学位論文要旨



No 212709
著者(漢字) 近田,正英
著者(英字)
著者(カナ) チカダ,マサヒデ
標題(和) Ultrasonic Angioplastyの基礎的研究
標題(洋)
報告番号 212709
報告番号 乙12709
学位授与日 1996.02.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12709号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 町並,陸生
 東京大学 助教授 内田,康美
 東京大学 助教授 小塚,裕
 東京大学 助教授 万代,恭嗣
 東京大学 講師 重松,宏
内容要旨 はじめに

 近年、超音波吸引装置が開発され、心臓血管外科をはじめ種々の分野に応用されている。血管形成術は、バルーンによる血管拡張術に始まり、レーザーやアテレクトミーやステントによる方法も行われている。それぞれの方法に穿孔や再狭窄など種々の問題がある。超音波の血管形成への応用は、最近になり欧米で行われているが、手術時使用の報告例はほとんどない。本研究は、超音波吸引装置を用いて血管形成を行うときの至適出力と血管に対する長期的な影響を基礎的実験で調べ、臨床的に冠状動脈または末梢動脈に血管形成を行う場合の参考資料を提供することを目的とした。

対象と方法

 超音波吸引装置本体は、住友ベークライト社製SUMISONIC ME2210を使用した。発振方式は、ジルコン酸チタン酸鉛(PZT)を用いた電歪型振動子であり、発生した超音波振動が先端のチタニウム製のネーンに伝わり、対象物を粉砕、乳化して吸引する装置である。使用に際して発生する熱を押さえるために、水のirrigation用のカバーがついている。ホーンは2種類作製し、ホーンAは先端が2.5mmでカバーが3.3mmで、ホーンBは、先端が2.0mmでカバーが2.5mmである。両方とも先端の長さは、5cmである。本体の発振周波数は24KHzであり、出力は40%〜100%で可変で、100%の時100Wである。出力と先端振幅は比例し、先端振幅は、ホーンAでは、90m〜210mで、ホーンBでは、50m〜130mであった。実験は動脈硬化病変に対する効果と正常血管への影響を検討し、1例の臨床応用を行った。

(1)動脈硬化病変に対する効果の検討

 剖検例と兎の血管を使用して超音波吸引による血管形成の実験を行った。

(A)剖検例の動脈硬化病変への使用

 動脈硬化を有する13例の剖検例の腹部大動脈、総腸骨動脈、大腿動脈を摘出後24時間以内に実験を行った。ホーンA,Bを用いて種々の出力で30秒間超音波吸引を行い、その効果を病理組織学的に検討した。動脈硬化病変は粥状病変、線維化病変、石灰化病変の3種類に分類し、血管への影響をスコアーで表し半定量化して至適出力の検討を行った。スコアーは、内膜が除去されていない場合を0、内膜まで除去された場合を1、内弾性板を越えて中膜まで除去された場合を2、外弾性板を越えて外膜まで除去された場合を3、外膜を穿孔した場合を4とした。

(B)兎の動脈硬化病変への使用

 Watanabe Heriable Hyperlipldemic(WHHL)兎を5羽用いて開腹して、径2.5mmの腹部大動脈にホーンBで血管形成を行い、その効果を血管内視鏡で観察し、摘出後病理組織学的に検討し、至適出力を決定した。

(2)正常血管への影響の検討

 剖検例の血管の正常部を用いて超音波吸引を行い動脈硬化病変の場合と比較した。次に雑種成犬を用いて超音波吸引による血管形成の実験を行い、長期の影響にも検討を加えた。影響に関する検討は、動脈硬化病変の効果と同様にスコアー化して行った。

(A)剖検例の正常血管部位への使用

 (1)で用いた血管の動脈硬化病変のない部位にホーンAで超音波吸引を行いスコアーを動脈硬化病変に対するスコアーと比較した。

(B)犬の頚動脈と大腿動脈への使用

 7頭の犬で両側の頚動脈と大腿動脈を露出し、ホーンA,Bを用いて種々の出力で30秒間内腔に超音波吸引を行った後摘出し、急性期の影響を病理組織学的に調べた。さらに、12頭の犬で両側の頚動脈と大腿動脈の内腔にホーンA,Bで超音波吸引した後、それぞれ4頭ずつ、1週間後、1カ月後、1年後に摘出し、長期の影響を病理組織学的に検討した。

(3)臨床応用

 症例は、59歳女性で、左主冠状動脈入口部に90%の狭窄があり、手術は、人工心肺下に大動脈切開を行い、左主冠状動脈入口部にCUSA(Cooper Laser Sonics,Connecicut,USA)で振幅150mで90秒間、超音波吸引による血管形成を行い、バックアップとして大伏在静脈を用いた冠状動脈バイパス術を行った。

 統計学的処理は解析ソフトFISHERを用いた。血管への影響のスコアーは、使用振幅間または病変の種類の間でWilcoxon検定を行い、p0.01をもって有意差があると判定した。ホーンAとBの比較には、Spearmanの順位相関係数を調べ、検討した。

