学位論文要旨



No 212768
著者(漢字) 川瀬,貴晴
著者(英字)
著者(カナ) カワセ,タカハル
標題(和) 建築外皮と空調設備システムの計画手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 212768
報告番号 乙12768
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12768号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松尾,陽
 東京大学 教授 安岡,正人
 東京大学 教授 長沢,泰
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 助教授 坂本,雄二
 東京大学 助教授 平手,小太郎
内容要旨

 建築計画上、外皮計画は重要な位置付けにある。建築外皮は、建物の外観や室内環境および建物の消費エネルギー量に大きくかかわるのは当然のこととして、安全性、コスト、メンテナンス、建築全体の施工法他、多くの事柄がこの部位の構成に関係してくる。設備計画上も建築外皮の性状を十分理解した上でないと適切な計画を行うことは不可能である。特に、最近の建物の外皮は昔に比べて多彩、多様になっており、材料・工法なども新製品・新工法が次々と開発されるため、常にそれらの動向に配慮しすると同時に、設備面での性能向上と考え合わせた最適な計画を行う必要がでている。

 本論文は、このような現状把握の下に今までの建築外皮計画及び建築外皮に係る空調システムの変遷を振り返り、約20年間の実務経験(計画、設計、工事監理、保守監理指導等)を基に建築外皮計画及び外皮に係わる空調設備計画上の問題点を明らかにし、建築外皮に係る今後の建築・空調設備計画のあり方を整理した。更に、室内環境の向上や省エネルギー化などの問題意識を持って計画したいくつかの計画例をその計画のプロセスと共に示し、今後の外皮計画の方向を具体的に示した。

 建築の計画はそれぞれ独自の計画プロセスを持っている。ここに示す各種の計画事例も建築の計画プロセスとしてはそれぞれ異なる要素を持っているものの建築外皮の計画を建築・設備という枠を超えて合理的な手法を開発・導入したという点、また、その計画時点における研究・実務レベルの最新の知見を実際の建物の計画に応用したという点で、今後の建築外皮計画に対する設計者の取り組み方について一つの方向性を与えるものである。

 以下各章毎にその要旨を示す。

第1章

 建築外皮及び建築外皮にかかわる空調システム(ペリメータゾーン空調システム)それぞれについて過去(本格的な空調システムが普及し出した1960年代後半以降)の変遷をまとめた。

 また、20年以上前に建設された事務所ビルの中から当時の代表的なペリメータ空調システムであるインダクションユニット方式、ファンコイルユニット方式、デュアルダクト方式を持つ建物を選択し、それぞれのシステムの内容と運用の実態を調査し使用実態を明らかにした。

 更に、建築外皮に係わるエネルギー消費の実態を、PAL(Perimeter Annual Load;年間熱負荷係数)値をもとにした既存の調査及び、最新の資料(省エネルギー計画書)により把握し事務所ビルの建築外皮に係わる計画上のエネルギー消費構造を明らかにした。また、同時に事務所建築における外皮計画の多様性と重要性を指摘した。

 以上のような調査と実務経験の中から、建築外皮計画上の現状の問題点を提起し、設備技術者が外皮計画に関して積極的な役割を担う必要性があることを示した。

第2章

 建築計画のプロセスは、必ずしも連続しているわけではなく、新たな与条件の出現などにより遡って検討を行ったり、既に決めた事項を覆さざるを得ないこともしばしば生じるので、外皮に係わる計画も必ずしもシステマチックに進められるわけではないが、建築計画上、設備計画上、それぞれの要求条件を十分に認識した上で計画を進めることにより合理的な計画が可能になる。そのためにも、この章では、計画のプロセスと要求条件の整理を行った。窓廻りに関する扱いについては、従来以上に各専門分野の協同が要求されており、特に設備設計者が窓廻りのデザインに対して果たす役割が大きくなっている。本章では、このように、最近特に設備設計者に対する期待が高まっている部分についての役割を整理すると同時に、設備設計に大きな影響を与える窓廻りの計画手法を設備技術者の観点から整理し、計画上のあるべき姿について論じた。

