No | 212696 | |
著者(漢字) | 才木,桂太郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サイキ,ケイタロウ | |
標題(和) | 大腸菌ヘムO合成酵素の発見と反応機構の研究 | |
標題(洋) | Discovery and reaction mechanism of the heme O synthase in Escherichia coli | |
報告番号 | 212696 | |
報告番号 | 乙12696 | |
学位授与日 | 1996.02.19 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 第12696号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 呼吸鎖酵素,ヘモグロビン,ミオグロビン,カタラーゼ,ベルオキシダーゼ等の蛋白の補欠分子族として、ヘムは、生体の酸素代謝に必須の鉄錯体化合物である。プロトヘムIX(ヘムB)はこれらの蛋白質の補欠分子族として最も普遍的に存在し、その生合成酵素群は詳細な研究がなされいる。一方、真核生物,真正細菌の呼吸鎖酵素に特異的に含まれるヘムAやヘムOは、ヘムBのテトラピロール環の修飾によって生合成されることが示唆されているが、その生合成酵素の同定はなされていない。ヘムOは、ヘムBの環状テトラピロール環の2位のビニル基が2-ハイドロキシエチルファルネシル基に,ヘムAは、ヘムOの8位のメチル基がフォルミル基に置換された構造を持つ(図1)。大腸菌においてヘムOは、末端酸化酵素bo複合体に特異的に存在するヘムである。ヘムO生合成の解明は、酸素分圧の高い対数増殖初期に優先的に発現される本酵素複合体の分子集合・活性調節を研究する上で興味深い知見を提供すると思われる。 大腸菌末端酸化酵素bo複合体は、5つのORF(cyoABCDE)から構成されるcyoオペロンによってコードされており、その精製酵素複合体は、それぞれ1分子のヘムB,ヘムO,銅原子(CuB)を持つ。最後の読み枠cyoE遺伝子は、その相同な遺伝子が酵母ミトコンドリアや好気的細菌においても、末端酸化酵素複合体の機能的発現に必須な遺伝子としてクローニングされているが、その機能的役割は不明であった。私は、分子生物学・生化学的解析が迅速に行なえる大腸菌の系を用いて、CyoE蛋白の機能を解明することを試みた。 CyoE蛋白は7個の推定膜貫通領域と大きな細胞質側のループを持つ疎水性蛋白質である(図2)。CyoE蛋白ホモローグで保存されている23個の保存性アミノ酸の内、18個が細胞質側ループの領域にある(図2)。そこでこの特徴的な細胞質側ループの欠失変異蛋白6種を作成すると共に、保存性アミノ酸全てを含む計40種のアミノ酸のアラニンスキャンニングを行なった。その結果、6種全ての欠失変異と23種のアラニン置換CyoE蛋白が、シトクロムbo複合体の酵素活性を完全に消失することを見い出し、CyoE蛋白の3つの機能ドメイン(1,2a,2b)を推定した(図2)。これらの機能欠失株から調製した細胞質膜標品は、一酸化炭素結合スペクトルの吸収低下と特徴的な赤色シフトを示し、高スピンヘム部位での異常を示した。更に、△CyoE,D65A,Y120A,W172A変異bo複合体の部分精製標品は同様の分光学的性質を有すると共に(図3)、野生型の精製酵素に見られるヘムOがこれらの変異CyoE酵素で完全に欠落していることが明らかとなった。以上の結果、CyoE蛋白の機能欠損が、bo酵素複合体の活性型であるヘムBO型を不活性型であるヘムBB型に変換することを明らかにした。 cyoE遺伝子をtacプロモーターの下流につないだプラスミドpTTQ18-cyoE-2を構築し、cyo遺伝子欠失株でCyoE蛋白を過剰発現をさせた。IPTG誘導によって細胞質膜画分に特異的に発現している26kDaの蛋白質が観察され、抗LacZ-CyoE融合蛋白質血清と反応することから、CyoE蛋白であると同定し、その細胞内局在が細胞質膜であることを示した。