学位論文要旨



No 212735
著者(漢字) 山崎,典子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマサキ,ノリコ
標題(和) 銀河円盤からの硬X線放射
標題(洋) Hard X-ray Emission from the Galactic Ridge
報告番号 212735
報告番号 乙12735
学位授与日 1996.03.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12735号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 満田,和久
 東京大学 教授 木舟,正
 東京大学 教授 野本,憲一
 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 教授 井上,一
内容要旨

 我々の銀河の銀河円盤(Galactic ridge)からの広がった分布をもつ放射(Diffuse emission)がX線、ガンマ線、電波を含む様々な波長で観測されてきた。X線領域では、HEAO-1により連続スペクトルを持つ放射が発見された時点では、弱い点源の重ね合わせと考えられていた。しかし日本のX線観測衛星「てんま」はほとんど完全に電離した鉄イオンの特性X線による輝線を発見し、銀河円盤に107Kを越える熱いプラズマが存在することの示唆を得た。X線観測衛星「ぎんが」による鉄輝線の観測から、高温プラズマが銀河円盤を覆っていることも判明し、X線領域のDiffuse emissionは、高温プラズマ起原と推測されてきた。銀河円盤全体に大量の鉄を含む高温プラズマを供給する源としては超新星爆発しか考えられない。一方で理論的には、このような温度のプラズマは銀河の重力では閉じ込められず、現在信じられている超新星爆発の頻度ではプラズマを維持できないとも考えられた。

 ガンマ線領域においてはSAS2、COS-Bの時代から銀河面からの強い非熱的放射が観測されてきた。電波領域の観測から、銀河円盤中の高エネルギーの電子の存在が判っており、宇宙線原子核の強い相互作用で造られるパイ中間子の寄与が少ない100MeV以下では、宇宙線電子が昼間物質との相互作用(制動放射)によりガンマ線を放射していると考えられる。このような宇宙線がいりどこでどのように加速されたのかは未だ解明されていない。

 以上のように、銀河円盤に広がって分布するDiffuseなX線、ガンマ線放射は超新星爆発で生まれた鉄を大量に含む高温プラズマと電子を原材料とし、電子の加速や加熱の源は超新星であろうとのコンセンサスは生まれている。本論文では、銀河円盤からのDiffuse emissionでは信頼性の高い観測がなかった硬X線の領域(10keV〜600KeV)で、高感度の検出器を用いて観測を行うことにより、連続スペクトルX線、鉄の輝線とガンマ線を統一的な描像で捉える試みをする。そして10keV以上のX線領域の高エネルギー側に非熱的なスペクトルが残ること、それが硬X線領域を経てガンマ線領域までつながっていることを始めて明確に示す。この結果に基づき、超新星残骸の中で、電子がkeV程度のエネルギーから加速されていると考えられることを論ずる。本論文で持ちいた観測データは、「ぎんが」衛星に搭載された大面積比例計数管(LAC)に得られたもの(3〜16keV)と、新たに開発された気球搭載検出器Welcome-1を用いて測定されたもの(40〜600keV)である。

 日本の3番目のX線天文衛星「ぎんが」に搭載されたLACは、4000cm2という有効面積で1〜37keVという広いエネルギー範囲の硬X線を検出する能力をもつ。本論文ではLACの高い感度を活用し、表面輝度の極めて低い銀河面からの硬X線放射の分布を精度よく検出するスキャン観測を、銀河面に平行に、6ヶ所で合わせて6万秒行なった。観測データから、全エネルギーバンドでのスキャンプロファイルをもとめ、そこから非X線バックグランドを注意深く取り除いた。その後に、点源と広がった成分の足し合わせと仮定してフィッティングを行い、点源の位置を決めた。続いて、22のエネルギーバンドに分けて同様のフィッティングを行い、それぞれのバンドでそれぞれの点源と広がった成分を求めた。この22のバンドで決められた成分から、それらのエネルギースペクトルが求まった。LACで得られたデータ量が多かったこと、非X線バックグランドの差し引きを精度良く行なう手法が確立していたこと、さらに幅の広いエネルギー領域(2-20keV)がカバーできていたことなどにより、相対的には非常に弱い銀河面からのDiffuse emissionのエネルギースペクトルを10keV以上で初めて精度良く求めることができた。エネルギースペクトルの信頼性はX線背景放射を同様の手法でよって求め、LACによる高銀緯領域の観測によって求められた背景放射と比較することによって確認を行った。