結果(1)動脈硬化病変への効果(A)剖検例の動脈硬化病変への使用

 至適出力は病変部が除去され正常部への障害がほとんど認められないときとした。30秒使用した場合、粥状病変は振幅90m〜110mが至適出力で、線維化病変では振幅110m〜130mが至適出力で、石灰化病変では振幅150mが至適出力であった。ホーンAとBの同じ振幅で同一病変に使用したスコアーの検討では、有意な相関が見られ、ホーンAとBは振幅が同じであれば、血管への影響が同じであると考えられた。

(B)兎の動脈硬化病変への使用

 粥状病変が主体であり、至適使用域は30秒使用の場合50m〜70mであった。血管内視鏡の所見では、振幅50m以上では内膜の剥離が認められた。

(2)正常血管への影響(A)剖検例の正常血管部位への使用

 振幅90mで、スコアーは動脈硬化病変と比較して有意差がなかった。振幅130mで、粥状病変より正常部の方が有意にスコアーが小さく、正常部の方が超音波吸引の影響を受けにくいと考えられた。振幅170mで、粥状病変及び線維化病変より有意にスコアーが小さく、正常部はこれらの病変より超音波吸引の影響を受けにくいと考えられた。

(B)犬の頚動脈と大腿動脈への使用

 急性期の影響では、30秒使用時、振幅70m〜90mではほとんど内膜までの影響で、振幅110m、130mでは、10-20%で中膜まで影響が及んでおり、振幅150mでは、25%で中膜で影響が及び10%で外膜まで影響が及び、振幅170mでは、15%で外膜まで影響及び15%で穿孔が認められた。

 長期の影響では、振幅130m以下での使用は、血栓による閉塞の認められたものはなかった。振幅110mでは、1週間後に摘出した2例で内膜肥厚が認められた。振幅130mでは、1週間後に摘出した2例で内膜の肥厚が認められ、1カ月後に摘出した1例で内膜と中膜の肥厚が認められ、1年後に摘出した1例で内膜の肥厚を認めた。振幅150mでは、使用した血管12例中1週間後に1例、1年後に1例、血栓による閉塞が認められた。1週間後に摘出した2例で内膜の肥厚が認められ、1カ月後に摘出した2例で内膜と中膜の肥厚が認められ、1年後に摘出した1例で内膜の肥厚が認められた。全ての摘出血管で超音波吸引の影響に対する炎症細胞の出現は、ほとんど認められなかった。

(3)臨床応用

 CUSAを振幅150mで合計90秒間、使用した。術後の心臓カテーテル検査で、術前の90%の狭窄は、25%に改善した。患者の術後経過は良好で、特に問題は認められなかった。

考察

 超音波吸引装置は、心臓血管外科領域では,WPW症候群の副伝導路切離、myocardial bridgeの切離、弁置換時の石灰化した弁や弁輪の脱石灰化、再弁置換時の人工弁の摘出、弁形成時の脱石灰化、冠状動脈大動脈バイパス術時の冠状動脈や内胸動脈の露出などに応用されている。血管形成術は、バルーンによる血管拡張術がまず行われるようになり、その後アテレクトミーやステントなどが使用され、最近ではレーザーも使用されている。いずれの方法でも、再狭窄や穿孔などの種々の問題がある。超音波の血管形成への応用は、1976年、Trubesteinによる血栓に対する血管形成が最初で、先端の振幅が25-30mと非常に弱いものであった。その後、1988年にSiegelが動脈硬化病変に対する超音波による血管形成を報告しているが、2.6Fのワイヤーを7Fのカテーテルでカバーしたもので、先端の振幅は、25-75mであった。剖検または手術で得られた動脈硬化病変に用い、0.5-5cmの閉塞病変では、92%が20秒以内に再開通し、21.5%の病変で熱による障害がみられ、7.6%で穿孔がみられたと報告している。1990年にRosenscheinは、25cmで径が1.6mmのアルミニウム製ワイヤーで先端の振幅が125-175mのもので、同様の実験を行い、アテローム病変では、平均21秒で除去でき、一部石灰化した病変では、除去するのに平均132秒かかったと報告している。Siegelは、1994年に冠状動脈用の超音波血管形成のカテーテルを作製した。先端の振幅は15-30mで、percutanous transluminal coronary angioplasty(PTCA)と併用して19例の臨床例に使用し、PTCAのinflationの圧を下げるのに有効であったと報告している。