この細胞質膜標品からヘムを抽出し逆相HPLCで分離解析したところ、対照膜では見られないヘムOが観察された(図4)。以上の結果、CyoE蛋白質の発現に伴ってヘムBが特異的にヘムOに変換されることが示唆された。 好熱性細菌PS3のCyoEホモローグであるCaaE蛋白は、2分子のヘムAを含むcaa3-型シトクロムc酸化酵素の構造遺伝子オペロンに隣接したcaaE遺伝子によってコードされており、CyoE蛋白と35%の相同性を有する。caaE遺伝子を大腸菌cyoオペロンのcyoE遺伝子と置換した単コピーベクターは、両末端酸化酵素が欠失し大腸菌株の好気的増殖能を相補した。膜標品を用いた分光学的解析から、cyoABCD-caaEオペロンは機能的なシトクロムbo複合体を発現しており、CyoE蛋白とCaaE蛋白は機能的に相同な蛋白質であることが明らかとなった。また、caaE遺伝子をtacプロモーターの下流につないで大腸菌で過剰発現させると、その細胞質膜標品には、24.5kDaの蛋白質の発現と、ヘムOの蓄積が観察された。更にこの膜標品はIn vitroのヘムO合成反応において、耐熱性のヘムO合成活性を持つことを明らかにした(図5)。以上の結果、CyoEおよびCaaE蛋白が共にヘムO合成酵素であることを明らかにし、ヘムOがヘムA生合成経路における中間生成物であることを示唆した(図5)。 1966年にLynenらは、構造上の推定からヘムAの2位の17炭素骨格がファルネシル2リン酸に由来するというモデルを提唱している。実際、CyoE蛋白質のアスパラギン酸に富んだ機能必須残基を含む領域ドメイン1(図2)には、ポリプレニル転移酵素やポリプレニル二リン酸縮合酵素の推定ポリプレニル二リン酸結合モチーフとホモロジーがあり、CyoE蛋白とファルネシルニリン酸(EPP)との結合部位を示唆している。そこで、CyoE蛋白を過剰発現した細胞質膜標品を用いて、in vitroヘムO合成系の構築を試み、ヘムOが外来性のヘミン(酸化型のヘムB)塩酸塩とFPPから合成されることを明らかにした(図6)。以上の結果、FPP/Mg2+複合体から生じたファルネシルカチオンがヘムBの2位のビニル基に親電子的に付加する反応機構によりヘムOが生成する反応モデルを提唱した(図7)。また、cyoオペロンのcyoABCD遺伝子がbo複合体のサブユニットを、cyoE遺伝子がbo複合体の機能に必須なヘムOの合成酵素をコードしており、bo複合体の機能的発現を効率良く制御しているという新しい分子集合モデルを提示した(図8)。 | |
審査要旨 | ヘムOは、ヘムBの環状テトラピロール環の2位のビニル基が2-ハイドロキシエチルファルネシル基に置換された構造を持つ。大腸菌においてヘムOは、末端酸化酵素bo複合体に特異的に存在するヘムである。ヘムO生合成の解明は、酸素分圧の高い対数増殖初期に優先的に発現される本酵素複合体の分子集合・活性調節を研究する上で興味深い知見を提供すると思われる。 大腸菌末端酸化酵素bo複合体は、5つのORF(cyoABCDE)から構成されるcyoオペロンによってコードされており、その精製酵素複合体は、それぞれ1分子のヘムB,ヘムO,銅原子(CuB)を持つ。最後の読み枠cyoE遺伝子は、その相同な遺伝子が酵母ミトコンドリアや好気的細菌においても、末端酸化酵素複合体の機能的発現に必須な遺伝子としてクローニングされているが、その機能的役割は不明であった。 本研究において,才木桂太郎は、分子遺伝学および生化学の手法を駆使してCyoE蛋白の機能を解明することを試み,本蛋白が新規酵素,ヘムO合成酵素であることを発見し,その酵素的性質ならびに反応機構を解明した.成果の概要を以下に要約する. CyoE蛋白は7個の推定膜貫通領域と大きな細胞質側のループを持つ疎水性蛋白である。CyoE蛋白ホモローグで保存されている23個の保存性アミノ酸の内、18個が細胞質側ループの領域にある。そこでこの特徴的な細胞質側ループの欠失変異蛋白6種を作成するとともに、保存性アミノ酸全てを含む計40種のアミノ酸のアラニンスキャンニングを行なった。