学位論文要旨



No 212740
著者(漢字) 朝岡,秀人
著者(英字)
著者(カナ) アサオカ,ヒデヒト
標題(和) 大形YBa2Cu3Ox単結晶育成と磁束ピンニング特性
標題(洋) Growth of Large Isometric YBa2Cu3Ox Single Crystals and Their Flux Pinning Properties
報告番号 212740
報告番号 乙12740
学位授与日 1996.03.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12740号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武居,文彦
 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 助教授 堀内,弘之
 東京大学 助教授 田賀井,篤平
 東京大学 講師 小澤,徹
内容要旨

 本論文では、酸化物超伝導体YBa2Cu3Oxの単結晶育成と結晶成長機構(第2〜3章)並びに、結晶性と量子化磁束のピンニング特性(第4〜5章)について述べる。以下にその概要を示す。

1.大形YBa2Cu3Ox単結晶の育成

 YBa2Cu3Ox(123)結晶は液体窒素温度77Kを越える高い超伝導転移温度(Tc)を示し安定した結晶構造を持つ物質として注目されており、大形で高品質な単結晶による研究は超伝導特性の解明に不可欠であると共に、応用分野への発展が期待されている。一般に均一な溶液から123結晶を合成した場合、多くはアスペクト比(厚さ/直径)の小さな板状晶しか得られず、厚さ方向(c軸方向)の物性測定が極めて困難な状況にある。そこで我々は等温に近い状態で固体と液体を共存させ、次に示すような包晶反応を用いて大形単結晶の育成を試みた。

 

 固相反応法を用いて合成した123粉末と、BaCuO2-CuOの共晶点を示す7BaCuO2-11CuOとの比率を系統的に変化させ混合しY2O3るつぼに充填した。Y2O3るつぼの使用により、るつぼ材からの123相への不純物の混入を防ぎ高純度単結晶の育成が可能となる。出発混合物質をY2BaCuO5(211)と液相の2相共存状態が得られる1050℃まで昇温・保持した後、徐冷法による結晶成長を行い、970℃において123単結晶と残留溶液を分離した。残留固化溶液は分析の結果、BaCuO2とCuOでYが殆ど見いだせなかったことから(1)式に示される包晶反応はほぼ完全に進行したと考えられる。1/6(123)と1/25(7BaCuO2-11CuO)との比率を3:7に混合した出発組成について、最大7x7x7mm3(axbxc軸)程に成長し光沢のあるフラットな面{100}、{001}で囲まれた立方状結晶が得られた(図1参照)。EPMAによる分析の結果、Y、Ba、Cu各元素について結晶断面全域に均一に分布していることが確認された他、不定比酸素を持つ123結晶に対してさまざまな温度、酸素分圧下で酸素アニールを行い、92.5Kにシャープな超伝導転移を示す酸素量x=7.0の均一な123結晶を得ることができた。各方位に対する抵抗率-温度特性に関してa(b)、c軸方向いずれもT>Tcにおいて金属的振舞いがみられ、c軸方向の抵抗率はa(b)軸方向のおよそ100倍程高い値を示した。また各方位に対して超伝導転移幅(Tc)の外部磁場依存性を測定した結果、測定電流方向によらずc軸方向に磁場を印加した場合にTcの低温側へのシフトが観測された。

図1 YBa2Cu3Ox結晶
2.結晶成長機構

 大形で高品質な123単結晶を得ることができた固液共存状態からの結晶成長は123相、211相、液相が共存する領域において包晶反応(1)が主な役割を果たしていると考えられるが、Y2O3-BaO-CuO系における3相共存領域の存在は3成分系以上でのみ許される極めて珍しいもので、この系でも未だ完全に確認されていない。また3相共存領域が123相の結晶成長に有利に作用するか否かも仮説の段階である。そこで各成長段階にある固液共存状態をクエンチし、包晶反応を伴う固液界面の観察を試みた。溶液温度の低下に伴い、固相(211)と液相の共存状態から、211相、反応生成物(123)との包晶組織の存在する3相共存領域が確認され、最終的には123相への進行が観察された。3相共存領域において、包晶相表面から反応生成物(123)の液相への拡散がみられたことから(図2参照)、123粒子の間では表面自由エネルギーの差異に起因するオストワルド成長が進行しうる環境が存在し、最終的には∞の粒径を持つ平面結晶の成長が得られたと考えられる。

