高張力鋼は文字通り引張強度が普通鋼材より高い。これを活かして建築物に採用すれば、 (1)部材断面の極厚化を避け、軽量化して、溶接施工性と品質の信頼性を向上し、 (2)超高層建築や大スパン構造等の設計を行う際の、構造計画上の自由度を拡大し、 (3)使用部位を適切に選ぶことにより、構造物の地震応答性状等を改善する ことが可能である。そこで、適用に当って、下記の諸特性を調べておく必要がある。 (1)素材としての、引張強度・降伏点・伸び・衝撃・溶接性等 (2)部材を溶接で組立製作する際の、溶接条件の影響と溶接性・溶接継手性能 (3)実構造物としての、構造部位の載荷実験による耐力・変形能(2,3,4) (4)耐震安全性と省力化を考慮した溶接施工法(5,6)による接合部部材等の耐力・変形能 上記の解明しておくべき研究項目と本論の各章との対応を図に示す。 図 80キロ級鋼の技術課題と本論文の研究項目 既往の研究から、80キロ級鋼を建築構造物に利用するとすれば、柱および筋違への利用が考えられる。そこで、第2章では80キロ級鋼板から箱型断面柱を製作するときの角溶接継手の強度と靭性を実験と解析によって調査している。特に、柱梁接合部では地震時に角溶接部は大きなせん断応力にさらされるので、地震時に於ける性状を接合部の部分模型実験によって調べ、更に解析によって、その実験結果を検証している。その際、80キロ級溶材の他に60キロ級溶材を用いた軟質継手の適用性についても調べている。破壊現象は構造物の寸法効果に敏感であると言われている。そこで、角溶接継手の実大模型によって、80キロ級溶材および60キロ級溶材を用いたときの、各々の溶接継手性状について実験的に調べ、更に、軟質継手の引張性状についても検討している。 80キロ級鋼を筋違に適用する際に、比較的、細長比の大きな部材を使用することが予想されるので、大変形の繰返し載荷を受けた時の筋違材の座屈および座屈後の挙動について調べておく必要がある。第3章では、先ず、筋違材の弾塑性解析法を構築し、それを用いて筋違の挙動を求め、筋違模型を用いた繰返し載荷実験によって、その挙動を検証した。 鋼材の接合法の内、溶接とともに重要なものはボルト接合である。80キロ級鋼は軟鋼より一般に降伏比が高く、ボルト接合に於けるボルトの配置は軟鋼の場合と異なることが予想されるので、第4章では、第80キロ級鋼を筋違または梁等に使用した場合を想定して、はじめに「鋼板ボルト接合部の力学的特性」、次いで「H形鋼フランジボルト接合部の力学的特性」に於いて、ボルト配置が破断耐力・変形能に及ぼす影響を実験的に調べている。 第5章は、80キロ級鋼を超高層建築物へ適用する場合を想定して、柱・筋違の鋼材強度が地震応答に及ぼす影響について検討している。 初めに、骨組の地震応答解析を行うに当たり、従来の塑性ヒンジ法に加工硬化を加えた解析法について述べた。次に、この解析法を適用し、一例として、高さ200m級の筋違付超高層建築物を想定して、 (1)柱または筋違に80または60キロ級鋼を用い、層の水平せん断耐力を一定とした場合に、柱と筋違の鋼材強度の組合わせが地震応答に及ぼす影響 (2)柱に80キロ級鋼を用い、筋違に80キロ級鋼と同一断面で鋼材強度を80、60、40キロ級鋼と変化させた場合に、鋼材強度が地震応答に及ぼす影響 について調べ、基本的な設計条件を満した上で安定した地震応答性状を得るという観点から、どのような柱・筋違の鋼材強度の組合せが良いかを検討した。 |