学位論文要旨



No 212766
著者(漢字) 山田,隆夫
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,タカオ
標題(和) 80キロ級鋼の柱・筋違への適用性と、その接合部の耐力・変形能に関する研究
標題(洋)
報告番号 212766
報告番号 乙12766
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12766号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高梨,晃一
 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 教授 半谷,裕彦
 東京大学 助教授 桑村,仁
 東京大学 助教授 大井,謙一
内容要旨

 高張力鋼は文字通り引張強度が普通鋼材より高い。これを活かして建築物に採用すれば、

 (1)部材断面の極厚化を避け、軽量化して、溶接施工性と品質の信頼性を向上し、

 (2)超高層建築や大スパン構造等の設計を行う際の、構造計画上の自由度を拡大し、

 (3)使用部位を適切に選ぶことにより、構造物の地震応答性状等を改善する

 ことが可能である。そこで、適用に当って、下記の諸特性を調べておく必要がある。

 (1)素材としての、引張強度・降伏点・伸び・衝撃・溶接性等

 (2)部材を溶接で組立製作する際の、溶接条件の影響と溶接性・溶接継手性能

 (3)実構造物としての、構造部位の載荷実験による耐力・変形能(2,3,4)

 (4)耐震安全性と省力化を考慮した溶接施工法(5,6)による接合部部材等の耐力・変形能

 上記の解明しておくべき研究項目と本論の各章との対応を図に示す。

図 80キロ級鋼の技術課題と本論文の研究項目

 既往の研究から、80キロ級鋼を建築構造物に利用するとすれば、柱および筋違への利用が考えられる。そこで、第2章では80キロ級鋼板から箱型断面柱を製作するときの角溶接継手の強度と靭性を実験と解析によって調査している。特に、柱梁接合部では地震時に角溶接部は大きなせん断応力にさらされるので、地震時に於ける性状を接合部の部分模型実験によって調べ、更に解析によって、その実験結果を検証している。その際、80キロ級溶材の他に60キロ級溶材を用いた軟質継手の適用性についても調べている。破壊現象は構造物の寸法効果に敏感であると言われている。そこで、角溶接継手の実大模型によって、80キロ級溶材および60キロ級溶材を用いたときの、各々の溶接継手性状について実験的に調べ、更に、軟質継手の引張性状についても検討している。

 80キロ級鋼を筋違に適用する際に、比較的、細長比の大きな部材を使用することが予想されるので、大変形の繰返し載荷を受けた時の筋違材の座屈および座屈後の挙動について調べておく必要がある。第3章では、先ず、筋違材の弾塑性解析法を構築し、それを用いて筋違の挙動を求め、筋違模型を用いた繰返し載荷実験によって、その挙動を検証した。

 鋼材の接合法の内、溶接とともに重要なものはボルト接合である。80キロ級鋼は軟鋼より一般に降伏比が高く、ボルト接合に於けるボルトの配置は軟鋼の場合と異なることが予想されるので、第4章では、第80キロ級鋼を筋違または梁等に使用した場合を想定して、はじめに「鋼板ボルト接合部の力学的特性」、次いで「H形鋼フランジボルト接合部の力学的特性」に於いて、ボルト配置が破断耐力・変形能に及ぼす影響を実験的に調べている。

 第5章は、80キロ級鋼を超高層建築物へ適用する場合を想定して、柱・筋違の鋼材強度が地震応答に及ぼす影響について検討している。

 初めに、骨組の地震応答解析を行うに当たり、従来の塑性ヒンジ法に加工硬化を加えた解析法について述べた。次に、この解析法を適用し、一例として、高さ200m級の筋違付超高層建築物を想定して、

