学位論文要旨



No 212764
著者(漢字) 畑,聰一
著者(英字)
著者(カナ) ハタ,ソウイチ
標題(和) 離島集落における住居及び住居集合の共同性に関する研究
標題(洋)
報告番号 212764
報告番号 乙12764
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12764号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,鷹志
 東京大学 教授 原,広司
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 藤森,照信
 東京大学 助教授 西村,幸夫
内容要旨

 本論文は、海外の事例を含む離島集落をおもな対象とし、住居および住居集合に形象される「共同性」に着目し、それが形成されるしくみを明らかにするとともに、伊勢湾の離島集落を中心にして、共同性にかかわる居住文化の特徴を相対的に把握することを目的としている。また、それらの考察を通して、地域における計画の枠組みやあり方を提示することを目的としている。

 ここにいう共同性とは、まとまりのある集落や社会の構成員の間に共有され、価値観、規範や慣習を反映させるものとしての住様式や住居、集落空間などによって特徴づけられる居住文化を指している。従って、ここでは、そのような共同性をもった環境が住居、集落のなかに形象されるしくみを明らかにすることが主要な目的となる。

 離島集落を対象とする視点は2つある。ひとつは、島嶼地域における居住文化の特徴を把握し、問題点を抽出し、解決方法を見いだすことによって、対象に直接的に応える視点であり、いまひとつは、「自律的共同社会」における居住文化のしくみを解明すべく基礎研究としての視点である。本論文が後者の視点を重視して論を展開するのは、島嶼の居住環境が、「閉鎖化」する現代の都市を含む居住環境に求められている方向性のひとつ、すなわち「自律的で開かれた」居住環境を内在させ存続してきたことにある。

 地域文化は地域独自に醸成し発酵したものである。従って、離島の集落は島嶼性のゆえに地域文化を細部にわたって継承させる数少ない対象であり、一方、海外の事例を調査対象とする背景には、わが国の離島集落にみられる共同性を相対化して捉えようとする意図がある。離島社会は、それぞれに本土の影響を受けながら、自らが存続するために自生的で自律的な地域独自の居住文化を多様に形成させるが、海外事例を対象とすることにより、「共同性のしくみ」の多様な側面や日本(伊勢湾離島)の特徴をマクロな視点から位置づけることが可能になってくる。

 また、本論文では、住居を掛けがえのない集落の構成要素と位置づけ、住居空間のつくり方や住居集合の形態が固有の共同性を育み、集落観の基礎になると考える点に特徴があり、集落施設やインフラストラクチャーに相当するものが集落構造を生みだすという理解をしていない。自生的な集落にあっては、施設はあくまでも住居機能の一部が外部化したものであり、もともと集落の骨格を統御しようというインフラの概念は存在しない。

 さらに、本論文では、住居、集落の生活や空間を支える社会構造や世界観についても、可能な限り理解しようとつとめている。従前の住居、集落研究では、研究者と調査対象が同一の居住文化に属するという暗黙の前提があり、生活と空間の対応関係に絞って追究することに主眼が置かれていたが、異文化の事例を扱う本研究のような場合には、その地域の居住文化に言及しなければ生活や空間の意味を理解しえない部分が多いのである。

 本研究は、論文全体の目的や位置づけなどを含む本論としてのI部、アンダルシアとキクラデスを対象にした事例研究としてのII部、韓国と台湾の離島を対象にした事例研究としてのIII部、同じく伊勢湾離島集落を対象にした事例研究としてのIV部の、あわせて4部(4編)からなっている。

 I部は、第1章で本研究の背景や視点、目的や方法、わが国における海外住居研究を含む既往研究の経緯や本研究の位置づけなどを述べ、第2章でII部〜IV部の事例研究を踏まえ本論文のまとめの章とするもので、本論に相当する。このI部第2章では「共同性の構造」と題し、以下の点を論じ、考察をおこなっている。

