内容要旨 | | 脊髄運動ニューロンの興奮性は,感覚神経から放出されるグルタミン酸(Glu)やアスパラギン酸(Asp),または下行性神経から放出されるセロトニン(5-HT)やノルアドレナリン(NA)によって増大され,脊髄介在神経から放出されるグリシン(Gly)や-アミノ酪酸(GABA)によって低下する.Glyは運動ニューロンのGly受容体に作用して引き起こされるシナプス後抑制によって,GABAは感覚神経終末のGABAA受容体に作用してGluやAspの放出量を低下させるシナプス前抑制によって,それぞれ運動ニューロンの興奮性を低下させる. 脳性疾患や脊髄性疾患に伴い発現する伸張反射の増大は,Ia群およびII群感覚神経線維の伝達促進に基づくことが知られている.これら疾患時の伸張反射の増大による痙縮に対して,2-アドレナリン受容体アゴニストである塩酸チザニヂンが有効性を示し,II群感覚神経線維の神経伝達を抑制することがネコを用いた実験によって示唆されている. 本研究では,ラットを用い,Ia群感覚神経終末のシナプス前抑制に対する下行性ノルアドレナリン神経の影響を検討した. 実験にはウィスター系雄性ラット(8-9週齢)を用い,ウレタン(1g kg-1,i.p.)および-クロラロース(25 mg kg-1,i.p.)麻酔下,人工呼吸下で脊髄を頚髄第1の高さで切断したラットをスパイナルラットとし,切断しないラットをインタクトラットとした.腰仙部の脊髄を露出後,腰部第5(L5)後根に試験刺激(刺激頻度0.2 Hz,パルス幅0.05ms)を与え,同側のL5前根より単シナプス反射(MSR)を記録した.インタクトラットおよびスパイナルラットいづれにおいても,試験刺激で誘発されたMSRは,隣接するL4後根に条件刺激(パルス幅0.05ms)を先行させて与えると減少した.条件刺激だけでは,L5前根からの記録電位に変化は認められなかった.条件刺激で誘発されたMSRの振幅低下作用は刺激電圧に依存し,条件刺激と試験刺激の時間差が10 msの時に最大の振幅低下作用を示した. スパイナルラットを用い条件刺激効果を検討した結果,条件刺激によって誘発されるMSRの振幅低下作用は,人工脳脊髄液に溶解して露出した脊髄の腰部に直接滴下した,GABAA受容体アンタゴニストであるビククリンによって抑制されたが,グリシン受容体アンタゴニストのストリキニーネでは抑制されなかった. また,試験刺激(刺激頻度 0.2 Hz, パルス幅 0.05 ms, 1-5A)を,腰部運動ニューロンの細胞体近傍にタングステン電極を用い与え,運動ニューロンが直接刺激されて発生する電位(MN),Ia群感覚神経終末が刺激されて発生するシナプス性活動電位(MS),およびIa群感覚神経終末が刺激されて逆行性に発生する電位(PAF)に対する条件刺激(パルス幅 0.05 ms,最大上刺激電圧)の効果を検討した結果,条件刺激によって,MSは減少し,PAFは増大した.条件刺激が引き起こしたMSの振幅減少作用およびPAFの振幅増大作用は,条件刺激と試験刺激の時間差が10msの時に最大となり,MSRに対する効果と同じ刺激時間差で作用が認められた.MNは条件刺激の影響を受けなかった. 以上の結果より,隣接する脊髄後根に与えた条件刺激で発生するMSRの振幅減少作用は,Ia群感覚神経終末に対するGABA介在神経を介したシナプス前抑制であることが明らかとなった. スパイナルラットとインタクトラットのIa群感覚神経終末に対する脊髄シナプス前抑制の強度を比較した結果,スパイナルラットのシナプス前抑制は,インタクトラットのシナプス前抑制よりも有意に強いことが明らかとなった,そこで,ノルアドレナリン神経に選択的に作用する神経毒DSP-4を前投与して,脊髄内ノルアドレナリンを枯渇させたインタクトラットを作製しシナプス前抑制の強度を測定すると,脊髄ノルアドレナリン枯渇群では有意にシナプス前抑制は増大した.