学位論文要旨



No 212753
著者(漢字) 根本,雅生
著者(英字)
著者(カナ) ネモト,マサオ
標題(和) 相模湾西湘地区定置網漁場の漁場特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 212753
報告番号 乙12753
学位授与日 1996.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12753号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 沖山,宗雄
 東京大学 教授 杉本,隆成
 東京大学 教授 松宮,義晴
 東京大学 助教授 谷内,透
内容要旨

 現在、我が国の漁業を取りまく環境は、国内外の社会的・経済的情勢の変化にともない厳しい状況が続いている。定置網漁業もその例外ではなく、様々な問題に直面している。国際的には200海里体制の定着により外国200海里水域内での操業の縮小を余儀なくされ、公海にその代替漁場を求め、公海漁業が急速な発展を遂げたが、近年、地球環境問題に対する関心が世界的に高まるにつれて、野生生物の保護や海洋生態系の保全の観点から公海漁業に対する規制を求める動きも強まっている。これらのことは、各国において沿岸・沖合漁業を中心とした自国周辺水域の高度利用をはかった漁業生産構造への転換が要求される。このような状況の変化にともなって沿岸漁業は見直され、資源管理型漁業の推進にともない、その重要性は増してきている。中でも定置網漁業は、高鮮度の魚介類を安定的に供給し、乱獲の恐れも少ない資源管理型漁業として再評価されている。定置網漁業は、定置網が敷設されている地先に魚群が来遊するのを待ち受けて漁獲する受動的な漁法である。また、その漁獲物は地先に来遊する魚種に大きく影響される。したがって、定置網漁獲物の特徴からそれぞれの定置網漁場の漁場特性を明確にすることは、今後の定置網漁業の安定経営を考える上で重要な課題である。

 本研究では、日本有数の定置網漁場である相模湾西湘地区を研究対象水域として、大型定置網6漁場(真鶴,岩江,米神,小八幡,梅沢,大磯)の1970年から1993年の漁獲資料を用いて、主成分分析およびクラスター分析により、相模湾西湘地区定置網漁場の漁場特性について検討を行なった。

 漁獲物組成の推移:1970年から1993年の24年間における6漁場合計の漁獲物組成をみると、漁獲物組成比は第1位から下位に向けて指数関数的に減少するパターンを示し、上位8魚種で全体の90%を占めた。また個々の組成比をみると、第1位のウマヅラハギが30%台を、続いてさば類,マイワシ,マアジの3魚種が10%台を、そうだがつお類,ブリ,ヤマトカマス,ウルメイワシ,カタクチイワシの5魚種が1%台の組成比を示した。また、6漁場個々の研究対象期間における漁獲物組成をみると、真鶴漁場では第1位のさば類と第2位のウマヅラハギがともに平均で20%台を示し、第3位のマイワシと第4位のマアジが平均で10%台を示したが、他の漁場では第1位と第2位の組成比にかなりの差が認められた。すなわち、岩江漁場;1位ウマヅラハギ50%台,2位マアジ10%台、米神漁場;1位ウマヅラハギ40%台,2位以下のマアジ,さば類,そうだがつお類それぞれ10%台、小八幡漁場;1位ウマヅラハギ30%台,2位以下のマアジ,さば類,マイワシそれぞれ10%台、梅沢漁場;1位マイワシ30%台,2位以下のマアジ,さば類,ウマヅラハギそれぞれ10%台、大磯漁場;1位マイワシ30%台,2位以下のウマヅラハギ,さば類,マアジそれぞれ10%台を示した。このように各漁場ではそれぞれ固有な漁獲物組成を示し、特に岩江漁場での漁獲物組成比第1位の占める値は、他の漁場と比較して特異的であることが明らかとなった。

 漁獲物組成比と魚種数の関係:各定置網漁場における年毎の漁獲物組成をみると、漁獲物組成比10%以上の魚種数は、真鶴漁場では2〜5魚種,平均3.1魚種、岩江漁場では1〜5魚種,平均2.3魚種、米神漁場では1〜5魚種,平均2.7魚種、小八幡漁場では1〜4魚種,平均2.5魚種、梅沢漁場では1〜4魚種,平均2.6魚種、大磯漁場では2〜4魚種,平均2.7魚種となり、各漁場間において差は認められなかった。同様に、漁獲物組成比1%以上の魚種数でみると、真鶴漁場では4〜10魚種,平均7.3魚種、岩江漁場では4〜13魚種,平均8.5魚種、米神漁場では4〜12魚種,平均7.6魚種、小八幡漁場では3〜12魚種,平均7.6魚種、梅沢漁場では7〜15魚種,平均10.0魚種、大磯漁場では5〜14魚種,平均8.9魚種となり、漁場間でやや差が認められた。

