本論文は、海外の事例を含む離島集落をおもな対象とし、住居および住居集合に形象される「共同性」に着目し、それが形成されるしくみを明らかにするとともに、伊勢湾の離島集落を中心にして、共同性にかかわる居住文化の特徴を相対的に把握することを目的としている。また、それらの考察を通して、地域における計画の枠組みやあり方を提示することを目的としている。 ここにいう共同性とは、まとまりのある集落や社会の構成員の間に共有され、価値観、規範や慣習を反映させるものとしての住様式や住居、集落空間などによって特徴づけられる居住文化を指している。従って、ここでは、そのような共同性をもった環境が住居、集落のなかに形象されるしくみを明らかにすることが主要な目的となる。 離島集落を対象とする視点は2つある。ひとつは、島嶼地域における居住文化の特徴を把握し、問題点を抽出し、解決方法を見いだすことによって、対象に直接的に応える視点であり、いまひとつは、「自律的共同社会」における居住文化のしくみを解明すべく基礎研究としての視点である。本論文が後者の視点を重視して論を展開するのは、島嶼の居住環境が、「閉鎖化」する現代の都市を含む居住環境に求められている方向性のひとつ、すなわち「自律的で開かれた」居住環境を内在させ存続してきたことにある。 地域文化は地域独自に醸成し発酵したものである。従って、離島の集落は島嶼性のゆえに地域文化を細部にわたって継承させる数少ない対象であり、一方、海外の事例を調査対象とする背景には、わが国の離島集落にみられる共同性を相対化して捉えようとする意図がある。離島社会は、それぞれに本土の影響を受けながら、自らが存続するために自生的で自律的な地域独自の居住文化を多様に形成させるが、海外事例を対象とすることにより、「共同性のしくみ」の多様な側面や日本(伊勢湾離島)の特徴をマクロな視点から位置づけることが可能になってくる。 また、本論文では、住居を掛けがえのない集落の構成要素と位置づけ、住居空間のつくり方や住居集合の形態が固有の共同性を育み、集落観の基礎になると考える点に特徴があり、集落施設やインフラストラクチャーに相当するものが集落構造を生みだすという理解をしていない。自生的な集落にあっては、施設はあくまでも住居機能の一部が外部化したものであり、もともと集落の骨格を統御しようというインフラの概念は存在しない。 さらに、本論文では、住居、集落の生活や空間を支える社会構造や世界観についても、可能な限り理解しようとつとめている。従前の住居、集落研究では、研究者と調査対象が同一の居住文化に属するという暗黙の前提があり、生活と空間の対応関係に絞って追究することに主眼が置かれていたが、異文化の事例を扱う本研究のような場合には、その地域の居住文化に言及しなければ生活や空間の意味を理解しえない部分が多いのである。 本研究は、論文全体の目的や位置づけなどを含む本論としてのI部、アンダルシアとキクラデスを対象にした事例研究としてのII部、韓国と台湾の離島を対象にした事例研究としてのIII部、同じく伊勢湾離島集落を対象にした事例研究としてのIV部の、あわせて4部(4編)からなっている。 I部は、第1章で本研究の背景や視点、目的や方法、わが国における海外住居研究を含む既往研究の経緯や本研究の位置づけなどを述べ、第2章でII部〜IV部の事例研究を踏まえ本論文のまとめの章とするもので、本論に相当する。このI部第2章では「共同性の構造」と題し、以下の点を論じ、考察をおこなっている。 まず、II部〜IV部の事例研究を踏まえるかたちで、3つの地域における共同性の特徴を抽出する。第1は、キクラデスの階段バルコニー型の住居集合形態とそこにみられる共同性が、地中海地域の伝統的な中庭型住居から形成されたものであることを考察し、第2は、離島ではないという理由によって事例研究に収録していないが、東南アジア地域、タイ北部の山地民の未開の住居、集落が擁しているプリミティブな共同性のしくみを抽出し、第3は、九州離島地域との関係性が想定される韓国、台湾という東アジアの離島地域の共同性の特徴を、相互に比較しながら抽出し、差異と類似点の考察をおこなっている。 次いで、伊勢湾離島集落における共同性の仕組みを論じている。