学位論文要旨



No 212746
著者(漢字) 横沢,正幸
著者(英字)
著者(カナ) ヨコザワ,マサユキ
標題(和) 植物群集におけるサイズ構造、競合そして共存に関する理論的研究
標題(洋) Theoretical study on size-structure dynamics,competition and coexistence in plant communities
報告番号 212746
報告番号 乙12746
学位授与日 1996.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第12746号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 原,登志彦
 東京大学 教授 高橋,正征
 東京大学 助教授 嶋田,正和
 北海道大学 教授 甲山,隆司
 東京都立大学 助教授 可知,直毅
内容要旨

 自然界での植物群集は様々なサイズ(重量,高さ,直径)および樹形を持つ個体から構成されており,他の個体との間に光,養分などをめぐる競合状態にある。そのような複雑なシステムにおいて,競合・共存過程がどのように生じているかを研究することは植物生態学上の興味深い問題の一つである。さらに,植物群集におけるサイズ構造の動態,種の共存条件を探ることは農学および林学などの応用生物科学にとっても重要である。

 従来の植物群集動態を扱うモデルには大きく分けて二種類ある。一つは個体サイズの群落全体での平均値の時間変化のみを扱うモデルであり,解析的取り扱いに優れる反面,現実には存在する個体それぞれの特性などが考慮されていない。もう一つは,各個体の生理的・機能的特性のみならず位置情報をも含んだ大規模なシミュレーションモデルであるが,決定すべきパラメータの数が多くかつその振る舞いを把握することが容易ではない。そのなかで,水平的に均一な場という返定の下で,植物群集内部のサイズ構造の時間変化を拡散方程式によって記述することが提案されていた。しかし,そのモデルに含まれる各関数形(個体サイズごとの生長関数,生長のばらつきを表す関数,枯死率の関数)は経験的に与えられていた。本論文で展開するモデルはこれらの関数形を個体の生理的特性を含んだ形で群落光合成過程として定式化して与え,さらに生長・競合過程に伴う時間的変化を取り入れるために,サイズ分布の拡散方程式モデルと結合したものである。この意味で本モデルは上の二つのモデルの中間に位置するものであり,機能的モデルでありながらその挙動を把握しやすい構造を持つものである。

 本モデルでは個体の位置による違いは考慮されてはいないが,個葉の光合成過程から植生の動態過程までを統一的に扱えるモデルである。本論文では,このモデルを用いて植物群集におけるサイズ構造動態の機構を理論的に解析し,個体間の競合過程が植物群集の動態に及ぼす影響を定量化する。ここでは,光をめぐる競合のみを考え,土壌中の養分,水条件は均一であると仮定する。しかし,養分・水条件の変化は個体の光合成能の違いとして間接的に取り込めるとしている。競合過程およびサイズ構造の動態についての生物的意味を探るために,本論文ではサイズ構造動態について,確率的変動を含む拡散方程式モデルではなく決定論的な連続方程式モデルを用いた。各章の概要を以下に示す。

 1章では,初めに植物群集の動態を構成個体の特性に基づいてモデル化する研究,構成個体の生理的変化が個体群の動態に及ぼす影響についての研究,個体のアロメトリー関係及び生長様式が個体群動態に及ぼす影響,ならびに樹形と種の共存状態に関する既往の研究を概観し,従来の研究では取り扱ってこなかった諸問題を明示し本論文で扱う点を提示した。

 2章では,群落光合成過程に基づき,個体の高さと重量との間にアロメトリー関係を仮定して,群落内での個体の生長・枯死過程を定式化した。これは本論文の基本となるモデルである。次にそのモデルを用いて,個体生長のサイズ依存性,群落内での競合過程を再現し,自然界での現象と比較した。またシミュレーションによって得られた結果から,群落内での競合状態を把握する関数形C(t,x)(時刻tにおけるサイズxの個体よりも大きい個体の総葉面積)を提案した。その結果,光のみによる競争過程を仮定したにも関わらず個体間競合は非対称的でも対称的でもなくその重ね合わせであること,高さ方向生長個体は直径方向生長個体に比べより非対称的な競合を示すこと,群落構造が変化し続けるにも関わらず,競合過程が個体の生長に及ぼす影響はある定常状態に収束することが示された。また,競合過程にある時刻tでのサイズxの個体の生長関数G(t,x)の一般形として競合関数C(t,x)を用いた次式

 

 を導いた。(x0は群落内の最小個体サイズ,a0,a1,m,c1,c2はパラメータである)

 3章では2章の基本モデルを用いて,単位葉面積当たりの最大光合成能・呼吸速度,単位重量あたりの維持・生長呼吸速度,ならびにキャノピー内の吸光係数などの個体の生理的特性の変化が群落全体の構造動態に及ぼす影響を見るためにシミュレーションによる感度分析を行った。その結果,より非対称的競争状態にある個体群はより対称的競争状態にある個体群よりも,個体の生理的あるいは環境の変動に対して安定した系であることが示された。また土壌中の養分レベルの低下は,群落光合成過程を通して競合の非対称性を減少させることが示された。以上により,本モデルによればこれまでの実際の様々な研究結果が合理的に説明可能である。さらに,対称的競合を示す個体群は多種の共存が容易であることも示唆された。

