学位論文要旨



No 212703
著者(漢字) 神崎,恒一
著者(英字)
著者(カナ) コウザキ,コウイチ
標題(和) THP-1マクロファージの泡沫化に及ぼすアクチビン・フォリスタチンの作用
標題(洋)
報告番号 212703
報告番号 乙12703
学位授与日 1996.02.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12703号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 助教授 山田,信博
 東京大学 助教授 山下,直秀
 東京大学 講師 山路,徹
内容要旨 背景および目的

 動脈硬化の初期病変には、マクロファージ(M)の泡沫化が関与していることが知られている。Mの泡沫化は細胞が変性LDLを過剰に取り込むことによっておこり、これには変性LDL受容体、とくにスカベンジャー受容体(SR)が深くかかわっている。一方最近、TGF-ファミリーのひとつであるアクチビン、ならびにその結合蛋白であるフォリスタチシがラット、およびWHHLウサギの動脈硬化巣において発現していることが報告された。これらの物質が動脈硬化にどのように関与しているのかを検討する目的で、Mの泡沫化へのアクチビン/フォリスクチンの影響について、変性LDL(アセチルLDL)の細胞への結合、取り込み、ならびに細胞の泡沫化について、ヒト単球系細胞株であるTHP-1細胞を用いて行った。

方法

 方法の概略は次のとおりである(図1)。THP-1細胞をTPA(100 ng/mL)を含むRPMI-1640培地で48時間培養し、マクロファージ様細胞(THP-1 M)に分化させた後、細胞をPBSで洗浄後、新しい培地(RPMI-1640-LPDS)にアクチビン-A(5nM)またはフォリスタチン(500ng/mL)を添加した。(a)培養5日目のTHP-1 Mに、125I-Ac-LDLを添加し、37℃で6時間培養後、細胞内に取り込まれた125I-Ac-LDL量、および分解された125I-Ac-LDL量を測定した。(b)培養5日目のTHP-1 Mに、125I-Ac-LDLを添加し、0℃で2時間培養後、結合した125I-Ac-LDL量を測定した。(c)培養4日目のTHP-1Mよりpoly(A)+RNAを調整し、SRmRNAの発現をノーザンブロット法により解析した。(d)培養5日目のTHP-1 Mに、Ac-LDL(50g/ml)を添加し、37℃で36時間培養後、細胞内のコレステロールエステル量を酵素法によって定量した。(e)培養5日目のTHP-1Mに、Ac-LDL(50g/ml)を添加し、37℃で24時間培養後、Oil Red Oとへマトキシリンで染色し、細胞の泡沫化を顕微鏡下で観察した。

図1.実験方法の概略
結果(a)125I-Ac-LDLの細胞内取り込み、分解

 THP-1 Mによる125I-Ac-LDL(15g/mL)の細胞内取り込み、分解量は、表に示すように、コントロールと比較して、アクチビン-A処理細胞で減少し、フォリスクチン処理細胞で増加した。アクチビン-Aによる125I-Ac-LDL取り込み、分解抑制作用は濃度依存的であり、5nM以上のアクチビン-Aによって、125I-Ac-LDL取り込み、分解は有意に抑制された。また、アクチビン-Aと同時にフォリスタチンを添加したところ、125I-Ac-LDL取り込み、分解の抑制は認められなかった。フォリスクチンによる125I-Ac-LDL取り込み、分解促進作用もまた濃度依存的であり、100ng/mL以上のフォリスタチンによって、125I-Ac-LDLの取り込み、分解は有意に増加した。フォリスタチンにかえてPDGF-BB(10ng/mL)、M-CSF(100ng/mL)を添加した細胞では、125I-Ac-LDLの細胞内取り込み、分解はコントロールに比べてそれぞれ減少、増加した。

図表
(b)125I-Ac-LDLの結合実験

 125I-Ac-LDLの結合は、表のように、アクチビン-Aによって、全受容体濃度(Bmax)が減少し、フォリスクチンによって増加した。また、解離定数(Kd)は120g/mLで3群間で差を認めなかった。

(c)SRmRNAのノーザンブロット解析

 THP-1Mには5.5kb(1型)、4.4kb(2型)の2種類のSR mRNAが発現しており、コントロール細胞での発現量に比べて、アクチビン-A処理細胞では、2型SRのmRNA発現量が減少していた。逆にフォリスタチン処理細胞では、1型、2型両方のSRmRNA発現量が増大していた。

