McCullaghは、1932年にラットの生殖巣除去を行うと脳下垂体が肥大することを発見し、生殖巣から分泌されて脳下垂体の肥大を抑制する水溶性因子が存在することを提唱した。インヒビンと名付けられた、この因子の単離および遺伝子解析の結果、インヒビンは分子量18kDの鎖と14kDの鎖がジスルフィド結合してできたヘテロダイマーで、TGF-スーパーファミリーに属する分子であることが判明した(Guilleminら、Valeら,1985)。インヒビンは、脳下垂体における黄体形成ホルモン(LH)の合成や分泌にほとんど影響を与えずに、ろ胞刺激ホルモン(FSH)の合成および分泌を抑制する生理活性をもつ。一方インヒビンの精製過程で、インヒビンとは逆にFSHの分泌を促進する因子が偶然見いだされ、アクチビンと名付けられた。アクチビンはインヒビン鎖の2量体であるが、この鎖にはホモロジーの高いA、Bの2種が存在するため、その組み合わせからアクチビンA(AA)、アクチビンAB(AB)、アクチビンB(BB)の3つのイソ型が存在する(Guilleminら、Valeら,1986)。その後、ヒト白血病細胞から分泌される、フレンド赤芽性白血病細胞を赤芽球へと分化誘導する因子(赤芽球分化因子、EDF)が、アクチビンAと同定された(江藤ら,1987)。アクチビンAおよびB鎖メッセンジャーRNAが哺乳類の各種臓器で発現している事実(Meunierら,1988)、さらにはアクチビンAがアフリカツメガエルの予定外胚葉細胞に対して中胚葉組織を分化誘導する作用のあることが発見される(浅島ら,1989)に至り、アクチビンはFSH分泌の調節ホルモンとして作用するのみならず、生物の発生分化に関わる非常に重要な生理活性をもつ因子、という新たな概念が展開した。 本論文は序論に続き、本論3章および結論から構成されており、第1章ではマウスフレンド細胞に対するアクチビンによる赤芽球分化誘導、第2章ではツメガエル脳下垂体におけるアクチビンの局在性を論じ、第3章ではツメガエル卵巣におけるアクチビンの卵母細胞への輸送機構および胚におけるアクチビンの分布について述べた。 第1章では、フレンド細胞を赤芽球へと分化させる因子がアクチビンAであるという報告に端を発し、ブタ卵胞液から精製された3種類のイソ型アクチビンABおよびBの分化誘導活性を、アクチビンAと比較した。マウスF5-5フレンド細胞株における赤芽球分化誘導活性検定の結果、イソ型アクチビンAとABは、共にアクチビンBより5倍高い活性を示すことがわかった。これらアクチビンのひきおこすF5-5細胞株の赤芽球への最大分化率は平均約70%であり、ED50(最大分化率の半分の活性を与える濃度)は、1.8〜8.3 ng/mlであった。また、ウシ卵胞液から単離されたアクチビンA鎖モノマーには、アクチビンAの約1/10程度の活性しか見られなかった。一方インヒビンにはアクチビンの1/500程度の活性しか存在せず、アクチビンと共に投与した場合でもインヒビン自身は赤芽球分化を抑制しなかった。これらの結果から、F5-5細胞株においては、脳下垂体と違ってインヒビンがほとんど生理活性を持たないこと、またアクチビンA鎖を含むダイマー構造が赤芽球分化誘導活性に重要であることを示唆された。次にこの赤芽球分化誘導活性が、アクチビンに特異的であるかどうかを調べるため、各種成長因子によるF5-5細胞株に対する赤芽球分化活性を検定した。その結果TGF-1および2、塩基性および酸性繊維芽細胞成長因子、エリスロポイエチン、インターロイキン-3、表皮成長因子、神経成長因子、血小板由来成長因子、ソマトスタチン等の各種成長因子には本細胞株に対する分化活性は全く見いだされなかった。このためフレンド細胞を用いた赤芽球分化誘導活性はアクチビン特異的であり、アクチビンの検出にきわめて有効な生物検定試験法であることが明らかとなった。また、アクチビンに加え、all-transおよび13-cisレチノイン酸にも共に1 M投与時に最大分化率約35%を示す赤芽球分化誘導活性が新たに見いだされた。さらにアクチビンと混合投与することにより、all-transレチノイン酸はnMオーダーの投与で最大分化率を90%以上に高める効果を発揮した。アクチビンによるフレンド細胞の特異的赤芽球分化誘導活性を検定法として、次にアフリカツメガエルの各種臓器の粗ホモジネートを逆相高速液体クロマトグラフィーにより分離し、アクチビン活性の存在の有無を調べた。その結果、脳下垂体由来の抽出液中に、標準アクチビン試料とほぼ同一の溶出位置にアクチビン活性の存在が検出された。この結果、脳下垂体には湿重量1gあたり28.6ngのアクチビンが含まれていることが明らかとなった。 前章で、両生類アフリカツメガエル脳下垂体中に内在性のアクチビンの存在が見出されたことから、第2章ではツメガエル脳下垂体におけるアクチビンA鎖およびB鎖の局在性を免疫組織化学的に明らかにした。アクチビンA鎖(残基番号95-107)およびB鎖(残基番号94-107)の各カルボキシル末端合成ペプチドを抗原としてウサギに免疫した。