 4章では前の二つの章で用いた基本モデルで仮定した,個体に対する先験的なアロメトリー関係を仮定しないモデルを提案した。具体的には,樹高と直径を独立変数とするモデルに2章のモデルを拡張し,個体の樹形構造の違いおよび光合成産物の分配関係による群落構造動態の影響を考察した。その結果,群落構造に大きく影響を及ぼす因子は光合成産物の分配関係ではなく,個体の樹形構造であることが示された。特に,広葉樹のように個体の上部に葉が集まっている個体群は非対称的競合を示し,平均個体高-平均直径関係が曲線的になり,個体高のサイズ分布は二山形になった。一方,下部に葉が集まっている針葉樹形個体群は対称的な競合を示し,平均個体高-平均直径関係はほぼ直線的になり,個体高のサイズ分布は一山形であることが示された。これらの結果は既存の実測データと合致していた。また,広葉樹形個体群の共存状態はニッチの垂直的分化によって,針葉樹形個体群の共存状態は3章の結果とあわせてニッチの水平方向の分化によって生じることが示唆された。

 5章では,4章の結果に基づいて異なる2種類の樹形構造を持つ個体群の間の共存状態について,2章の基本モデルを多種系に拡張したモデルを用いて考察した。光による競合関係下にある広葉樹形と針葉樹形の2種の樹形を持つ個体群が,最大光合成能と吸光係数の組み合わせおよび個体群の平均初期サイズの違いによる共存可能な条件を調べた。その結果,広葉樹形個体群は針葉樹形個体群よりも小さいサイズ領域つまり群集の下部でも共存状態を保てるが,針葉樹形個体群は広葉樹形個体群が上部を占めている場合には共存が難しいことが予測された。また,これらの結果は実際の針広混交林で報告されている事実と一致していた。

 最後に6章では各章で得られた結果の要約を行った。

 本論文で展開したモデルは従来の植物群集内での競合過程を経験的に取り入れたものではなく,構成個体の機能的特性をも考慮したモデルである。本モデルによって,競合個体群内の自己間引き現象,個体の生理的特性の変化が与えるサイズ構造動態の変化,異種個体間の空間的階層構造分化様式および共存様式など,様々な実際の生態学的現象を統一的に説明できることがわかった。よって,将来予想される地球規模の環境変化に伴う植物群集の構造動態変化の予測にも応用できると考えられる。また,競合状態を定量化する関数形およびそれを考慮した競合下における個体の生長関数の一般形を提案したが,その関数形が実際に様々な植物個体群動態の解析に用いられている例も示した。競合状態にある植物群集の動態にはそれを構成する個体の樹形構造が本質的であり,その構造の起源を遺伝的特性,進化の観点から研究することが将来必要であると考えられる。

審査要旨

 自然界での植物群集は様々なサイズ(重量,高さ,直径)および樹形を持つ個体から構成されており,他個体との間に光,養分などをめぐる競合状態にある。そのような複雑なシステムにおいて,競合・共存過程がどのように生じているかを研究することは植物生態学上の重要な問題の一つである。また,植物群集におけるサイズ構造の動態や多種の共存条件を探ることは農学および林学などの応用生物科学にとっても、さらに地球環境の変化が植生に及ぼす影響を予測するにあたっても重要である。本研究はこのようなテーマを理論的に解析したものである。

 植物群集の動態を扱う従来のモデルは大きく二種類に分類することができる。一つは個体サイズの群落全体での平均値の時間変化のみを扱うモデルであり,解析的取り扱いに優れる反面,現実には存在する個体それぞれの特性などが考慮されていない。もう一つは,各個体の空間位置情報をも考慮し、各個体の成長を記述する大規模なシミュレーションモデルであるが,決定すべきパラメータの数が多くかつその振る舞いを把握することは理論的に容易ではない。本研究で展開されたモデルは、個体サイズごとの生長関数,生長のばらつきを表す関数そして枯死率の関数を各サイズの個体の生理的特性を含んだ形で群落光合成過程として定式化して与え,さらに生長・競合過程の時間的変化を考慮するためにサイズ構造の動態を記述する拡散方程式モデルと結合したものである。したがって本研究で提案されたモデルは上記二種類のモデルの中間に位置するものであり,機能的モデルでありながらその挙動を理論的に把握しやすいという長所を持つものである。この機能的理論モデルによれば,個葉の光合成過程から植生の動態過程までを統一的に扱うことが可能であるということが本研究により示される。本研究はこのモデルに基づいて植物群集の様々な動態を理論的に解析したものである。本論文は6つの章より構成されている。

