本論文は、臨界温度が液体窒素温度を大きく越える酸化物高温超伝導体の代表的な化合物であるYBa2Cu3Oxについて、各種物性測定に充分耐えられるような良質・大形の単結晶育成の研究と、クエンチ法による結晶生成機構の究明、および作成した単結晶による超伝導状態での量子磁束のピンニング特性を調べたものである。本論文は6章より構成されており、第1章は緒論、第2章はYBa2Cu3Ox単結晶の育成、第3章は結晶成長機構解析、第4章はYBa2Cu3Ox単結晶の成長条件と磁束ピンニング特性との関連、第5章は双晶と磁束ピンニングの関係、第6章はまとめ、となっている。以下に論文内容を抄録する。 まず第1章は緒論として、高温超伝導体およびその結晶作成の歴史的背景、今まで試みられてきた多くの実験的試み、臨界電流密度と結晶欠陥との関係、ならびに臨界電流密度に関連する磁束ピンニング特性の問題点が整理され、大形良質単結晶の重要性と、結晶作成における諸条件と超伝導特性との関連を明確にすることの必要性が指摘された。それらより、本研究の目的ならびに研究が行われるに到った経緯が述べられている。 第2章では、本研究におけるYBa2Cu3Ox結晶の作成法について紹介されている。ここでは、1988年にTakeiらによって開発された、包晶反応を利用した結晶育成法を発展させて行われた。すなわち、包晶反応の原料となる固相(211相)を融液内に分散させ、融液との反応生成物である超伝導体相YBa2Cu3Oxを再結晶させることによって作成される。ここでは高温相関係の検討より、融液内の温度分布の制御、種子結晶の使用、融液と結晶との分離、などの技術的な改良が重要であった。得られた結晶は最大7x7x7mm3である。組成分布の分析、磁気抵抗測定などによって品質を調べた結果、酸素量x=7.00で、臨界温度93.5Kの鋭い転移を持つ極めて完全性の高い結晶であることが判明した。 第3章では、上記包晶反応と再結晶作用の存在を確認するために、クエンチ法によって融液内の組成・構造が調べられ、その有効性が検討された。すなわち、包晶反応の進行する組成・温度領域で試料を加熱保持したのち、液体窒素中に入れて急冷し、その固化物について断面を電子顕微鏡などで詳しく観察した。その結果、原料(211)固相、YBa2Cu3Ox相、液相の三相共存域の存在が確認され、そこではイットリウム化合物の拡散が観察された。また、固液界面形状の拡散層への影響が明らかにされ、YBa2Cu3Ox結晶がオストワルド成長機構により成長することが確認された。 第4章は、結晶完全性と混合状態における磁束ピン止め力との関係が検討されている。すなわち、YBa2Cu3Ox結晶育成の際の融液成分を制御すると、結晶内に不純物相(主としてボイド)が生じる。そのような結晶では超伝導転移点はほとんど変わらないが、磁場中冷却時における反磁性成分(マイスナー分率)の顕著な減少が認められた。一方、臨界電流に比例すると考えられる低温での磁化のヒステレシス曲線の幅は著しく増大する。すなわち、このような析出物によって、量子磁束のピン止め力の増加が行われるものと結論された。 第5章では、YBa2Cu3Ox結晶に含まれる双晶境界の磁束ピンニング特性との関連が調べられた。YBa2Cu3Ox結晶は600℃付近の高温において、正方晶から低温相である斜方晶へと構造相転移を起こし、その際双晶構造が生ずる。このような双晶の境界は量子磁束のピン止めに有効であるとの議論がなされているが、その確認はされていない。ここでは結晶を還元雰囲気下で加圧・加熱して双晶を完全に除去し、ふたたび酸素アニールすることによって双晶を取り除いた単一分域YBa2Cu3Ox結晶試料を作成した。これと双晶のある結晶試料とを磁化曲線により比較検討した結果、測定温度によって双晶境界がピンニングに及ぼす効果の異なることがわかった。 第6章ではこれらの内容がまとめられている。 本論文は以上の要約が示したように、高温超伝導体YBa2Cu3Oxにおいて結晶作成技術を開発し、結晶の成長機構を明らかにすると同時に、良質大形の単結晶試料の作成に成功した。また、結晶に故意に欠陥を導入して、磁束ピンニング力との関連を明確にした。双晶を除去する技術を確立し、双晶の有無によるピンニングに及ぼす影響を明らかにした。以上の結果は、高温超伝導体の生成現象および結晶欠陥と超伝導特性との関連についての物理化学的な理解に大きく貢献した。このことは超伝導現象研究の上で有用であるのみならず、結晶成長研究の分野にも少なからぬ進歩をもたらしたものと考えられる。また本研究によって得られた知見は、鉱物結晶の融液からの生成機構に重要な示唆を与えるものであり、このことは同時に鉱物学全般の進歩にも役立つものであることを審査員一同認めた。なお、本論文第1、2、3、4章の一部は武居文彦、家泰弘、竹屋浩幸らと、第3、4、5章の一部は武居文彦、家泰弘、田村雅史、木下実、竹屋浩幸らと、第4、5、6章の一部は武居文彦、野田健治との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。よって本論文提出者に博士(理学)を授与できるものと認める。 |