 漁獲物組成の多様性:各漁場での漁獲物組成の多様性について、魚種別漁獲量より多様度指数を求めて検討を行なった。1970年から1986年にかけては岩江漁場で低く、真鶴,梅沢漁場で高い値を示す傾向にある。また、1987年から1993年にかけては岩江漁場の値が以前と比較して高い値を示す傾向にある。これは岩江漁場における落し網から底層網への網型の変更にともなう漁獲物組成の変化が著しく表われているものと考える。また月変化をみてみると、全漁場とも年の前半は値が低く、後半は値が高くなる傾向が認められた。

 漁場間における主成分分析:1970年から1993年の各年毎に6漁場を変数として、各漁場での魚種別漁獲量について相関行列を用いて主成分分析を行なった。分析を行なった24年間のうち、1991年と1992年は第1〜2主成分に集約され、他の年は第1主成分のみに集約された。第1主成分は、全ての変数と正の相関をとり、どの変数の値が大きくなっても、この主成分の値は大きくなる。また、第1主成分得点は、各年においてウマヅラハギ,さば類,マイワシ,マアジ,そうだがつお類等の漁獲量が多い魚種ほど高くなる傾向が認められた。このことから、第1主成分は「総漁獲量の大きさ」を表わす成分と解釈され、年毎の分析結果は、相模湾西湘地区における優占種の推移を表わしているものと考えられた。次に第2主成分についてみてみると、第1主成分(量的要因)を取り除いた後の特徴を表わす主成分であることから考え、第2主成分は「漁獲の地域性」を表わす主成分であることがわかった。相模湾西湘地区という限られた地域ではあるが、数種類の魚種において漁獲の地域差が認められた。

 クラスター分析による漁獲物組成の年次区分:各漁場における1970年から1993年の魚種別漁獲量より類似度指数を求め、漁獲物組成の年次区分についてクラスター分析を用いて検討を行なった。各漁場での年次区分には相違が認められ、それぞれの漁場における優占種の交替と一致することがわかった。真鶴漁場では、1970年代はウマヅラハギ・そうだがつお類、1980年代前半はさば類・マイワシ、1980年代後半はウマヅラハギ・マイワシ、1990年代はマアジ主体で推移した。その他の漁場の年次別優占種は次の通りであった。すなわち、岩江漁場;1970年代から1980年代前半はウマヅラハギ、以降はマアジ、米神漁場;1970年代から1980年代前半はウマヅラハギ、以降はウマヅラハギ・マアジ、小八幡漁場;1970年代から1980年代前半はウマヅラハギ、以降はマアジ、梅沢漁場;1970年代前半はマアジ、中頃はさば類、後半から1960年代前半はマイワシ,以降はマアジ・マイワシ・ウマヅラハギ、大磯漁場;1970年代中頃まではマアジ・さば類・ウマヅラハギ、以降はマイワシ、であった。なお、岩江漁場の経年変化には網型の変更の影響も考えられる。

 クラスター分析による漁場区分:1970年から1993年の各年における6漁場の魚種別漁獲量より類似度指数を求め、漁場間の類似関係をクラスター分析を用いて検討を行なった。漁場は大きく二つに区分される傾向が認められた。年により漁場区分の境界は変化している。これは年毎の漁獲物組成上位優占種の漁獲状況によるものとわかった。また、各月毎に年平均魚種別漁獲量より同様にして、漁場間の類似関係をクラスター分析を用いて検討を行なった。これらの結果から、西湘地区定置網漁場の漁場区分として、小八幡漁場と梅沢漁場を境として二分される場合が代表的なパターンとして認められた。

 主要漁獲魚種の漁獲状況の類似性と漁期:主要漁獲魚種の年平均月別漁獲量を求め、1月から12月における漁獲状況の類似性と漁期について検討を行なった。ウマヅラハギは、小八幡漁場と梅沢漁場を境にして二分される。漁獲は冬季から春季にかけてみられる。さば類は、西湘地区全域で漁獲されるが、真鶴漁場は他の漁場と比較して漁獲水準が高い。また、春季と夏季に漁獲のピークがみられる。マイワシは、米神漁堝と小八幡漁場を境として二分される。東西で比較すると東部の方が漁獲水準が高く、漁獲は春季から夏季にかけてみられる。マアジは、西湘地区全域で漁獲され、春季と秋季に漁獲のピークがみられる。そうだがつお類は、西湘地区全域で漁獲がみられるが、湾奥部から西部にかけて漁獲水準が高い。また、秋季に漁獲のピークがみられる。

 以上、1970年から1993年にかけての漁獲物組成の特徴から相模湾西湘地区定置網漁場の漁場特性について検討を行なった。漁獲物組成は、それぞれの漁場により異なり、漁獲の地域性や漁具構造の変更にともなう漁獲物組成の変化が認められた。今後はさらに、漁獲の量的な変動に影響を及ぼすと考えられる来遊魚種の資源量や海洋環境との関係について詳細に解明していく必要がある。

