内容要旨 | | 砂質土からなる斜面あるいは盛土において地すべり・崩壊を引き起こす主な原因は,地震動による繰り返し荷重あるいは降雨等による地盤内応力の変化である.これらの挙動を理解するためには,土の非排水せん断特性について明らかにする必要がある.図-1は降雨時における想定したすべり面上の応力変化の例である.地下水位の上昇に伴って応力経路は左側に移動し,結果的に破壊線に至る可能性がある.この時作用しているせん断応力よりも残留強度が低いと,すべり破壊が生じると考えられる.従って,非排水状態における大変形時の残留強度は地すべり現象と関係しており,この強度特性を明らかにすることは大変重要である.砂の非排水強度に関する研究は,これまで等方圧密状態での非排水せん断にその主眼が置かれていた.実際の斜面を考えた場合,地盤内には常にその自重により静的な荷重が作用しており,異方圧密状態である.実際の現象を対象にするためには,この様な異方圧密状態にある試料の非排水せん断特性を調べ,等方圧密試料と異方圧密試料との非排水せん断特性の違いを知ることも重要である.本論文はこの様な視点から,異方圧密状態下で大変形を受ける砂質土の非排水せん断特性を明らかにすることを目的としている.具体的には次の3種類の試料について,等方圧密および異方圧密状態での非排水三軸圧縮試験を行い,各試料の非排水せん断特性を調べている.また,佐原産山砂および伊勢鉄道盛土試料については,得られた結果と斜面崩壊との関連について明らかにしている. 図-1 すべり面上の応力状態の変化の一例 実験試料 (1).豊浦標準砂 (2).佐原産山砂(科学技術庁防災科学技術研究所で行われた人工降雨による斜面崩壊実験に用いられた試料) (3).伊勢鉄道盛土試料(昭和63年の三重県の集中豪雨により崩壊した伊勢鉄道の盛土より採取した試料) 本論文は「異方圧密飽和砂の非排水せん断特性」と題し,次の8章から構成されている. 第1章「序論」および第2章「既往の研究」では,降雨および地震等による地すべりの事例および砂質土の非排水せん特性に関する既往の研究の流れを概観し,本研究の目的を述べている. 第3章「実験装置と実験方法」では最初に試験装置および計測方法について述べ,次に砂の非排水せん断において問題となるシステムコンプライアンスについての対応を述べている.最後に,実験に用いた試料,供試体の作製方法および実験内容について述べている. 第4章「豊浦標準砂の非排水せん断挙動」では,豊浦標準砂を用いて行った等方圧密および異方圧密状態の非排水せん断試験結果について述べている.実験の結果,次に挙げる幾つかの特性を明らかにしている.図-2および図-3に示すように,等方圧密試料よりも異方圧密試料の方がせん断初期に間隙水圧の上昇が小さく強度が増すけれども,軸ひずみ5〜10%付近からほとんど差が無くなる.結果として,異方圧密試料の準定常状態線および定常状態線は,等方圧密試料の結果と一致する.強度の軟化が始まる応力比は一般に言われているような一定の限界応力比において始まるのではなく,密度と初期拘束圧によって決まる限界応力比において始まる.そして,初期拘束圧が98kPa未満になると密度および初期拘束圧とは関係なくなり,準定常状態および定常状態における破壊線付近の応力比線において軟化が始まる.異方圧密試料については,圧密時の応力比が破壊に近い小さな応力比になると,密度および初期拘束圧から決まる限界応力比線とは異なり,圧密時の応力比から決まる別の応力比において軟化が始まる.e-p’座標における等方圧密試料の初期状態を,非排水せん断時に収縮的に挙動するかあるいは膨張的かに区分する線は,状態指数Is=0.72の状態を結んだ線である.異方圧密試料の場合は,異方圧密の応力比が1.0よりも小さくなるに従い,この区分線よりも下がり,最終的に定常状態線に一致する傾向が見られる.正規化したピーク強度と状態指数との関係は,初期拘束圧および圧密時の応力比により異なった関係式で表される.しかし,正規化した残留強度と状態指数の関係は,初期拘束圧によって若干異なった傾きとなるが,ほぼ一本の曲線で表される. 図表図-2 応力〜ひずみ曲線:豊浦標準砂,3c’=59kPa) / 図-3 間隙水圧の変化:豊浦標準砂,3c’=59kPa) 第5章「佐原産山砂の非排水せん断挙動」では,佐原産山砂を用いて行った等方圧密および異方圧密状態の非排水せん断試験結果について述べている.実験の結果,次に挙げる幾つかの特性を明らかにしている.