学位論文要旨



No 212708
著者(漢字) 大塚,俊哉
著者(英字)
著者(カナ) オオツカ,トシヤ
標題(和) 触覚センサーによる新しい胸腔鏡下肺内腫瘤探査法
標題(洋) New Technique with a Tactile Sensor for Localization of Pulmonary Nodules at Thoracoscopic Surgery
報告番号 212708
報告番号 乙12708
学位授与日 1996.02.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12708号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学 助教授 山田,芳嗣
 東京大学 講師 四元,秀毅
内容要旨

 転移性や診断未確定の肺内腫瘤に対する胸腔鏡下肺部分切除術をおこなう際、しばしば難渋するのは腫瘤の位置確認である。なぜなら開胸下のように周囲組織と硬さの異なる腫瘤を指先で感じながらその位置を認識する操作、すなわち触診ができないからである。もし腫瘤が見つからなければ開胸術に移行しなければならない。

 この問題を解決するためわれわれは新しい触覚センサーを用いる胸腔鏡下肺内腫瘤探査法を開発した。本論文において、豚を使用した動物実験に続き臨床応用したこの新探査法について報告する。

対象と方法1.触覚センサー

 原理:物体はすべて固有の振動数(共鳴周波数)を有している。共鳴周波数f0(Hz)で振動している物体が物質Xに接触すると、周波数が変化し新たな共鳴周波数fx(Hz)で振動する。この変化(f=fx-f0)は音響工学上、物質Xの硬さと相関する。この原理を基本に、f値(Hz)により物体の硬さを定量できるセンサーを開発した。

 Sensor systemの構造:胸腔鏡下手術仕様のsensor probe(touch sensor)は長さ350mm、最大径7.5mmで内径10mmのtrocarから胸腔内に誘導できる。probeの先端に直径3mmの球上のsensor tipが装着されprobeに内臓された92kHzの共鳴周波数を持つPiezoelectric transducer(PeT)と一体化している。sensor tipが物体に接触したとき生じるf(PeTの共鳴周波数の変化)をPeTに隣接したvibration detectorが感知し増幅器に信号を送る。増幅器は変化した共鳴周波数でPeTを振動させる。このフィードバック回路によりPeTを持続的に振動させることができる。

 f値は連続的にFrequency counterで計測され,コンピューター画面上に縦軸を周波数,横軸を時間(秒)としてf曲線が描かれる。

 腫瘤探査法:sensor tipを軽く肺にあて、そのまま肺表面をゆっくり滑るように動かすと、f曲線は肺組織固有の硬さを示す値(約-800Hz)を推移しながら平坦に描かれたが、probeが周囲組織より硬い腫瘤上を通過すると、f曲線が突然上方(硬い方)に偏位するのが観察された。このf曲線におけるSudden Upward Jump(SJ)の出現により腫瘤の位置を知ることができた。(図1)

(図1)f曲線上に出現するsudden upward jump説明本文参照
2.動物実験

 豚切除肺にシリコンボールを埋め腫瘤探査のシミュレーションをおこなった。腫瘤モデルとして直径3,6,10mmの3種類のシリコンボールを作成し、それぞれを完全虚脱した切除肺内において深さ3,5,8,10mmの部位に埋め探査した。

3.臨床応用

 1994年8月から1995年1月まで13例、計15個の腫瘤に応用した。4個が転移性、11個が診断未確定腫瘤で、1個を除き術前胸部X線写真,CTスキャンで確認された。(表1)

図表

 胸腔鏡下、sensor probeを径10mmのトロッカーから胸腔内に誘導し胸腔内の種々の構造物に触ってそれぞれの硬さを測定した後、前述した方法で腫瘤を探査した。

4.針型触覚センサー(needle sensor)

 小腫瘤と肺内気管支との鑑別を目的としてneedle sensorを開発した。基本原理はtouch sensorと同じであるが、球状のtipの代りに直径0.5mm、長さ21mmの針が装着されセンサー機能を有する先端1mmの部位に接した物体の硬さを測定できる。needle sensorを用い8個の腫瘤および計4葉のヒト肺切除標本内の気管支(n=12)を胸膜を穿刺して直接触知し、腫瘤と気管支の硬さの固有値を測定して両者を比較した。8個の腫瘤の内訳は腺癌2個、扁平上皮癌1個、転移性腫瘍2個、結核腫2個、過誤腫1個であった。

結果1.動物実験

 直径6,10mmのシリコンポールは深さ10mmの部位に至るまでf曲線上SJを認めたが、深部に位置すればするほどSJの高さは減少する傾向にあった。最小径3mmの腫瘤は深さ8mmの部位までf曲線上SJを認めた。

2.臨床応用

 胸腔鏡下に8症例で測定した種々の胸腔内構造物のf値は、食道:-896±21Hz,下大静脈:-818±19Hz、虚脱肺:-794±30Hz,下行大動脈:-432±72Hz,気管軟骨:-81±30Hzであった。(図2)

