学位論文要旨



No 212756
著者(漢字) 内山,康一
著者(英字)
著者(カナ) ウチヤマ,コウイチ
標題(和) 双曲型方程式の特異摂動のL2理論
標題(洋) L2-theory of singular perturbation of hyperbolic equations
報告番号 212756
報告番号 乙12756
学位授与日 1996.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 第12756号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小松,彦三郎
 東京大学 教授 三村,昌泰
 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 助教授 堤,誉志雄
内容要旨

 問題。本論文の目的は多変数の単独線形双曲型偏微分方程式の初期値問題の特異摂動をL2理論によって基礎付けることである。

 次のようなl階の規則的双曲型線形方程式の初期値問題

 

 を考える。ここで、LとMはそれぞれl階とm階の、Dtに関する規則的双曲型線形偏微分作用素である。(l=m+1あるいはl=m+2)。正のパラメータが0に近づくとき双曲型線形偏微分方程式が低階の双曲型線形偏微分方程式に縮退する問題は波動伝播の数学的モデルに由来し、空間次元1の場合は線形および非線形の場合に応用解析の立場からの研究があるが(R.Geel他)、線形に限ってもその一般的な研究は少なかった。本論文の研究対象は,初期値問題の特異摂動が適切な問題となる一般的な条件のもとでが0に近づくときの解u(t,x;)の挙動である。

 第1の問題はアプリオリ評価の特異摂動、すなわち、解の満たすべきの寄与を明示した評価式の確立である。空間次元d=1のとき、T.T.WuはG.B.Whithamの結果を補って、定数係数の場合に,正の時間に関して解が有界である(方程式の安定性)を特徴づけ、LとMの特性根の間に成り立つ4つの分離条件を与えていた。我々は多次元、変数係数の場合に、対応する4条件(S1)から(S4)のそれぞれがL2評価式を成立させることを擬微分作用素の枠組で明らかにする。

 第2の問題は、特異摂動解の漸近解を構成してに関する特異性を明らかにすることである。これによって超局所解析の意味の特異性の伝播とは異なる定量的な波動の伝播現象が数学的に記述される。従来の研究に現れる、の減少につれて指数関数的に減少する消散的修正項を伴う場合(S1)だけでなく、高振動する分散的修正項が現れる場合(S2)から(S4)のときも時間に関して大域的な漸近解を構成する。

 アプリオリ評価。対象となる作用素LとMを(t,)を境界まで込めて滑らかなパラメータにもつxに関する擬微分作用素とする。その主シンボルlとmはに分解表示できる。次の4つの分離条件(S1)から(S4)までのどれかひとつを仮定する。

 

 (ここで{a,b}<*はmax{a,b}<*を、*<{c,d}は*<min{c,d}を意味する。不等式は変数に関して一様になりたつとする。)

 定理1これらの仮定のもとで、自然数pに対し、正の数Cと0が存在して、(1)と(2)のすべての解u(t,x;)は任意の∈(0,0]と>0に対し、(S1)から(S4)の場合に応じてアプリオリ評価が成り立つ。例えば、(S4)の場合は

 

 が成立する。

 証明の基礎は分離条件を用いて、R.Sakamotoの双曲型境界値問題のエネルギー不等式と同様に、代数的なユークリッドの互除法を擬微分作用素に適用してLeray-Garding型の不等式を示すことにある。

 漸近展開。LとMは微分作用素とする。およびとし、に関する展開を,とする。我々は解u(t,x;)を任意の自然数Nに対して正則部分和と特異部分和(補正項)と剰余項の和:

 

 の形に展開する。ここで(t,x;)はが+0に近づくとき有界あるいは減少する(0,T]×上の関数である。

 

 が成り立つように逐次にvnnを構成する。n(t,x;)の形は後で決める。

 条件(S1)を消散的といい、他の(S2),(S3),(S4)を分散的という。実際、補正項n(t,x;)はが+0に近づくとき、消散的な場合に指数関数的に減少し、分散的な場合には高振動する。(弱い意味で減少する。)

 消散的な(S1)の場合にn(t,x;)はt/とxの関数である。適当にhj(n)(x)を選べて

 

 がわかる。指数関数項は境界層(初期層)現象を記述している。アプリオリ評価を経由して

 定理2任意のk,N0∈Nと正の数Tに対し、N1∈Nが存在して、任意のNN1に対してに依存しないCNが存在して

 

 が成り立つ。

 分散的な(S2)、(S3)、(S4)の場合にはnhnの形で構成される。ここで、はV.P.Maslovによる正準作用素であり、はPの1/主シンボルの特異な特性根をハミルトニアンとする非同次ラグランジュ多様体である。hnはその多様体上で輸送方程式の初期値問題を解いて得られる。

 アプリオリ評価を経由して、

 定理3任意のk,N0∈Nと正のTに対し、N1∈Nが存在して、任意のNN1に対し、に独立な正の定数CNが存在して評価

 