伊勢湾離島の特に高密度な集落を形成する答志や神島などでは、人びとが理想とする間取りが過密な隣接条件に制約され変形しあい、そのまま形に表れることなく潜在化しやすいことを住居平面の類型分布によって見いだすとともに、その背景にある住居集合とミチ空間の構成法、さまざまな班や組の境界の設け方などが近隣づきあいに与える効果と意味、さらに家づくりの結や寝屋の慣習が集落社会に果たす役割と意味などを明らかにしている。また、伊勢湾の離島集落のなかには、自立型と共存型という2つの対立する住居集合の型が存在することを示し、後者の型が日本に固有な住居集合の形式を備えていることを考察している。 そして、これらの実態と考察とを踏まえ、まとめとしてさらに以下の論考をおこなっている。第1は、乾燥地域に分布する中庭型住居に対し、わが国の住居を外庭型と定義し、双方の性質が対立することを示すことによって、わが国の住居空間の形質を相対化している。第2は、伝統的な住居が近代化していく過程のメカニズムを、文化変容と近代化の問題として捉え、前者については精神文化と物質文化を分けて考え、後者については観念と技術の近代化を区別することで、共同性が変容し崩壊する過程を論じている。第3は、集落における親族関係が集落の人間関係を規定し、空間構成をも規定しやすい海外事例の傾向を重視し、社会構造が空間構成に果たす役割をわが国との関係で論じている。第4は、離島という地理的な条件が規定する共存・共生のしくみについて、「共同性」が如何に重要な役割を果たしてきたかを論じている。 II部はアンダルシアとキクラデスの住居集合形態を対象とする海外事例研究である。ヨーロッパ地中海地方の中庭型住居の典型として、アンダルシアのパティオを選び、考察し、次いで、キクラデスの階段バルコニー型の住居の集合性を明らかにするとともに、そのようなキクラデスの事例が中庭型住居の発展型であることを示し、中庭型住居との関係で共同性のしくみを明らかにした。また、その背景がギリシア神話やギリシア正教と不可分の世界観に準拠するものであることを、前者についてはクラン(始祖を同じくする血縁的集団)重視の社会構造との関係で、後者については個人教会との関係で示し、合わせて階段バルコニー型の住居集合のしくみを論及した。付言すれば、II部で展開した中庭型住居に関する考察が、I部2章で立論する中庭型住居の概念的な基礎をなしており、中庭型と外庭型という対立概念を生みだすことになった。 III部は韓国と台湾という東アジアの離島の住居、集落(住居集合)を対象とする海外事例研究である。韓国では、済州島および半島沿岸部の西海岸、南西海岸、南海岸の3地域から離島を選び、それぞれ近接する陸部の集落と比較しながら考察をおこない、島嶼地域の住居空間が近接する本土との強い関係をもちつつ展開していることを示した。また、京畿道の農村部に広く分布する、2棟で鍵型にマダンを取り囲む中庭型の伝統的住居は、西海岸の島嶼部ではより閉鎖性を強め、中庭中心の構成をとるが、南海岸の住居においても、家庭生活や村の人たちを受け入れる接客の場が本土に較べてよりマダンに引き寄せられ、マダン中心に展開されていることを明らかにした。また、陸部と比較することで、島嶼の居住様式と住居や住居集合のしくみを相対的に示した。 一方、台湾の澎湖島については、廟を中心に集落を空間的に規定する甲組織と一族の居住形態を規定する住居集合の実態とその形成過程を提示し、あわせて三合院住居の空間構成と住まい方のしくみを示した。本論文では、三合院の空間構成や住まい方が一族の住居集合における空間構成や住まい方に類比される一貫性を指摘し、そこに漢民族の居住観や世界観が反映されていることを示した。 IV部は伊勢湾離島集落を対象とする事例研究である。まず、住居空間と住まい方の対応関係に基づき実態を把握し、次いで、間取りの背後にあって住居空間を規定している図象的性質を明らかにし、さらに、それを踏まえた類型手法を提示するとともに、8集落の全調査事例を類型化することによって、住居空間の特徴を集落相互の関係において把握した。そして、住居、集落が抱えている今日的な意味を理解するために、一方では住居空間と生活様式の変容過程を、他方では江戸末期以降の集落の形成過程を把握し、先の類型的な理解と重ねることで、4つの視点から高密度居住のしくみを指摘した。 また、5年ごとの継続的な調査研究を行っている答志集落を対象にして、高密度な集落空間や住居空間が生活要求の変化に伴ってどのように変移し、また、集落に固有な共同性が住生活にどのように関与してきたかを明らかにすることによって、三世代居住のしくみを解明した。 |