(図2)胸腔内構造物のf値説明本文参照

 15個の腫瘤のうち5個は胸腔鏡下腫瘤の存在位量を示唆する軽度の胸膜面の隆起を認めたが、他10個の腫瘤が存在する区域の表面は平坦で視診上存在位置を確認することはできなかった。また4例において術中患側肺の完全虚脱が得られなかった。術前胸部X-p、CTスキャンで認められなかった1個を含めすべての腫瘤の位置を確認し、肺部分切除術にて腫瘤を摘除した。未確定診断腫瘤はすべて術中迅速病理診断で確定し、腺癌であることが判明した1例は開胸術に移行し、肺葉切除およびリンパ節郭清術を施行した。(表2)

図表
3.Needle sensorによる識別

 4肺葉切除標本内の気管支(n=12)および切除標本内の8腫瘤はすべて経胸膜的に穿刺、触知することができた。胸膜の損傷は軽微であった。f値は気管支が-64±46Hz,腫瘤が-526±168Hzで有意に異なっており(P<0.001)、両者の硬さの固有値をneedle sensorで確認することにより両者の識別が可能であった。(図2)

考察

 われわれが開発した触覚センサーを用いた方法により胸腔鏡下肺内腫瘤探査が可能であった。臨床では経験しなかったが、気管支と腫瘤との識別が必要な時はneedle sensorが有用である。

 触覚センサーによる探査法は、従来、胸腔鏡下腫瘤探査法として報告されている、フックワイヤー法や超音波探査法と比較して、

 (1)フックワイヤー法のように手術直前にCTスキャンを撮影する必要がなく、組織の損傷による血胸や気胸の危険がない、(2)probeを軽く肺に押し付け空気を押し出しながら探査すれば腫瘤直上でSJが出現するので、超音波探査法と異なり残存空気に影響されにくい、という長所を有するといえる。

まとめ

 1.物体の硬さを共鳴周波数の変化(f)によって定量できる触覚センサーを用い、周囲組織より硬い腫瘤上をprobeが通過するとf曲線上sudden upward jumpが出現することを応用し、新しい胸腔鏡下肺内腫瘤探査法を開発した。

 2.この方法により13症例、計15個の腫瘤の位置を確認し得た。

 3.肺内腫瘤と肺内気管支の識別は、needle sensorを用い両者の硬さの固有値を直接測定することにより可能であった。

審査要旨

 本研究は物体の硬さを共鳴周波数の変化(f)で定量できる触覚センサーを用いた新しい胸腔鏡下肺内腫瘤探査法の動物実験および臨床応用に関するものであり、下記の結果を得ている。

 1.sensor tipを軽く肺にあて、肺表面をゆっくり滑るように動かすと、f曲線は肺組織固有の硬さを示す値(約-800Hz)を推移しながら平坦に描かれ、周囲組織より硬い腫瘤上を通過すると、突然上方(硬い方)に偏位するのが観察された。このf曲線におけるSudden Upward Jump(SJ)の出現により腫瘤の位置を知ることができ、完全虚脱した豚切除肺にシリコンボールを埋めておこなった動物実験では直径3mmのボールを深さ8mmまで確認できた。

 2.胸腔鏡下に8症例で測定した種々の胸腔内構造物のf値は、食道:-896±21Hz,下大静脈:-818±19Hz,虚説肺:-794±30Hz、下行大動脈:-432±72Hz,気管軟骨:-81±30Hzであった。

 3.1994年8月から1995年1月まで13例、計15個(転移性:4、診断未確定:11)の腫瘤に応用し、術前胸部X-p、CTスキャンで認められなかった1個を含めすべての腫瘤の位置を確認して胸腔鏡下に摘除でき、未確定診断腫瘤はすべて術中迅速病理診断で確定し得た。

 4.necdle sensorは、臨床上必要となる症例は経験していないが腫瘤と肺内気管支を鑑別するために開発したものであり、切除標本内の8個の腫瘤(腺癌:2、扁平上皮癌:1、転移性腫瘍:2、結核腫:2、過誤腫:1)および気管支(n=12)を胸膜を穿刺して直接触知して得たf値は腫瘤が-526±168Hz、気管支が-64±46Hzで有意に異なっていた。(p<0.001)

 以上本論文は音響工学を利用して開発した触覚センサーを用い胸腔鏡下に肺内腫瘤を探査できることを明らかにしたものである。CTスキャンの進歩とともにより小さい腫瘤が発見されるようになり、診断あるいは治療を目的として胸腔鏡下に探査し切除する機会が今後増えることが予想される。本論文は臨床上重要な貢献を果たすと考えられる胸腔鏡下肺内腫瘤探査法の開発について述べたものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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