学位論文要旨



No 212711
著者(漢字) 梁,善光
著者(英字)
著者(カナ) リョウ,ヨシミツ
標題(和) ラット顆粒膜細胞における上皮成長因子の受容体および増殖作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 212711
報告番号 乙12711
学位授与日 1996.02.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12711号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川名,尚
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 岩森,正男
 東京大学 助教授 山田,信博
 東京大学 助教授 山下,直秀
内容要旨 緒言

 性周期における卵胞発育と排卵現象の中で、前周期の黄体中期より発育を開始した十数個の原始卵胞のうち、最終的に排卵時には一個のみが成熟卵胞へと成長・分化し、一方で残りの発育卵胞が退縮していく過程は未だ完全には解明されていない。卵胞は卵細胞と顆粒膜細胞によって構成されるが、このうち顆粒膜細胞は卵胞発育にともなって急速な増殖と分化をとげる。従来顆粒膜細胞に対しては性腺刺激ホルモンである卵胞刺激ホルモン(follicle stimulating hormone:FSH)や黄体化ホルモン(luteinizing hormone:LH)が制御の主体であることは知られていたが、最近各種のサイトカインや細胞成長因子が局所的にこのFSHやLHの作用を修飾する可能性が指摘されてきた。上皮成長因子(epidermal growth factor:EGF)は、雄マウス顎下腺より抽出された細胞成長因子のひとつであるが、これがヒトやブタの卵胞液中にも存在することが明らかとなり、顆粒膜細胞の分化・増殖への関与が注目されている。今日までに顆粒膜細胞の分化機能に対するEGFの影響については数多くの報告がみられるが、増殖に及ぼす影響についての知見は乏しい。本研究では顆粒膜細胞の増殖に及ぼすEGFの作用について研究するために、ラット顆粒膜細胞の初代培養系を用いてEGF受容体調節機序を検討し、さらにEGFと各種性ステロイドおよび性腺刺激ホルモンとの相互作用を検討することにより、EGFの顆粒膜細胞増殖調節機序の一端を解明したので報告する。

研究方法1ラット顆粒膜細胞の単層培養

 Wistar系幼若メスラット(25日齢)に妊馬血清ゴナドトロピン10IUを皮下注し、48時間後に成熟卵胞より顆粒膜細胞を採取して、2%FBS、5g/ml insulin、3.5g/ml penicillin Gを含むphenol red非含有Medium199培地内で単層培養を行った。

2ラット顆粒膜細胞のEGF受容体におよぼすestradiol(E2)の影響(1)ラット顆粒膜細胞のEGF受容体の測定

 顆粒膜細胞の培養液は培養開始後48時間毎に交換し、6日間の前培養を行った。7日目に各種ホルモン・試薬を含む培養液に変更し実験内容に応じた時間(1〜48時間)の培養を継続した。試薬添加培養終了後、培養細胞を十分に洗浄した後に、125I標識EGF(約3×104cpm)を含む培養液に交換した。4℃、12時間インキュペートした後、十分に洗浄を行い、得られた顆粒膜細胞に結合した125I標識EGFの放射活性をEGF結合量とした。

(2)培養液中のE2測定

 培養液の一部を採取して、培養細胞が培養液中に産生・放出したE2をEnzyme immunoassayにより測定した。

3ラット顆粒膜細胞の増殖に対するEGFの影響

 細胞内への3H標識thymidineの取り込みを測定することにより、ラット顆粒膜細胞の増殖能に及ぼすEGFの影響を検討した。顆粒膜細胞を48時間前培養した後、各種ホルモン・試薬を含む培養液に変更してさらに24時間の培養を継続した。続いて1Ci/mlの3H標識thymidineを含む培養液に交換して20時間の培養後、十分に洗浄を行った。顆粒膜細胞内に取り込まれた3H標識thymidineの放射活性を測定しDNA合成量とした。

4統計処理

 測定は全て3〜6検体で行い、測定結果は平均値±標準誤差にて示した。統計学的検定にはStudent’s t-testを用い、危険率5%以下をもって統計的に有意とした。

