学位論文要旨



No 212695
著者(漢字) 花田,英夫
著者(英字)
著者(カナ) ハナダ,ヒデオ
標題(和) 真空筒回転式絶対重力計の開発とそれによる重力変化の観測研究
標題(洋) Development of an Absolute Gravimeter with a Rotating Vacuum Pipe and Study of Gravity Variation
報告番号 212695
報告番号 乙12695
学位授与日 1996.02.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12695号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村田,一郎
 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 教授 瀬川,爾朗
 東京大学 助教授 渡辺,秀文
 東京大学 助教授 大久保,修平
内容要旨

 重力絶対測定はもともと物理学や計測学の分野で関心が持たれてきた測定であるが、地球物理学の分野でも重要な測定の一つになる可能性を持っている。任意の時刻、場所の重力加速度を決められる絶対重力計は、全地球規模の長周期や経年的の重力変化を捉えられる唯一の装置である。重力変化、とくに長周期や経年的な重力変化は地球全体の変動、例えば、地球回転、コア・マントル境界の変動等に関連するものが多く、それらの積分量である重力変化を正確に観測することによって、地球全体の平均的な運動、物性、構造に対する強い拘束条件を得ることができる。長周期の観測以外に、相対重力計の感度を決めることも重要な目的の一つである。

 絶対重力計を地球物理学に応用する、つまり、地球上のある場所の重力値を決めるだけでなく、地球内部の変動に関係する重力変化をとらえるためには、長期間安定した重力絶対値を測定する必要がある。古い世代の絶対重力計は1個の測定値を得るのに大変な労力を要し、必ずしも重力変化の検出には適していなかった。国内に於て、精度の点でも、連続観測性の点でも重力変化の観測に不十分であった状況の中で、自動観測可能な高精度の絶対重力計を開発した。近代的な絶対重力計の原理は、真空中を自由落下するコーナーキューブプリズムの加速度を、原子時計の刻む時間とレーザ干渉計が測定する落下距離とから求めるものである。

 開発方針としては、複雑な機構、とくに、トラブルを生じやすい、落下した光学素子を再び持ち上げる機構を排除し、変わりに、回転による遠心力を利用した落下機構を開発した。系統誤差を無くすために、1)系統的な機械振動を生じることなく、かつ、落下中の回転速度が小さい落下装置、2)落下中の回転の影響を最小限にするための、落体の重心と光学的中心を一致させる方式、3)脈動等の長周期の振動を位相遅れなく正確に記録して補正する方式、4)落下中に生じる干渉縞信号の位相から落下距離を正確に求める方式、等を開発し採用した。とくに、落体の水平軸まわりの回転の影響を極力減らすために、落体の重心と光学的中心とを10m以下まで合わせられる方式を考案し、これによって、落体の回転速度が約3度/秒以上に大きくなっても、10-8の重力測定は保証されるようになった。

 上記の開発の結果、個々の測定値のばらつきが約20Gals(2×10-7ms-2)以下で15分毎に測定値が得られる独自の方式の装置を完成させた(真空筒回転式絶対重力計)。物理量の絶対値を決めるのに、1方式だけでは危険であり、互いに系統差のチェックを行うためにも、今回の、独自の方式の絶対重力計の存在意義は大きい。これによって、約400個のデータセットの平均値を用いて、1Galの重力変化を議論できるようになった。真空筒回転式絶対重力計を用いて、国立天文台水沢観測センターの江刺重力観測室において、約1年間の測定を継続することができ、その解析結果から、以下の結論が得られた。

 1)地球潮汐と海洋潮汐による重力変化の振幅は、Wahrによる1066A地球モデルについての周波数依存性を持ったLove数に基づいた地球潮汐の理論値と、同地球モデルに基づいた荷重Green関数を用いて計算した海洋潮汐による重力変化の和と1%以下の精度で一致した。

 2)1994年12月28日の三陸はるか沖地震(M7.5)後数カ月間に約15Galsの重力減少がみられ、それ以外の期間では、3〜10Gals/年の割合の重力増加傾向にあった。

 3)極運動に対する重力変化が検出され、1)で用いたLove数から予想される重力変化と20%の精度で一致した。

審査要旨

 本論文は、6章からなる。第1章はこの研究に関連する従来の研究の紹介と本研究の意義、第2章は測定装置開発の概要、第3章は誤差要因の解析、第4章は重力変化を引き起こす地球物理学的現象についての分析、第5章は測定結果の解析と考察、第6章は本研究のまとめと将来の展望について述べている。

