学位論文要旨



No 212733
著者(漢字) 石毛,久美子
著者(英字)
著者(カナ) イシゲ,クミコ
標題(和) てんかん欠神発作におけるGABAB受容体機構の薬理学的研究
標題(洋)
報告番号 212733
報告番号 乙12733
学位授与日 1996.03.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12733号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齋藤,洋
 東京大学 助教授 小野,秀樹
 東京大学 助教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 松木,則夫
 東京大学 客員助教授 岩坪,威
内容要旨 緒言

 哺乳類の中枢神経において主要な抑制性神経伝達物質である-アミノ酪酸(GABA)の受容体は、ビククリン感受性でクロライドイオンチャネル内蔵型のGABAA受容体とビククリン非感受性、バクロフェン感受性で、GTP結合タンパク質に共役しているGABAB受容体の少なくとも2つに分類されている。GABAB受容体はGABAA受容体に比べ発見が遅く、その機能には、GABAA受容体よりも不明な点が多く残されている。最近、GABABアゴニストであるバクロフェンが、生体内でGABAから産生される物質でてんかん欠神発作を誘発する-ヒドロキシ酪酸(GHB)投与のラットや遺伝的欠神発作モデルであるlethargicマウスにおいて欠神発作を悪化させ、GABABアンタゴニストのCGP 35348がその発作を緩解することが明らかにされた。これらのことは、GABAB受容体がてんかん欠神発作に関与することを示唆している。てんかん欠神発作では、けいれんは起こらず、脳波上に棘徐波複合放電(spike and wave discharges、SWDs)が出現し、行動の停止、凝視などを伴う。その発作発現には視床および大脳皮質回路が関与している。最近の研究から、キンドリングや高用量のペンチレンテトラゾール投与によるけいれんを伴う実験的てんかんモデルにおいては、けいれんの後にc-fosが誘導されるなど転写調節因子の関与が明らかにされている。欠神発作に関しては、GHBモデルで発作に伴うFosタンパクの誘導が報告がされているものの、それを否定する報告もあり、転写調節因子との関連については、統一した見解が得られていない。

 本研究においては、てんかん欠神発作発現におけるGABAB受容体の役割を明らかにする目的で、GHBのプロドラッグである-ブチロラクトン(GBL)を投与したマウスをGHBモデル動物として使用し、GABABアンタゴニストの抗てんかん作用、GHBのGABAB受容体に対する作用および欠神発作発現と転写調節因子誘導の関連性について検討した。

本論1.GHBによるてんかん欠神発作誘発

 GBL投与の影響を脳波および行動薬理学的な面から観察した。薬物はすべて腹腔内注射により投与した。脳波は、無麻酔、無拘束下で左右大脳皮質表面からの双極誘導により測定した。GBLでは、50 mg/kgの投与で脳波上に変化は認められなかったが、100 mg/kg投与で、3-6 HzのSWDsが出現した。GBL 200 mg/kgではspike and inhibitionが出現した。SWDsの出現は、GABAB受容体のアンタゴニストであるCGP 35348(200 mg/kg)および欠神発作治療薬であるエトスクシミド(200 mg/kg)の前処置で抑制された。SWDsの出現に伴って行動の停止が認められたので、行動量測定装置(Digiscan)により、1群5匹のマウスを用い、暗期に自発運動量を測定したところ、GBL(100 mg/kg)の投与により、投与5分後から、自発運動量は著しく抑制された。CGP 35348(200 mg/kg)はGBL投与による自発運動量の抑制に拮抗したが、単独では自発運動量に影響を与えなかった。以上より、マウスにおいてもGBLにより欠神様発作症状が発現し、欠神発作の実験モデルとなることが示された。また、GBLによる欠神発作発現にGABAB受容体が関与することが示された。

2.GHBのGABAB受容体への作用

 GBLおよびGHBがGABAB受容体に親和性を持つか否かをGABABアゴニストの[3H]バクロフェンを用いた受容体結合実験で検討した。受容体結合実験を行うにあたり、[3H]バクロフェンの特異的結合に対する非特異的結合の割合の高いことが問題となったので、まず、マウス脳膜標品を用い[3H]バクロフェン結合の性状について調べた。マウス全脳膜標品を低濃度のTriton X-100(TX)で処置すると、非特異的結合は影響を受けなかったが、特異的結合が増加した。[3H]バクロフェン結合のScatchard plotは、高親和性と低親和性の2つの結合部位を持つことを示した。TX処置後も2つの結合部位を示したが、両部位のKD値はTX未処置膜より低下した。しかし、最大結合数はTX処置で変化しなかった。バクロフェン以外のGABABリガンドの結合親和性に対するTX処置の効果を[3H]バクロフェン結合の阻害曲線から検討したところ、TX処置は用いたすべてのアゴニストの親和性を有意に増大させたが、アンタゴニストの親和性には有意な影響を与えなかった。加齢の影響について調べたところ、大脳皮質膜標品における[3H]バクロフェン結合は、20ヶ月齢まで加齢による変化は認められなかったが、すべての月齢でTX処置により顕著な結合増加が認められた。一方、小脳においては3ヶ月齢で最も高い結合を示し、8ヶ月齢以上の月齢では結合の減少が認められた。TX処置の効果は1ヶ月齢で認められたが、3ヶ月齢以上では認められなかった。

