学位論文要旨



No 212718
著者(漢字) 磯貝,保
著者(英字)
著者(カナ) イソガイ,タモツ
標題(和) 乳用牛の高度利用手法開発における遺伝的要因と環境要因の解析
標題(洋)
報告番号 212718
報告番号 乙12718
学位授与日 1996.03.01
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12718号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,迪雄
 東京大学 教授 河本,馨
 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 助教授 酒井,仙吉
 東京大学 助教授 西原,真杉
内容要旨

 乳用牛の遺伝的改良の加速と、乳用牛による肉用素牛生産の高付加価値化・効率化を同時に進めるためには、雌牛個体の遺伝的能力を明らかにした上で、高能力牛を遺伝資源として改良に活かし、低能力牛を肉用素牛生産に利用することが必要である。とくに、高能力牛は、後継牛生産に用いるだけでなく、そのトップクラスを供胚牛として活用することが効果的である。また、低能力牛による肉用素牛生産は、双子生産によって大幅な効率向上が期待される。

 本研究は、このような体系的かつ実用的な乳用牛の高度利用手法の開発を目的に、主として遺伝的要因及び環境要因に関して分析を行なったものである。

 具体的には、全国的な乳用牛の遺伝的能力評価法の検討と試行(第1章)、胚生産成績に影響する要因の解析と供胚牛の選抜・供用開始時期の検討(第2章)、安定的かつ簡便な双胎誘起法の開発(第3章)、F1・和牛生産及び双子生産が泌乳等母牛の経済形質に及ぼす影響の解析(第4章)を行なった。

 第1章においては、BLUP法を用いた全国的な乳用牛の遺伝的能力評価の方法を検討した。I節では、泌乳形質(乳量、脂肪率・量、無脂肪固形分(SNF)率・量、蛋白質率・率の7形質)について実際の牛群検定データ(乳量で91万頭234万件)と登録データ(同120万頭分)を用いた試行を行った。統計モデルとしては、牛群、分娩年、産次、父牛の供用国から定義した管理グループの効果(母数)、地域-分娩月の効果(母数)、分娩月齢の効果(母数)、牛群検定牛個体の育種価(変量)、恒久的環境効果(変量)及び残差(変量)を含む単一記録・複数記録・相加的遺伝効果・単純反復アニマルモデルを設定し、MisztalとGianola(1987)の方法により計算を行った。その結果、いずれの形質についても牛群検定牛及び種雄牛個体の育種価が得られ、全国的な乳用牛の遺伝的能力評価が可能であることが示された。牛群検定牛個体の育種価の生年別平均により我が国における遺伝的改良の実態をみたところ、乳量、脂肪量、SNF量、蛋白質量とも順調に伸びていることが明らかとなり、乳量の最近10年間における年当たり改良量は47kgと推定された。

 II節では、体型20形質(決定得点、4部位及び線形審査15形質)について、実際の審査データ(12万頭分)等を用いた試行を行った。牛群、審査日、審査員で定義した審査グループの効果(母数)、泌乳月齢の効果(母数)、泌乳ステージの効果(母数)、審査牛の育種価(変量)、残差(変量)を含む単一形質・単一形質・相加的遺伝効果アニマルモデルを設定し、泌乳形質と同様に計算を行った。その結果、いずれの形質についても個体の育種価が得られた。また、各形質について遺伝的改良の実態が明らかとなった。

 III節では、近年重要性が増している分娩難易、気質、搾乳性(速度)について、遺伝的能力評価の可能性を検討した。これら管理形質は量的形質ではなく、安産と難産のようにスコアで分類される閾値形質であることから、閾値モデルを用いて分散成分の推定を行った。その結果、遺伝率は、分娩難易が0.06、気質が0.11、搾乳性が0.19と推定された。同一時にスコアが付されたグループ効果の分散が全分散の0.20以上と大きく、データ収集方法の改善が必要と思われたが、種雄牛については遺伝的能力評価が可能と考えられた。

 第2章においては、供胚牛の胚生産成績に影響する要因の解析を行い、高能力牛を効率的に供胚牛として利用するための選抜時期と供用開始時期の検討を行った。データには、供胚牛84頭の延455回の胚生産記録を用い、分析形質には回収総数、回収胚数、正常胚数、受精率(回収胚数/回収総数)、正常率(正常胚数/回収総数)を取り上げた。

 I節では、1頭ごとの供用期間中の総生産成績に対する最終分娩年齢と最終分娩から初回処理までの間隔(初回処理時期)の影響について分散分析を行った。その結果、初回処理時期の有意な影響が認められた。また、最小二乗平均値から、最終分娩年齢3〜6才には差はないが7才以上では成績が低下すること、初回処理時期が最終分娩後190日以降になると成績が低下することが示された。