図2 固液界面のY濃度のマッピング
3.育成環境と磁束ピンニング特性

 液相が溶質の移送を担う固液共存状態からの結晶成長において、液相量の変化は得られる123単結晶の結晶性に大きく影響を与えると考えられる。第2種超伝導体である123結晶はT<Tcにおいて外部磁場の増加に伴い混合状態となり試料全体に大きな電流を流すことができるが、無損失で流しうる臨界電流密度(Jc)の大きさは、侵入した量子化磁束を止めておくための結晶内の欠陥や析出物などのピン止め力に大きく影響を受ける。また層状構造に起因する異方性が極めて大きい酸化物高温超伝導体においては高品質な単結晶がピン止め機構の研究には不可欠である。固液共存状態における液相比率を系統的に減少させ123単結晶を育成した結果、結晶内に液相比率の減少に伴いボイドが現われると共にボイドの密度の上昇がみられた。結晶内に不純物相の析出はみられず、酸素アニールを行った結晶はいずれも92.5Kにシャープな超伝導転移を示し均一な123相が得られていた。ただし液相比率の減少に伴い、磁化率-温度曲線におけるマイスナー分率の減少と共に、5〜80Kすべての温度域においてJcに比例する磁化のヒステリシス曲線の幅(M)が増加し(図3参照)、1T、80KにおいてJcが10倍程の上昇を示した。磁化の時間緩和曲線から求められる磁束の活性化エネルギーも液相比率の減少に伴い増加し、ピン止め力の増加が示された。

図3 磁化のヒステリシス曲線
4.双晶境界と量子化磁束運動

 不定比酸素を持つ123結晶は酸素の増加に伴う正方晶系から斜方晶系への相転移の際に双晶となる。双晶境界が量子化磁束に対しいかなる影響を及ぼすかについてさまざまな議論がなされているが、比較的微小な影響である上に、双晶境界のない高品質な123単結晶を得ることが困難であるため明確な結論が得られていない。そこで液相量が十分に存在する固液共存状態から育成された最も高品質の123結晶の双晶境界を除去し、双晶領域との比較検討を行った。550℃において不活性ガスによるアニーリングを行い、再び正方晶系に相転移させた123単結晶に対してa(b)軸方向から加圧を行いつつ酸素を導入した結果、同一123結晶内に双晶領域と完全に双晶境界のない領域を得ることができた。これらは同一結晶内から得られたため双晶境界の有無以外は全く同一の結晶性を持つ。酸素アニーリングを行った結晶はいずれも92.5Kにシャープな超伝導転移を示す酸素量x=7.0の均一な123相が得られた。双晶領域の磁化率-温度曲線におけるマイスナー分率は相対的な減少がみられ、磁化のヒステリシス曲線において温度の変化に伴う著しい変化が観測された。5〜20Kの低温域では双晶領域のMの減少がみられたが、60〜84Kの高温域では逆転しMの増加がみられる(図4参照)。つまり高磁場中の低温域では双晶境界に沿った量子化磁束の結晶外へのはきだしが行われていたが、温度の上昇と共に量子化磁束の束としての運動が主になり双晶境界に沿ったはきだしが困難となった結果、逆に双晶境界が量子化磁束の運動を阻害する方向に作用したと考えられ、双晶境界と量子化磁束との関係が温度によって顕著に変化することが示された。

図4 磁化のヒステリシス曲線
5.まとめ

 1.最適育成条件を明らかにし、固相(211)と液相の共存状態から最大7x7x7mm3(axbxc軸)程に成長した123単結晶を育成した。

 2.成長段階にある固液共存状態の観察から包晶反応の進行と、包晶相表面から液相への拡散が確認され、オストワルド成長により123単結晶が得られたと考えられる。

 3.固液共存状態の液相量の減少による結晶性の変化(ボイドの発生)に伴い、ピン止め力が向上しJcの高い試料が得られた。

 4.双晶領域のJcが低温域で低下し、温度の上昇と共に増加することから、双晶境界は低温域でピンとして作用せずに双晶境界に沿った量子化磁束のはきだしが行われ、高温域では量子化磁束の運動を阻止するピンとして作用すると考えられる。

審査要旨

 本論文は、臨界温度が液体窒素温度を大きく越える酸化物高温超伝導体の代表的な化合物であるYBa2Cu3Oxについて、各種物性測定に充分耐えられるような良質・大形の単結晶育成の研究と、クエンチ法による結晶生成機構の究明、および作成した単結晶による超伝導状態での量子磁束のピンニング特性を調べたものである。本論文は6章より構成されており、第1章は緒論、第2章はYBa2Cu3Ox単結晶の育成、第3章は結晶成長機構解析、第4章はYBa2Cu3Ox単結晶の成長条件と磁束ピンニング特性との関連、第5章は双晶と磁束ピンニングの関係、第6章はまとめ、となっている。以下に論文内容を抄録する。