その結果、6種全ての欠失変異と23種のアラニン置換CyoE蛋白が、シトクロムbo複合体の酵素活性を完全に消失することを見い出し、CyoE蛋白の3つの機能ドメイン(1,2a,2b)を推定した。これらの機能欠失株から調製した細胞質膜標品は、一酸化炭素結合スペクトルの吸収低下と特徴的な赤色シフトを示し、高スピンヘム部位での異常を示した。更に、△CyoE,D65A,Y120A,W172A変異bo複合体の部分精製標品が同様の分光学的性質を有するとともに、野生型の精製酵素に見られるヘムOがこれらの変異CyoE酵素で完全に欠落していることを明らかにした。以上の結果、CyoE蛋白の機能欠損が、bo酵素複合体の活性型であるヘムBO型を不活性型であるヘムBB型に変換することが明らかとなった。 cyoE遺伝子をtacプロモーターの下流につないだプラスミドpTTQ18-cyoE-2を構築し、cyo遺伝子欠失株でCyoE蛋白を過剰発現をさせた。IPTG誘導によって細胞質膜画分に特異的に発現している26kDaの蛋白質が観察され、抗LacZ-CyoE融合蛋白質血清と反応することから、CyoE蛋白であると同定し、その細胞内局在が細胞質膜であることを示した。この細胞質膜標品からヘムを抽出し逆相HPLCで分離解析したところ、対照膜では見られないヘムOを認めた。以上の結果、CyoE蛋白の発現に伴ってヘムBが特異的にヘムOに変換されることが示唆された。 好熱性細菌PS3のCyoEホモローグであるCaaE蛋白は、2分子のヘムAを含むcaa3-型シトクロムc酸化酵素の構造遺伝子オペロンに隣接したcaaE遺伝子によってコードされており、CyoE蛋白と35%の相同性を有する。caaE遺伝子を大腸菌cyoオペロンのcyoE遺伝子と置換した単コピーベクターは、末端酸化酵素が欠失している大腸菌変異株の好気的増殖能を相補した。膜標品を用いた分光学的解析から、cyoABCD-caaEオペロンは機能的なシトクロムbo複合体を発現しており、CyoE蛋白とCaaE蛋白は機能的に相同な蛋白質であることが明らかとなった。また、caaE遺伝子をtacプロモーターの下流につないで大腸菌で過剰発現させると、その細胞質膜標品には、24.5kDaの蛋白質の発現と、ヘムOの蓄積が観察された。更にこの膜標品はIn vitroのヘムO合成反応において、耐熱性のヘムO合成活性を持つことを明らかにした。以上の結果、CyoEおよびCaaE蛋白がともにヘムO合成酵素であることを明らかにし、ヘムOがヘムA生合成経路における中間生成物であることを示唆した。 先に述べたように,CyoE蛋白のアスパラギン酸に富んだ機能必須残基を含む領域(ドメイン1)は、ポリプレニル転移酵素やポリプレニル二リン酸縮合酵素の推定ポリプレニル二リン酸結合モチーフとホモロジーがあり、本酵素とファルネシル二リン酸(FPP)との結合部位を示唆している。そこで、CyoE蛋白を過剰発現した細胞質膜標品を用いて、in vitroヘムO合成系の構築を試み、ヘムOが外来性のヘミン(酸化型のヘムB)塩酸塩とFPPから合成されることを明らかにした。以上の結果、FPP/Mg2+複合体から生じたファルネシルカチオンがヘムBの2位のビニル基に親電子的に付加する反応機構によりヘムOが生成する反応モデルを提唱した。また、この結果に基づき,cyoオペロンのcyoABCD遺伝子がbo複合体のサブユニットを、cyoE遺伝子がbo複合体の機能に必須なヘムOの合成酵素をコードしており、bo複合体の機能的発現を効率良く制御しているという新しい分子集合モデルを提示した。 以上の諸成果は,従来機能が不明であったCyoE蛋白が新規酵素ヘムO合成酵素であることを明確に示し,その反応機構を解明した.さらに,本研究は,大腸菌末端酸化酵素bo複合体の生合成と活性発現機構に重要な知見を加えたものであり,審査委員は全員一致して,博士(理学)の学位にふさわしい業績であることを認めた.なお,本論文第3-6章は安楽泰宏他5名(論文目録に記載済み)との共同研究であるが,論文提出者が主体となって実験計画および実施を行ったことを確認している. | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/53938 |