 そのために、建築と設備の計画者がそれぞれ十分な協調のもとに計画が行われたと思われる過去の具体例、すなわち、建築計画に対する設備技術者からの働きかけの成果としての「設備上の検討が込められた建築ディテール」を挙げると共に、空気の流れを利用する手法やブラインドの制御をきめ細かく行う手法あるいは設備システム間の兼用化について、建築と設備の協同という観点からの分析を試みた。また、現在非常に多くのシステムがあり、その分類法なども一般化されていないペリメータ空調システムについてその分類の考え方を示した。また、これらの手法の底に流れるに共通した考え方である「ペリメータレス化」について考察し、今後の計画のあるべき姿を論じた。

第3章

 建築外皮に係る新しい建築・設備計画手法の開発と導入に至った事例について、計画のプロセスの中で行われた各種検討や実験を含めて、最近のペリメータ空調システムの各種手法について具体的な決定プロセスを示しペリメータ空調方式の決定に当たり重要な要因を示し、新たな手法を採用する場合の留意事項等を示した。

 先に述べたように、建築の計画は個々の事例毎にそれぞれ個別の事情があるが、ここで述べる事例はすべて実際に建設した、あるいは現在工事中の事例であり、計画時の各種検討や実験の結果を応用し具体化した点に大きな意義がある。以下、ここで述べた手法を示す。

 1)エアフローウインドーの実用上の各種検討と実施

 エアフローウインドーは既にいくつかの実施例があるが、その普及のきっかけとなった研究を継続してきた成果として、従来使用されているものよりも大型の窓に採用し、さらにエアフロー排気システムを排煙システムと兼用する方式を開発し、その効果を検証した。また、ロールブラインドを排気空気流のガイドとして使用することによりエアフローウインドーと同様な効果を期待したシステムの効果を実験的に求め実際に応用してその効果を確認した。

 2)従来、空調の「吹き出し方式」については各種の検討が行われその重要性について指摘されてきたが、「吸い込み方式」については、必ずしも十分な検討が行われてきていなかった。ここでは、ペリメータ環境の改善のための吸い込み方式について注目し、窓下で吸い込む方式や窓上で吸い込む方式、それぞれについて各種の事前検討を行い実施例に結びつけた。

 3)ペリメータ空調システムとしてファンコイルユニットを用いていたビルにおいて、ファンコイルユニットのコイル部分を撤去しファンユニットとして利用すると同時に、天井部分に吸い込み口を設けることによりペリメータの温熱環境を維持する方法を開発実施した。

 4)従来ブラインドの設計は空調設備設計分野の範疇ではなかったが、ペリメータ負荷に対するブラインドの影響の大きさを考え、その制御方式について各種検討を行い新しい手法を開発した

 5)直暖方式の暖房システムを採用する場合の上下温度勾配の解消を安価に行う方法として、従来空調を行わない部屋などで使用されていた天井扇を使用する方式を考案し、各種検討の後採用し、結果を検証した。

 6)ガラスで囲まれた執務空間において、その環境を維持するためにダブルスキンとエアフローウインドーの組み合わせ方式を採用しその空間の環境実測を行うと同時に、ダブルスキンとエアフロー方式の切り替えの考え方を実測結果を元に確立した。

 以上、従来のペリメータ空調方式にはなかった新しい手法について解決法を提示、検証した。

第4章

 建築外皮と空調システムの効果的な組み合わせを図る上での今後の問題点を整理し、より良い外皮計画を行うためには今まで以上に建築デザイナーと設備設計者の緊密な連携が必要でありそのためには多くの共通言語が必要性であることを述べた上で、今後の建築外皮計画・外皮に係わる空調システムとしてのあるべき姿として、ペリメータレス化、外皮と設備の融合、外皮に係わる空調システムと他の設備との兼用化、制御システムの高度化、があることを示した。