 まず第1章は緒論として、高温超伝導体およびその結晶作成の歴史的背景、今まで試みられてきた多くの実験的試み、臨界電流密度と結晶欠陥との関係、ならびに臨界電流密度に関連する磁束ピンニング特性の問題点が整理され、大形良質単結晶の重要性と、結晶作成における諸条件と超伝導特性との関連を明確にすることの必要性が指摘された。それらより、本研究の目的ならびに研究が行われるに到った経緯が述べられている。

 第2章では、本研究におけるYBa2Cu3Ox結晶の作成法について紹介されている。ここでは、1988年にTakeiらによって開発された、包晶反応を利用した結晶育成法を発展させて行われた。すなわち、包晶反応の原料となる固相(211相)を融液内に分散させ、融液との反応生成物である超伝導体相YBa2Cu3Oxを再結晶させることによって作成される。ここでは高温相関係の検討より、融液内の温度分布の制御、種子結晶の使用、融液と結晶との分離、などの技術的な改良が重要であった。得られた結晶は最大7x7x7mm3である。組成分布の分析、磁気抵抗測定などによって品質を調べた結果、酸素量x=7.00で、臨界温度93.5Kの鋭い転移を持つ極めて完全性の高い結晶であることが判明した。

 第3章では、上記包晶反応と再結晶作用の存在を確認するために、クエンチ法によって融液内の組成・構造が調べられ、その有効性が検討された。すなわち、包晶反応の進行する組成・温度領域で試料を加熱保持したのち、液体窒素中に入れて急冷し、その固化物について断面を電子顕微鏡などで詳しく観察した。その結果、原料(211)固相、YBa2Cu3Ox相、液相の三相共存域の存在が確認され、そこではイットリウム化合物の拡散が観察された。また、固液界面形状の拡散層への影響が明らかにされ、YBa2Cu3Ox結晶がオストワルド成長機構により成長することが確認された。

 第4章は、結晶完全性と混合状態における磁束ピン止め力との関係が検討されている。すなわち、YBa2Cu3Ox結晶育成の際の融液成分を制御すると、結晶内に不純物相(主としてボイド)が生じる。そのような結晶では超伝導転移点はほとんど変わらないが、磁場中冷却時における反磁性成分(マイスナー分率)の顕著な減少が認められた。一方、臨界電流に比例すると考えられる低温での磁化のヒステレシス曲線の幅は著しく増大する。すなわち、このような析出物によって、量子磁束のピン止め力の増加が行われるものと結論された。

 第5章では、YBa2Cu3Ox結晶に含まれる双晶境界の磁束ピンニング特性との関連が調べられた。YBa2Cu3Ox結晶は600℃付近の高温において、正方晶から低温相である斜方晶へと構造相転移を起こし、その際双晶構造が生ずる。このような双晶の境界は量子磁束のピン止めに有効であるとの議論がなされているが、その確認はされていない。ここでは結晶を還元雰囲気下で加圧・加熱して双晶を完全に除去し、ふたたび酸素アニールすることによって双晶を取り除いた単一分域YBa2Cu3Ox結晶試料を作成した。これと双晶のある結晶試料とを磁化曲線により比較検討した結果、測定温度によって双晶境界がピンニングに及ぼす効果の異なることがわかった。

 第6章ではこれらの内容がまとめられている。

 本論文は以上の要約が示したように、高温超伝導体YBa2Cu3Oxにおいて結晶作成技術を開発し、結晶の成長機構を明らかにすると同時に、良質大形の単結晶試料の作成に成功した。また、結晶に故意に欠陥を導入して、磁束ピンニング力との関連を明確にした。双晶を除去する技術を確立し、双晶の有無によるピンニングに及ぼす影響を明らかにした。以上の結果は、高温超伝導体の生成現象および結晶欠陥と超伝導特性との関連についての物理化学的な理解に大きく貢献した。このことは超伝導現象研究の上で有用であるのみならず、結晶成長研究の分野にも少なからぬ進歩をもたらしたものと考えられる。また本研究によって得られた知見は、鉱物結晶の融液からの生成機構に重要な示唆を与えるものであり、このことは同時に鉱物学全般の進歩にも役立つものであることを審査員一同認めた。なお、本論文第1、2、3、4章の一部は武居文彦、家泰弘、竹屋浩幸らと、第3、4、5章の一部は武居文彦、家泰弘、田村雅史、木下実、竹屋浩幸らと、第4、5、6章の一部は武居文彦、野田健治との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。よって本論文提出者に博士(理学)を授与できるものと認める。

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