学位論文要旨



No 212702
著者(漢字) 岡,明
著者(英字) Oka,Akira
著者(カナ) オカ,アキラ
標題(和) グルタミン酸によるオリゴデンドログリアの障害に関する研究 : その薬理学的解析および未熟児における脳室周囲軟化症の予防の可能性
標題(洋) Vulnerability of Oligodendroglia to Glutamate:Pharmacology,Mechanisms,and Prevention.
報告番号 212702
報告番号 乙12702
学位授与日 1996.02.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12702号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桐野,高明
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 助教授 貫名,信行
 東京大学 助教授 早川,浩
内容要旨

 未熟児における脳室周囲軟化症は、脳性麻痺の原因として極めて重要で、基本的には脳白質を中心とした虚血による障害と考えられているが、その機序に関しては不明な点が多い。病理像として脳室周囲軟化症では髄鞘化の欠如が特徴的である事から、白質を構成するグリア細胞の内でもミエリンを産生するオリゴデンドログリアの障害が病態の主要な部分をなすものと考えられる。一方、脳虚血の際には、細胞外のグルタミン酸の濃度が上昇し神経細胞死を来す事が知られている。そこで本研究では、オリゴデンドログリアに対するグルタミン酸の作用を初代培養細胞を用いて検討した。

 細胞は、新生仔ラット脳より得た混合グリア細胞を約1週間培養した後、振盪によってオリゴデンドログリアの前駆細胞を集め、さらに3から5日間培養した。また、細胞の障害の判定には、Fluorescein diacetateを用いてViabilityを定量した。こうして得られた分化したオリゴデンドログリアに、Earle’s balanced salt solution中で2mMのグルタミン酸を24時間負荷した所、90%以上の細胞が障害され,EC50は約200Mであった。一方、アストロサイトではこうした毒性は認められず、オリゴデンドログリアに特異的なものであると考えられた。

 グルタミン酸のレセプターに対する阻害剤を用いた実験から、この毒性は神経毒性の様なレセプターを介したものではなかった。次に、細胞内へのグルタミン酸の細胞内への輸送系の特異的阻害剤であるD,L-threo--hydroxyaspartateを用いて、グルタミン酸の毒性に対する影響を調べた。そして、D,L-threo--hydroxyaspartateによるグルタミン酸の細胞内への輸送系の阻害に比例して細胞の障害が減弱消失した事実から、このアミノ酸の細胞内への取り込みによって毒性が発現することが明らかとなった。これまでオリゴデンドログリアにおいて、アストロサイトや神経細胞に認められる様なグルタミン酸の細胞内への輸送系の存在に関しては知られていなかった。そこで、アイソトープで標識したグルタミン酸を用いた解析およびオートラジオグラフィーによって、オリゴデンドログリアにおいても神経細胞などと同様に、少なくともNa-dependentとNa-independentの2種類の輸送系が存在する事が証明された。

 さらに、アミノ酸であるシスタインならびにシステインによって、このグルタミン酸の毒性は細胞内への取り込みにも拘わらず抑制された。シスタインならびにシステインは細胞内での重要な抗酸化物質であるグルタチオン生成の基質として重要であるため、グルタミン酸による細胞内グルタチオンに対する影響を調べた所、負荷後速やかに細胞障害に先行してグルタチオン濃度は著明に低下していた。そして、グルタミン酸と同時に細胞外に抗酸化物質を負荷する事で、細胞障害の著明な抑制が認められた事実から、この細胞内グルタチオンの欠乏による酸化障害がグルタミン酸による毒性に関与している事が明らかとなった。事実、2’7’-dichlorofluorescin diacetateによって、活性酸素の1つである過酸化水素がグルタミン酸を負荷された細胞内に蓄積する事も証明された。

 シスタインとグルタミン酸は、共通の輸送系を共有する事が各種の細胞によって知られており、これは細胞の内外でシスタインとグルタミン酸を交換するシステムである。そして生理的状態では、細胞外の高濃度のシスタインおよび細胞内の高濃度のグルタミン酸という濃度勾配に従って、細胞内へのシスタインの取り込み、細胞外へのグルタミン酸の放出を行うものと考えられている。アイソトープで標識したシスタインをあらかじめオリゴデンドログリアに取り込ませた後、グルタミン酸を負荷した所、細胞外へのシスタインの放出が認められた。従って、細胞内外でのグルタミン酸の濃度勾配が変化する事により、シスタインとグルタミン酸の交換輸送系が生理的状態とは逆に、細胞内へのグルタミン酸の取り込み、細胞外へのシスタインの放出に働くものと考えられた。そして、シスタイン欠乏による細胞内グルタチオンの低下、その結果として過酸化酸素等の活性酸素の蓄積、最終的に酸化障害による細胞死にいたるものと考えられた。

