学位論文要旨



No 212729
著者(漢字) 福田,保路
著者(英字)
著者(カナ) フクダ,ヤスミチ
標題(和) 光学活性デュオカルマイシンAの全合成
標題(洋)
報告番号 212729
報告番号 乙12729
学位授与日 1996.03.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12729号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古賀,憲司
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 助教授 小田島,和徳
内容要旨

 1988年、協和発酵グループにより放線菌から単離されたデュオカルマイシンA(1)は、強力な抗腫瘍活性を有する抗生物質であり、DNAの特定の塩基対を認識してアルキル化するという新しいメカニズムを有する新規抗腫瘍活性物質として大変注目されている。

 

 著者は、1の有する強力な抗腫瘍活性とユニークな構造に着目し、天然型(+)-1およびその3種の立体異性体を全合成し、立体化学と細胞毒性との関連を解明する目的で本研究に着手した。

 まず、合成工程の確立を目標としてdl-1の合成を試みた。文献に従って合成した2から誘導したdl-3をガスマン反応、続く塩化第二銅/酸化第二銅の処理によりdl-4を得た[Scheme 1]。

 dl-5をdl-6へと変換し、アルキル化してdl-7を得た。dl-7をホルミル化した後,ディークマン縮合反応を行い、dl-9、dl-10を分離可能なジアステレオマーとして得た[Scheme 2]。

図表Scheme 1 / Scheme 2

 次にdl-9の3つの保護基を同時に除去してdl-11とし、リースらの報告を参考にして合成した3,4,5-トリメトキシインドール-2-カルボン酸と縮合させてdl-12を得た。dl-12をメシル化、脱保譲してdl-14とし、水素化ナトリウムで処理して、目的とするdl-1の全合成を完成した[Scheme 3]。

 全く同様にして、dl-10から2-エピ体であるdl-15を合成した[Scheme 4]。

図表Scheme 3 / Scheme 4

 次に、dl-1とdl-15の光学活性体の合成を、アルコール体(dl-16、dl-19)の光学分割を経る方法で検討した[Scheme 5、6]。dl-16と(S)-O-アセチルマンデル酸のエステルを高速液体クロマトグラフィーによって分離し、得られたジアステレオマー[(+)-17、(-)-18]から(+)-、(-)-1を得た。一方のdl-10についても、dl-16と全く同様に処理して(+)-、(-)-15を得た。得られた(+)-、(-)-15は、これらが非天然化合物であり、また2個の不斉中心を有するdl-19の光学分割を経て誘導したことから、その立体化学を決定することはできなかった。

図表Scheme 5 / Scheme 6

 そこで、次に(+)-、 (-)-15の絶対配置を決定するために、1個の不斉炭素を有するdl-22の光学分割を試みた。その結果、dl-22と新規な光学分割剤(S)-N-シンナモイルプロリンのエステルがシリカゲルカラムクロマトグラフィーで容易に分離可能なジアステレオマー(23、24)を与えた[Scheme 7]。23から得られた(-)-6を(+)-9および(-)-10とし、それぞれを(+)-17、 (-)-20へ導いた[Scheme 8]。これらの比旋光度値から、(+)-17は天然型(+)-1に、(-)-20は(+)-15に導かれたものと判明し、(+)-、(-)-15の絶対配置が明確に決定された。

Scheme 7Scheme 8

 次に、得られた(+)-、(-)-1および(+)-、(-)-15をマウス白血病P388細胞を用いたin vitro細胞毒性試験に供した[Table 1]。その結果、デュオカルマイシンAにおいては、2位よりもシクロプロパン環の立体化学の方が細胞毒性に大きく影響することが明らかとなった。

Table 1

 次に著者は、(+)-1およびその誘導体の光学活性鍵合成中間体の効率的合成法の開発に取り組んだ。まず、27から導いた28を29とし、加水分解、脱炭酸させてdl-30を得た。dl-30を(S)-4-ベンジル-2-オキサゾリジノンと縮合させ、シリカゲルカラムクロマトグラフィーで分離して得たジアステレオマー(32)を還元、アセチル化後、ニトロ化して(+)-34を得た。一方のジアステレオマーである31は塩基性条件下で容易にエピメリ化し、31と32の混合物を与えた[Scheme 9、10]。

