Selyeはストレスに対する生体の神経内分泌反応において下垂体〜副腎皮質系が重要であることを示し、いかなるストレスにおいても副腎皮質肥大、胸腺萎縮、胃潰瘍などの非特異的反応が生じることを指摘した。一方、Cannonはストレスに対する生体の緊急反応には交感神経〜副腎髄質系が最も密接に関係していることを明らかにした。これらの神経内分泌系の反応は生体がストレスに対して恒常性を維持するための過程で共通な反応として認識され、両者の学説はストレス研究の基本概念として定着していたが、近年の研究報告では、これら神経内分泌系の反応パターンがストレスの種類によって異なることが示唆されている。本研究では、ストレス学説の見直しを図るため、反復寒冷ストレスの一種で、慢性ストレスモデルのSART(Specific Alternation of Rhythm in Temperatureの略)ストレス、SARTストレスと共通性のある常時寒冷暴露した寒冷ストレス及び急性ストレスモデルの拘束ストレスを用い、ストレス時に鋭敏に反応する視床下部〜下垂体〜副腎皮質系と交感神経〜副腎髄質系、ならびに寒冷暴露に対して顕著に変化する視床下部〜下垂体〜甲状腺系の反応パターンについて比較検討した。 1.視床下部〜下垂体〜副腎皮質/甲状腺系の反応 1)視床下部〜下垂体〜副腎皮質系は、拘束ストレスの場合とは異なり、SART及び寒冷ストレスにより活性化しない、2)視床下部〜下垂体〜甲状腺系は、SART及び寒冷ストレスにより活性化するが、拘束ストレスにより活性化しないことが示唆された。 2.交感神経〜副腎髄質系の反応 1)交感神経〜副腎髄質系は、SART、寒冷及び拘束ストレスにより顕著に活性化するが、SART及び寒冷ストレスは拘束ストレスと異なり、副腎髄質のエビネフリン遊離機構を活性化しないことが示唆された。2)寒冷ストレスの長期間負荷による脂肪組織におけるカテコールアミン生合成亢進は、SARTストレスではみられないこと、SARTストレスの長期間負荷により、交感神経系の反応性(ノルエピネフリン遊離・代謝)は、寒冷ストレスと比較して増大することが示唆され、末梢交感神経系は寒冷ストレスよりもSARTストレスに対して適応し難いものと考えられた。 3.下垂体〜副腎皮質/甲状腺系と交感神経〜副腎髄質系との相互作用1)甲状腺ホルモン及びグルココルチコイドは、末梢カテコールアミン遊離に対して抑制的に作用すること、2)拘束ストレスでは副腎髄質のエピネフリン生合成酵素であるPNMTの遺伝子発現と活性化は主にグルココルチコイドによって調節されるが、寒冷ストレスではこの調節機構にグルココル-チコイドは関与しないことを明らかにした。 以上、本研究ではストレスにおける神経内分泌機構に関する新規の知見を得た。これらの知見は、従来のストレス学説とは一部異なり、各種ストレスに対して生体は神経内分泌系を選択的かつ特異的に駆動し、恒常性の維持を担っていることを示唆している。本研究の成果は、現代社会で増加しているストレス誘因疾患の発症機序解明の研究並びに、ストレスを軽減できる薬剤の開発研究において基本となる「ストレスの概念」を是正したものとして、生理学及び神経内分泌学の発展に貢献するところ大きく、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと判断した。 |