 まず、II部〜IV部の事例研究を踏まえるかたちで、3つの地域における共同性の特徴を抽出する。第1は、キクラデスの階段バルコニー型の住居集合形態とそこにみられる共同性が、地中海地域の伝統的な中庭型住居から形成されたものであることを考察し、第2は、離島ではないという理由によって事例研究に収録していないが、東南アジア地域、タイ北部の山地民の未開の住居、集落が擁しているプリミティブな共同性のしくみを抽出し、第3は、九州離島地域との関係性が想定される韓国、台湾という東アジアの離島地域の共同性の特徴を、相互に比較しながら抽出し、差異と類似点の考察をおこなっている。

 次いで、伊勢湾離島集落における共同性の仕組みを論じている。伊勢湾離島の特に高密度な集落を形成する答志や神島などでは、人びとが理想とする間取りが過密な隣接条件に制約され変形しあい、そのまま形に表れることなく潜在化しやすいことを住居平面の類型分布によって見いだすとともに、その背景にある住居集合とミチ空間の構成法、さまざまな班や組の境界の設け方などが近隣づきあいに与える効果と意味、さらに家づくりの結や寝屋の慣習が集落社会に果たす役割と意味などを明らかにしている。また、伊勢湾の離島集落のなかには、自立型と共存型という2つの対立する住居集合の型が存在することを示し、後者の型が日本に固有な住居集合の形式を備えていることを考察している。

 そして、これらの実態と考察とを踏まえ、まとめとしてさらに以下の論考をおこなっている。第1は、乾燥地域に分布する中庭型住居に対し、わが国の住居を外庭型と定義し、双方の性質が対立することを示すことによって、わが国の住居空間の形質を相対化している。第2は、伝統的な住居が近代化していく過程のメカニズムを、文化変容と近代化の問題として捉え、前者については精神文化と物質文化を分けて考え、後者については観念と技術の近代化を区別することで、共同性が変容し崩壊する過程を論じている。第3は、集落における親族関係が集落の人間関係を規定し、空間構成をも規定しやすい海外事例の傾向を重視し、社会構造が空間構成に果たす役割をわが国との関係で論じている。第4は、離島という地理的な条件が規定する共存・共生のしくみについて、「共同性」が如何に重要な役割を果たしてきたかを論じている。

 II部はアンダルシアとキクラデスの住居集合形態を対象とする海外事例研究である。ヨーロッパ地中海地方の中庭型住居の典型として、アンダルシアのパティオを選び、考察し、次いで、キクラデスの階段バルコニー型の住居の集合性を明らかにするとともに、そのようなキクラデスの事例が中庭型住居の発展型であることを示し、中庭型住居との関係で共同性のしくみを明らかにした。また、その背景がギリシア神話やギリシア正教と不可分の世界観に準拠するものであることを、前者についてはクラン(始祖を同じくする血縁的集団)重視の社会構造との関係で、後者については個人教会との関係で示し、合わせて階段バルコニー型の住居集合のしくみを論及した。付言すれば、II部で展開した中庭型住居に関する考察が、I部2章で立論する中庭型住居の概念的な基礎をなしており、中庭型と外庭型という対立概念を生みだすことになった。

 III部は韓国と台湾という東アジアの離島の住居、集落(住居集合)を対象とする海外事例研究である。韓国では、済州島および半島沿岸部の西海岸、南西海岸、南海岸の3地域から離島を選び、それぞれ近接する陸部の集落と比較しながら考察をおこない、島嶼地域の住居空間が近接する本土との強い関係をもちつつ展開していることを示した。また、京畿道の農村部に広く分布する、2棟で鍵型にマダンを取り囲む中庭型の伝統的住居は、西海岸の島嶼部ではより閉鎖性を強め、中庭中心の構成をとるが、南海岸の住居においても、家庭生活や村の人たちを受け入れる接客の場が本土に較べてよりマダンに引き寄せられ、マダン中心に展開されていることを明らかにした。また、陸部と比較することで、島嶼の居住様式と住居や住居集合のしくみを相対的に示した。