 (1)柱または筋違に80または60キロ級鋼を用い、層の水平せん断耐力を一定とした場合に、柱と筋違の鋼材強度の組合わせが地震応答に及ぼす影響

 (2)柱に80キロ級鋼を用い、筋違に80キロ級鋼と同一断面で鋼材強度を80、60、40キロ級鋼と変化させた場合に、鋼材強度が地震応答に及ぼす影響

 について調べ、基本的な設計条件を満した上で安定した地震応答性状を得るという観点から、どのような柱・筋違の鋼材強度の組合せが良いかを検討した。

審査要旨

 建築構造物に使用される鋼材には、強度、降伏点後の塑性変形能力のほか、微細な欠陥があった場合でも破断の進行を抑止する破壊靭性が要求される。

 近年、構造物の大型化に伴い、高い強度の鋼材が要求されるようになった。この需要にこたえて、60キロ級、80キロ級の鋼材が製造されている。本論文は、「80キロ級鋼の柱・筋違への適用性と、その接合部の耐力・変形能力に関する研究」と題し、80キロ級鋼材の建築構造への適用の可能性を追求したものである。

 本論文は6章より成る。第1章ではこれまで行われた、80キロ級鋼の建築構造への適用に関する研究を概観し、必要とされる全ての研究項目を整理して未だ研究が不十分な部分を指摘、本論文で対象とした研究項目の位置付けを行っている。既往の研究の中には、著者が共同研究者として参画したものも多くあり、その内容を紹介して後章で詳述する研究内容を補完している。

 鋼構造の設計において最重要な課題は、接合部の設計と座屈に対処する設計てある。さらに接合部は溶接接合と高力ボルト接合に大別されるが、まず第2章では、これまでの研究の延長として箱形断面柱を構成する角溶接部の性能を調べることを目的として柱梁接合部の繰返し載荷実験を行って、溶接材料の強度と溶込み深さが接合部の力学的特性に与える影響について調べた。その中で、溶接材料として必ずしも80キロ級鋼材にマッチするものでない低強度のものでも、被接合鋼板の拘束によって十分な耐力を発揮することを、実験に加えて有限要素法を用いた解析によっても確かめている。これらの研究と著者らの行った既往の研究成果を合わせれば、80キロ級鋼の溶接接合の実用化の可能性は十分あると緒論できる。

 高力ボルト接合も重要な接合法である。特に溶接接合の信頼性がやや落ちる現場接合では、ボルト接合を十分活用せねばならない。本論文で対象としている80キロ級鋼は、軟鋼に比べて降伏比が高く、これまで用いられていたボルトの配置などの接合設計詳細は再検討する必要がある。第3章ではこの点に注目し、引張接合に用いる接合部の端あき距離、縁あき距離およびゲージをパラメータとした実験を行って破断耐力や塑性変形能力について調べた。その結果、破壊形態を決定するパラメータを見い出し、破壊形態の領域を定めて、全強を確保する条件を提示した。また、現在使用されている設計詳細を80キロ級鋼のボルト接合に適用した場合、実験結果との整合が不十分になることを指摘して、その整合性が高くなる設計式を提案した。

 第4章では、80キロ級鋼を柱や筋違に利用した高層建築物が安定した地震応答性状を得るための注意事項や、柱や筋違に用いる鋼材の強度の組合せについて地震応答解析結果をふまえて考察している。80キロ級鋼を使用すれば、建物の最適な固有周期の選定の幅が拡がり、さらに筋違に80キロ級鋼を利用すれば、層間変形角が抑制される可能性があることを指摘している。

 筋違材は、一般に多数回の繰返し載荷をうける。特に80キロ級鋼の筋違の細長比は比較的大きくたる。このような部材が、終局状態においてどのように座屈し、座屈後、延性破断するまでの過程を確認しておく必要がある。第5章では、筋違模型の繰返し載荷実験によってこれらの性状を調べ、さらに地震応答解析に用いた履歴特性の数式モデルの精度を吟味し、細長比の大きい筋違材では十分にその挙動を追跡できることを示している。

 第6章では、以上の研究成果をまとめ、本論文全体の結論としている。

 以上のように本論文は、80キロ級鋼を建築構造に適用する場合の解決すべき事項を整理したのち、未だ不十分であった部分の研究を重点的に行って、適用の可能性を示したばかりでなく、この分野の研究の現時点における総括を行ったもので、建築構造工学的な意義は高い。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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