学位論文要旨



No 212728
著者(漢字) 高瀬,保孝
著者(英字)
著者(カナ) タカセ,ヤスタカ
標題(和) サイクリックGMP-ホスホジエステラーゼ阻害作用を有するキナゾリン系化合物の探索と構造活性相関研究
標題(洋)
報告番号 212728
報告番号 乙12728
学位授与日 1996.03.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12728号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古賀,憲司
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 小田島,和徳
内容要旨

 サイクリックGMP(cGMP)はサイクリックAMP(cAMP)と並び細胞内の重要なセカンドメッセンジャーの1つで、その濃度が細胞内で上昇することにより、多彩な薬理作用が発現される。cGMPは、GTPからグアニレートシクラーゼにより産生され、ホスホジエステラーゼ(PDE)によりGMPへと分解される。PDEには各種アイソザイムが存在し、そのそれぞれが基質のcGMP、cAMPに対して異なった選択性を有している。豚大動脈から分離した5種類のアイソザイムおよびそれらの基質選択性より、cGMPを特異的に分解するcGMP-PDE(Type V)を選択的に阻害することができれば、グアニレートシクラーゼ活性化剤と同様の冠血管拡張作用などの薬理作用が期待できるのではないかとの仮説をたてた。

 既存のcGMP-PDE(Type V)の阻害剤はいずれも活性、選択性の点で満足できるものではなく、cGMP-PDE阻害剤のもたらす薬理作用を完全に解明できたとはいい難い。また構造上の差異が著しいために、cGMP-PDE阻害作用に対する構造活性相関を論じることは現段階では困難であると結論されており、構造的に新規なcGMP-PDE選択的阻害剤が待望されている状況であった。

 約1200化合物のランダムスクリーニングで見い出された化合物の構造変換により、既存の阻害剤と構造を異にするキナゾリン系のリード化合物、4-[3,4-(methylenedioxy)benzyl]amino-6,7,8-trimethoxyquinazoline(IC50=0.36M)を得た。

 リード化合物の他のPDEアイソザイムに対する活性はいずれも10倍以上弱く、不十分ながらも選択的阻害剤といえた。その阻害様式は競合的であり、グアニレートシクラーゼ活性化作用はなかった。また、リード化合物の豚摘出冠動脈のPGF2.(10-5M)収縮に対する弛緩作用(EC50=1.96M)、豚摘出冠動脈の細胞内cGMP濃度上昇作用が確認された。

 リード化合物の構造活性相関を調べた結果、キナゾリン4位に配置された、3、4-メチレンジオキシベンジルアミノ基は高い阻害活性にとって不可欠であることがわかり、フェニル環のメタ位、パラ位を共にヘテロ原子で置換すること、しかもその置換基が立体的にコンパクトであることの必要性が推測された。また、キナゾリン環6、7、8位の置換基に関しては、6位モノ置換体のみが強力なcGMP-PDE阻害活性を示し、好ましい置換基として、クロル基、シアノ基などが見いだされ、ある立体的大きさをもった疎水性置換基が必要であると考えられた。

 活性の向上した化合物群は、他のアイソザイムに対して全く阻害活性を有さず、選択性の向上したことが明らかとなった。これらの化合物の豚摘出冠動脈のPGF2.(10-5M)収縮に対する弛緩活性と、cGMP-PDE阻害活性とは良く相関したことより、一連のキナゾリン系化合物によって、cGMP-PDE阻害作用に基づいた冠血管拡張作用の期待できることが強く示唆された。

 さらに、一連の活性化合物の心血行動態に対する作用(静脈内投与)を観察した。覚醒豚の心血行動態に対しては、肺動脈圧低下作用と、覚醒実験でのみ測定可能な冠動脈径の拡張作用が直接観察され、硝酸イソソルビド(ISDN)と類似した特徴を有していたが、肺動脈圧低下作用に対し選択性の高い傾向が見られた。また、麻酔開胸豚の心血行動態に対しては、冠動脈径の測定が実験上不可能なものの、肺動脈圧低下作用に代表されるISDN類似の特徴を有していた。しかしやはり、肺動脈圧低下作用に対してより選択性が高く、その作用の強さは化合物間で比較して、酵素阻害活性や摘出冠動脈の弛緩作用の強度差をパラレルに反映してはいないものの、相関傾向が認められた。

 以上の結果よりcGMP-PDE阻害に基づくと考えられる特徴的な薬理作用として、麻酔モデルでの肺動脈圧低下作用と、覚醒モデルでの冠血管径拡大作用が観察された。平均肺動脈圧(mPAP)は、前負荷そのものではないものの、前負荷を反映する心血行動態値とみなすことができ、これを化合物スクリーニングの指標とすることとした。

 リード化合物のビーグル犬における生物学的利用能(BA)は38%と良好であった(0.1mg/kg、経口および静脈内投与により測定)一方で、活性の向上した化合物群の経口吸収性は極めて悪かった。静脈内投与によるin vivo薬効スクリーニング系では経口投与による有効性を予測することができないため、活性化合物群の経口投与による最高血中濃度を測定することにより、経口で有効な化合物を並行して探索した。