等方圧密試料よりも異方圧密試料の方がせん断初期には間隙水圧の上昇が小さいけれども,軸ひずみ5〜10%付近からほとんど差が無くなる.最終強度状態においてピーク強度後の最小強度を示し,準定常状態は現れない.等方圧密試料と異方圧密試料の定常状態線は一致する.初期拘束圧が98kPaよりも高いケースにおいて,強度の軟化は豊浦標準砂の場合と同様,密度と初期拘束圧によって決まる限界応力比において始まると予想される.実験はほとんどのケースが98kPa未満の初期拘束圧であったため,ほぼ一定の破壊線上で軟化挙動を示している.豊浦標準砂と異なり,この破壊線は定常状態における破壊線よりも大きな傾きである.この破壊線は等方圧密試料と異方圧密試料とで一致している.e-p’座標において,非排水せん断時に収縮的に挙動するかあるいは膨張的かに区分する線は,定常状態線と一致する.正規化したピーク強度と状態指数との間には,一次式で表される関係が見られる.しかし,状態指数が1.5以下の場合は拘束圧依存性が見られる.正規化した残留強度と状態指数の関係は,初期拘束圧および圧密時の応力比に関わらず原点を通る一次式で表される. 最後に,人工降雨による崩壊実験との関連について検討し,次の様に結論している.崩壊実験における砂層の密度は,礫の存在を考慮すると,非排水せん断時に初期拘束圧の大きさに関わらず液状化に至るような緩い状態である.このために,降雨によるせん断応力の増加と有効拘束圧の減少により,液状化を起こして崩壊した. 第6章「伊勢鉄道盛土試料の非排水せん断挙動」では,伊勢鉄道盛土試料を用いて行った等方圧密および異方圧密状態の非排水せん断試験結果について述べている.実験の結果,次に挙げる幾つかの特性を明らかにしている.ピーク強度における軸差応力は等方圧密試料に比較し,異方圧密試料の方が若干増大する傾向が見られる.軸ひずみに伴った初期の間隙水圧の上昇は異方圧密試料の方が小さくなる傾向があり,異方圧密の応力比が0.3のケースでは逆に減少する傾向を示している.しかし,2〜5%の軸ひずみに達するとそれらの差は見られなくなる.軸差応力および間隙水圧は,他の試料と異なり,軸ひずみの増加に伴って波のある変化を示している.これは粒子破砕が断続的に集中して生じていることを示していると考えられる.佐原産山砂の場合と同様に準定常状態は現れず,最終強度状態においてピーク強度後の最小強度を示している.この最終強度状態において到達する定常状態はe-Log p’座標において,圧密時の応力比に関わらず一本の直線上に集まる.他の試料と異なり,非排水せん断時に初期拘束圧の大きさに関わらず液状化に至る間隙比は見られない.初期拘束圧が98kPaよりも高い場合,応力経路図において軟化挙動を始める限界応力比線は,豊浦標準砂と同様に初期拘束圧と密度により変化することが予想される.しかし,初期拘束圧3c’=49kPa以下のケースでは,ほぼ一定の破壊線上で軟化挙動を示している.豊浦標準砂と異なり,この破壊線は定常状態における破壊線よりも大きな傾きである.e-Log p’座標において初期状態を非排水せん断時の挙動が収縮的かあるいは膨張的かに分ける区分線は,定常状態線と一致する.正規化されたピーク強度と状態指数との間には一定の関係が見られる.同様に,正規化された残留強度と状態指数との関係も,圧密時の応力比に関わらず一定の関係式で表される. 最後に,盛土内のすべり面上に作用している静的なせん断応力と実験より得られた残留強度との関係について考察し,集中豪雨による盛土内の地下水位の上昇が盛土の崩壊原因であることを示している. 第7章「非排水せん断挙動の試料による比較」では各試料の実験結果について比較し,各試料のせん断特性の違いおよび共通点について述べている.比較の結果,次に挙げる点を明らかにしている.各試料とも拘束圧が98kPa以上になると密度および初期拘束圧により軟化挙動を始める限界応力比線が変化するが,それ以下の拘束圧ではほぼ一定の限界応力比線上で軟化を始める.豊浦標準砂はピーク強度後のせん断抵抗角の変化がほとんど無いが,佐原産山砂と伊勢鉄道の盛土試料にはせん断抵抗角の低下がみられる.佐原産山砂および伊勢鉄道の盛土試料は豊浦標準砂に比較して密度による強度増加が大きく,異方圧密による強度増加は小さい.各試料の正規化した残留強度と状態指数との関係は,図-4に示すように状態指数が1.0以下の場合,試料によらずほぼ一定の関係がある. 図-4 正規化した残留強度と状態指数の関係 第8章「結論」では本研究で得られた成果を要約して結論とし,今後の課題について述べている. |