本論文は、蛋白質およびコロイド粒子の固体基板上での2次元アレイ膜形成に関する理論および実験の研究結果をまとめたものである。 第1章は導入でこの研究の背景が述べられている。コロイド粒子の二次元アレイ形成に関して多くの研究がなされており、ポリスチレン微粒子アレイ膜の固体基板上への連続形成などは可能となった。しかしながら、ポリスチレン微粒子自身は機能を持たず、そのアレイは、膜厚、格子形によって特徴づけられる物性(光学的反射率、透過率、またそれらの異方性)のみを示す。アレイ化されるべきコロイド粒子として、たん白質粒子を用いた場合、たん白質粒子はそれ自身生化学的な機能をもっているので、その格子形とあいまって新しい物性を示し、より有用な基礎材料となると期待できる。 第二章は、粒子膜の連続形成時に不可避的に発生する膜の縞構造の発生原理とその回避法についての記述である。ポリスチレン粒子(ラテックス)を含んだ液滴がガラス基板上で乾くときに液滴のメニスカスの運動に依存して粒子膜ができる。そのときに発生する単層の縞数の粒子体積分率依存性を調べた。体積分率が小さいとき、縞数は少ないが体積分率の増加とともに縞数も増加し、あるところから縞数が減少していく。この現象を説明するモデルを導入し、縞数の体積分率依存性を説明した。実際、粒子膜の連続形成時にメニスカスの運動を帰還制御して定速になるようにすると縞の発生をさけることができるが、その原理がここで明らかにされている。 第三章は、薄膜(ナノメートルスケール)の実時間可視化技術についての記述である(color ellipsoscopeと名づけられた)。固体基板上の薄膜の形成過程を大気中で実時間観察するためには、光学的な方法がもっとも適切であるが、通常の光の干渉現象を利用した方法では、膜厚の分解能は用いる光の波長の1/2である。また、従来の微分干渉、偏光顕微法では膜の光学定数(膜厚、屈折率)を独立に決めることはできない。そこで、古くから薄膜の膜厚、屈折率を測定する手段として知られているEllipsometryを改良した可視化技術を考案した。消光型ellipsometerに使われる単色光を白色光に変更し、試料(膜+基板)からの反射光の各波長の偏光状態が膜の膜厚、屈折率に依存することを利用して、膜厚、または屈折率の差を色の差に実時間で変換し膜を可視化する。応用例として、シリコンウエハ上に酸化シリコンの凹凸で作られたパターンの可視化例、また液体ガリウム上でのたん白質膜の形成過程の可視化例を示した。画像から最低三つの波長の光の強度を得られたとすると、原理的に膜厚、屈折率を同時に決められることも示した。 第四章は、たん白質(フェリチン;直径13nm)溶液中に含まれる微量不純物に関する記述である。たん白質溶液には、カタログに記述されてない微量の不純物が含まれていると考えられる。それらの溶液を用いて研究を行う場合、表面または界面で、不純物の濃度は無視できない濃度になる可能性がある。表面または界面での研究には、できるだけ不純物が少ない溶液を選ぶ必要がある。製造元の異なる2つのたん白質溶液から、それらに含まれているであろう不純物を抽出し、その赤外分光スペクトルを測定し不純物の検出をおこなった。その結果、alkyl鎖をもつ物質が両方の溶液に含まれていることがわかり、一方の溶液中の不純物濃度は、もう一方のそれに比べて約10倍大きいことがわかった。 第五章は、たん白質粒子膜の液体基板上への連続形成とその原理の記述である。たん白質としてフェリチンを用いた。フェリチン溶液を液体ガリウム上に垂直に配置した板(その先端はガリウムに接触させる)とガリウムの間に導入し、ガリウムの入った容器を水平方向に定速で移動させ機械的に広げる。このとき、液体ガリウム表面は板により連続的にscratchされるので、常に新しい表面が得られる。