医薬品開発における薬物代謝研究は必須の重要なプロセスである。薬物も含めた生体異物の代謝研究は、尿および胆汁中の代謝物を単離・同定するin vivo代謝実験及びミクロゾーム等を用いたin vitro代謝実験が主流を占めている。これらの代謝研究では、数多くの夾雑物からすべてを分離精製し、構造を確定することは至難の技であり、主代謝物の範囲にとどまる。従って、副作用の原因などになり得る微量代謝物の同定は困難である。生体内での薬物などの異物代謝を司る中心的酵素はシトクロームP-450である。本酵素のmimicsである金属ポルフィリンを触媒とする化学モデル系は、生体成分などが混在することなく多量の生成物を与える。これらの生成物が実際の代謝物と一致すれば多くの代謝物の標品を容易に得ることができ、また、その可能性も高いと考えられる。そこで、化学モデル系を用い、実際の医薬品について"代謝類似反応"を試み、生体内での代謝反応と比較検討した。 (1)カルボン酸類の酸化的脱炭酸反応 医薬品の中でカルボキシル基を有する化合物は、数多く存在している。その中でも、-アリールカルボン酸誘導体である非ステロイド性抗炎症剤及び3級カルボン酸であるclofibric acidなどがよく知られている。これらのカルボン酸を基質とし、シトクロームP-450化学モデルでの酸化を試みた結果、金属ポルフィリン触媒反応として新規な酸化的脱炭酸反応を見い出した。この脱炭酸反応は、a-アリールカルボン酸あるいは3級のカルボン酸に共通の反応であり、それぞれ対応する炭素数が一つ少ないアルコール体およびカルボニル体に比較的よい収率で変換された。 モデル系での酸化的脱炭酸反応におけるCO2の発生は、FT-IR及びカルボキシル基を14Cで標識した[14C]-フェニル酢酸を用いて確認した。また、反応系で生成するラジカル種の検出はESRにより、炭素ラジカル種の生成を確認した。 化学モデル系における酸化的脱炭酸反応のメカニズムは、ポルフィリン鉄錯体とヨードシルベンゼン(PhIO)から生成する鉄オキソポルフィリンカチオンラジカルがカルボン酸の1電子酸化を行い、生成するカルボキシラジカルが脱炭酸して炭素ラジカルに変化した後、HO-Felv(por.)からOHラジカルのリバウンドがあり、アルコール体が生成するものと推測された。 化学モデル系で進行した酸化的脱炭酸反応は、代謝反応としては知られていなかったことから、酵素的にも本反応が進行することを期待して検索を行った。その結果、化学モデル系で生成したketoprofenのアルコール体及びケト体は、ラットの尿及び胆汁から代謝物として単離された。また、アルコール体及びケト体の胆汁排泄率はそれぞれ投与量の0.22及び0.03%であった。 この代謝反応のシトクロームP-450の関与をラット肝ミクロゾーム系で14C-indomethacinを基質に用いて検討した。単離した代謝物は、それぞれ標品であるアルコール体及びアルデヒド体とよく一致した。また、Complete系においては、それぞれ基質に対して2.8及び0.29%が生成した。一方、シトクロームP-450の代表的な阻害剤であるSKF-525Aを添加した系及び一酸化炭素:酸素(4:1)の混合雰囲気下においては、アルコール体が1/10以下に減少し、アルデヒド体では検出限界以下であった。これらの結果から、この酸化的脱炭酸反応がシトクロームP-450関与であるものと考えられた。さらに、3級のカルボン酸である2,2-dimethyl-3-phenylpropionic acid及びclofibric acidは、1,1-dimethyl-2-phenylethanol及び中間体にヘミアセタール構造を経て生成したものと推測されるp-chlorophenolにそれぞれ代謝された。-アリールカルボン酸及びa、a、a-3置換酢酸の酸化的脱炭酸反応は新規の代謝反応であり、また、一般性があることも明らかになった。 Ketoprofen及びindomethacinの化学モデル系の酸化的脱炭酸反応生成物について、アラキドン酸によるウサギ血小板凝集に対する阻害活性を測定した。それぞれのアルコール体は親化合物の約1/4〜1/16の活性を有していた。また、indomethacinのウサギ血小板のシクロオキシゲナーゼ活性を測定した場合でも、同様な結果であった。アリール酢酸系の抗炎症剤のシクロオキシゲナーゼ阻害活性にはカルボキシル基が必須と考えられていたが、炭素数が一つ少ないアルコール体でもかなりの活性を有していたことは、構造と活性の関係における興味ある知見と思われる。 (2)、-及び、-不飽和カルボン酸の酸化的-ラクトン化反応 Indomethacinの化学モデル系における酸化的脱炭酸反応において、他の生成物として-hydroxy--ラクトン体が認められた。この反応は、indomet-hacinの部分構造である,-不飽和カルボン酸に由来するものと考えられた。-ラクトン化反応はヨードラクトン化など既にいろいろな合成法が知られているが、1段階のヒドロキシラクトン化は新規の反応であった。一連の,-あるいは,-不飽和カルボン酸に同様に見られる反応と推測し、化学モデル系で検討した結果、それぞれ対応する-あるいは-hydroxy--ラクトン体に高収平で変換された。一般にトランス付加で高立体選択的に反応が進行することから、合成化学的にも有用と思われる。 化学モデル系における酸化的-ラクトン化反応の生成メカニズムは、ボルフィリン鉄錯体とPhIOで生成する親電子性中間体が不飽和カルボン酸にカルボカチオンを産生し、つづいてカルボキシル基の攻撃が起こり、ラクトン体が生成するものと推測した。 化学モデル系で進行した酸化的-ラクトン化反応は、薬物代謝反応としては少数の報告例があるが、これらの代謝反応がin vitroにおいて、一般性がある反応であることをはじめて明らかにした。また、この反応がシトクロームP-450関与であることも明らかにした。 (3)、-不飽和カルボニル化合物の酸化的C-C結合の開裂 血小板凝集抑制剤である2-methyl-3-(1,4,5,6-tetrahydronicotinoyl)-pyrazolo[1,5-a]pyridine(KC-764)の各種実験動物における代謝研究の中で、ラット尿中の酸性抽出分画から微量の代謝物である3-carboxy-2-methyl-pyrazolo[1,5-a]pyridineを単離同定した。このC-C結合の開裂反応は、部分構造である,-不飽和カルボニル基に由来するものと考えられた。 化学モデル系における反応は、ポルフィリン鉄錯体とPhIOまたはボルフィリン鉄錯体と酢酸-亜鉛-酸素の組合せで行った。それぞれの基質は2種類の化学モデル系において低収率ではあるが、対応するカルボン酸体に変換された。この開裂反応のメカニズムは、,-不飽和カルボニル化合物が-ケトール体を生成した後、再酸化されてC-C結合の開裂が起こるものと推測された。 この酸化的C-C結合の開裂反応がin vitroにおいて、一般性のある反応であることをKC-764及びflavoneを用いて明らかにした。また、この反応がシトクロームP-450関与であることも明らかにした。 以上の結果から、モデル系では一段階で量的にも多量の代謝物候補が得られることが明らかになった。これらの生成物は代謝及び薬効評価の標品として提供でき、モデル系が代謝及び創薬研究の一つのツールとなり得るものと考えられた。 |