 が成立する。

 結語。本研究の特徴は、4つの分離条件のもとでLeray-Garding型の不等式を擬微分作用素の枠で示したこと、解の高階微分ののアプリオリ評価を示し、多次元でCkノルムによる漸近展開の誤差評価を与えたこと、とくに分散型の場合にMaslovの正準作用素を用いて特異摂動解の漸近展開を構成したことにある。

審査要旨

 本論文は,正規双曲型方程式の初期値問題に対する特異攝動問題を,パラメータ>0が0に近づくとき解が爆発しないための一般的な条件を課した上で、一般的に解いたものである。漸近解の構成と真の解との誤差評価が得られている。全体にL2空間及びL2の意味のソボレフ空間の枠内で論じられているが、多変数の双曲型方程式を扱うのであるから、これは当然である。

 Schrodinger方程式の特異攝動は量子力学の準古典近似そのものであるため、古来数多くの研究がある。楕円型方程式についてもいくらか研究されているが、双曲型方程式については空間次元が1あるいは2階の場合に若干の研究があるのみで、多次元高階の場合の研究は殆どなかった。本論文ははじめてこの問題に本格的に取り組み、かつ一応の完成にまで達したと評価することができる。

 考える問題は、小さなパラメータ>0を含む、l階の正規双曲型線形偏微分方程式の初期値問題

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 である。Pはそれぞれl階とm階(m<l)の正規双曲型作用素

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 を用いて

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 と表わされているとする。ここでLj,Mjはj階の(擬)微分作用素であり、通常のように

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 とする。(擬)微分作用素の係数はすべての導函数が有界であると仮定する。

 LおよびMの特性根をそれぞれ

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 として、以下四つの条件のうちの一つがなりたつとする:

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 ここで、{a,b}<{c,d}はmax{a,b}<min{c,d}を意味する。これはG.B.Whitham(1959)およびT.T.Wu(1961)が空間次元が1の場合、→0のとき解が爆発しないための条件として得ていたものを高次元の場合に拡張したものである。

 論文の第1部では、これらの仮定の下で、これぞれの解について>0の寄与を明確にした一様なアプリオリ評価を導いている。評価の形は仮定に応じて異なる。証明の方法は古典的なJ.Leray,L.Garding,坂本礼子のものに近い。これが全理論の基礎となる。

 第2部では、仮定(S.I)の下で、漸近解の構成と誤差の評価を行う。データが、→0のとき、

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 という漸近展開をもつとして、

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 の形の漸近解を構成し、真の解u(t,x;)との誤差

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 を評価する。ここで、v,wは

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 の漸近解である。

 これらの条件だけではvn1wnを一意的に定めることはできないが、(S.1)の仮定の下ではs=t/を新たな独立変数に選び

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 を主要項とする偏微分方程式をたて、

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 の下で解けば、常にを因子にもつn(t,x;)が帰納的に定められる。すなわち、特異項w=nn→0のとき指数的に減少する初期層である。

 その上で、第1部で得たアプリオリ評価を用いれば、任意のk,N0に対しNを十分大にすれば

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 がなりたつことが示される。

 第3部で扱っている(S.2),(S.3)または(S.4)の仮定の下では、特異項nn(t,x;)が指数的に減少することはもはや期待できず、代ってMaslov理論を用いて高周波の因子eiS(t,x)/〓をもつ解を構成する。

 (S.2),(S.3)の仮定の下では

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 (S.4)の仮定の下では

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 によって-主シンボルp(t,x,,)を定義する。但し、l,mはそれぞれL(t,x,Dt,Dx;),M(t,x,Dt,Dx;)の主シンボルを表わす。これらはそれぞれ

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 のを加味した主シンボルである。

 仮定(S.2),(S.3)および(S.4)に応じ、1,m+1,および1,m+2をp()=0の最小根、最大根、および最小根、最大根としてこれによって定まるLagrange多様体を((S.4)の場合は±)とする。

 このとき、漸近解の特異部分nnの各項を、V.P.Maslovの正準作用素を用いて

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 の形に構成することができ、函数hnはこの多様体の上で輸送方程式の初期値問題を解いて求められる。そして同じく(13)の形の誤差評価が得られる。

 Maslov理論は本来特異攝動の理論であったが、双曲型方程式の場合にこれを適用した例はこれまで殆んどなかった。パラメータを加味したとき、本来の主シンボルlでも極限の主シンボルmでもないc-主シンボルpが主要な役割を果すことになるのは興味深い。常微分方程式では特異点の近傍での漸近展開とパラメータをもつ特異攝動を平行に論ずることが行われていたが、偏微分方程式論もようやくその域に達したことをよろこびたい。

 よって、論文提出者内山康一は博士(数理科学)の学位を受けるに十分な資格があると判定する。

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