その表面で溶液のぬれ膜ができ、乾燥過程によりフェリチンの膜が基板上にできる。この方法をscratching法と呼ぶ。膜の形成過程をcolor ellipsoscope法を用いて可視化し、フェリチン溶液の濃度とscratching速度を変えて膜を形成し、膜厚測定をした。その結果、濃度が高いほど、また、scratching速度が遅いほど膜厚が厚くなることがわかった。この結果を理解するためにcolor ellipsoscopeの画像に基づいた、乾燥膜、ぬれ膜、メニスカスからなるモデルを考案し、乾燥膜の膜厚をフェリチンの濃度とscratching速度の関数として記述している。 第六章は、たん白質粒子アレイ膜の固体基板上への連続形成とその原理の記述である。たん白質としてフェリチンを用いた。フェリチン溶液をscratching法によりシリコンウエハ上で広げ、ぬれ膜を形成しその中でフェリチン粒子の六方最密充填アレイを形成する。ぬれ膜の乾燥によってフェリチン粒子アレイ膜が基板上へ作られる。このとき、溶液条件(pH)、また形成装置周辺の湿度に依存してアレイは六方最密充填または非晶質状態をとった。pHが高い(フェリチンの表面電荷が大きい状態)ほどよりよい六方格子のアレイが得られた。pHが低いときは非晶質であった。湿度が高いときもまた六方格子アレイが得られたが、低いときは非晶質であった。フェリチン溶液は電解質溶液であり、また得られたアレイの状態が溶液のpHに依存したことから、ぬれ膜内でのフェリチン粒子の静電ポテンシャルがアレイの形成に重要であると考え、フェリチン粒子にたいするぬれ膜の気体一液体界面からのポテンシャルエネルギー(静電ポテンシャル+van der Waalsポテンシャル)を計算した。ポテンシャルエネルギーはある電解質濃度で極小を持つが、それより高い電解質濃度では極小を持たない。アレイの形成過程はぬれ膜の乾燥過程であるから、電解質濃度は乾燥にともない高くなっていく。したがって、ぬれ膜内のポテンシャルは乾燥開始時の電解質濃度で極小を持っていても、乾燥過程の進行にともなって電解質濃度が高くなるために極小は消失する。この事は、極小がある寿命を持つということである。その極小は二次元的にぬれ膜内にできるので、ぬれ膜(Primary film)に対してsecondary filmを呼ぶ。secondary filmの乾燥過程における寿命をフェリチン粒子の表面電荷の関数として計算したところ表面電荷が大きい(高いpH)ほど寿命が長いことがわかった。secondary filmはフェリチン粒子に対して二次元容器として作用すると考えると、アレイの形成は二次元容器内での同種粒子の斥力相互作用によってなされると考えることができる。この様な系はAlderらによって研究され、無秩序-秩序転移をおこすことが知られている(Alder転移)。溶液のpHが高いと容器の寿命が長いので、粒子は秩序化(六方格子アレイ)のための時間を十分得られ、よりよい六方格子アレイを形成すると考えられる。逆に、低いpHでは寿命は短く、アレイを形成する前に容器が消滅するので非晶質状態をとると考えられる。また、湿度が高いときに六方格子アレイが得られるのは自然である。なぜなら、湿度か高ければ容器の寿命も当然長くなるので、アレイ形成のための時間を十分にフェリチン粒子に与えることができるからである。逆に低ければ寿命は短く、アレイを形成する前に、同様に容器が消滅するので非晶質状態をとる。これらの結果から、たん白質粒子などの小さい粒子をsecondary film(二次元容器)に安定に長時間閉じこめることがそれらのアレイ形成に重要であることがわかった。 これらの成果により、本論文は博士(学術)の学位に値するものであると、審査員全員が判定した。 第二章、第三章は、学術雑誌上にて公表済み、第六章は、本年4月に公表予定である。また第五章は現在公表を準備している。 |