審査要旨

 「建築外皮と空調設備システムの計画手法に関する研究」と題する本論文は、空調設備におけるエネルギー消費量が、建築外周部位の躯体、内外装等の性状と深くかかわり合っていることに着眼し、建築外皮計画と空調設備計画の整合的な在り方を探求したものであって全4章よりなる。

 第1章では、まず、建築外皮と外周部空間に関わるペリメータ・ゾーン空調システムのそれぞれについて、わが国の1960年代以降の変遷について概観している。次いで外皮の省エネルギー性評価指標であるPAL値に基づいて、既存の事務所建築物の遮熱性を検証した。これらの調査を通して、これまでの外皮設計が意匠のみならず、遮熱性能についても多様で性能が一定しないことを示し、設備技術者が外皮計画に関しても積極的に関与し、役割を担うべきことを主張している。

 第2章では、第1章の主張を具体的なレベルで展開している。最初に建築計画、設備計画上の要求条件を計画の進行プロセスに対応させつつ整理している。とりわけ、窓まわりの扱いが、熱性能に重大に関係すると同時に、各種専門分野の協同が要求されるところであるとして、その計画手法を設備技術者の観点から整理し、計画上のあるべき姿について論じた。さらにこの論を具体化するべく、建築と設備の計画者が十分な協調のもとに計画が行われた過去の事例を調査して、「設備上の検討が込められた建築デイテール」を列挙している。またこの観点から、いわゆるペリメータ空調システムを分類整理すること、最新の動向である「ペリメータレス化」空調方式の位置づけを行っている。

 第3章は、さらに一歩を進めて、著者自身が関わった計画の中での実践の経過を述べている。すなわち、ペリメータ空調システムの決定プロセスとそこで検討された多くの要因について、その詳細を示したものである。建築の計画は個々の事例毎に個別の事情があるために、往々にして一般性ある判断基準を提示することが困難となるのであるが、著者は手法の選択にあたって極力汎用性のある実験やシミュレーションを行い、選択根拠の客観性を担保するとともに、他事例への応用性を確保しようとしている。著者の行った開発と実証実験は以下のようなものである。

 1)エアフローウインドウに関する実験では、その開発時点から研究に参加し、特に大型窓への適用、排煙システムとの兼用方式の開発、ロールブラインドを空気流ガイドとして使用する簡易方式の効果確認実験などを行った。

 2)吸い込み方式の検討では、従来軽視されがちであった吸い込み口がペリメータ空間の環境性能を左右する要因であることを見いだし、窓下吸い込み、窓上吸い込みなどの新しい方式につき検討して、実施に導いた。

 3)ファンコイルユニット方式の既設設備で、これをファンユニットに転用すると同時に天井部分に吸い込み口を設けることにより、ペリメータの温熱環境を維持する方法を開発した。

 4)窓ブラインドの設計をペリメータ熱負荷への影響に基づいて検討し、ブラインド開閉制御の新しい手法を開発し、効果を検証した。

 5)直暖方式の暖房において、上下温度差解消のため天井扇を使用することにつき、その性能評価と経済評価を行い、実施に結び付けた。

 6)ガラスで囲まれた執務空間の環境保持を狙いとしたダブルスキンとエアフローウインドウの組み合わせ方式について環境実測を行って、この組み合わせ方と切り替え操作の方法を確立した。

 第4章は今後の課題を展望した章であって、1つは、建築計画者と設備計画者の間の連携と意思疎通のために共通言語を持つべく努力することの重要性を強調している。もう1つの技術的課題としては、ペリメータレス化の推進、外皮と設備の融合、各種設備機能の兼用一体化、制御システムの高度化を挙げている。

 以上を要するに、本論は空調システムという技術的対応に終始しがちな分野において、あえて計画の観点からアプローチし、効率的であると同時に他の建築諸要素と整合的に一体化した空調設備の姿を追い求めて、その計画プロセスの確立と新方式の開発・検証を精力的に実行した結果の報告であり、その先見性と実用的価値は高く評価することができる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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