現代的な基礎免震構造の原理は、系を長周期化することにより地震の卓越周期帯域から回避して加速度応答を低減させる一方、増大する変位応答を減衰性の付与により抑制することである。何らかのエネルギー吸収装置(ダンパー)を使って減衰性を高めることは、建物へ入力して建物に損傷を与える地震動によるエネルギーの大部分を免震機構部で逸散させ、万一の共振応答を抑制するために重要である。このような免震構造は、建物の構造駆体のみならず二次部材や建物内部の収容物をも地震被害から守ることを目標としている。 免震装置は、支承とエネルギー吸収装置からなっている。系を長周期化するための支承としては、一般に積層ゴムが使われている。エネルギー吸収装置としては、金属の塑性変形によるエネルギー吸収を利用した弾塑性ダンパーをはじめ、各種のものが使われている。高減衰積層ゴムや鉛プラグ入り積層ゴムは、支承とダンパーの両機能を兼備している免震装置である。 積層ゴムは弾塑性的性質と粘弾性的性質を併せ持つ粘弾塑性体である。筆者が行った積層ゴムの動的加力試験によれば、積層ゴムの剛性は振動数により最大で100%程度、減衰定数は最大で50%程度変動する。積層ゴムの特性に与えるこの動的効果は免震建築物の地震応答、特にエネルギー吸収、高次振動モード、床応答に影響を与えることが予想される。しかし、従来は地震応答評価においては1次振動モードの評価に重点がおかれていたため、積層ゴムの解析モデルとしてはひずみ非線形型ないし弾塑性型のものが使われ、動的効果は無視されていた。 免震建築物の地震応答を床応答やエネルギー吸収も含めて的確に評価するためには、積層ゴムの粘弾塑性を表現した解析モデルが必要である。Simo-Taylorによる非線形粘弾性モデルは積層ゴムの解析モデルとして注目すべきものであるが、その同定法は確立していず、積層ゴムの実験的事実を十分表現し得てはいない。わが国においては、現実の積層ゴムの粘弾塑性に即した解析モデルとして実用的なものは現在までにない。また、積層ゴムの動特性が免震建築物の地震応答性状に与える影響の有無について論じた研究はみあたらない。 本研究では、免震構造に使われている代表的な積層ゴム、すなわち低減衰積層ゴム,高減衰積層ゴム,鉛プラグ入り積層ゴムをとりあげ、免震建築物の地震応答に支配的な積層ゴムのせん断変形に関する粘弾塑性を表現できる解析モデルを提案した。また、解析モデルを同定するとともに、その妥当性を検証するために、積層ゴムの動的加力試験を行った。この試験では、積層ゴムの粘弾塑性を把握するために、ひずみと振動数はできるだけ広くとった。さらに、本解析モデルを使って多質点免震系の地震応答解析を行い、従来一般に行われている弾塑性型解析モデルによる場合の応答性状と比較し、積層ゴムの粘弾性を考慮した場合の影響の有無を検討した。 新たに提案した積層ゴムの粘弾塑性モデルは二つの並列のMaxwell型要素で構成され、比較的簡素なものである。一方のMaxwell型要素は弾塑性ばねと大容量のダッシュポットから成り、他方は線形のMaxwell要素である。はじめの要素はひずみ非線形性と長期クリープ性を、他方の要素は粘弾性を代表している。この解析モデルは下図のように表せ、地震応答において現実的な振動数範囲を対象ににすれば等価剛性Gea,等価粘性減衰定数hea,特性応力(履歴曲線の縦軸切片応力)dは下式で与えられる。 積層ゴムの粘弾塑性Maxwellモデル 積層ゴムのリラクゼーション試験より得られたリラクゼーション曲線を非線形成分と線形成分に分割し、それぞれの関数を二つのMaxwell型要素に対応させ、粘弾塑性モデルを同定した。また、現実的な振動数範囲を対象とした周波数応答の解析式を試験結果と対比し、同定の精度を高めることができた。 この粘弾塑性モデルの応答を数値計算により求め、試験結果と比較した。