 Welcome-1は、40〜600keVのエネルギー領域でこれまでにない感度を達成した気球搭載検出器である。新開発のGSO(Ce)シンチレータを主検出部とし、井戸型に加工したCsIシンチレータをコリメータを兼ねた遮蔽部とするフォスウィッチ型の検出器である。コリメータを深い井戸型のアクティブなものにしたことにより、コンプトン散乱した線や-崩壊によるバックグランドを効率よく押さえることができ、このエネルギー領域で10-5count sec-1keV-1cm2台という低バックグランド化を実現した。有効面積は122keVで740cm2,511keVで220cm2、幾何学的開口角は14°(FWHM)である。申請者らは波形弁別回路、データ取得システム、姿勢検知システム等を新たに開発し、1989年から1991年にかけてブラジルで気球による観測を行った。本論文では1991年12月3日に銀河中心、銀河面(1〜335°)および銀河中心を観測したデータを用いた。

 LACによるスキャンフィッティングでは6つのスキャン観測のデータを用いて、39個の点源の寄与を取り除き、6ヶ所の内の5ヶ所のDiffuse emissionのエネルギースペクトルを得ることができた。銀河面から10度離れた1ヶ所の観測からは、Diffuse emissionは検出されなかった。これらエネルギースペクトルに共通した特徴の一つとして、高電離した鉄からの輝線スペクトルが、等価幅600eV以上という強度でみられた。これは従来の結果と一致し、数keV程度の高温プラズマが存在することを示す。しかし連続エネルギー成分を純粋に熱的な放射モデルを仮定してフィットすると、様々な温度や非平衡状態を考慮しても観測されたスペクトルを再現することができなかった。これは10keV以上の高エネルギー側で、どのような熱的放射モデルでも予測できない大きなハードテイルが存在するからである。スペクトル全体の形は、むしろ幕関数でよく表される。すなわち銀河面からのX線放射は、高温プラズマからの熱的放射だけでは説明できず、なんらかの非熱的な成分が存在することになる。この事実を定量的に示すことができたのは本論文ではじめてである。

 つぎにLACの5つのスキャン観測で得られた強度から、銀河面からのX線放射の空間分布を求めた。単純なモデルとして銀緯方向に強度が指数関数的に減少し、銀河中心からある半径までの一様に放射する円盤を仮定したところ、スケールハイト400pc、半径6kpc程度となった。これは銀河のバルジ成分を含むため、厚めにでることを考慮すると、過去の観測とよく一致する。この空間分布を用いると、銀河円盤からの広がった放射のX線光度(2〜16keV)は(1.9±0.8)×1038erg sec-1、平均電子密度=(2.5±0.3)×10-3-1/2cm-3(ここではfilling factorで全体積中にプラズマの占める割合)、鉄の総量は1000の数倍程度となる。

 Welcome-1による観測では、銀河面、銀河中心領域からの50mCrab程度の放射を短時間の気球観測で、優れたS/N比で得ることができた。バックグランド領域として高銀緯領域を交互に観測し差引を行った。1〜335°の銀河面観測ではブラックホール候補天体であるGX339-4が同時に視野に含まれる。CGRO衛星の結果から推定を行うと、GX339-4の寄与はWelcome-1の観測値の10%程度となる。すなわちWelcome-1の観測した線放射は、銀河面からの広がった放射からが大部分であると考えられる。GX339-4の寄与が差し引けないため上限値として発表しているが、ほとんど観測例が無かった50〜600keVというエネルギー領域で観測値と同じ非常に厳しい制限をつける貴重なデータである。Welcome-1で得られたデータは、LACにより求めた非熱的なDiffuse emissionとCOS-BとEGRETのガンマ線観測の各々の延長が交差するところに位置する。これは銀河面からX線からガンマ線まで放射が、同一機構によって起きていることを強く示唆する貴重な新しい知見である。

