乳用牛の遺伝的改良の加速と、乳用牛による肉用素牛生産の高付加価値化・効率化を同時に進めるためには、雌牛個体の遺伝的能力を明らかにした上で、高能力牛を遺伝資源として改良に活かし、低能力牛を肉用素牛生産に利用することが必要である。とくに、高能力牛は、後継牛生産に用いるだけでなく、そのトップクラスを供胚牛として活用することが効果的である。また、低能力牛による肉用素牛生産は、双子生産によって大幅な効率向上が期待される。 本研究は、このような体系的かつ実用的な乳用牛の高度利用手法の開発を目的に、主として遺伝的要因及び環境要因に関して分析を行なったものである。 具体的には、全国的な乳用牛の遺伝的能力評価法の検討と試行(第1章)、胚生産成績に影響する要因の解析と供胚牛の選抜・供用開始時期の検討(第2章)、安定的かつ簡便な双胎誘起法の開発(第3章)、F1・和牛生産及び双子生産が泌乳等母牛の経済形質に及ぼす影響の解析(第4章)を行なった。 第1章においては、BLUP法を用いた全国的な乳用牛の遺伝的能力評価の方法を検討した。I節では、泌乳形質(乳量、脂肪率・量、無脂肪固形分(SNF)率・量、蛋白質率・率の7形質)について実際の牛群検定データ(乳量で91万頭234万件)と登録データ(同120万頭分)を用いた試行を行った。統計モデルとしては、牛群、分娩年、産次、父牛の供用国から定義した管理グループの効果(母数)、地域-分娩月の効果(母数)、分娩月齢の効果(母数)、牛群検定牛個体の育種価(変量)、恒久的環境効果(変量)及び残差(変量)を含む単一記録・複数記録・相加的遺伝効果・単純反復アニマルモデルを設定し、MisztalとGianola(1987)の方法により計算を行った。その結果、いずれの形質についても牛群検定牛及び種雄牛個体の育種価が得られ、全国的な乳用牛の遺伝的能力評価が可能であることが示された。牛群検定牛個体の育種価の生年別平均により我が国における遺伝的改良の実態をみたところ、乳量、脂肪量、SNF量、蛋白質量とも順調に伸びていることが明らかとなり、乳量の最近10年間における年当たり改良量は47kgと推定された。 II節では、体型20形質(決定得点、4部位及び線形審査15形質)について、実際の審査データ(12万頭分)等を用いた試行を行った。牛群、審査日、審査員で定義した審査グループの効果(母数)、泌乳月齢の効果(母数)、泌乳ステージの効果(母数)、審査牛の育種価(変量)、残差(変量)を含む単一形質・単一形質・相加的遺伝効果アニマルモデルを設定し、泌乳形質と同様に計算を行った。その結果、いずれの形質についても個体の育種価が得られた。また、各形質について遺伝的改良の実態が明らかとなった。 III節では、近年重要性が増している分娩難易、気質、搾乳性(速度)について、遺伝的能力評価の可能性を検討した。これら管理形質は量的形質ではなく、安産と難産のようにスコアで分類される閾値形質であることから、閾値モデルを用いて分散成分の推定を行った。その結果、遺伝率は、分娩難易が0.06、気質が0.11、搾乳性が0.19と推定された。同一時にスコアが付されたグループ効果の分散が全分散の0.20以上と大きく、データ収集方法の改善が必要と思われたが、種雄牛については遺伝的能力評価が可能と考えられた。 第2章においては、供胚牛の胚生産成績に影響する要因の解析を行い、高能力牛を効率的に供胚牛として利用するための選抜時期と供用開始時期の検討を行った。データには、供胚牛84頭の延455回の胚生産記録を用い、分析形質には回収総数、回収胚数、正常胚数、受精率(回収胚数/回収総数)、正常率(正常胚数/回収総数)を取り上げた。 I節では、1頭ごとの供用期間中の総生産成績に対する最終分娩年齢と最終分娩から初回処理までの間隔(初回処理時期)の影響について分散分析を行った。その結果、初回処理時期の有意な影響が認められた。また、最小二乗平均値から、最終分娩年齢3〜6才には差はないが7才以上では成績が低下すること、初回処理時期が最終分娩後190日以降になると成績が低下することが示された。 II節では、処理ごとの胚生産成績に影響する要因の解析を行った。その結果、最終分娩年齢については4〜5才をピークに成績が低下すること、処理時期については1年目に比べ3年目に明らかに低下することがうかがえ、I節の結果が確認された。