リラクゼーション曲線や履歴曲線の計算結果は、試験結果をおおむねよく再現していることが確かめられた。等価剛性や等価粘性減衰定数とひずみや振動数の関係についても、計算結果は試験結果をよく再現した。特に、現実的な振動数範囲で等価剛性や等価粘性減衰定数がともに振動数の上昇とともに上昇し、高減衰積層ゴムでは等価粘性減衰定数が1〜2Hz程度でピークを示す試験結果をよく再現した。このような積層ゴムの特性の振動数依存性は、高振動数にわたるまでの試験によって初めて確かめられた。 上述したように、特性のひずみ依存性および振動数依存性、履歴曲線の形状に関し、本解析モデルの適合性が検証された。従って、免震建築物の地震応答を高次振動モードにいたるまで精密に評価するための解析モデルとして基本的に満足できる精度と実用性をもつものと考えられる。 地震応答解析にあたっては、粘弾塑性モデルの弾塑性ばねを修正し、ひずみに関して統一化した。線形粘弾性要素については、容量を増大した場合も考慮した。上部構造の解析モデルは、6階建て鉄筋コンクリート造ラーメン構造を想定した6質点系せん断棒モデルである。 免震層の履歴曲線については、線形粘弾性要素の容量が大きいほどループが膨らみ、免震層のエネルギー吸収量も一般的に大きい。最大応答加速度は1次固有周期に支配されるため、解析モデルの違いによる差は少ない。免震層の量大応答変位は入力レベルが高くなるほど解析モデルによる違いが大きくなり、最大で25%程度の差がでた。これは、線形粘弾性要素の影響による1次振動モードの減衰定数の違いによると判断される。ただし、線形粘弾性要素の容量が小さい鉛プラグ入り積層ゴムではこの差は少ない。床応答スペクトルは、1次固有周期では線形粘弾性要素の容量が大きくなるほど低くなり、高次固有周期では逆に高くなった。解析モデルの違いにより、1次では最大で24%程度、2次では最大で12%程度の差がでた。これは、1次モードについては減衰定数の上昇のためであり、2次モードについては免震層の剛性の上昇にともなう上部構造と積層ゴムとの連成の高まりによるものと判断される。線形粘弾性要素の容量が小さい鉛プラグ入り積層ゴムでは、解析モデルの違いによるこの差はやはり少ない。また、鉛プラグ入り積層ゴムでは、他の積層ゴムの場合に比べ、3次固有周期におけるピークが相対的に高い。これは、鉛プラグ入り積層ゴムの履歴ループが剛塑性的であるためと考えられる。 上述したように、粘弾性要素を持たない従来の弾塑性型モデルによる場合と本粘弾塑性モデルによる場合とで、地震応答解析結果に相違がみられた。また、積層ゴムの種類による相違も明らかになった。ただし、現実の積層ゴムについては粘弾性要素を考慮することによる地震応答に与える影響は、各種のばらつき要因を考えれば工学的には少ないといえる。従って、時刻歴地震応答解析に基づく免震建築物の一般的な設計にあたっては、粘弾性要素を考慮する必要は少ないものと判断される。また、免震設計の大局的観点からすれば、エネルギー評価に基づく設計法も簡便で有効なものであろう。 しかし、今後免震構造の設計が高度化するのにともない、一般的な免震建築物でも地震時の床応答の精密な評価が必要になるものと考えられる。免震層の変位を抑制する必要から、免震装置の減衰性を高める場合も考えられる。また、上部構造の減衰定数が本論で使った値より小さい場合もありうる。このような場合、免震装置の粘弾性は無視できない影響を与えると考えられる。このとき、本粘弾塑性モデルによる評価が有効になると思われる。本解析モデルは一般の免震装置の特性を表現できるので、これにより免震装置の特性と免震構造物の地震応答特性の間の関係について詳細で一般的な知見を導けば、免震構造の新たな展開にも対応できるものと考えられる。 |