この脊髄内ノルアドレナリンを枯渇させたインタクトラットのシナプス前抑制の強度はスパイナルラットと同じ強度であった.また,スパイナルラットにノルアドレナリンの前駆物質であるL-DOPAを投与すると,MSRの振幅は著明に増大したが,シナプス前抑制は低下した.1-アドレナリン受容体アンタゴニストの塩酸プラゾシンを前投与すると,L-DOPAのMSRに対する振幅増大作用は有意に抑制されたが,L-DOPAのシナプス前抑制に対する低下作用に変化はなかった.2-アドレナリン受容体アンタゴニストのイダゾキサンの前投与では,L-DOPAのシナプス前抑制に対する低下作用は用量依存的かつ有意に抑制され,MSRに対する振幅増大作用は軽度に抑制された.さらに,スパイナルラットに,2-アドレナリン受容体アゴニストである塩酸クロニジンを投与すると,シナプス前抑制は用量依存的に低下し,この低下作用は,2-アドレナリン受容体アンタゴニストのイダゾキサンおよび塩酸ヨヒンビンの前投与によって抑制された.イダゾキサンおよび塩酸ヨヒンビン自体では,シナプス前抑制に変化を与えなかった.塩酸クロニジンのシナプス前抑制に対する低下作用は,GABAA受容体アンタゴニストであるビククリンの前処置によって消失した. 以上の結果より,下行性ノルアドレナリン神経は脊髄シナプス前抑制に対して抑制性に作用することが明らかとなった.この作用は脊髄内の2-アドレナリン受容体を介して,GABA介在神経活動を減少させて発生すると考えられた. 2-アドレナリン受容体アゴニストである塩酸チザニヂンを投与すると,インタクトラットのシナプス前抑制を増強させたが,スパイナルラットのシナプス前抑制に対しては影響しなかった.また,塩酸チザニヂンと同様に2-アドレナリン受容体アゴニストであるグアンファシンでも,インタクトラットのシナプス前抑制を増強させたが,スパイナルラットのシナプス前抑制に対しては影響しなかった.塩酸クロニジンはインタクトラットでも,シナプス前抑制を低下させた. 塩酸チザニヂンは下行性ノルアドレナリン神経の起始核である青班核の2-アドレナリン受容体を刺激して,下行性ノルアドレナリンの神経活動を低下させることが知られている.従って,インタクトラットにおいてのみ脊髄シナプス前抑制を増大させた塩酸チザニヂンとグアンファシンの作用は,下行性ノルアドレナリン神経活動の低下作用によって,脊髄内のノルアドレナリン放出量を減少させた結果と考えられる.また,塩酸クロニジンは脊髄内の2-アドレナリン受容体を刺激してシナプス前抑制を低下させることから,青班核に存在する2-アドレナリン受容体とシナプス前抑制の調節に関わる脊髄内の2-アドレナリン受容体のサブタイプが異なる可能性が示唆された. 以上,本研究によって下行性ノルアドレナリン神経は,1-アドレナリン受容体を介する脊髄運動ニューロンに対する興奮作用以外に,2-アドレナリン受容体を介したIa群感覚神経終末のシナプス前抑制に対する低下作用を示すことが初めて示され,以下の事実が明らかとなった. 1)隣接する脊髄後根を電気刺激した時に誘発されるMSRの振幅低下作用は,Ia群感覚神経終末に対する,GABA作動性介在神経を介したシナプス前抑制であることが明らかとなった. 2)下行性ノルアドレナリン神経は脊髄シナプス前抑制に対して抑制性に作用することが明らかとなった. 3)下行性ノルアドレナリン神経の脊髄シナプス前抑制に対する低下作用に,脊髄内の2-アドレナリン受容体が介在することが明らかとなった. 4)脊髄内に存在してシナプス前抑制を低下させる2-アドレナリン受容体と,青班核内の下行性ノルアドレナリン神経活動を減少させる2-アドレナリン自己受容体のサブタイプが異なる可能性が示された. |