 我々の試作したホーンは、手術時に直視下で行う血管形成を目標としており、現在経皮的にカテーテルとして使用できるものではない。よって、SiegelやRosenscheinの開発したカテーテルと比較するとfiexibilityがなく長さも短い。しかし、先端の振幅から比較した血管への効果は大きく、中空構造であるので吸引が可能で、debrisが飛ぶ心配が少ない。基礎的実験では、動脈硬化病変への使用で、動脈硬化病変の種類による至適出力の調節が必要であるのが示され、超音波吸引による血管形成は、粥状病変だけでなく、石灰化病変にも有効であった。超音波吸引による血管形成は、ホーンが動脈硬化病変だけでなく正常部にも接触する可能性があり、正常血管に対する影響が問題になってくる。剖検例の実験で正常血管に対する影響は、動脈硬化病変に対する影響より少なく、超音波による血管形成の有用性が示された。正常血管の急性期の影響で外膜まで影響のあった出力では、長期観察例に血栓による閉塞が認められ、抗凝固療法が必要であると考えられた。長期の経過で炎症細胞の出現はほとんど認めず、炎症反応による内腔の狭小化の可能性が少ないと考えられた。兎の動脈の使用時の血管内視鏡の所見で内膜の剥離が認められ、細動脈への使用時も抗凝固療法が必要であると思われた。我々もカテーテルとして使用に耐えるものを将来的な目標としているが、十分な長さがあり、flexibilityもあり、出力が出せるものはいまだ開発できていない。現在、我々の試作したホーンでは、冠状動脈入口部狭窄や末梢動脈の狭窄や閉塞病変に有効であると思われる。また、他の血管形成術との併用は、今後の課題であると思われる。

結語

 (1)冠状動脈や末梢血管に対して、手術時、直視下で超音波吸引装置による血管形成を行うためのホーンを試作し、基礎的実験を行った。

 (2)基礎的実験で、剖検例の動脈硬化病変に対する至適出力は30秒使用時、以下の通りであった。粥状病変に対しては、先端振幅が90m〜110mであり、線維化病変に対しては、先端振幅が110m〜130mであり、石灰化病変に対しては、先端振幅は150mであった。

 粥状病変を有するWHHLウサギの腹部大動脈(径2.5mm)に対する使用での至適出力は、30秒使用時先端振幅が50m-70mであり、細い動脈に対する効果は大きく現れた。

 (3)犬を使用した正常血管に対する影響の基礎的実験で、外膜まで障害の及ぶ出力では、長期観察例に血栓による閉塞が見られる割合が17%にのぼり、抗凝固療法などの対策が必要であると思われた。

 (4)基礎的実験をふまえて、1例に臨床応用を行った。症例は、59歳の女性であり、左主冠状動脈入口部の90%狭窄に対し、CUSAを先端振幅を150mで90秒使用し血管形成を行った。術後、狭窄部は25%まで改善し、術後経過は良好であった。

 以上により、超音波吸引装置による血管形成は、有効な方法と思われるが、未だに研究があまり進んでいない領域である。今後、カテーテルとしての使用や他の血管形成法との併用の検討も含めて、さらに研究すべきであると思われた。

審査要旨

 心臓血管外科における血管形成には種々の方法があるが、本研究は超音波吸引装置を用いて血管形成を行うときの至適出力と血管に対する長期的な影響を基礎的実験で調べ、臨床的に冠状動脈または末梢動脈に血管形成を行う場合の参考資料を提供することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1、基礎的実験で、剖検例の動脈硬化病変を3種類(粥状病変、線維化病変、石灰化病変)に分類し、血管への影響を0から4の5段階にスコアー化して、30秒使用時の至適出力を検討した。至適出力は、粥状病変に対しては先端振幅が90m〜110mであり、線維化病変に対しては先端振幅が110m〜130mであり、石灰化病変に対しては先端振幅は150mであり、病変の種類による至適出力の調節が必要であることが示された。

 粥状病変を有するWHHLウサギの腹部大動脈(径2.5mm)に対する使用での至適出力は、30秒使用時、先端振幅が50m-70mであり、細い動脈に対する効果は大きく現れることが示された。

 2、剖検例の正常血管部位と動脈硬化病変との比較の検討では、先端振幅90mでは有意差が認められなかったが、先端振幅130mでは粥状病変より正常血管の方が、また先端振幅170mでは粥状病変と線維化病変より正常血管の方が、超音波吸引の影響を受けにくかった。よって動脈硬化病変と比較して正常血管に対する影響は少なく、超音波による血管形成の有用性が示された。

 3、犬を使用した正常血管に対する影響の基礎的実験で、急性期に外膜まで障害の及ぶ出力では、長期観察例に血栓による閉塞が見られる割合が17%にのぼり、この出力での使用に問題があると考えられ、抗凝固療法などの対策が必要であると思われた。

 4、基礎的実験をふまえて、1例に臨床応用を行った。症例は、59歳の女性であり、左主冠状動脈入口部の90%狭窄に対し、CUSAを先端振幅を150mで90秒使用し血管形成を行った。術後、狭窄部は25%まで改善し、術後経過は良好であった。現段階の臨床応用としては、冠状動脈の入口部の狭窄や末梢動脈の狭窄や閉塞に使用可能であると考えられた。

 以上、本論文は超音波吸引装置を用いて血管形成を行うときの至適出力と血管に対する長期的な影響を明らかにし、臨床応用の可能性を提示している。本論文は、超音波吸引装置による血管形成について、これまでにない新たな知見を提供するものであり、動脈硬化病変の治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50981