 一方、台湾の澎湖島については、廟を中心に集落を空間的に規定する甲組織と一族の居住形態を規定する住居集合の実態とその形成過程を提示し、あわせて三合院住居の空間構成と住まい方のしくみを示した。本論文では、三合院の空間構成や住まい方が一族の住居集合における空間構成や住まい方に類比される一貫性を指摘し、そこに漢民族の居住観や世界観が反映されていることを示した。

 IV部は伊勢湾離島集落を対象とする事例研究である。まず、住居空間と住まい方の対応関係に基づき実態を把握し、次いで、間取りの背後にあって住居空間を規定している図象的性質を明らかにし、さらに、それを踏まえた類型手法を提示するとともに、8集落の全調査事例を類型化することによって、住居空間の特徴を集落相互の関係において把握した。そして、住居、集落が抱えている今日的な意味を理解するために、一方では住居空間と生活様式の変容過程を、他方では江戸末期以降の集落の形成過程を把握し、先の類型的な理解と重ねることで、4つの視点から高密度居住のしくみを指摘した。

 また、5年ごとの継続的な調査研究を行っている答志集落を対象にして、高密度な集落空間や住居空間が生活要求の変化に伴ってどのように変移し、また、集落に固有な共同性が住生活にどのように関与してきたかを明らかにすることによって、三世代居住のしくみを解明した。

審査要旨

 本論文は日本、西ヨーロッパ、東南アジアおよび東アジアの離島集落を対象として、住居および住居集合のなかで共有されている住様式や居住文化などにおける「共同性」に着目し、それが形成されるしくみを各事例について相対的に明らかにしようとしたものである。特に離島集落が研究対象として選ばれたのは、これら島嶼地域において伝統的共同社会の特徴である「自律的で開かれた居住環境」という、閉鎖化へと進んでいる現代都市の居住環境を打開していくために求められる仕組が内在され、存続しているためである。過去25年間に亘る各地での精緻な実測調査や住まい方や社会構造などに関する聴きとり調査を共通の方法として分析を行い、従前の計画学研究が考察の対象としてきた「同一文化内の生活と空間との対応関係」を超えて存在している、上位の概念である社会構造・組織や世界観にまで踏みこんで、文化的背景を異にする居住環境を把握しようとしたところに本論文の特色がある。

 論文はIV部からなり、I部は2章、II部は4章、III部は3章、IV部は5章から構成されている。

 I部は研究全体を総括する本論であり、2章よりなる。第1章では研究の背景・視点、目的・方法を述べ、次いでわが国における海外居住研究を含む既往の住居・集落研究をサーベイして、本研究の位置付けを行っている。第2章では、価値観、規範や慣習、住様式、住居や集落空間などの特徴に現れてくる、ある集落や社会のなかで共有された居住文化における法則性を「共同性」と定義した上で、各事例調査の結果を総括し、その類似性、差異性を論じている。特にタイ山地民の住居・住居集合調査から、共有された価値体系や労働形態によって、「家族集団」という自立しうる「生産の単位」や、「集落」という家づくりや農作業の結(ゆ)いなどの協働にみられる「生活の単位」が成立していることを指摘し、「共同性」の意義とその発掘方法とを具体的に示している。

 更に本研究の特性は、単に海外の一地域の報告や一つの研究視点(方法)による広範囲の横断的踏査の何れにも該当するものでなく、海外4ケ所の事例研究を「共同性」という視点によって、その都度解釈を更新し、各対象のもつ住居集合の「共同性」を、わが国の状況をも加えそれぞれを相対化して把握したものであるとしている。その結果、(1)伝統的住居の近代化の過程を共同性の変容・崩壊過程として捉えること、(2)親族等の社会構造が集落の空間構成を規定していること、(3)離島という地理的な特性をもった地域においては「共同性」の果たす役割が大きいこと、(4)わが国の住まいの一特性を「外庭型」と名付け、外国の乾燥地域に分布する「中庭型住居」と対比的に位置付けること、などを結論として指摘している。