成績1ラット顆粒膜細胞のEGF受容体におよぼすestradiol(E2)の影響

 (1)ラット顆粒膜細胞は、Kd値7.4×10-10M、結合量1.45×103molecules/cellの単一の受容体を有することが確認された。

 (2)FSH、human chorionic gonadotropin(hCG)、E2、progesterone、testosteroneの各種ホルモンのうち、E2は培養ラット顆粒膜細胞のEGF結合量を対照群に比べて有意に増加させたが、それ以外の4種のホルモンは影響を与えなかった。

 (3)E2は用量依存的に培養ラット顆粒膜細胞のEGF結合量を増加させた。最少有効濃度は10-9Mであり、また10-7Mで最大効果を示し、対照の約2.5倍となった。

 (4)E2によるEGF結合量増加は、E2の3時間以内のincubationでは全く認められなかったが、6時間のincubationで対照の180%に増加した。以後48時間までその効果は持続した。

 (5)E2を添加して24時間培養した際のEGF結合のスキャッチャード分析を行うと、Kd値は不変であったが、細胞あたりの結合数は約2倍に増加した。

 (6)蛋白合成阻害剤の存在下ではE2のEGF受容体数増加効果は完全に抑制された。

 (7)FSHはtestosterone存在下で用量依存性に顆粒膜細胞のE2産生量を促進した。この作用はEGFの同時添加によって用量依存性に抑制された。

 (8)FSHとtestosteroneは各々単独ではEGF結合量に影響を与えなかったが、二者の同時添加により対照に比して約2.5倍の結合量の増加が観察された。この作用はアロマターゼ阻害剤の一つであるDL-aminoglutethimideの同時添加より完全に消失した。

2EGFの培養ラット顆粒膜細胞の増殖に及ぼす影響

 (1)EGFはインスリンの存在下で用量依存的に培養ラット顆粒膜細胞のDNA合成量を促進した。最少有効濃度は1ng/mlであり、また50ng/mlで最大効果を発現し対照の約1.25倍となった。

 (2)FSHは用量依存的に培養ラット顆粒膜細胞のDNA合成量を促進した。最少有効濃度は1ng/mlであり、最大効果は100ng/mlで発現され対照の約1.5倍となった。

 (3)培養液中にEGF(50ng/ml)を添加し、これに種々の濃度のFSHを同時添加して二者の相互作用を検討すると、EGFの存在下ではFSHはEGF単独で促進されるDNA合成量以上の促進効果を発現しなかった。

 (4)Adenylate cyclaseの活性賦活物質であるforskolin(10M)をEGFと同時添加すると、forskolin単独によるDNA合成促進効果はEGFによって抑制された。しかし、(Bu)2cAMP(50M)を用いた場合、EGFの同時添加によってDNA合成量は相加的に促進された。

考察

 本研究では、実験1で顆粒膜細胞には単一のEGF膜受容体が存在し、E2がラット培養顆粒膜細胞のEGF受容体数を増加させる効果を有することを見いだした。このE2の作用は、標識・非標識EGFによる競合実験の結果より、受容体の結合親和性には影響を与えず、細胞あたりの受容体数を増加させることにより発現されることが証明された。さらにTime course studyの結果より、この作用はE2添加後3時間ないし6時間に急速に発現されることも明らかとなった。また、蛋白合成阻害剤がこの効果を完全に抑制したことより、この作用のメカニズムには何らかの蛋白合成が必須であることが示唆された。そしてこのE2によるEGF受容体数の増加作用は、培養顆粒膜細胞が自ら産生したE2によっても同様に観察された。このことより、顆粒膜細胞から分泌されたE2は、オートクリン/パラクリン的に作用して顆粒膜細胞自身のEGF結合能を調節していることが判明した。

 実験2において、FSHおよびEGFが、それぞれインスリンの存在下で顆粒膜細胞のDNA合成に対して促進的に作用することが示された。しかしEGFとFSHの相互作用を検討すると、EGFはFSHの有無によらず増殖促進効果を発現するが、同時にFSHの増殖促進作用を抑制することが明らかとなった。この作用は、FSHに代えてforskolin、(Bu)2cAMPを添加することによって得られた実験結果より、cAMP産生を阻害するメカニズムによって発現されていることが示唆された。