審査要旨

 現在、我が国では自国周辺水域の高度利用を図る漁業生産構造への転換が要求され、沿岸漁業の重要性が増している。中でも定置網漁業は、高鮮度の魚介類を安定的に供給し、乱獲の恐れも少ない資源管理型漁業として再評価されている。定置網漁業は魚群が来遊するのを待ち受けて漁獲する受動的な漁法で、それぞれの定置網漁場の漁場特性を明確にすることは、今後の定置網漁業の安定経営を考える上で重要な課題である。

 本論文は定置網漁場として有数の相模湾西湘地区を対象として、大型定置網6漁場(真鶴、岩江、米神、小八幡、梅沢、大磯)の漁場特性について検討を行なったものである。

 漁獲物組成の推移:1970年から1993年の24年間における6漁場合計の漁獲物組成比は1位から下位に向けて指数関数的に減少するパターンを示し、上位8魚種で全体の90%を占めた。個々の組成比は、1位のウマヅラハギが30%台、続いてさば類、マイワシ、マアジのが10%台、そうだがつお類、ブリ、ヤマトカマス、ウルメイワシ、カタクチイワシが1%台であった。真鶴漁場では1位のさば類と2位のウマヅラハギが共に20%台で大きな差がないが、他の漁場では1位と2位の組成比に差が認められた。特に、岩江漁場での漁獲物組成比1位の占める値(ウマヅラハギ、50%台)は、他の漁場と比較して特異的である。

 漁獲物組成比と魚種数および多様性:各定置網漁場における年毎の漁獲物をみると、組成比10%以上の魚種数の平均(および範囲)は、真鶴;3.1(2-5)、岩江;2.3(1-5)、米神;2.7(1-5)、小八幡;2-5(1-4)、梅沢;2.6(1-4)、大磯;2.7(2-4)となり、各漁場間において差は認められなかった。組成比1%以上の魚種数では漁場間でやや差が認められた。各漁場での魚種別漁獲量より求めた多様度指数は、1970年から1986年にかけては岩江漁場で低く、真鶴、梅沢漁場で高い値を示す。1987年以降は岩江漁場の値が以前より高いが、これは落し網から底層網への変更による組成の変化と考えられる。月別には、全漁場で優占種の多獲される年の前半は値が低く、優占種の減る後半は値が高くなる傾向が認められた。

 漁場間における主成分分析:1970年から1993年の各年毎に6漁場を変数として、各漁場での魚種別漁獲量について主成分分析を行なった。第1主成分は「総漁獲量の大きさ」を表わし、年毎の分析結果は相模湾西湘地区における優占種の推移を表わしているものと考えられる。第2主成分は「漁獲の地域性」を表わし、数魚種で漁獲の地域差が認められた。

 クラスター分析による漁獲物組成の年次区分:各漁場における1970年から1993年の魚種別漁獲量より類似度指数を求め、漁獲物組成の年次区分についてクラスター分析を行なった。各漁場での年次区分には相違が認められ、それぞれの漁場の優占種の交替と一致する。各漁場の年代別優占種は次の通り。真鶴;1970年代、ウマヅラハギ、80年代、サバ・マイワシ、90年代、マアジ。岩江;1970年代から80年代前半、ウマヅラハギ、80年代後半より網型の変更の影響も考えられるが、マアジ。米神;1970年代から80年代前半、ウマヅラハギ、後半以降、ウマヅラハギ・マアジ。小八幡;1970年代から80年代前半、ウマヅラハギ、後半以降、ウマヅラハギ・マアジ。梅沢;1970年代前半、マアジ、中頃、さば類、後半から80年代前半、マイワシ、後半以降、マアジ・ウマヅラハギ・マイワシ。大磯;1970年代中頃まで、マアジ・さば類・ウマヅラハギ、後半以降、マイワシ。

 クラスター分析による漁場区分:1970年から1993年の各年における6漁場の魚種別漁獲量より類似度指数を求め、漁場間の類似関係をクラスター分析を用いて検討を行なった。漁場は大きく2つに区分される傾向が認められた。年により漁場区分の境界は変化するが、これは年毎の漁獲物組成上位優占種の漁獲状況によるものである。月別にも漁場間の類似関係を検討し、これらの結果、米神漁場と小八幡漁場を境として2分される場合、小八幡漁場と梅沢漁場を境として2分される場合が代表的なパターンとして認められた。

 主要漁獲魚種の漁獲状況の類似性と漁期:主要漁獲魚種の年平均月別漁獲量を求め、1月から12月における漁獲状況の類似性と漁期について検討を行ない、主要種について主な漁場と漁期を明らかにした。

 以上のように、1970年から1993年にかけての漁獲物組成の特徴から相模湾西湘地区定置網漁場の漁場特性を明らかにした。この知見は今後の操業計両や経営方針の立案の基礎を与えるもので、厳しい状況におかれている相模湾の定置網漁業の展望を考える上で貴重なものと言えよう。以上、本論文は学術上・応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位に値すると判断した。

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