 II節では、処理ごとの胚生産成績に影響する要因の解析を行った。その結果、最終分娩年齢については4〜5才をピークに成績が低下すること、処理時期については1年目に比べ3年目に明らかに低下することがうかがえ、I節の結果が確認された。また、胚生産成績は、夏期に低下し、飼料条件が安定する春期に向上することが示された。

 以上より、供胚牛は、初産成績に基づく評価値によって選抜し、2産分娩後早期より供用を開始することが適当と考えられた。

 また、III節では、胚回収成績の個体差を反復率により検討したところ、推定された反復率は、回収総数で0.25と中度、正常胚数で0.11と低度であった。この結果、若干ではあるが個体差が存在することが示唆された。

 第3章においては、低能力牛による肉用素牛生産の効率向上を目的として簡易な双胎誘起法である誘起多胎法の検討を行った。

 I節では、供試牛226頭を用いて、市販の卵胞刺激ホルモン製剤(pFSH)とプロスタグランディン(PG)製剤の投与方法を検討したところ、黄体開花期にpFSH4〜6AU、その24時間後にpFSH2〜4AUとPG類縁体cloprostenol製剤(PG-A)0.5mgを投与する方法が簡便かつ安定的であることが示された。

 II節では、pFSHをさらに精製してLHをほぼ除去した試作薬(pFSH-R)による処理を試みた。その結果、pFSHと同様な投与方法によって、妊娠率の向上等、より安定した成績が得られた。処理牛98頭の成績は、62頭(68%)が妊娠し、うち12頭(20%)が双胎となり、流産の危険が高い3個以上の排卵は1頭(1%)であった。

 III節では、pFSH-Rの効果を確認するために、卵巣反応がより明瞭な過排卵処理において、pFSH-RとpFSHを比較した。その結果、誘起黄体数の分散がpFSH-Rで縮小する傾向がうかがえた。排卵数に対する胎子数の割合を向上させる受精率、正常率についてもpFSH-Rで高値を示した。安全かつ効率的な双胎誘起のためには、3個以上の排卵を極力抑制して2個排卵の割合を高めるとともに、排卵数に対する胎子数の割合を高めることが重要であり、誘起多胎法におけるpFSH-Rの有効性が確認された。

 また、IV節では、農家における実用例の増加に伴い、農家あるいは季節によって成績の著しい低下が報告されるようになったことから、一般に繁殖成績が低下する暑熱や低栄養の影響を分析した。その結果、暑熱期及び飼料給与条件の悪化時期に、発情の出現率、妊娠率とも低下することが明らかとなった。さらに、成績の低下は、pFSH-Rによる処理に比べpFSHによる処理において顕著となる傾向がうかがわれた。

 第4章においては、F1や和牛の生産、さらにはそれらの双子生産が母牛の泌乳等経済形質に及ぼす影響の確認を行った。このことは、F1や和牛、双子生産の普及を図る上での課題であるだけでなく、第1章で論じた遺伝的能力評価上の問題としても重要である。

 I節では、5牛群約900頭の記録を用いてF1と和牛生産の影響を解析した。その結果、妊娠期間や産子生時体重に、産子品種の影響が認められたが、泌乳形質及び繁殖形質には影響は認められなかった。

 II節では、30組の双子分娩牛と単子分娩牛の記録を用いて双子生産の影響を解析した。その結果、双子分娩牛では、分娩後とくに早期の泌乳量が減少することが確認されたが、母牛の体重の変化に関係することが明らかとなった。すなわち、双胎妊娠牛では妊娠末期のエネルギー負債が大きいために、その回復に通常泌乳にむけられる摂取エネルギーの一郎が消費されるものと考えられた。そのため、乾乳期における増飼により、体重の減少を単胎妊娠の水準にまで緩和することによって乳量の減少は防止可能と考えられた。

 以上のように本研究によって、我が国における全国的な乳用牛の遺伝的能力評価が可能であること(第1章)、供胚牛は初産記録に基づく評価値によって選抜し、2産分娩後早期から供用することが最も効率的であること(第2章)、低能力牛を用いた双子生産方法としては、黄体開化期にpFSH-R4〜6AUを投与し、24時間後にpFSH-R2〜4AUとPG-A0.5mgを投与する方法が安全かつ簡便であること(第3章)、F1や和牛の生産は母牛の経済形質に影響せず、双子生産についても妊娠末期の栄養管理により影響は軽減できると考えられること(第4章)等が示された。これらは、我が国の酪農において、遺伝的改良の加速と肉用素牛生産の効率化の両立が可能であることを示すものである。