また、胚生産成績は、夏期に低下し、飼料条件が安定する春期に向上することが示された。 以上より、供胚牛は、初産成績に基づく評価値によって選抜し、2産分娩後早期より供用を開始することが適当と考えられた。 また、III節では、胚回収成績の個体差を反復率により検討したところ、推定された反復率は、回収総数で0.25と中度、正常胚数で0.11と低度であった。この結果、若干ではあるが個体差が存在することが示唆された。 第3章においては、低能力牛による肉用素牛生産の効率向上を目的として簡易な双胎誘起法である誘起多胎法の検討を行った。 I節では、供試牛226頭を用いて、市販の卵胞刺激ホルモン製剤(pFSH)とプロスタグランディン(PG)製剤の投与方法を検討したところ、黄体開花期にpFSH4〜6AU、その24時間後にpFSH2〜4AUとPG類縁体cloprostenol製剤(PG-A)0.5mgを投与する方法が簡便かつ安定的であることが示された。 II節では、pFSHをさらに精製してLHをほぼ除去した試作薬(pFSH-R)による処理を試みた。その結果、pFSHと同様な投与方法によって、妊娠率の向上等、より安定した成績が得られた。処理牛98頭の成績は、62頭(68%)が妊娠し、うち12頭(20%)が双胎となり、流産の危険が高い3個以上の排卵は1頭(1%)であった。 III節では、pFSH-Rの効果を確認するために、卵巣反応がより明瞭な過排卵処理において、pFSH-RとpFSHを比較した。その結果、誘起黄体数の分散がpFSH-Rで縮小する傾向がうかがえた。排卵数に対する胎子数の割合を向上させる受精率、正常率についてもpFSH-Rで高値を示した。安全かつ効率的な双胎誘起のためには、3個以上の排卵を極力抑制して2個排卵の割合を高めるとともに、排卵数に対する胎子数の割合を高めることが重要であり、誘起多胎法におけるpFSH-Rの有効性が確認された。 また、IV節では、農家における実用例の増加に伴い、農家あるいは季節によって成績の著しい低下が報告されるようになったことから、一般に繁殖成績が低下する暑熱や低栄養の影響を分析した。その結果、暑熱期及び飼料給与条件の悪化時期に、発情の出現率、妊娠率とも低下することが明らかとなった。さらに、成績の低下は、pFSH-Rによる処理に比べpFSHによる処理において顕著となる傾向がうかがわれた。 第4章においては、F1や和牛の生産、さらにはそれらの双子生産が母牛の泌乳等経済形質に及ぼす影響の確認を行った。このことは、F1や和牛、双子生産の普及を図る上での課題であるだけでなく、第1章で論じた遺伝的能力評価上の問題としても重要である。 I節では、5牛群約900頭の記録を用いてF1と和牛生産の影響を解析した。その結果、妊娠期間や産子生時体重に、産子品種の影響が認められたが、泌乳形質及び繁殖形質には影響は認められなかった。 II節では、30組の双子分娩牛と単子分娩牛の記録を用いて双子生産の影響を解析した。その結果、双子分娩牛では、分娩後とくに早期の泌乳量が減少することが確認されたが、母牛の体重の変化に関係することが明らかとなった。すなわち、双胎妊娠牛では妊娠末期のエネルギー負債が大きいために、その回復に通常泌乳にむけられる摂取エネルギーの一郎が消費されるものと考えられた。そのため、乾乳期における増飼により、体重の減少を単胎妊娠の水準にまで緩和することによって乳量の減少は防止可能と考えられた。 以上のように本研究によって、我が国における全国的な乳用牛の遺伝的能力評価が可能であること(第1章)、供胚牛は初産記録に基づく評価値によって選抜し、2産分娩後早期から供用することが最も効率的であること(第2章)、低能力牛を用いた双子生産方法としては、黄体開化期にpFSH-R4〜6AUを投与し、24時間後にpFSH-R2〜4AUとPG-A0.5mgを投与する方法が安全かつ簡便であること(第3章)、F1や和牛の生産は母牛の経済形質に影響せず、双子生産についても妊娠末期の栄養管理により影響は軽減できると考えられること(第4章)等が示された。これらは、我が国の酪農において、遺伝的改良の加速と肉用素牛生産の効率化の両立が可能であることを示すものである。 |