本論文は,正規双曲型方程式の初期値問題に対する特異攝動問題を,パラメータ>0が0に近づくとき解が爆発しないための一般的な条件を課した上で、一般的に解いたものである。漸近解の構成と真の解との誤差評価が得られている。全体にL2空間及びL2の意味のソボレフ空間の枠内で論じられているが、多変数の双曲型方程式を扱うのであるから、これは当然である。 Schrodinger方程式の特異攝動は量子力学の準古典近似そのものであるため、古来数多くの研究がある。楕円型方程式についてもいくらか研究されているが、双曲型方程式については空間次元が1あるいは2階の場合に若干の研究があるのみで、多次元高階の場合の研究は殆どなかった。本論文ははじめてこの問題に本格的に取り組み、かつ一応の完成にまで達したと評価することができる。 考える問題は、小さなパラメータ>0を含む、l階の正規双曲型線形偏微分方程式の初期値問題 である。Pはそれぞれl階とm階(m<l)の正規双曲型作用素 を用いて と表わされているとする。ここでLj,Mjはj階の(擬)微分作用素であり、通常のように とする。(擬)微分作用素の係数はすべての導函数が有界であると仮定する。 LおよびMの特性根をそれぞれ として、以下四つの条件のうちの一つがなりたつとする: ここで、{a,b}<{c,d}はmax{a,b}<min{c,d}を意味する。これはG.B.Whitham(1959)およびT.T.Wu(1961)が空間次元が1の場合、→0のとき解が爆発しないための条件として得ていたものを高次元の場合に拡張したものである。 論文の第1部では、これらの仮定の下で、これぞれの解について>0の寄与を明確にした一様なアプリオリ評価を導いている。評価の形は仮定に応じて異なる。証明の方法は古典的なJ.Leray,L.Garding,坂本礼子のものに近い。これが全理論の基礎となる。 第2部では、仮定(S.I)の下で、漸近解の構成と誤差の評価を行う。データが、→0のとき、 という漸近展開をもつとして、 の形の漸近解を構成し、真の解u(t,x;)との誤差 を評価する。ここで、v,wは の漸近解である。 これらの条件だけではvn1wnを一意的に定めることはできないが、(S.1)の仮定の下ではs=t/を新たな独立変数に選び を主要項とする偏微分方程式をたて、 の下で解けば、常にを因子にもつn(t,x;)が帰納的に定められる。すなわち、特異項w=nnは→0のとき指数的に減少する初期層である。 その上で、第1部で得たアプリオリ評価を用いれば、任意のk,N0に対しNを十分大にすれば がなりたつことが示される。 第3部で扱っている(S.2),(S.3)または(S.4)の仮定の下では、特異項=nn(t,x;)が指数的に減少することはもはや期待できず、代ってMaslov理論を用いて高周波の因子eiS(t,x)/〓をもつ解を構成する。 (S.2),(S.3)の仮定の下では (S.4)の仮定の下では によって-主シンボルp(t,x,,)を定義する。但し、l,mはそれぞれL(t,x,Dt,Dx;),M(t,x,Dt,Dx;)の主シンボルを表わす。これらはそれぞれ のを加味した主シンボルである。 仮定(S.2),(S.3)および(S.4)に応じ、1,m+1,および1,m+2をp()=0の最小根、最大根、および最小根、最大根としてこれによって定まるLagrange多様体を((S.4)の場合は±)とする。 このとき、漸近解の特異部分=nnの各項を、V.P.Maslovの正準作用素を用いて の形に構成することができ、函数hnはこの多様体の上で輸送方程式の初期値問題を解いて求められる。そして同じく(13)の形の誤差評価が得られる。 Maslov理論は本来特異攝動の理論であったが、双曲型方程式の場合にこれを適用した例はこれまで殆んどなかった。パラメータを加味したとき、本来の主シンボルlでも極限の主シンボルmでもないc-主シンボルpが主要な役割を果すことになるのは興味深い。常微分方程式では特異点の近傍での漸近展開とパラメータをもつ特異攝動を平行に論ずることが行われていたが、偏微分方程式論もようやくその域に達したことをよろこびたい。 よって、論文提出者内山康一は博士(数理科学)の学位を受けるに十分な資格があると判定する。 |