 第1章では、地球上任意の場所・時刻の重力加速度を測定できる絶対重力計は、全地球規模の長周期、あるいは、永年的な重力変化をとらえ得る唯一の装置であり、それによって、地球全体の平均的な運動・物性・構造に対するつよい拘束条件をあたえることができる点、また、測定精度と連続観測性の両面で国内の絶対重力観測がきわめてとぼしい状況の中で、自動観測可能な高精度絶対重力計を開発した点を本研究の意義として強調している。

 一般に、重力絶対測定は、落下物体の落下加速度を測定することで行われるが、第2章では、本研究で開発した、真空筒回転式絶対重力計の装置としての特徴が解説されている。落下した光学素子の落下開始点への再セット機構を真空槽内から排除し、代わりに、回転による遠心力を利用したセット機構を開発した点は、本装置の大きな特徴である。これによって、従来、手動で行っていた重力絶対測定の自動観測を実現し、重力時間変化をとらえることを可能にした意義は大きい。また、系統誤差をなくすために開発した、落体の重心と光学中心を合致させる手法、脈動等の長周期地盤振動に対する位相無遅延補正方式、落下中に生じる光干渉縞信号の位相データを利用した落下距離計測など、諸種の独創的着想とそれらの実現過程についても述べられている。

 第3章では、重力絶対測定において問題となる誤差要因を詳細に検討し、それらの影響量を定量的に推定している。地震計の固有周期と減衰定数に誤差のある場合、えられた振動記録から地盤振動の加速度成分を推定する際の誤差は、本研究によって初めて明確に定量的に評価できるようになったものである。それにより、重力絶対測定の精度向上に対する一つの指針が得られた。また、落体の光学中心が重心からずれている場合、落体の回転によって100gal以上の大きな系統誤差を生じる可能性がある点も、実験・理論の両面で、本研究によりはじめて明らかにされた。これらは、今後、絶対重力計間の器差の原因を究明するうえで重要な観点をあたえたものである。

 第4章では、長周期あるいは永年的な重力変化を引き起こす地球物理現象を、局所的なものから全地球規模のものまで系統的にしらべ、それぞれについて定量的な重力変化モデルを構築している。最後に、それらの結果を変動の時間幅に対して期待される重力変化の大きさとして、あるいは、その変化率として一つの図にまとめている。この重力変化モデルにより絶対重力計による観測で検出できる現象が明白になった。

 第5章は、本研究で開発した真空筒回転式絶対重力計をもちい、地盤の安定した岩手県江刺において、約1年間連続観測した結果とその解釈にあてられている。

 この中で、変動が約5Gal(5×10-8ms-2)の海洋潮汐による重力変化、および、長周期の領域でさらに小さな振幅である気圧変動による重力変化、極運動による重力変化を検出した点から、この重力計が、半日・1日周期の潮汐変化から1年以上の長周期変動まで、ひろい帯域にわたってGal(相対精度10-9)の水準の精度と安定性とをもっていることが結論できる。さらに、1年間の観測結果の中にあらわれている1年あたり約4Galの重力増加は、絶対重力計によってはじめて観測された太平洋プレートの沈み込みにともなう重力変化である可能性が高い。また、偶然、観測期間中に起きた三陸はるか沖地震の影響も明瞭にとらえ、最近注目されている「ゆっくり地震」や、東北日本周辺のプレート境界地震の実態を明らかにする上で貴重なデータを提供した。

 これらの長周期重力変化の観測結果から、この絶対重力計が地球内部の構造や状態の研究のための有力な装置であることが明らかになった。

 第6章で、今回の開発研究がGalの精度実現の目標を達成したと結論し、さらに将来の発展と、そのための方策について述べている。

 以上のように、本研究では、独自の方式の絶対重力計を開発し、それまで困難であった自動重力絶対観測を可能にし、それをもちいて、海洋潮汐や極運動による重力変化を検出した。また、いままで検出困難であった長期微小な重力変化をとらえる可能性を高めた。本研究の地球科学に対する寄与はきわめて大きいものがある。よって、本審査委員会委員一同は、全員一致で本論文が本学の博士(理学)の学位を授与するに値するものと認定した。

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