学位論文要旨



No 212694
著者(漢字) 土橋,律
著者(英字)
著者(カナ) ドバシ,リツ
標題(和) 伝ぱ火災に発生する乱れに関する研究
標題(洋)
報告番号 212694
報告番号 乙12694
学位授与日 1996.02.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12694号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 河野,通方
内容要旨

 燃焼によりエネルギーを取り出す時、効率をより向上し、また排出物等による環境への負荷をできるだけ低減するために、適正な燃焼の制御が必要である。また、ガス爆発事故等の、燃焼による災害の適切な防御をおこなうためにも燃焼現象の的確な制御の知識が必要である。燃焼器やガス爆発事故などの現実の場において見られる火炎には、たいていの場合乱れの存在が観察される。しかしながら、火炎に発生する乱れの発生、成長機構についてはまだ十分に解明されているとはいえず、その制御方法も確立されてはいない。したがって、燃焼の的確な制御をおこなうためには、火炎における乱れの発生に関して十分に把握する必要がある。

 火炎の乱れの発生原因には、流れ場や濃度分布など予混合気条件によるものと、火炎が自発的に乱れる不安定性によるものが考えられるが、不安定性によるものは予混合気の条件のようにあらかじめ存在しているものではないため見落とされがちであるが影響が大きく、また十分に解明されていない部分が多い。火炎の不安定性の中でも、圧力波の通過により火炎が不安定化(Body force instabilityによる)する現象は、大きな効果を持つにもかかわらず現状では十分に解明されていない。そこで、本研究では圧力波の通過により伝ぱ火炎に発生する乱れの特徴や発生成長機構を明確にすることを目的とした。

 本研究では、伝ぱ火炎に圧力波を通過させる実験をおこない、発生した火炎の乱れを観察、解析した。特に火炎の乱れの観察において、これまでほとんど実現不可能であった2方向からの高速度シュリーレン写真の同時撮影をおこなった(図1参照)。また、火炎面先端に垂直な方向からの観察には、光ファイバーを用いて光源を点火位置近傍に設置した形式のシュリーレン撮影系を、新しく開発し使用した(図1)。この新しい撮影系により2方向同時観察が可能になった。また、この撮影系では光軸上に観察対象の火炎のみを置くことが可能であり、正確なシュリーレン画像が得られる利点を持つ。

図1 実験装置(シュリーレン光学系)

 結果としてこれまで明確でなかった、以下の点を新しく明らかにした。

 (1)圧力波の通過により生じる火炎の乱れは、火炎面先端に垂直な方向から観察すると円形をしていることが観察された(図2)。火炎面先端の接線の方向からの同時観察結果と総合すると、圧力波の通過により生じる火炎の乱れの立体構造は、スパイク状の形状であることが明らかになった(図3a)。

図2 2方向から観察した火炎の乱れ図3 火炎の乱れの構造

 (2)圧力波の通過により発生する火炎の乱れのスケールを、種々の条件の混合気において測定した。乱れのスケールは1〜5mm程度であり、濃度変化に対しては理論混合比の時にスケールが小さくなり、初期圧力変化に対しては圧力が小さいとスケールが大きくなる傾向があることがわかった(表1)。

表1 測定した火炎の乱れのスケール

 (3)圧力波の通過により発生する火炎の乱れのスケールは、火炎の厚さ(本研究においては予熱帯厚さで評価した)と強い相関があることが明らかになった(表1)。火炎の乱れのスケールは、火炎の予熱帯の厚さのほぼ12〜14倍となっている(図4)。

図4 予熱帯厚さと乱れのスケールの関係

 (4)圧力波の通過により火炎に乱れが発生すると、空間内の圧力上昇速度が非常に急激に増大することがわかった。

 (5)圧力波の通過により発生する乱れはスパイク状の立体構造をしている一方で、選択拡散機構により発生する乱れは溝状の立体構造をしている(図3)ことを2方向観察により確認した。この結果は、火炎の乱れの発生成長機構が異なると、発生する火炎の乱れの構造に差異が生じることを示唆している。