 活性化合物群の経口吸収性の欠如は、極性の低下(脂溶性の向上)が原因であると考えられ、新たな極性官能基の導入が有効と考えた。しかしながら、キナゾリン6-8位あるいは4位のいずれにおいても、活性を維持した上での極性基導入の余地はなく、置換基導入の検討が残されている位置はほぼキナゾリン2位に限られた。そこで、キナゾリン4、6位を有望な置換基に絞り、2位の置換基変換をおこなった。

 種々検討の結果、薬理活性、経口吸収性の両面において良好な結果を与えるキナゾリン2位置換基として、N-(3-カルボキシプロピル)-N-メチルアミノ基、4-カルボキシピペリジノ基が見いだされた。これらと、6位置換基(Cl基、CN基)、4位置換基(3、4-メチレンジオキシベンジルアミノ基、さらに活性向上が見いだされた3-クロロ-4-メトキシベンジルアミノ基)をマッチングさせ、薬理活性以上に大きな差の見られた経口吸収性と水性溶媒への溶解性を考慮して、1-[6-chloro-4-[3,4-(methylenedioxy)benzyl]amino-quinazolin-2-yl]piperidine-4-carboxylic acidを最適化合物として選んだ。

 E4021(最適化合物のナトリウム塩、1.5水和物)のcGMP-PDE阻害活性は3.9nMであり、阻害様式は競合的であった。他のPDEアイソザイムに対しての阻害活性はいずれも5M以上であったことから、cGMP-PDEに対して1000倍以上の極めて高い選択性を示した。また、グアニレートシクラーゼ活性化作用はなかった。豚摘出冠動脈のPGF2.(10-5M)収縮に対する弛緩作用において、E4021の活性(EC50=0.11M)はリード化合物の約20倍となった。またE4021は豚摘出冠動脈の細胞内環状ヌクレオチド濃度に関して、cAMP濃度に影響を及ぼすことなく有意にcGMP濃度を上昇させた。

 覚醒豚への静脈内投与においてE4021(1-100g/kgi.v.)は、冠血流速度(CFV)に変化を与えることなく用量依存的に冠動脈径(CoD)を拡大した。しかしながらその最大拡大の程度は、硝酸イソソルビド(ISDN、1-300g/kg i.v.)による拡大に比べ小さかった。逆に、E4021の平均肺動脈圧(mPAP)低下作用はISDN以上に明確であった。E4021による左室内圧の一次微分の最大値(LV dp/dtmax)と心拍数(HR)の増加、平均大動脈圧(mAoP)の減少はISDNと同程度であった。

 E4021のビーグル犬における生物学的利用能(BA)は58%と良好であった(0.1mg/kg、経口および静脈内投与により測定)。

 上記研究成果が、新規医薬品の開発と疾病治療への貢献のみならず、cGMP-PDEの生理学的役割の解明、さらにはまた未だ阻害剤の発見されていないPDEアイソザイムに対する阻害剤発見への一助となることが期待される。

審査要旨

 サイクリックGMP(cGMP)はサイクリックAMP(cAMP)と並び細胞内の重要なセカンドメッセンジャーで、その濃度が細胞内で変化することにより、多彩な薬理作用が発現されている。cGMPはGTPからグアニレートシクラーゼにより産生され、ホスホジエステラーゼ(PDE)によりGMPへと分解される。cGMPを特異的に分解するcGMP-PDEを阻害する作用をもつ新規な構造の化合物の創製は、cGMP-PDEの阻害によってもたらされる薬理作用の解明に寄与すると共に、新規薬剤の開発にもつながることが期待される。本論文は、cGMP-PDEの選択的阻害作用を有する新規薬剤6の発見に至った経緯を記したものである。

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 約1200種の化合物のランダムスクリーニングによって、既知化合物である1および2に、弱いながらもcGMP-PDE阻害活性があることを見出した。1についてそれが阻害活性を示すための必須構造を検討し、クロモン環(Part A)および芳香環(Part B)が必要であること、水酸基部(Part C)は重要ではなく、その炭素鎖を短縮し得るという知見を得た。そこで1の構造変換を行い、やや活性の向上した3を得た。一方、2の持つキナゾリン骨格に注目し、2と3を組み合わせた4を合成したところ、4が高い阻害活性を有することが判明した。そこで、4をリード化合物としと構造変換を行い、構造-活性相関を詳細に検討した。その結果、1.キナゾリン環の4位に3,4-メチレンジオキシベンジルアミノ基あるいはそれに類似した置換基(例えば3-クロロ-4-メトキシベンジルアミノ基など)が活性にとって必須であること、2.キナゾリン環の6、7、8位の置換基では、6位の置換基のみが必須で、これが活性および選択性を大きく向上させており、この位置の好ましい置換基はCl基、CN基などであり、立体的な大きさの制限と疎水性が必要であること、3.キナゾリン環の2位にカルボキシル基を有する置換基を導入すると、活性の向上のみならず、経口吸収性も大きく向上すること、などが明らかとなった。これらの検討の結果から、最終的に5を選択した。

 5のナトリウム塩(6)は強力かつ選択的なcGMP-PDE阻害剤であり、経口投与可能で、この作用に基づくと考えられる冠血管拡張作用と肺動脈圧低下作用が観察され、肺高血圧症、狭心症、慢性心不全治療薬としての開発が現在行われている。

 以上本研究は、cGMP-PDE阻害作用を有する新規なキナゾリン系化合物の創製に成功したもので、医薬品化学の進歩に大きく寄与するものであり、博士(薬学)の学位に値する研究であると認める。

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