 GBLおよびGHBのGABAB受容体への結合についてTX処置の効果とあわせて検討したところ、GHBは[3H]バクロフェン結合を濃度依存的に抑制し、そのIC50値はTX未処置膜では1.27 mM、TX処置膜では0.55 mMであった。GBL(1 mM)は、[3H]バクロフェン結合に影響を与えなかった。これらの結果より、GBLではなくGHBがGABAB受容体にアゴニストとして作用することが示された。

3.GBL投与によるマウス脳内CREおよびAP-1 DNA結合活性の上昇

 マウス脳より核抽出液を調製し、32Pでラベルした2本鎖DNAをプローブとしてゲルシフトアッセイ法により、核内cyclic AMP responsive element(CRE)およびactivator protein 1(AP-1)DNA結合活性に及ぼすGBL投与の影響について検討した。欠神様発作症状を発現させる用量のGBL(100 mg/kg)を投与し、全脳においてDNA結合活性の経時変化を測定した。CRE結合活性はGBL投与5分後から上昇傾向を示し、30分後にピークとなり、90分後には投与前のレベルに回復した。一方、AP-1 DNA結合活性は投与5分後にすでに有意な上昇を示し、15分後にはほぼピークに達し、60分後までプラトーとなり90分後でも投与前のレベルより有意に高かった。また、GBL(100 mg/kg)投与30分後のCREおよびAP-1 DNA結合活性は用量依存的に上昇した。SWDsの出現および欠神様発作症状を顕著に抑制した用量のCGP 35348(200 mg/kg)を前投与するとGBL(100 mg/kg)によるCREおよびAP-1 DNA結合活性の上昇は抑制された。DNA結合活性に対するGBL(100 mg/kg)投与の影響を脳各部位において検討したところ、CRE結合活性は大脳皮質および視床(中脳を含む)で有意な増加が認められた。AP-1 DNA結合活性は大脳皮質、視床で最も高く、視床下部でも有意な増加が認められた。海馬、小脳、橋・延髄においては両結合活性とも有意な変化は認められなかった。大脳皮質および視床におけるGBLによるCREおよびAP-1 DNA結合活性の上昇は全脳の場合と同様にCGP 35348(200 mg/kg)の前処置によって完全に抑制された。GBLによる核内CREおよびAP-1 DNA結合活性の上昇がてんかん欠神様発作症状が発現したマウスの大脳皮質および視床で認められ、海馬では認められなかったことや、欠神様発作症状を抑制する用量のCGP 35348投与で抑制されたことから、これら転写調節因子の誘導には、大脳皮質および視床のGABAB受容体が関与しており、これら転写調節因子の誘導が欠神発作発現と密接に関連したものであると考えられた。

 CREおよびAP-1 DNA結合の特異性を確認するため、GBL投与後の大脳皮質において各種転写調節因子の抗体の影響をゲルスーパーシフトアッセイ法により調べた。CRE結合活性はCRE binding protein(CREB)抗体でスーパーシフトし、c-Jun、c-Fos抗体によっては影響を受けなかった。これは、CRE結合活性の上昇がCREBによるものであることを示している。一方、AP-1 DNA結合活性は、c-Junおよびc-Fos抗体によってバンドが消失し、CREB抗体により一部スーパーシフトが認められた。これらの結果は、AP-1 DNAに結合する複数のタンパク複合体がGBL投与により誘導されることをを示している。

4.小脳顆粒細胞初代培養系におけるGHBの作用

 マウス小脳顆粒細胞初代培養系の細胞内Ca2+濃度はGHB処置で一過性に上昇し、この上昇はCGP 35348(1 mM)やCGP 55845(1 M)により抑制された。この系において、核内CREおよびAP-1 DNA結合活性に対するGHBの影響を検討したところ、GHB(0.1-3 mM)は、CREおよびAP-1 DNA結合活性を濃度依存的に上昇させた。GBLは、3 mMでも両結合に影響を与えなかった。1 mM GHBによるCREおよびAP-1 DNA結合活性の増加は、CGP 35348(1 mM)またはCGP 55845(1 M)の共存により抑制された。また、両結合活性の上昇は、細胞内Ca2+キレート剤であるBAPTA-AM [1,2-bis(2’-aminophenoxy)ethane-N,N,N’,N’-tetraacetic acid tetraacetoxymethyl ester]や細胞内小胞のCa2+-ATPaseを阻害してCa2+を枯渇させるthapsigarginの前処置で拮抗された。これらの結果より、GHBによるCREおよびAP-1 DNA結合活性の増加には細胞内ストアからのCa2+遊離によるCa2+濃度の上昇が重要な役割を果たしていることが示された。