 次に本研究で得られたデータを基に、Diffuse emissionの源について考察を行なう。Einstein IPCで求められているlogN-logS関係、ASCAにより観測された数分角スケールでの表面輝度のゆらぎのデータ、Diffuse emissionのスペクトルに最もよく似ている白色矮星を含む連星系の数密度等を用いて、定量的な検討をおこない、検出器感度以下の点源の集合であるとの可能性を排除した。その結果、検出限界以下の点源の寄与は20%以下であり、広がった放射が主たる成分であることが結論できた。

 すなわち熱的な低エネルギー成分と非熱的な高エネルギー成分が広がった放射に共存していることになる。高温プラズマからの熱的成分に関しては、高温プラズマの空間的に占める割合が10-(2〜3)程度であれば、数10年に一度程度の超新星爆発によってエネルギー、鉄の双方を供給できることが判った。これは10keV以下の銀河円盤からのDiffuse emissionは超新星残骸が関与しているとの従来の考えを支持する。硬X線から低エネルギー線にかけての非熱的な成分には電子の制動放射が最も多く寄与していると考えられる。宇宙線電子は星間空間中で急速にエネルギーを失うため、数10MeV以下のエネルギー領域では、空間密度は小さいと考えられてが、直接的な観測は行なわれていない。観測された硬X線のエネルギースペクトルは、電子のスペクトルが高エネルギーから10keV程度の低エネルギー領域までほぼ一定の幕で連続していることを強く示唆する。理論的には、古い超新星残骸でも10keV以下の電子が現在まで継続的に数10MeV以上まで加速され、硬X線発生領域に供給されていることが要求される。

 電子源も加速機構も超新星残骸であると考え、熱的な電子が数10MeVまで効率良く加速できるかを検討する。低エネルギー電子には、プラズマ振動の励起が効率の良い減速過程となり、加速効率は、これを上回る必要がある。適当な速度の衝撃波による加速を考え、加速領域での電子の拡散係数を電子密度から求めた平均自由行程を用いて単純化することによって現実の超新星残骸と比較した。その結果、超新星残骸中で10keV程度の電子を加速することができることが示された。これまでの加速理論では加速を開始するための最初の電子は外部から与えられるものとしてその起源を問わないことが多かったが、本論文では加熱されたkT〜3keV程度の高温プラズマを起源として衝撃波加速により非熱的な電子をつくり得ることを始めて示すことができた。

 このように超新星残骸中で高温プラズマと非熱的な電子が共存すると考えると、観測された銀河円盤からの硬X線線Diffuse emissionの特徴、特にエネルギースベクトルの連続性と空間分布の類似性を自然に説明できる。すなわち、銀河円盤からの硬X線放射として我々は超新星残骸中で電子の加速されている現場を観測したことになる。本論文で示された観測結果とその解釈は、銀河円盤中でのX線ガンマ線放射と、宇宙線の加速という高エネルギー現象が強く関連していることを始めて示すものである。

審査要旨

 本論文は7章と3つのアペンディクスからなり、第1章はイントロダクション、第2章では銀河円盤からの広がったX線線の放射についてのレビューを行っている。第3章、第4章ではそれぞれ、ぎんが衛星によるX線領域での観測とWellcome-1気球実験による線領域の観測について述べられる。第5章で、X線領域と線領域の観測結果が述べられ、第6章でその結果について議論される。第7章は本論文のまとめにあてられる。