 以上の二つの実験結果より得られた知見は、EGFとFSHが相互作用を及ぼしあって、過度の卵胞発育の抑制や主席卵胞・閉鎖卵胞の選択に寄与している可能性を示唆する。EGFはインスリンの存在下で顆粒膜細胞の増殖を促進させる。しかしFSHとの相互作用に限れば、FSHによる顆粒膜細胞の増殖促進効果をEGFが制御する。また、分化に関しても、FSHによる顆粒膜細胞のE2産生促進作用をEGFが阻害する。これらのことより、FSHが有する顆粒膜細胞の増殖・分化促進効果に対して、EGFはいずれも抑制的に作用すると考えられる。その一方で、EGFの顆粒膜細胞への結合はE2によって促進される。即ちFSHによって分化を誘導された顆粒膜細胞は、E2分泌を介してEGFの作用発現を増強し、その結果FSHによって獲得した増殖能・分化能を制御されることが推論される。卵胞液中のEGF濃度は小卵胞ほど高濃度であることが判明しており、各卵胞毎の成熟段階に応じてEGFとFSHの相互作用に微妙な差異を生じることが、卵胞発育過程で主席卵胞の発育とその他の卵胞の退縮が同時進行する現象の一つの説明になりうると思われる。

まとめ

 ラット顆粒膜細胞のEGF受容体数はE2により増加する。この作用は自ら産生したE2によっても発現されることより、E2がオートクリン/パラクリン的に働くことが明らかとなった。また、増殖に関してEGFはインスリン存在下で増殖促進効果を有することも判明し、さらにFSHの増殖促進効果はEGFにより修飾されることが示された。これらのことより、FSH・E2・EGFの三者は、相互作用を及ぼしあって顆粒膜細胞の増殖・分化を制御することにより、卵胞の発育と閉鎖のメカニズムに関わっていると考えられる。

審査要旨

 本研究は卵胞発育過程において重要な役割を演じていると考えられる上皮成長因子(EGF)の作用を明らかにするために、ラット顆粒膜細胞の初代培養系を用いてEGF受容体調節機序を検討し、さらにEGFと各種性ステロイドおよび性腺刺激ホルモンとの相互作用を中心にEGFが顆粒膜細胞に及ぼす増殖調節機序の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.ラット顆粒膜細胞を6日間にわたり前培養したのちに、125I標識EGPを用いて行ったEGF receptor assayの結果、顆粒膜細胞にはKd値7.4×10-10M、結合量1.45×103molecules/cellの単一の受容体が存在し、さらにestradiol(E2)を添加することによりその結合量が約2.5倍に増加することが判明した。またE2のEGF結合量増加作用に関してはスキャッチャード分析の結果から、結合親和性を変化させることなく、細胞あたりの結合数を増量させることにより発現することが示された。

 2.実験に用いた培養顆粒膜細胞は卵胞刺激ホルモン(follicle-stimulating hormone:FSH)の添加により基質(testosterone)存在下で用量依存的にE2産生作用を有することが、培養液中のE2濃度をEIA法によって測定することにより確認されたが、この顆粒膜細胞が産生した内因性のE2によっても前項と同様に顆粒膜細胞へのEGF結合量が増加することが示された。このことより、顆粒膜細胞のEGF受容体発現に対してE2がautocrine/paracrine的に作用する可能性が示唆された。

 3.顆粒膜細胞にFSH・testosterone・EGFを同時添加して得られた培養液中のE2濃度を測定することにより、顆粒膜細胞によるE2産生作用をEGFは用量依存的に抑制することが確認された。

 4.顆粒膜細胞を3日間前培養した後に3H標識thymidineを添加して行ったincooporation growth assayより、EGFおよびFSHはそれぞれ単独で用量依存的に顆粒膜細胞のDNA合成量を促進した。しかし、EGFとFSHを同時添加して検討したところ、EGFはそれ自身のDNA合成量促進作用を発現する一方で、FSHによるDNA合成量促進効果をcAMP産生を阻害することにより抑制することが示された。

 以上、本論文はE2、EGFおよびFSHの三者が相互作用を及ぼしあって顆粒膜細胞の増殖・分化を制御すること、即ち、FSHによって分化を誘導された顆粒膜細胞はE2分泌を介してEGFの作用発現を増強し、その結果FSHによって獲得した増殖能・分化能の制御を受けることを明らかにした。本研究はこれまで未解明であった卵胞発育における各種ホルモンの影響を明らかにする重要な新知見と考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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