(d)細胞内コレステロールエステルの定量

 細胞内コレステロールエステル量は、表のように、アクチビン-Aの添加によって減少し、フォリスタチンの添加によって増加した。

(e)Oil Red O染色

 アクチビン-Aの処理によって、細胞の泡沫化は抑制され、フォリスタチンの処理により促進された。

考察

 上記実験結果を総合すると、アクチビン-Aは、THP-1 MのAc-LDL受容体(主としてSR)の発現を抑制することによって、Ac-LDLの細胞への結合、取り込み、分解を抑制し、その結果、細胞内コレステロールエステル蓄積量が減少し、細胞の泡沫化が抑制されると考えられる(図2)。一方、フォリスタチンは、Ac-LDL受容体の発現を亢進させることによって、Ac-LDLの細胞への結合、取り込み、分解を促進し、細胞内コレステロールエステルの蓄積、細胞の泡沫化を促すと考えられる(図2)。

図2.アクチビン/フォリスタチンによるTHP-1 Mの泡沫化に及ぼす影響

 THP-1細胞はTPAの作用を受けて分化すると、アクチビン-Aを産生し、SRを発現する。したがってTPAの作用を受けたTHP-1 M(コントロール細胞)はアクチビン-Aを産生しており(mRNAレベルでの発現を確認している)、おそらくこれが自身に作用することで、SRの発現が抑制され、また外因性の過剰量のアクチビン-Aの添加はSRの発現をさらに抑制すると考えられる。このようなアクチビン-AによるSR発現抑制作用は、フォリスタチンによってブロックされ、その結果、コントロール細胞よりもSRの発現が亢進するものと考えられる。しかしながら、フォリスタチンが直接THP-1 Mに作用している可能性も否定できない。これまでフォリスクチン受容体の存在は報告されておらず、その同定は興味深い。

 アクチビン-AもSRも、THP-1 Mのみならず、ヒト単球-Mで発現していることが確認されており、今回THP-1 Mで示した実験結果を普遍すれば、アクチビン/フォリスタチンはヒト動脈硬化巣においてもMの泡沫化を調節している可能性が考えられる。アクチビン-Aはin vitroにおいて、単球-Mのほか、血管内皮細胞で産生されていることが、またin vivoではWHHLウサギの肥厚内膜で発現していることが報告されている。またフォリスタチンはin vitroでは血管平滑筋細胞が、これを産生し、in vivoではラット頚動脈肥厚内膜、および中腰で発現していることが確詔されている。以上を総合して推察すれば、Mならびに内皮細胞で産生されるアクチビン-Aはオートクリンまたはパラクリン的にMの泡沫化を抑制し、平滑筋細胞で産生されるフォリスクチンはパラクリン的にMの泡沫化を促進すると考えることが可能である。血管壁局所因子としてのアクチビン/フォリスタチンが、動脈硬化の進展に関与することが次第に明らかになりつつある。

審査要旨

 本研究は動脈硬化巣で発現していることが確認されているアクチビンと、その結合蛋白であるフォリスタチンの、動脈硬化発症進展に及ぼす役割を明らかにする目的で、ヒト単球系細胞株であるTHP-1マクロファージを用いて、細胞の泡沫化に対する作用を検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.THP-1マクロファージによる125I-Ac-LDLの細胞内取り込み、分解は、アクチビン-Aの前処置によって濃度依存的に減少した。この作用はフォリスタチンの同時添加により消失し、フォリスタチン単独では、Ac-LDLの細胞内取り込み、分解に促進的に作用した。

 2.次に、125I-Ac-LDLのTHP-1マクロファージへの結合について検討したところ、アクチビン-AはAc-LDLの全受容体濃度(Bmax)を減少させ、フォリスタチンはこれを増加させた。一方、解離定数(Kd)に対してアクチビン-A、フォリスタチンは影響しなかった。

 3.Ac-LDL受容体のうちで、最も重要と考えられるスカベンジャー受容体について、そのmRNA発現量をNorthern blot解析によって検討したところ、アクチビン-Aによって2型スカベンジャー受容体mRNA発現量は減少し、フォリスタチンによって1型、2型両スカベンジャー受容体mRNA発現量が増大した。

 4.細胞の泡沫化と平行することが知られている、細胞内コレステロールエステル量を細胞から脂質を抽出し、酵素法によって定量したところ、アクチビン-Aによってコレステロールエステル蓄積量は減少し、フォリスタチンによって増加することが示された。

 5.細胞の泡沫化をOil Red O染色によって定性的に評価したところ、アクチビン-Aの処理によって泡沫化は抑制され、フォリスタチンの処理により促進することが示された。

 以上、本研究によりアクチビン-Aがヒト単球系細胞株であるTHP-1マクロファージのAc-LDL受容体、特にスカベンジャー受容体の発現を減少させ、Ac-LDLの細胞内取り込み、分解を抑制すること。その結果、細胞内コレステロールエステル蓄積量が減少し、細胞の泡沫化が抑制されること。一方、アクチビン-Aの結合蛋白であるフォリスタチンは、アクチビン-A拮抗作用を示し、THP-1マクロファージの泡沫化を促進することが明らかにされた。本論文は、動脈硬化発症進展の機序について新たな知見を加えるものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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