 銀河円盤からの広がった点源に分解できないX線放射(1-10keV,Galactic RidgeEmission)の存在は1980年代前半から知られていた。その起源としては、分解できない点源の重ね合わせが当初考えられたが、てんま衛星の観測により6.7keVの電離した鉄元素からの輝線スペクトルが発見され、これにより光学的に薄い1千万度K程度の温度のプラズマからの放射がであると考えられている。このプラズマは超新星の爆発により供給されると考えれるが、以下のような問題が指摘されている。銀河円盤からの広がったX線放射の温度は、典型的な超新星残骸の温度に比べて高い、また、このようなプラズマを維持するには、一般に受け入れられているのに比べて有意に高い超新星残骸の発生率を必要とする。一方、高エネルギー線領域(1MeV)でのひろがった放射の存在も1970年代末から知られていた。これについてはすくなくとも100MeV以下では宇宙線の電子成分による制動放射であると考えられている。しかし、そのエネルギーの供給源なる宇宙線の加速機構は解明されていない。一方、100keV程度のエネルギー領域は主に技術的な問題から両側の波長に比べて測定の精度が低く、充分な観測が行われてこなかった。このことは、X線、線のそれぞれの領域での銀河円盤からの放射がお互いにどのように関わっているかを検討することを困難にしてきた。

 本論分では、まず、ぎんが衛星の観測データを新しい手法を用いて再解析しなおすことによりこれまでの解析では信頼できる結果の得られていなかった10keV以上16keVまでのエネルギー範囲においてもスペクトルを得た。この結果、連続スペクトルを説明するには、熱的な放射以外に非熱的な成分を導入する必要があることが初めて明確に明らかになった。一方、40-600keVのエネルギー範囲での観測をWelcome-1気球実験により行った。この観測装置は、CsIを井戸型構造のアクティブコリメータとして用い、GSOを主検出器とするフォスウイッチ型のシンチレータである。Welcome-1はこのエネルギー範囲でこれまでにない高い感度を達成した検出器であり、論文提出者は、この観測装置の重要な部分の開発に携わっている。Welcome-1は視野が広いため、同一視野内にはいったGX339-1の寄与を完全に把握することができないという問題が残るものの、このエネルギーバンドでの銀河円盤からの放射スペクトルはぎんがにより得られたX線領域の非熱的な放射と、線領域のそれぞれを延長した上にあるとして矛盾の無いことが明らかになった。

 以上の結果を踏まえて、論文提出者は銀河円盤からのX線・線を統一的な解釈を提出した。まず、logN-logS関係などを用いた定量的な検討から、検出限界以下の点源の寄与は20%以下である、つまり広がった放射が主たる成分であることが明らかになった。次に、高温プラズマが全空間を満たしている割合(filling factor)を導入することにより超新星爆発率の問題を解決できる、すなわち、熱的成分からの放射のエネルギーと鉄輝線は、filling factorが0.01から0.001程度であれば、数10年に一度程度の超新星爆発によって供給できることを示した。次ぎに超新星爆発に伴う衝撃波による電子の加速を検討した。その結果、超新星残骸で期待されるような環境では、衝撃波により電子に与えられるエネルギーは、まずプラズマの加熱に使われるが、一旦電子が10keV程度のエネルギーを得ると電子自身の加速に利用されるようになることがわかった。すなわち、電子の熱的な分布と比熱的な分布の共存が自然に期待される。さらに論文提出者はシュミレーション計算を行い、3keV程度の熱的な分布からべき関数の分布を持つ比熱的な分布を作り出すことが出来ることを示した。

 以上、本論文は、新しい解析方法と観測方法により、これまで未知であった数10-数100keVのエネルギーバンドで銀河円盤からの広がった放射に新しい知見を得、さらにこれに基づいて、これまで別個に議論されてきたX線・線放射を統一的な解釈するモデルを提出した。したがって、博士の学位を授与するに相応しいものであると、審査員は全員一致で判断する。

 なお、Welcome-1による線観測は釜江氏らとの、ぎんがのX線観測は大橋氏らとの共同研究であるが、両者とも論文提出者が主体となって解析・議論を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって博士(理学)を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53939