従来、多くの種でVPAなどの年齢別漁獲個体数から資源個体数を推定するコホート解析が広く用いられている。一般に年齢査定には手数がかかるため、容易に測定することができる体長別漁獲個体数を用いて年齢別漁獲個体数を推定する方法がとられる。この際に多くの誤差が導入される。 推定された年齢別個体数を資源管理に用いる際には、漁具の選択性などを利用することが多い。この際に必要な情報は、年齢別資源個体数ではなく、体長別資源個体数である。したがって、得られた年齢別資源個体数を再び体長別資源個体数に変換する必要がある。この過程でも誤差が導入される。直接体長別漁獲個体数から体長別資源個体数を推定する方法があれば、推定過程が単純になり、精度が向上することが期待される。 Jones(1984)は、体長階級毎の漁獲個体数からコホート解析を行なう方法を提示している。この方法は、ある体長階級を成長曲線が通過する期間ごとに漁獲量を集計して計算するものであるが、漁獲個体数を集計する期間が不定期になるため、利用できる状況は限られる。 Shirakihara(1983)はマッコウクジラの体長組成データを用いた資源動態解析を行っている。これは、再生産モデルによって加入量を推定し、これに体長組成の変遷を表す行列をかけることによって、順次、次年の体長組成を推定していくものである。この方法は加入量の推定値から計算を始めており、加入量が比較的安定している鯨類では有効であっても、加入量変動の大きい魚類等には適用が困難である。 そこで本研究では、上記の先行研究の欠点を克服して、加入量の変動の大きい種に対しても適用できるように、最近年および最大体長階級の個体数から順次年をさかのぼって体長組成の変遷を推定することによって、体長別漁獲個体数から体長別資源個体数を推定する方法(Length based Population Analysis/LPA)を開発した。本研究ではさらに、LPAの推定精度をシミュレーションにより検討し、従来の方法との精度の比較をおこなった。また、秋田県南部地区のアワビ漁業と北海道噴火湾岸におけるスケトウダラ漁業のデータへ、本法を適用した。 1.体長組成にもとづくマルチコホート解析法 本法は、従来の年齢別漁獲個体数にもとづくマルチコホート解析法を、体長別漁獲個体数データに用いることができるように改変したものである。年齢別データを用いる場合、ある年齢の資源は1年前には1歳若いという明確な関係を用いることができるが、体長別データを用いる際には、1年前に属していた体長階級は一意には定まらず、いくつかの体長階級に振り分けられる。 推定の際に必要なデータは、自然死亡係数M、および年jにおける体長階級iの漁獲個体数Ci,j、および行列Pである。 行列Pとは、t+1年に体長階級kに属している個体が年tに体長階級jに属する確率を(j,k)成分とする行列である。もし、対象とする生物が漁獲時に過去の成長の履歴を追うことができる場合は、実際に上記に該当する場合の数を計数して行列Pを得ることができる。後に解析するアワビは、殻に刻まれた年輪から過去の成長の履歴が判るので、この方法を用いた。漁獲時の年齢と体長しか分からない場合には、年齢ごとの体長の分散と成長曲線から行列Pを推定する。後に解析するスケトウダラはこの方法を用いた。 推定方法は、以下の手順で行う。まず、年別漁獲係数f(j)、および体長別選択率s(i)に初期値を与える。選択率は年によらず一定であると仮定し、漁獲係数Fi,jを両者の積として与える。全死亡係数Zi,jは、漁獲係数Fi,jと自然死亡係数Mの和として与える。最終年および、最大体長階級の個体数を、観測されている体長別漁獲量Ci,jと漁獲係数F、全死亡係数Zによって求め、最終年より順に、前年の体長別個体数を、t+1年とt年の体長組成の関係を表す行列Pと全死亡係数Zを用いて計算する。求められた各年の体長別資源個体数とZ,Fから、モデルから導出される漁獲個体数Ci,jを計算し、これとデータとして得られている漁獲個体数の残差平方和SSを求める。SSが最小になるようにシンプレックス探索法によって最適化を行ない、収束したときの各パラメータNi,j,Fi,j,f(j),s(i)が、最終的な推定値である。 2.シミュレーションによる妥当性の検討 実際に本法を適用する際には、たとえば自然死亡は餌環境や水温のランダムな変化に応じて年変動することが想定される。