学位論文要旨



No 212710
著者(漢字) 横山,郁夫
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,イクオ
標題(和) 虚血性心疾患診断におけるポジトロンCT(PET)の有用性とその限界 : PETを用いた冠血流予備能定量解析による検討
標題(洋)
報告番号 212710
報告番号 乙12710
学位授与日 1996.02.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12710号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古瀬,彰
 東京大学 教授 神谷,瞭
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 山田,信博
 東京大学 助教授 西川,潤一
内容要旨 緒言

 家族性高コレステロール血症(FH)は、LDL受容体異常に起因する常染色体上優性遺伝する疾患で高脂血症のなかでも冠動脈疾患のり患率、死亡率が高い疾患である.従って、FHにおける動脈硬化進展を早期発見することは本疾患の治療上重要なことてある.冠血流予備能は、冠血流量を最大限に増大する能力で、また冠動脈硬化の指標であることが古くGouldらにより提唱された.彼等は、冠血流予備能が40-50%程度の軽い程度の冠動脈狭窄においてもすてに低下していること、冠動脈の狭窄の程度と逆相関することを報告し、冠血流予備能定量が冠動脈硬化の早期発見に有用であることが示唆された.近年、生体組織の血流量を測定することが可能な新しい検査法としてPositron emission tomography(PET)が登場した.この検査法は、N(13)-ammoniaを標識化合物として用いることにより心筋血流量を定量解析することがてき、さらにdipyridamole負荷を組み合わせることにより冠血流予備能を定量することが可能である.従って、本方法を用いることにより冠動脈硬化を非侵襲的に早期発見しうる可能性が示唆されてきている.

 本研究では、無症状で未治療で虚血の所見のない家族性高コレステロール血症患者(FH)の冠血流予備能を13N-ammonia(13NH3)PETを用いて定量し、動脈硬化進展の程度について健常者と比較検討した.さらにFHの冠動脈硬化の程度と比較する意味も含め、虚血性心疾患患者における冠血流予備能を定量した.さらに、冠血流予備能と冠動脈硬化の程度との関係や冠血流予備能定量による有意冠動脈病変の診断について分析し、本方法論の有用性と限界について検討した.

方法

 1.対象は検診にて発見された未治療かつ無症状で運動負荷陰性の家族性高コレステロール血症患者(FH)22例(男性14例、女性8例、平均年齢51.6±7.0歳)、狭心症例20例(平均年齢60.6±7.5歳)、心筋梗塞患者17例(平均年齢58.8±8.6歳)、および健常者(C)14例(男性9例、女性5例、平均年齢53.4±9.9歳)である.狭心症例、心筋梗塞患者全例に心臓カテーテル検査を施行し確定診断を行なった.

2.PET

 安静仰臥位の被検者に対して、安静時及びdipyridamole負荷時の13NH3を用いた心筋PETを施行した.心筋血流量(MBF)は、two compartment modelにて計算した.安静時MBFでdipyridamole負荷時MBFを除して、CERを得た.そしてEHにおける動脈硬化進展度の評価をCFRから検討した.さらに虚血性心疾患患者の冠動脈狭窄率とCFRとの関係や、CFRによる冠動脈病変の診断の可能性を検討した.

3.統計解析

 二群間の有意差検定は、student t testにより、三群間の有意差検定は分散分析にて行った.<0.05の場合を有意と判定した.数値は平均値±標準偏差で表示した.

結果a.FH患者におけるCFR

 CFRは、健常者(4.13±1.38)に比較してFH(2.09±0.62)で有意な低下を認めた。CFRの部位によるばらつきは認められなかった.さらに、CFRはFH群においてのみ女性(2.55±0.74)より男性(1.85±0.40)で有意に低下していた.CFRは総コレステロール値やLDLコレステロール値と有意な逆相関を認めた(図1、図2).