まとめ

 以上より、-ヒドロキシ酪酸(GHB)はマウスにおいて、てんかん欠神様発作症状を誘発し、その発現にはGABAB受容体が深く関与すること、および欠神発作発現と大脳皮質および視床の転写調節因子誘導が密接に関連していることが明らかとなった。

結論

 てんかん欠神発作におけるGABAB受容体の役割を明らかにする目的でGHBモデルマウスおよび神経細胞初代培養系を用いて実験を行い以下の結論を得た。

 1.-プチロラクトン(GBL)がマウスにおいて行動の停止、棘徐波複合放電(SWDs)の出現などてんかん欠神様発作症状を誘発することを明らかにし、マウスにおいて-ヒドロキシ酪酸(GHB)モデルの作成を確立した。

 2.GBL誘発欠神様発作症状発現には、GABAB受容体が深く関与することが明らかとなった。

 3.受容体結合実験より、GHBがGABABアゴニストであることが示唆された。

 4.GBL誘発欠神様発作症状発現に伴い、大脳皮質および視床においてAP-1DNA およびCRE結合活性の上昇が認められた。また、両DNA結合活性上昇は抗てんかん作用を示す用量のCGP 35348によって抑制され、欠神発作発現と転写調節因子誘導が密接に関連していることが明らかとなった。

 5.GHBによる核内CREおよびAP-1 DNA結合活性の上昇には、細胞内ストアからのCa2+遊離による細胞内Ca2+の濃度上昇が重要な役割を果たしていることが示唆された。

審査要旨

 最近、哺乳類の中枢神経における主要な抑制性神経伝達物質である-アミノ酪酸(GABA)の受容体の1タイプであるGABAB受容体が、てんかん欠神発作発現に関与すると考えられるようになってきているが、不明な点も多く残されている。本論文は、GABAB受容体機構を解明する目的で特にてんかん欠神発作への関与を中心に研究した結果をまとめたものである。

 本研究では、まず、マウスにGABAの代謝産物の1つである-ヒドロキシ酪酸(GHB)またはGHBのプロドラッグである-プチロラクトン(GBL)を投与すると、行動が停止し、脳波上に棘徐波複合放電が出現するなどてんかん欠神様発作症状が誘発されることを示し、マウスにおいてヒト欠神発作のモデルとなるGHBモデルを確立した。このGHBモデルマウスにおいてGABABアンタゴニストが欠神発作治療薬エトスクシミドよりも強力な抗てんかん作用を持つことを示し、欠神発作発現にGABAB受容体が関与することを明らかにした。マウスにおけるGHBモデルの確立は、遺伝的欠神発作モデルマウスとの比較検討を可能にした点においても有用であると思われる。

 次に、[3H]baclofenを用いたGABAB受容体結合実験において、粗シナプス膜のTriton X-100(TX)処置がGABABアゴニストの親和性を上昇させるが、アンタゴニストの親和性には影響を与えないこと、および、GABAB受容体に多様性のあることを示した。そして、これらの結果をもとにGHBがGABAB受容体にアゴニストして作用することを明らかにした。

 さらに、欠神発作と遺伝子発現における転写調節因子誘導の関連性について検討するため、マウス全脳の核内cyclic AMP responsive element(CRE)およびactivator protein 1(AP-1)DNA結合活性を調べ、GBL投与による欠神様発作症状発現に伴って両DNA結合活性が上昇することを見いだした。また、これらDNA結合活性の上昇が欠神様発作症状と同様にGABABアンタゴニストで拮抗されることを示した。続いて、脳各部位における両DNA結合活性を調べ、CREおよびAP-1 DNA結合活性の上昇が欠神発作発現に重要であると考えられている視床および大脳皮質において認められるが、けいれんを伴うてんかん様発作には重要であるが欠神発作には関与しないと考えられている海馬では認められないこと、および視床や大脳皮質の両DNA結合活性上昇もGABABアンタゴニストで抑制されることを示した。これらの結果は、欠神発作発現における視床と大脳皮質の役割を遺伝子発現における転写調節因子の誘導の面から示し、さらに、転写調節因子の誘導においてもGABAB受容体が重要な役割を演じていることを明らかにしたものである。

 最後に、神経細胞初代培養系を用い、GHBはGABAB受容体を介して細胞内Ca2+濃度および核内CREおよびAP-1 DNA結合活性を上昇させることを示すとともに、両DNA結合活性上昇には細胞内ストアからのCa2+遊離による細胞内Ca2+の濃度上昇が重要な役割を演じていることを明らかにした。

 以上、本論文において著者は、GHBモデルマウスを確立し、てんかん欠神発現にGABAB受容体が関与すること、および欠神発作に伴って転写調節因子が誘導されることを明らかにした。その結果、GABABアンタゴニストが欠神発作の治療薬となる可能性も示唆された。本論文はGABAB受容体の機能をてんかん欠神発作への関与から薬理学的に詳細に検討したものであり、てんかん欠神発作発現機構の基礎的検索のみならず、臨床面に貢献するところも大であると思われ、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50983