 II部はアンダルシアとキクラデスを対象とした南欧の住居集合形態を対象とする海外事例調査の報告・考察にあてられており、4章からなる。研究の目的・方法を述べている第1章に続いて第2章では、ヨーロッパ地中海地方の中庭型住居の典型として、アンダルシアのパティオを考察し、内に向かって完結し、ともすれば希薄になりがちな住居相互の関係性が、「ウラ通路」によって補完され、成立していることを明らかにしている。次の第3章で、キクラデスの階段バルコニー型の住居の集合性について分析し、ここに存在する外部廊下であるドロモッシュがパティオに置き換っていること、つまり、中庭型住居の発展型であることを示している。第4章で、これら中庭型の集住形態において、その背景がギリシャ神話やギリシャ正教と不可分の世界観に準拠するものであることを、前者についてはクラン(始祖を同じくする血縁的集団)重視の社会構造との、後者については個人教会との関係で示し、あわせて両者共に、血縁や個人教会を中心とした一族の共同生活の集合体であることを実証している。

 III部は韓国と台湾の離島の住居、住居集合を対象とする東アジアの海外事例調査の報告・考察にあてられており、3章からなる。第1章で東アジア地域の住居、住居集合の実態調査の目的、概要を述べている。第2章が韓国の考察であり、済州島および半島沿岸部の西海岸、南西海岸、南海岸の3地域から離島を選び、それぞれ近接する陸部の集落と比較しながら考察を行い、島嶼地域の住居空間が近接する本土との強い関係をもちつつ形成されていることを示している。また、京畿道の農村部に広く分布する、2棟で鍵型にマダン(庭)を取り囲む中庭型の伝統的形式は、西海岸の島嶼部ではより閉鎖性を強め、中庭中心の構成をとっており、更に南海岸の住居においても、家庭生活や接客の場が本土に較べてよりマダンを中心に展開されていることを明らかにしている。

 第3章では台湾の離島調査の結果がまとめられている。澎湖島について、廟を中心に集落を空間的に規定する甲組織と一族の居住形態を規定する住居集合の実態とその形成過程を示し、あわせて三合院住居の空間構成と住まい方の仕組を分析している。三合院の空間構成や住まい方には、漢民族の居住観や世界観が根強く反映されており、住文化の耐性の強さを認識する必要があることに注意を喚起している。

 IV部は伊勢湾離島集落を対象とするわが国の調査の報告・考察であり、5章からなる。第1章で研究の目的・方法を述べ、第2章で対象とした4集落(神島、答志、坂手、日間賀、西里)の住居とその住まい方の実態を忠実な平面採集を含めて記述している。第3章では、8集落すべての住居平面の幾何学的特性に着目し、その間取り(部屋配列)は田の字型平面(正方形の4分割を基準としている)と、その変形から成立していることを示し、分割型の類型を整理している。第4章では、住居、集落が抱えている今日的な問題点を理解するために住居空間と生活様式の変容過程と、江戸末期以降の集落の形成過程とを把握し、先の類型的な理解を重ねることで、高密度居住が成立する仕組として(1)自律的生活構造、(2)ラチス状の集団形態、(3)相互依存的集合性と合意形成の仕組、(4)生活領域の循環構造の4つを見出している。

 終章では、5年ごとの継続的な調査研究を行っている答志集落を対象にして、高密度な集落空間や住居空間が生活要求の変化に伴ってどのように変移し、また、集落に固有な共同性が住生活にどのように関与してきたかを明らかにすることによって、三世代居住の仕組を解明している。

 以上、要するに本論文は長年に亘る精緻なフィールドサーベイを基にして、西南ヨーロッパ、東南アジア、東アジアおよびわが国におけるそれぞれの住居集合の仕組を相対的に明らかにしたものである。ここでは従前の住居・集落研究で扱われていなかった世界観や社会構造を生活と空間との関係を規定する上位の概念として研究の対象とする試みに成功しており、ここで得られた知見は、近代化の過程で忘れ去られた集団や社会における人間の精神性や共同性を回復する途を拓くものとして、住居計画研究に大きな足跡を残すものとして評価できる。また、ここで得られた莫大な実測、住まい方・社会構造などの実態報告は、住まいの歴史の貴重な記録として価値があるばかりでなく、研究の理論構築、方法論の開拓を果たした点において建築計画学にも資するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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