図表図1.FHにおけるCFRと総コレステロール値との逆相関. / 図2.FHにおけるCFRとLDLコレステロール値との逆相関
b.冠血流予備能(CFR)と冠状動脈狭窄率との関係

 CFRは、冠動脈の狭窄の程度が増加するにつれて低下していた.この傾向は狭心症で顕著であった(図3)。一方心筋梗塞患者において、狭窄のない冠動脈支配領域のCFRが健常者よりも有意に低下していた(図4)。CFRで冠動脈病変を診断する場合、特に心筋梗塞患者において冠動脈病変を過大評価する可能性が示唆された.

図表図3.狭心症患者におけるCFRと冠動脈狭窄率との関係 / 図4.心筋梗塞患者におけるCFRと冠動脈狭窄率との関係
C.冠動脈有意狭窄病変の診断

 冠動脈疾患を診断基準を設定するため、CFRがどの程度低下すれば有意病変ありと診断できるのかを検討した.狭心症においては、血流予備能の値が2.25未満を有意病変ありとした場合に診断精度78.3%で最大となり、また感度は76.4%,特異度は80.1%であった.心筋梗塞においてはCFRが1.7未満を有意病変ありと診断したとき診断精度が80.4%、診断感度82.7%でともに最大となり特異度は77.2%であった.しかし、再分布率10%以上を有意狭窄病変ありと診断しても診断率はほぼ同等であった.

考案

 今回の検討で示された家族性高コレステロール血症患者(FH)における冠血流予備能の低下に関連した論文としては、最近Dayanikliらが男性の心筋虚血の臨床的所見がない高脂血症患者における冠血流予備能の低下を報告している.結果的に、今回の結果はDayanikliらの報告に合致していたが、彼らの結果では高脂血症患者の冠血流予備能の平均値は3.0と、今回検討したFH患者よりはるかに高値を示していた.またFHは生下時から高コレステロール血症が持続しているため虚血性心疾患のり患率、死亡率が極めて高い高脂血症患者のなかでも特異な存在であり、PETを用いて冠動脈硬化の程度を評価することの意義は大きいものと考えられた.今回検討した、他に合併症がないFHにおいては、無自覚症状で運動負荷検査陰性でも冠血流予備能の低下することのみならず、冠血流予備能の男女差が示された.これは、FHにおいては男性の方が女性より虚血性心疾患の発病率、死亡率が高いという疫学的な事実に合致しており冠血流予備能定量がFH患者の予後を推察しうることを示唆する所見と考えられた.

 今回検討したFHにおける冠血流予備能の低下の原因については、まず単純に冠血流予備能と冠動脈狭窄率との関係式に従って逆算するならば、FHにおける冠血流予備能の平均値2.1から約90%程度の有意冠動脈狭窄が存在していることになる.しかも、全例において心臓全体にほぼ均一に冠血流予備能が低下していたことから三枝病変を疑う必要性があるが、無自覚症状で運動負荷陰性であることから、そのような可能性はほぼ否定的である.従って、動脈硬化以外の原因が存在している可能性が示唆された.一般に、dipyridamoleの薬理作用は血管内皮非依存性の血管拡張作用であるとされ、dipyridamoleに対する冠血管の反応性の減弱がFHで生じていた可能性がまず考えられる.これに対して最近、冠血流予備能を評価する際に使用するdipyridamoleの血管拡張作用が、血管の一酸化窒素(NO)産成能を増加させることを介して増強されることが報告されている.従って、FHにおいて血管内皮傷害が生じ、それがdipyridamoleの血管拡張作用を減弱させた結果、冠血流予備能が低下した可能性も考えられた.また、未発表データであるが今回検討した虚血性心疾患患者37例中7例においてFH合併例が認められていたが、このFH合併例において狭窄の認められなかった冠動脈の支配領域の冠血流予備能は、健常者の冠血流予備能に対して有意に低下していた.これらの結果は、FH患者において冠動脈狭窄がなくても冠血流予備能が低下しうることを類推させる一つの根拠と考えられた.