 第1章では,植物群集の動態に関するこれまでの研究を概観し,従来の研究では取り扱ってこなかった諸問題と本論文で扱う点を提示した。

 第2章では,群落光合成過程に基づき個体の高さと重量との間にアロメトリー関係を仮定し,群落内での個体の生長・枯死過程を定式化した。これは本研究の基本となる理論モデルである。次にそのモデルを用いて,個体生長のサイズ依存性と群落内での競合過程を再現し,自然界での現象と比較した。またシミュレーションにょって得られた結果から,群落内での時刻tにおけるサイズxの個体に対しての競合状態を定量化する関数形C(t,x)を提案した。その結果,高さ方向生長を示す個体は直径方向生長を示す個体に比べより非対称的な競合を示すことが理論的に示された。さらに,競合過程にある時刻tでのサイズxの個体の生長関数G(t,x)の一般形を競合関数C(t,x)を用いて導いた。これらの結果は植物群集における競合過程に関する様々な現象をうまく説明していることが示された。

 第3章では第2章の基本モデルを用いて,単位葉面積当たりの最大光合成速度、呼吸速度,単位重量あたりの維持・生長呼吸速度ならびに群落内の吸光係数などの個体の生理的特性の変化が群落全体の構造動態に及ぼす影響を見るために、シミュレーションによる感度分析を行った。その結果,より非対称的競合状態にある個体群はより対称的競合状態にある個体群よりも個体の生理的特性あるいは環境の変動に対して安定した系であることが理論的に示された。そして,対称的競合を示す植物群集では多種の共存が容易であるという斬新な理論的予測がなされた。この理論的予測は最近いくつかの実際の極相林のデータで他の研究者たちによって確かめられている。

 第4章では,樹高と直径を独立変数とするモデルに第2章のモデルを拡張し,個体の樹形構造と光合成産物の分配関係が群落構造動態に及ぼす影響を考察した。その結果,群落構造に大きく影響を及ぼす因子は光合成産物の分配関係ではなく,個体の樹形構造であることが理論的に示された。特に,広葉樹のように個体の上部に葉が集まっている個体群は非対称的競合を示し,平均個体高-平均直径関係が曲線的になり,個体高のサイズ分布は二山形になることが理論的に示された。一方,下部に葉が集まっている針葉樹形個体群は対称的な競合を示し,平均個体高-平均直径関係はほぼ直線的になり,個体高のサイズ分布は一山形であることが示された。これらの理論的結果は、既存の実測データをよく説明していることが示された。

 第5章では,第4章の結果に基づいて異なる樹形構造を持つ2種の間の共存状態について,第2章の基本モデルを多種系に拡張したモデルを用いて考察した。競合条件下にある広葉樹形と針葉樹形の2種に対して,共存可能な最大光合成速度、群落内吸光係数および個体群の初期平均サイズの組み合わせの条件が示された。広葉樹形種は針葉樹形種よりも小さいサイズ領域つまり群集の下部でも共存状態を保てるが,針葉樹形種は広葉樹形種が上部を占めている場合には共存が難しいことが理論的に示された。これらの理論的結果は、実際の針広混交林で報告されているいくつかの現象をよく説明していることが示された。

 最後の第6章では各章で得られた結果の統合と今後の研究の方向性が提示された。本研究で展開したモデルは従来の植物群集内での競合過程を経験的に取り入れたものではなく,構成個体の機能的特性をも考慮した理論モデルである。本モデルによって,競合個体群内の自己間引き現象,個体の生理的特性の変化がサイズ構造動態に与える影響,異種間の共存様式など,様々な生態学的現象の統一的な説明が可能となった。さらに,地球規模の環境変化に伴う地域的な植生変化の予測に、本研究で提示したモデルをいかに応用するかが考察された。

 以上、本論文で取り扱われたような植物生態学的諸現象はこれまでは個々独立に解析、研究されてきたものである。それに対し、本論文で横沢正幸が提出した植物群集の動態に関する新たな理論モデルは、個葉の光合成から植物個体の挙動、さらに多種からなる植物群集全体の動態、までを統一的かつ理論解析的に取り扱えるものであり、このモデルによって様々な生態学的現象を定量的に解析することが可能となった。この点を審査委員会は評価する。また,本研究で横沢正幸は競合状態を定量化する関数形C(t,x)および競合下における個体の生長関数の一般形G(t,x)を提案したのであるが、最近、他の研究者達もこれらを用いて野外の様々な植物群集の動態の解析を始めたという事実は、横沢正幸が提案したこれら関数形の一般性の高さを示している。この点も審査委員会の評価するところである。以上より、本研究はこれまでにない独創的なものであり植物群集の生態学的研究の深化に寄与するところが大であると審査委員会は判断する。よって、横沢正幸は、博士(学術)の学位を授与される資格があると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53941