図表Scheme 9 / Scheme 10

 次に、さらに効率の良い光学分割法としてdl-35の光学分割を検討した[Scheme 11]。その結果、(S)-N-シンナモイルプロリンとdl-35のエステルが、再結晶で分離可能なジアステレオマー[(-)-36、37]を与えることを見い出し、低極性な(-)-36を純品の結晶として得た。(-)-36を加水分解、アセチル化して、(+)-34を得た。若干の(-)-36を含む高極性な37は、(-)-38とし、炭酸カリウムと処理して39に導いた。39はハイドロボレーション反応、続く酸化により、dl-35に誘導された。この結果、不要な37が効率良くdl-35にリサイクルできることとなった。

 dl-30およびdl-35の光学分割によって得た(+)-3は、dl-3と同様に誘導して(-)-6が得られたことにより(S)配置であると決定した[Scheme 12]。

図表Scheme 11 / Scheme 12

 以上述べてきたように筆者は、1並びに15の全合成、および工業的にも充分実施可能な光学活性鍵合成中間体の効率的合成法の開発に成功した。現在、本研究によって得られた知見を応用してより優れた抗腫瘍活性を有する新規な非天然型デュオカルマイシン誘導体の探索に取り組んでいる。本研究が癌と闘う多くの人々の福音となる抗癌剤を提供することの基礎となれば望外の喜びである。

審査要旨

 放線菌から単離されデュオカルマイシンA((+)-1)は、強力な抗腫瘍活性を示す抗生物質であり、DNAの特定の塩基対を認識してアルキル化するという新しいメカニズムを有する新規抗腫瘍活性物質として注目を集めている化合物である。本研究はその強力な抗腫瘍活性とユニークな構造に着目し、天然型のデュオカルマイシン((+)-1)およびその3種の立体異性体((-)-1、(+)-15、(-)-15)を全合成し、化合物の立体構造と細胞毒性との関連を調べると共に、これらの化合物を光学活性体で合成するための鍵合成中間体の効率的な合成法の開拓を行ったものである。

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 まず、合成工程の確立を目的として、dl-1およびdl-15の合成を行った。光学活性体の合成は、dl-9およびdl-10をそれぞれ脱シリル化して得たアルコール体を(S)-O-アセチルマンデル酸とのエステルとして光学分割して後、同様の方法によって行った。また、(+)-15および(-)-15の絶対配置は、dl-4を脱アセチノレ化して得たアルコール体を(S)-N-シンナモイルプロリンのエステルとして光学分割し、これらをそれぞれ(+)-1および(+)-15の合成中間体と関連づけることにより、化学的に決定した。得られた(+)-1、(-)-1、(+)-15、(-)-15のマウス白血病P388細胞を用いたin vitro細胞毒性試験でのIC50値(ng/mL)は、それぞれ0.002、0.3、0.007、0.3であった。この結果から、デュオカルマイシンAは、シクロプロパン環の立体構造が細胞毒性に大きく影響していることが明らかになった。

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 次に、(+)-1およびその関連化合物の光学活性鍵合成中間体として(+)-3を選択し、dl-19の光学分割法を検討した。その結果、これと(S)-N-シンナモイルプロリンとから、再結晶で分離可能なジアステレオマーのエステルを与えることを見出した。低極性の20からは加水分解、アセチル化によって(+)-22が得られ、これを還元することによって(+)-3を得た。尚、高極性の21はdl-19にリサイクルすることができるので、ここに(+)-3を効率よく合成する途が拓かれた。

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 以上、本研究は、光学活性な1および15の全合成を達成すると共に、工業的にも充分実施可能な光学活性鍵中間体の効率的合成法の開発に成功したもので、有機合成化学、医薬品化学に寄与するところ大きく、博士(薬学)の学位に値する研究であると認める。

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