 未熟児における脳室周囲軟化症に関しては、その病態が明らかでない事もあり、有効な治療法が現時点ではなく、臨床上の重大な問題となっている。ここで観察されたグルタミン酸のオリゴデンドログリアへの毒性は、グルタミン酸の取り込みや酸化障害をターゲットとした全く新たな脳室周囲軟化症による治療的方法の可能性を示唆するものと考えられた。

審査要旨

 本研究は、脳性麻痺の原因として重要視されている未熟児における脳室周囲軟化症の病態に関し、グルタミン酸の役割を培養細胞を用いて検討したものである。脳室周囲軟化症の病理像では、白質を構成するグリア細胞の内でもミエリンを産生するオリゴデンドログリアの障害が病態の主要な部分をなすものと考えられるため、本研究では、オリゴデンドログリアに対するグルタミン酸の作用を初代培養細胞を用いて検討し、以下の結果を得ている。

 1.培養オリゴデンドログリアは、新生仔ラット脳より得た混合グリア細胞を約1週間培養した後、振盪によってオリゴデンドログリアの前駆細胞を集め、さらに3から5日間培養して得られた。こうした分化したオリゴデンドログリアに、2mMのグルタミン酸を24時間負荷した所、90%以上の細胞が障害され、EC50は約200Mであった。一方、培養アストロサイトに対してはこうした毒性は認められなかった。従って、グルタミン酸はオリゴデンドログリアを特異的に障害する事が示された。

 2.グルタミン酸のレセプターに対する阻害剤であるMK801およびCNQXは、グルタミン酸のオリゴデンドログリアに対する毒性には影響しなかった。従って、神経毒性に見られる様なレセプターを介した機序とは全く異なる事が示された。

 3.トリチウムでラベルしたグルタミン酸によるオートラジオグラフィーにて、オリゴデンドログリアにおいてもグルタミン酸の細胞内への輸送系が存在する事が新たに示された。この輸送系の特異的阻害剤であるD,L-threo--hydroxyaspartateは、細胞内への輸送系の阻害に比例してグルタミン酸による細胞の障害を抑制した。この事から、グルタミン酸の細胞内への取り込みによって毒性が発現することが示された。

 4.シスタインならびにシステインによって、このグルタミン酸の毒性は抑制される事が示された。さらに、これらアミノ酸の最終産物の1つである細胞内グルタチオンは、グルタミン酸負荷後速やかに減少する事が示された。また、抗酸化物質による細胞障害の著明な抑制および過酸化水素がグルタミン酸を負荷された細胞内に蓄積している事も示され、細胞内グルタチオンの欠乏による酸化障害がグルタミン酸による毒性に関与している事が証明された。

 5.細胞外グルタミン酸の負荷が、アイソトープで標識したシスタインの細胞外への放出を引き起こす事から、中枢神経系に存在が知られるシスタインとグルタミン酸の交換輸送系が、細胞内へのグルタミン酸の取り込み、細胞外へのシスタインの放出に働く事が示された。

 6.トリチウムでラベルしたグルタミン酸によるKinetic studyによって、オリゴデンドログリアにおいて、少なくともNa-dependentとNa-independentの2種類の輸送系が存在する事が証明された。この事は、上記の細胞外へのシスタインの放出に関与するシスタインとグルタミン酸の交換輸送系の存在を間接的に証明するものであった。

 従って、細胞外グルタミン酸の負荷によってシスタインとグルタミン酸の交換輸送系が生理的状態とは逆に、細胞内へのグルタミン酸の取り込み、細胞外へのシスタインの放出に働き、シスタイン欠乏による細胞内グルタチオンの低下、その結果として過酸化酸素等の活性酸素の蓄積、最終的に酸化障害による細胞死にいたる事が示された。

 本研究によって示されたグルタミン酸のオリゴデンドログリアに対する毒性は、有効な治療法が現時点ではない未熟児における脳室周囲軟化症などの虚血性脳白質障害に対して、新たな治療的方法の開発に重要な貢献をするものであると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50677