモデルである一様火炎モデルは、燃料表面を底面、火炎高さを高さとする円筒を考え、その放射発散度を一定として、放射を考えるものである。煙による遮へい現象を除いては燃料表面と受熱面の高さが大きく異なる場合等、現実のタンク火災にも適用可能である。一方、Dが大きく、煙による遮へいがある場合、同モデルの結果からはずれる。そこで、火炎下部からの放射発散が卓越しているという部分放射発散度の測定結果をもとに簡便なモデルを提案したところ大規模火災実験の結果と概ね合致した。

 また、現実の石油タンクは、複数のタンクが、防油堤に囲まれていることが多く、その火災は、火災形態も複雑になるが、最大燃焼面積(防油堤)に相当する単一タンクの火災として放射熱計算を行っても構わないことを明らかにした。

 次に、火炎から生成する煙量について検討した。図3は、原油及びヘプタンを燃料とした場合の火災からの無次元煙生成量とDの関係である。は、Dが大きくなると大きくなる。また、原油は、ヘプタンの約10倍の煙生成のあることを示した。

 火災から発生する煙粒子は、火炎が小さい場合、粒子直径、初期粒子直径が小さく、かつ、比較的均一な煙粒子が主として火炎頂部より放出される。一方、火炎が大きくなると、粒子直径、初期粒子直径が大きく、かつ、その分散が大きい煙粒子が、火炎中部からも放出され、その結果、火炎基部を除く火炎全体を覆い、周囲への放射熱を抑制することを明らかにした。

 大規模タンクの大部分は、原油を貯蔵しているが、原油タンクの火災の場合、ボイルオーバーと呼ばれる長時間の火災の後に、爆発的な燃焼現象が起こることがある。これは、燃料層中に高温層と呼ばれる領域が形成し、それが、タンク下層に存在する水層に触れることで起こる。ボイルオーバーが起こるまでの時間、その激しさ及びボイルオーバー後の未燃残さ量等は、高温層の降下速度uと燃料の燃焼速度vの差(u-v)に支配されることを、実験的に明らかにした。図4は、直径1mの容器で燃料層厚さ100mmの場合の燃料層内の温度の変化を表しているが、高温層が時間と共に成長し、その温度も上昇する様子が判る。ここでは、点火32分後に激しいボイルオーバーが起き、定常燃焼時の放射熱の数十倍になった。同じ混合物でも灯油の場合、高温層の形成は見られず、激しいボイルオーバーが起こらなかった。重油は、両者の中間的な傾向にあるが、場合によっては、ボイルオーバーが起こる可能性は残っていることが判った。

図表図3 煙収率の容器直径依存性 / 図4 原油火災中の液内温度分布(1m容器)

 以上の結果をまとめると、(1)石油タンク火災から生じる無次元煙生成量は、容器直径Dが大きくなると共に増加する。D≧3mの場合、火炎中部からも煙が放出されて、周囲への放射熱を抑制すること、(2)その結果、大規模石油タンク火災からの放射熱は大部分が火炎下部から発せられ、火炎上部からの放射熱は無視可能であること、(3)防油堤火災は、同じ面積を持つ単一タンク火災として放射熟を推定出来ることを明らかに出来たことが、主要な成果である。そして、これらの結果をもとにより効率的な消防活動が期待出来る。

審査要旨

 本論文は、「石油タンクの火災性状の研究」と題し、石油タンク火災による損害の軽減に資するために、石油タンク火災の性状を詳細に調べた結果についてまとめたもので、7章からなっている。

 第1章は、「序論」で、石油タンク火災に関する研究の必要性に続いて従来の石油タンク火災の性状に関する知見を概観し、本論文にまとめた研究の目的及び位置づけを行っている。

 石油タンク火災についての危険度評価には、火炎からの熱放射、ボイルオーバーの発生の予測が重要であるが、これまで行われてきたそれらの現象の予測の基礎となる科学的知見が不足しており、信頼できる危険度評価ができなかったことを指摘している。本研究では、その目的を、それらの現象の詳細を明らかにし、現象予測の基礎となる科学的知見を充足することにおいている。

 第2章は、「実験装置及び方法」であり、本研究を進めるにあたって用いた、実験装置及び実験方法について述べている。

 この種の実験には、大きさや形式の異なる各種の石油タンクモデル、野外実験場、屋内実験場など、モデル石油火災実験を行うための施設が必要であり、場所や施設が研究実施の重要な鍵となる。本研究は、日本の消防研究所及び米国のNISTの施設などを利用して、進められたものである。また、本研究では、この種の研究に通常用いられる、映像記録装置、温度計、分析装置、コーンカロリメータを用いて火災の諸性状を計測し、解析した他、サーモパイル型放射計および高速熱画像装置を用いて火炎からの熱放射及びその変化を、カスケードインパクターおよび走査型電子顕微鏡によって煙粒子の諸特性を計測し、解析している。

 第3章は、「単一石油タンクの火災性状」で、単独の石油タンクの火災性状について調べた結果について述べている。

 直径の大きいタンクでは、火炎の高さは、変動してはいるが、直径の1.5倍程度であり、火炎からの熱放射の大部分は、タンク基部からのものであることを指摘している。このよう状況下では、一様火炎モデルを用いて熱放射の計算をするとすれば、火炎高さを直径の0.5倍としてよいとしている。また、直径3mを超える場合には、直径とともに外部への熱放射の強さは減少するが、これは、煙がタンク基部以外の火炎全体をおおうためであるとしている。

 第4章は、「防油提火災性状」で、防油提内に石油が漏洩し、そこで火災になった場合を想定した研究結果について述べている。

 防油提内にタンクがあり、タンク内の石油とその外部の防油提内に漏洩した石油が同時に燃焼する場合には、熱放射の強さは、防油提内にタンクが無い場合より幾分小さくなること、防油提内に近接する4つのタンクがあり、同時に火災となった場合についての実験では、4つの火炎が融合し、燃焼速度と火炎高さが増加することなどを示している。

 第5章は、「石油タンク火災からの煙の生成」で、石油タンク火災において発生する煙の性状について調べた結果について述べている。

 煙収率は、タンク直径が3m程度まで、直径とともに大きくなり、煙粒子直径は、タンクの直径とともに大きくなるという結果を得ている。また、大規模火災で火炎からの熱放射の強さがタンクの直径とともに急激に減少するのは、煙収率の増加よりも、むしろ火炎外に放出される煙によるためであるとしている。

 第6章は、「石油タンクのボイルオーバー現象」で、石油タンク火災の終末期に起こるボイルオーバー現象の発生機構について調べた結果について述べている。

 原油のように多種類の炭化水素の混合物を貯蔵しているタンクの火災の場合、火災の終末期には、高沸点の留分が残り、高温になった留分の下層の水がこれに触れて沸騰を起こし、ボイルオーバーとなるが、その際の外部への熱放射の強さが定常燃焼時の10倍以上になることがあるという結果を得ている。また、A重油ではボイルオーバーが起こるが、ガソリンでは起こらないこと、石油の種類により起こり易さが異なることなどを指摘している。

 第7章は、「結論」で、本研究で得られた結果をまとめ、その実用面での活用について述べている。

 以上要するに、本研究は、石油タンク火災による損害の軽減に資するため、石油タンク火災の性状について調べ、石油タンク火災の危険性評価に必要ではあるが、これまで不足していた、科学的知見を得ることを試みたものである。本研究で得られた結果は、火災科学ならびにシステム安全工学に貢献するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53936