得られた2種の精製抗アクチビンウサギボリクローナル抗体は、両抗原ペプチド間に55%のアミノ酸相同性があるにも関わらず、交差性は見られず、両抗体は酵素標識免疫吸着測定法(ELISA)プレート上でアクチビンAおよびアクチビンB分子をそれぞれ選択的に認識した。これらの抗体を用いて免疫組織化学を行うと、脳下垂体前葉の全域において強いアクチビンB鎖の抗原性が見いだされた。それに対してA鎖の抗原性はB鎖に比べると有意に弱かった。これらのシグナルは、過剰量のペプチド存在下で抗体を吸収すると消失し、抗原特異的であることが確認された。次にパラフィンおよびロイクリル樹脂の連続切片を各種抗ウシガエル脳下垂体ホルモン抗体と抗アクチビンB鎖抗体で染色し、両者の局在性の異同を比較した。その結果、生殖腺刺激ホルモン(FSHおよびLH)分泌細胞、成長ホルモン(GH)分泌細胞および、甲状腺刺激ホルモン(TSH)分泌細胞の3種の細胞にB鎖抗原性が見いだされ、プロラクチン(PRL)分泌細胞、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)分泌細胞はB鎖陰性であった。脳下垂体中葉も陰性だが、脳下垂体後葉は陽性であった。また、電顕免疫組織化学実験においては、各種抗ウシガエル脳下垂体ホルモン抗体を用いて分泌顆粒を、大きさおよび電子密度によってタイプ分けした後、抗アクチビンB抗体で染色して、アクチビンB鎖がいずれの顆粒に局在するかを同定した。その結果、FSHおよびLH顆粒、GH顆粒、およびTSH顆粒の中にアクチビンB鎖抗体のシグナルが観察された。それに対して、PRL顆粒やACTH顆粒中にはシグナルは検出されなかった。これらの結果は、B鎖が、FSHおよびLH、GH、TSHを産生する各細胞で作られ、それぞれの顆粒から分泌されることを示唆した。さらに本結果は、脊椎動物においてTSH分泌細胞中のアクチビンBの局在を初めて証明した。 ツメガエルの未受精卵および初期胚には、前章で見出されたアクチビンBを含む3種類のイソ型アクチビン(A、ABおよびB)が、その結合蛋白質すなわちフォリスタチンと共に検出されている。しかし、アクチビンメッセンジャーRNAが卵母細胞および初期胚より検出されていないことから、アクチビンタンパク質がどのようにして卵に取り込まれているかは不明であった。最後の第3章では、卵へのアクチビンの輸送機構、および胚におけるアクチビンの局在性を明らかにし、ツメガエルにおける中胚葉誘導機構の基礎的知見を与えた。まずツメガエル成体から血清を採取し、非還元条件下で電気泳動後、PVDF膜にタンパク質を転写した。次に放射性ヨウ素でラベルしたアクチビンAおよび、フォリスタチンをこのPVDF膜に反応させると、メス血清由来の試料から両タンパク質が結合する分子量22万のバンドが検出された。これに対してオス血清由来の試料には同様なバンドは検出されなかった。さらにTGF-やインヒビンによる結合も調べると、両者はいずれの血清試料ともほとんど結合しなかった。このことから、メス血清中の分子量22万のタンパク質へのアクチビンAおよびフォリスタチンの結合は特異的なものと考えられた。このバンドを膜から切り出して気相プロテインシークエンサーによりN末端アミノ酸配列を決定すると、得られた14アミノ酸残基の配列は卵黄主要タンパク質の前駆体であるビテロゲニンと完全に一致した。分子量および、このバンドがSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動においてメス血清試料中に特異的に見られたことと考えあわせると、このバンドはビテロゲニンであると同定された。そこで新たに、抗アクチビンB鎖(残基番号67-80)および抗フォリスタチン(残基番号122-135)抗体をウサギに作らせ、さらに前章で作成した抗アクチビンA鎖抗体を加えたこれら3種類の抗体を用いて卵巣組織における免疫組織化学および電顕観察を行った。その結果、いずれの抗体も卵母細胞全域を染め、卵黄小板内にシグナルが観察された。シグナルの強度はフォリスタチンが最も強く、アクチビンB、アクチビンAの順に弱くなった。いずれのシグナルも抗体をあらかじめ各抗原ペプチドで吸収することにより消失した。以上の結果から、アクチビン、およびフォリスタチンは、最初、卵巣のろ胞細胞において合成され、次に肝臓で合成され血流にのって卵巣に到達したビテロゲニンと結合し、卵母細胞に取り込まれ、最終的に卵黄小板の成分となる経路が存在することが示唆された。さらに初期胚におけるアクチビンの分布を調べたところ、アクチビンAおよびB鎖の両シグナルは胚の全域に観察された。ステージ別の染色では胞胚から原腸胚期にかけて原腸陥入を起こす細胞群に他と比べやや強い染色が観察されたが、背腹方向における染色性の有意な差は見られなかった。これは胚内のアクテビンの分布についての最初の報告である。In vitroの系において高濃度のアクチビンは予定外胚葉細胞に対して背側中胚葉を誘導し、低濃度のアクチビンが腹側中胚葉を誘導することが知られている。卵黄小板中のアクチビンが、いかにしてフォリスタチンと離れて、細胞外に分泌されるのかが、大きな問題であり、このアクチビンの活性化機構が胚の背腹軸を決める重要な要素になっているものと考えられる。 |