 方法論的には、文献的検討から今回用いたtwo compartment modelとthree compartement modelの二つの方法の比較を試みた.二つの方法の差は、two compartment modelが13NH3静注後2分間におけるデータを用いているために、13NH3が心筋内で代謝されることが計算結果に与える影響がきわめて少ないのに対して、three compartement modelでは13NH3が心筋内で代謝される影響も含めてデータ解析を行っている点にある。また、Hutchnsらはthree compartment modelで心筋血流量を計算した場合と心筋内で13NH3が代謝される影響を無視してtwo compartment modelで計算した場合、心筋血流量や冠血流予備能の定量値に与える影響は無視できると結論づけており、two compartment modelで心筋血流量を定量することには問題がないものと考えられた.

 Gouldらが示したのと同様に、冠状動脈狭窄の程度が増加するに従いCFRは逓減減していた.またこの関係は狭心症例でより顕著で、心筋梗塞ではデータにばらつきが多くなる傾向が認められた.一方、心筋梗塞においてのみ狭窄のない冠動脈支配領域のCFRが健常者よりも有意に低下していた.このようなこともあり、CFR定量のみから冠動脈病変を診断することには一定の限界があるものと考えられた.

結語

 FHでは、臨床上明らかな心筋虚血の所見が存在していなくてもCFRは低下しており、PETはその早期検出に有用と考えられた.冠動脈疾患をCFRのみで定量的に診断する事には問題があることが示唆された.これは、CFR定量により冠血管の器質病変のみならず、狭窄のない冠血管の機能異常を検出したためと考えられた.さらに正確な診断を行うためにはコレステロール値の影響を加味して評価する事、dipyridamole負荷法に工夫を加えることが必要と考えられた.

審査要旨

 本研究は、虚血性心疾患に対するり患率、死亡率が極めて高い家族性高コレステロール血症(FH)患者に対する冠動脈硬化早期診断の可能性ならびに、虚血性心疾患に対するより精度の高い診断の可能性について、ポジトロンCT(PET)を用いた非侵襲的な冠血流予備能定量評価により行ったものであり、以下の結果を得た.

 1.無症状で、運動負荷陰性で未治療のFH患者および年齢をマッチさせた健常者に対して13N-ammoniaを用いたPETを安静時およびdipyridamole負荷時に施行することにより、冠血流予備能を得た.その結果、FH患者では、無症状で運動負荷陰性であっても、冠血流予備能は年齢をマッチさせた健常者に対して有意に低下していた.

 2.このFH患者の冠血流予備能の低下は、女性よりも男性で有意に低下していた.しかしこの冠血流予備能の男女差は、健常者においては認められなかった.これは、FH患者における虚血性心疾患のり患率、死亡率が女性よりも男性で有意に高いという疫学的事実に合致しており、PETによる非侵襲的な冠血流予備能の定量評価が、本疾患の予後を推察するための手段となりうることを示唆するものと考えられた.

 3.虚血性心疾患患者においては、冠血流予備能は冠動脈狭窄の程度と逆相関して低下していた.一方、心筋梗塞患者の非病変枝側(0%狭窄)の冠血流予備能も健常者と比較して有意に低下していた.しかし、症例ごとに冠血流予備能の値にばらつきも少なからず認められた.冠血流予備能を定量することにより冠動脈病変を診断することを試みたが、診断精度は従来的な半定量的診断法と大きな差を認めなかった.

 以上、本論文は無症状で未治療で運動負荷検査正常のFH患者における冠血流予備能の低下を、ポジトロンCTを用いた非侵襲的な検討から明らかにした.本研究は、これまで未知に等しかったFH患者における、動脈硬化早期診断の方法を示したものであり、本疾患の診断治療において重要な貢献と考えられる.また非侵襲的な冠血流予備能定量評価による、虚血性心疾患のより精度の高い診断の可能性については、その有用性についての報告は数々の報告がなされているが、その限界についての検討は未知に等しく、これもまた虚血性心疾患診断の分野における重要な貢献と考えられる.以上のことから、本研究は学位の授与に値するものと考えられる.

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