また、漁獲圧や漁具の選択性の変動も避けられないであろう。環境の変化に応じて成長率も変化することが予想される。そこで、自然死亡係数、漁獲係数、成長に関するパラメータ等に変動がある場合の体長別漁獲個体数の模擬データを出力するデータジェネレータを作成した。この模擬データをLPAにかけて体長別資源個体数を推定し、データジェネレータに与えた体長別資源個体数と比較することによって、LPAの推定量の精度と偏りを検討した。 まず、変動を全く加えない模擬データを用いて推定した結果、データジェネレータに与えた体長別資源個体数と極めて近い値がLPAによって得られ、正しく個体数を推定することが示された。年別漁獲係数や体長別選択率のランダムな変動に関しては、資源個体数は偏りなく推定された。また、自然死亡の変動に関しても大きな偏りは見られなかった。 以上の結果より、LPAは種々の変動を含む状況から発生する体長別漁獲個体数データに対して、頑健に資源個体数を推定することが示された。 3.従来の方法との比較 従来、体長別漁獲個体数から体長別資源個体数を推定するためには、Age Length Key(ALK)や体長組成分解(LFA)によって体長別漁獲個体数から年齢別漁獲個体数へ変換し、これをVPAにかけて年齢別個体数を推定し、さらにこれを各齢の平均体長とその分散から体長別個体数に変換している。 従来の方法とLPAによって直接、体長別個体数を推定する場合の推定精度を比較検討するために、模擬データを用いて、ALKとVPA、LFAとVPA、およびLPAによって体長別資源個体数を推定した。 各パラメータにCV5%の程度の変動を与えた模擬データを解析した結果、ALK+VPAによって推定された5年目第6体長階級個体数推定値の相対誤差50%点は0.142、LFA+CPAは-0.0987を示したのに対し、LPAは0.0095と絶対値が最も小さく、推定値の偏りが少ないことが示された。また、推定精度を表す相対誤差の標準偏差はLPAが0.0977と最も小さかった。 このように、LPAが従来の方法と同等以上の性能を持つことが示された。 4.秋田県南部のアワビ漁業への適用 実際のデータに対してこの解析が有効に働くかどうかを調べるために、秋田県南部地区のアワビの素潜り漁業データへLPAを適用した。 調査によって漁獲されたアワビ356個体の殻から年輪に相当する輪紋を判読して行列Pを作成した(方法1)。また、各年齢での平均殻長とその標準偏差からも行列Pを作成した(方法2)秋田県水産振興センターが測定した1986年から1993年までの漁獲物の殻長組成と漁獲個体数から、殻長別漁獲個体数を求めた。自然死亡係数は秋田県水産振興センターの推定により0.102とした。 方法2によって個体数を推定した結果、10cm以上の個体数は44千個(1987年)から68千個(1990年)と推定された。 従来のコホート解析によって得られている推定結果(Zhao et al.,1993)の結果と比較すると、解析が重なっている1986〜1991年について、同様な資源変動傾向が見られた。 また、用いるデータの年数を変えて推定を行ったところ、どの場合も同様な推定値が得られ、推定値の信頼性が高いことが示唆された。 5.噴火湾のスケトウダラ漁業への適用 北海道南西部太平洋側の噴火湾を主産卵場としているスケトウダラTheragra chalcogrammaの刺し網・底曳網漁業のデータについて解析した。漁獲物の体長組成は函館水産試験場室蘭支場によって測定された1971年から1986年のデータを用いた。行列Pは1984年に年齢査定された4460個体を用い、各齢の平均体長と分散から求めた。自然死亡係数は、従来この海域のコホート解析に用いられていた0.3とした。 資源個体数は19.5億尾(1978年)から51.3億尾(1971年)と推定された。体長別選択性を示すパラメータsは35cm以上の階級で急激に大きくなり、漁具の漁獲選択性を反映していることから、推定された結果の妥当性を裏付けている。 このように、成長の履歴が把握できない場合でも、解析が成功していることから、成長の推定が困難な種に対してもLPAが有効であることが示唆された。 6.まとめ 以上のように、LPAは体長別漁獲個体数から体長別資源個体数を推定する方法として有効であることが示された。年齢査定の困難な多くの魚種へ、この方法を適用して資源個体数推定を行うことが可能であると考えられる。 |