清酒腐敗菌として知られる火落菌は15%以上のエタノール存在下で生育できる乳酸桿菌属の総称であり、その中には20%以上という高エタノール存在下でも生育可能な菌群も含まれる。清酒醸造においては火落菌管理は大変重要な問題である。開放発酵系でもろみ管理を行う清酒醸造では醸造工程における火落菌管理が重要であり、さらに製品への火落菌の混入は混濁や香味の劣化につながるためさらに重要である。特に、最近では清酒の商品のバラエティー化が進み冷用の生酒の需要も増加している。生酒は、火入れという清酒の殺菌操作を行うことができないので、特に、火落菌管理には注意を払う必要がある。 本研究は、清酒醸造における腐敗菌である火落菌管理のために必要な検出法や同定法を迅速かつ高感度に行うために免疫化学的手法や分子生物学的手法を応用し火落菌管理に利用することを目的に行ったものである。 第一章では、火落菌からSDS(Sodium dodecylsulfate)により、タンパクを抽出し、それをSDS-PAGE(SDS-polyacrylamide gel electrophoresis)で分析した。その結果、そのパターンは火落菌のグループ{ホモ発酵型真性火落菌(ho-T)、ホモ発酵型火落性乳酸菌(ho-H)、ヘテロ発酵型真性火落菌(he-T)、ヘテロ発酵型火落性乳酸菌(he-H)}ごとに特徴的なパターンを示し、さらにho-H、he-Hのグループにはそのパターンの違いによりho-Hが2サブグループ、he-Hが4サブグループに分けられることが明らかとなった。それらのパターンを火落菌以外の一般乳酸桿菌と比較した結果、火落菌のパターンとは異なっており、大落菌のSDS抽出タンパクのSDS-PAGEパターンを比較することによって、火落菌を簡単に同定することができることが分かった。さらに酒造蔵中の清酒中の火落菌の分布を知らべるために当社4酒造蔵より定期的に火落菌を分離し、721株の火落菌のSDS-PAGEパターンを比較した結果、簡単に同定できた。さらに、それらのパターンの特徴より火落菌標準株10株を選択した。 (第一章) 第二章では、最近、食品や臨床検査の分野においてモノクローナル抗体を用いた免疫化学的手法を用いた微生物の特異的検出法が開発されていることより、これらの方法を火落菌の検出に応用することを考え、まず火落菌に対するモノクローナル抗体の作製を行った。火落菌のSDS抽出タンパクのSDS-PAGEパターンの特徴より選択した10株の標準株を抗原に用いモノクローナル抗体のスクリーニングを行った。その結果、それぞれの火落菌標準株10株に対して強い反応性を示すモノクローナル抗体を取得した。ELISA法により標準株10株と火落菌以外の一般乳酸菌桿菌への反応性とを調べた。それらのモノクローナル抗体は特異性と反応性が高かく、3種のモノクローナル抗体以外はまったく交差反応性を示さず高い特異性を示すことが明らかとなった。これらのモノクローナル抗体を使ってELISA法により火落菌を特異的に検出する方法を検討した。10種のモノクローナル抗体を混合することにより酒造蔵から分離した火落菌834株のうち、98.2%の火落菌を104セル以上の感度で検出できることが明らかとなった。 (第二章) 第三章では、今回作製した火落菌に対するモノクローナル抗体は高い反応性と特異性を示した。これらの性質を利用して火落菌の免疫学的分類に利用できるかを検討した。ELISAプレート上にモノクローナル抗体と供試する火落菌のマトリックスを作製し、モノクローナル抗体の反応性のパターンによりグループ分けした、10グループにクリアーに分かれ、それぞれのグループの性質は培養法による結果と一致していた。したがって、ELISA法によりモノクローナル抗体の反応性を調べることにより簡単に火落菌をグループ分けすることができることが明らかになった。この方法を用いて酒造蔵中の火落菌の分布を調べた。その結果、火落菌の分布は酒造蔵によって異なっていた。火落菌に特異的なモノクローナル抗体の認識する抗原決定基の解析を行った結果、すべてのモノクローナル抗体は火落菌細胞表層のタンパク抗原を認識し、その抗原は火落菌の細胞表層全面に存在することが明らかとなった。 (第三章) 第四章では、さらに火落菌に対するモノクローナル抗体の作製を行なう中で、今までのモノクローナル抗体と性質を異にするモノクローナル抗体を得た。それは、大落菌の約45kDaのタンパクを認識し、そのタンパクは調べた火落菌すべてに存在していることが明らかとなった。最近、極微量の任意の遺伝子配列を生体外で対数的に増幅できるPCR法が開発され、遺伝子診断や特定遺伝子の検出に応用されている。我々は、火落菌共通抗原遺伝子をPCR法で増幅するという分子生物学的手法を利用した火落菌検出法の開発を試みるために、まず、この火落菌共通抗原遺伝子をクローニングし、4株の火落菌の遺伝子配列を比較した。次に、その中の共通配列を検索し広範囲の火落菌遺伝子を共通に増幅できるプライマーを設定した結果、それは酒造蔵から分離された広範囲の火落菌をカバーでき、乳酸桿菌1セルのDNA量に値する量である10fgのゲノムDNAを高感度に検出できた。次に、生酒中の火落菌の検出を検討し、集積濾過によりメンブレンフィルター上に回収し検出した。その結果検出感度は10セルであった。次に、生酒の大落菌検査にPCR法を応用した。かなり低濃度の火落菌がコンタミしても生酒を火落ちさせる可能性があることから確実な検出を行うために回収した火落菌を48時間培養して検出するスケジュールを組み、生酒検査を行った。生酒瓶詰めラインの工程管理用のサンプルを使用し、従来法との比較を行った。その結果、PCR法は78サンプルのうち18サンプル(23.1%)が、培養法では78サンプルのうち17サンプル(21.8%)が陽性であった。しかしPCR法では検出期間が3日であるのに対して従来法は、7-13日という長期間を必要とした。このようにPCR法による火落菌の検出は従来の方法に較べ短期間に火落菌の検出ができ実際の生酒の火落菌管理に応用することができることが明らかとなった。現在当社では、PCR法により実際の生酒の火落菌管理に使うために生産管理部に技術移行を行っている。 (第四章) このように、今回検討した免疫化学的手法や分子生物学的手法を応用した迅速かつ高感度検出法は、従来長期間を要していた清酒の火落菌管理に応用でき、産業上有用な方法であるといえる。 |