審査要旨

 我が国の酪農をマクロで見れば、泌乳資質の遺伝的改良の加速と、肉用素牛生産の推進を両立させることが可能であると考えられる。牛乳を得るためには、現在の一般的技術では雌牛を妊娠、分娩させることが必要だから、乳用牛は乳とともに常に子牛の生産を行っていることになる。したがって上記の目標のためには、雌牛の遺伝的能力を早期に推定して、高能力が推定されるものを後継牛生産群として温存するとともに、低能力と推定されるものは肉用素牛生産に振り向けるか、あるい淘汰すればよい。このような遺伝的能力に基づく乳用牛の高度利用を実現するためには、信頼性の高い全国的な雌牛の遺伝的能力評価の手法を確立することが必須である。さらに、高能力と推定される牛群の中でも、その上位にあるものは、多数の卵資源を活用するという面から、過剰排卵させて供胚牛として用いることが好ましく、その場合は当該牛をいつ高能力と推定して、その後のどの時期から胚生産を開始すれば最も効率的であるかを知ることが望ましい。一方、低能力と推定されたものを肉用素牛生産に利用する際には、母牛の持続的生産力を碓保しつつ、できるだけ効率的に産子数を確保できる手法が伴っていることが望ましい。このような背景に基づき、本研究は信頼性の高い雌牛の遺伝的能力評価の手法を確立を図ること、遺伝的能力の明らかになった雌牛を、供胚牛あるいは肉用素牛生産に効率的に用いる手法の確立を図ることを試みている。

 論文は4章からなり、1章では経済的意義が大きい泌乳形質および体型形質について、アニマル(個体)モデルに最良線形不偏予測量(BLUP)を求めるBLUP法を適用する全国的な乳用牛の雌雄同時評価法を検討・試行して、実行が可能であることを実証するとともに、これまでの我が国における遺伝的改良の実態を明らかにしている。このために、1989年以来世界最大の乳用牛集団である米国ホルスタイン種の雌雄同時評価に用いられているindirect approach法を導入し、計算を家畜改良センター設置の大型コンピュータFACOM VP-30Eにより実行することにより、処理量を飛躍的に増大させ、処理時間をCPU稼働時間上実用的な範囲に収めている。

 2章では、1985-1989年に家畜改良センターで専ら供胚牛として使用された82頭のホルスタイン牛の胚生産記録に基づき、各種分散分析を行い、高能力牛の遺伝的資源を最も有効に利用する方法としての供胚牛の選抜は、初産記録に基づく遺伝的能力により選抜して、2産分娩後早期から供胚牛として用いることが最も効率的であるという結論を得ている。さらに、胚の産生効率で選抜することが、本来の目的である泌乳形質等の改良速度に負の影響を与える危険性について議論しているが、胚の産生効率の遺伝率が極めて低いことから、この可能性を否定している。

 3章では、遺伝的能力の低位牛が肉用素牛生産を行う場合の効率的手段を検討している。牛の産子生産効率を上げるためには、双子生産が最も期待されるが、乳用牛で遺伝的に双子率を上げることは、フリーマーチンの危険を伴うことから適当でなく、将来は受精卵移植法による和牛の双子生産が好ましいが、当面は多胎を誘起して、なるべく高い確率で双子を生産する方法が現実的であると考察している。この前提で、特にLHが混在するFSH製剤と、この混在を極力減じた精製FSH製剤の効力の違いをさまざまな角度から検討し、黄体開花期に精製FSHを適当量を投与し、24時間後に精製FSHとPGF2を投与する方法が、実用的であるとの結論を得ている。

 4章ではホルスタイン種母牛が、和牛あるいは和牛とのF1を生産すること、あるいは3章で論じたように双子を生産することが、母牛の経済形質に及ぼす影響を論じている。ここでも、家畜改良センターで飼養されていた5牛群、約900頭を対象に分散分析を行い、和牛あるいは和牛とのF1の生産は母牛の経済形質には影響を与えないことを示し、また双子生産については、妊娠末期に飼料を多給することで母牛への影響は回避できることを推定している。

 以上の如く、本研究は我が国の酪農業の実態に立脚して、雌牛の遺伝的能力の早期判定を基礎に、さまざまな角度から乳用牛の高度利用法を探ったものである。本論文の1章で検討・試行した方法は、既に1992年より農林水産省で年2回定期的に実施されている種雄牛および雌牛(牛群検定牛)の遺伝的能力評価でその実用的価値が十分評価されている。本研究は、申請者の広範囲にわたる的確な解析能力を示すとともに、将来我が国の家畜の遺伝的改良の方法についても貴重な示唆を与えるものと評価された。よって審査員一同は、申請者に博士(農学)を与えて然る可きものと判定した。

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