審査要旨

 本論文は、「伝ぱ火炎に発生する乱れに関する研究」と題し、ガス爆発の威力ならびに間欠型燃焼装置の特性と密接な関係にある、伝ぱ火炎に発生する乱れについて調べた結果をまとめたもので、11章からなっている。

 第1章は、「序論」で、火炎に発生する乱れに関する研究の必要性および対象として伝ぱ火炎を選んだ理由について述べ、続いてこれまでに行われてきた研究を概観し、本研究の位置づけを行っている。

 第2章は、「火炎の乱れの発生成長機構」であり、本研究の主題である、火炎、特に予混合伝ぱ火炎に発生する乱れの特徴、挙動、発生機構などについてまとめ、本研究の具体的な目標を明確に示している。

 燃焼器やガス爆発事故などにおける火炎は、そのほとんどにおいて、乱れていることが知られており、その乱れが、燃焼を促進し、燃焼器の性能やガス爆発時の被害と密接に関係していると推定されているにもかかわらず、火炎の乱れの発生・成長機構については、不明な点が多い。本研究では、加速により発生・増幅する火炎の乱れの構造およびスケールが予混合気の種類や濃度とともに変化する様子を詳細に調べ、予混合気の種類や濃度がこの種の火炎の乱れの発生に及ぼす影響およびこの種の火炎の乱れと選択拡散により発生する火炎の乱れの待徴の差を明らかにすることに目標を置いている。

 第3章は、「実験装置と方法」で、本研究を進めるにあたって用いた、実験装置及び実験方法について述べている。

 本研究では、予混合伝ぱ火炎を加速し、その挙動をシュリーレン装置によって観測するという実験を行ったが、このような実験を適切に実施するために、燃焼器の構造を、火炎が伝ぱ開始から一定の時間後に加速するようなものとしていること、火炎に乱れが発生し、成長する過程を、火炎の進行方向に対し直角方向と平行方向の2方向から同時に観測できるようにしていることなど、多くの新しい考え方に基づいた、装置設計ならびに計測を試みている。

 第4章から第10章までは、実験結果および考察で、火炎の挙動、圧力変動、乱れの構造、混合気の種類と濃度の効果、初期圧力の効果、火炎の乱れのスケール、選択拡散により発生する火炎の乱れとの比較について、得られた結果を整理、検討している。

 三次元的に観測することにより、火炎が加速した場合に発生する乱れは、未燃焼混合気が既燃焼混合気の中に、先が細くなった円柱状、すなわちスパイク状になって、突き出し、伸びていって、形成されることを明確にしている。また、火炎伝ぱ方向と同軸方向から撮影したシュリーレン像により、この乱れのスケールは、1〜5mm程度であり、圧力あるいは混合気の種類や濃度に強く依存することを示している。さらに、これらの結果を検討し、乱れのスケールが層流予混合火炎の予熱帯の厚さと強い相関があることを推定し、具体的に、前者は後者の12〜14倍となっていることを示している。

 今回の研究対象とした加速場に発生する火炎の乱れの特徴を明確に把握するたすけとする目的で、このようにして発生する火炎の乱れを選択拡散の影響が著しい場合に発生する火炎の乱れと比較し、前者はスパイク状をしているのに対し、後者は溝状であることを示している。この結果により、火炎の乱れの発生・成長機構が異なると、発生する乱れの構造に差異が生じることを示唆している。

 これらの成果は、火炎に発生する乱れについて、その形状や挙動、それらに及ぼす可燃性気体の特徴や混合比による影響など、燃焼学において、これまで曖昧であった多くの部分に、信頼できる新しい知見を加えるものとして評価できる。また、それらの知見は、ガス爆発対策や燃焼器の性能向上のための基礎知識としても重要である。

 以上要するに、本研究は、加速場において予混合伝ぱ火炎に発生する乱れについて詳細に調べ、その特徴を明らかにしたものであり、燃焼学ならびに化学システム工学に貢献するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53937