オランダ病とは、特殊の部門の輸出ブームが実質為替レートの上昇を通じて却って経済全体の不振をもたらすことを意味し、本来はその命名の示す通り先進国経済の問題である。しかし類似の現象は開発途上国にも見出される。本論文は、原油の輸出ブームに直面したインドネシア経済が、オランダ病を回避するために実行した経済政策について分析したものであり、一次産品資源を有する開発途上国の経済発展にとって示唆に富む成果である。主要な分析手法はマクロ・エコノミック・モデルによるシミュレーションであって、その大要は本論文の第4章に報告されている。 第1章は序論であり、論文全体の構成を示すと共にオランダ病の原因となりうる原油資源についてインドネシアを他の原油国と比較して概況を示している。 第2章は分析の理論的フレームワークを示すものであって、三つの部分から成っている。第1にオランダ病そのものの病理を示す三つのモデル、すなわちコア・モデル、エンクレープ・モデル、パラドックス・モデルを説明した後、申請者の独自の見解としてマネタリイな要因を導入している。第2に、オランダ病の理論を発展途上国に適用するための諸条件を考察している。最後に、オランダ病を避けるために経済政策当局がとり得る手段を考察して、以下の実証分析の仮説を提出している。 第3章は、本体をなす第4章のエコノメトリック・シミュレーションに現実性を与えるための、インドネシア経済の実証分析であり、それ自体一つのオリジナルな研究業績をなしている。この分析の結果として、インドネシアが原油輸出ブームにもかかわらずオランダ病をまぬがれた理由として、余剰財政の積み上げ、原油収入の投資的使用、許容できる対外借入れ、商業銀行を通じる不胎化政策、ルピア切下げの5項目の政策対応が検出された。 第4章は、本論文の中心をなすマクロ・エコノメトリック・モデルを用いたシミュレーション分析である。データは1973年から1983に至る11年間の四半期データである。モデルは9本の行動方程式と11本の定義式からなる非線形連立差分方程式体系をなしている。構造推定は、モデルが過剰識別であることから二段階最小2乗法を用いているが、同時に自由度の不足を考慮して単純最小2乗法による推定も行っている。 本モデルの特色は、財政収入中の原油収入を別にして一つの変数とすることにより、オランダ病に関するシミュレーションを行うのに適切な形に構成したこと、およびマネタリイな変数を組み込むことによって第3章で指摘したマクロ政策対応の効果を検出可能にしたことなどである。 推計結果は、各行動方程式とも良好な統計値を示したが、シミュレーション用のモデルを選択するに際しては、ファイナル・テストを行って、貨幣供給量をM2にとりかつSLSMによった構造を採用した。ファイナル・テスト結果から判断して、これは充分所期のシミュレーションに使用可能なモデルとなっている。 シミュレーション結果を要約的に述べると、それは第3章の分析から導かれた作業仮説を確証するものであった。すなわち、インドネシア政府によって採用されたオランダ病対策のうち、ルピア切下げと財政余剰の積み上げのいずれも、対照となるマクロ経済の経路(ベースライン・ソリューション)と比較して良好なパフォーマンスを示しており、オランダ病対策が有効に作用したことが確認された。 以上を要するに、本論文は開発途上経済に関してオランダ病の理論を修正適用した上で、インドネシア経済を対象とするエコノメトリック・モデル分析によってオランダ病を回避するためのマクロ経済政策の有効性を検証したものであって、学術上応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位にふさわしいものであると判定した。 |