学位論文要旨



No 212773
著者(漢字) 森田,哲三
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,テツゾウ
標題(和) 電磁シールド面に設けた方形開口のシールド性能に関する研究
標題(洋)
報告番号 212773
報告番号 乙12773
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12773号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安岡,正人
 東京大学 教授 松尾,陽
 東京大学 教授 橘,秀樹
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 助教授 平手,小太郎
内容要旨

 近年の電気・電子技術の発展に伴い、我々の身の廻りには電磁波があふれている。このことにより「建築」には機器の誤動作防止、機密情報の漏洩・混信防止対策技術で代表される電磁シールド技術、TV電波障害対策技術で代表される電波吸収技術、高圧電流が発生する磁気に対する磁気シールド技術等種々の対策技術が必要となってきている。

 このような時代背景にあって本研究は建築関係者が電磁シールド空間(ルーム)を計画・設計・建設する際、建築の基本的要素である開口(工事途中で発生する穴を含む)が空間のシールド性能に与える影響を所定の性能測定・表示方法に対応して予測することが今まで出来なかったことに着眼し、それについて実験的、理論的検討を行い、予測計算方法を新規に提案するものである。

 緒論では、本論文で用いる用語の定義と研究対象を示し、研究の背景と既往の研究との関係を述べた。すなわち、充分高いシールド性能を持つ壁面に開口を設けた時、その寸法、形状に依存する電波伝搬特性によるシールド性能を「開口のシールド性能」と定義した。そして、厚みの充分薄いシールド面で単に方形開口を切り抜いた状態を「平面開口」、開口が導体の厚みを持つ場合(窓枠、扉枠等:長さが短い一種の導波管)を「厚みのある開口」と呼び、検討対象とした。更に、一般的に使われているMIL-STD-285(準拠)のシールド性能測定法は測定者の解釈の違いにより、運用が異るという測定上の問題点について述べた。

 1章では、本研究の全ての実験データを得た「電磁シールド性能測定実験施設」の概要を述べ、実験室で得た開口のシールド性能実験データが開口寸法によって規則的に変化して再現性のあることから実験室の有用性を検証した。又、シールド材の違いに「開口のシールド性能」が影響されないものであることの確認を行った。

 2章では近傍電界を扱い、微小ダイポールアンテナの理論式を開口のシールド性能計算に適用、測定に使用するロッドアンテナと平面開口とを微小部分に分割して微小ダイポールアンテナに置換し、有限要素法的手法を用い数値計算を行った。

 検討は基準となる開口(基準開口)とそれと要因の一つが異なる開口について両者のシールド性能の差を用いて行った。そして計算値と実測値との比較検討を行い計算手法の有用性を検証した。

 その結果、「近傍電界では周波数特性を考慮しなくて良い」、「開口のタールド性能決定主要要因は開口の高さと横幅(開口が細長いスリット状の場合等を除く)で、他の要因(位相角、カウンターボイズ)の影響は無視することが出来る」ことが分かった。

 3章では一様分布開口画アンテナの理論式から、遠方界に於ける平面開口の大きさとシールド性能の関係を表す近似式と周波数とシールド性能の関係式の作成を行った。なお、この近似式は挿入損失法を前提としている。

 更に、近似式は遠方界を前提とした式であるが、近傍界(電界、磁界)の実験データとの比較を行ったところ、近傍界にも適用できることが分かったので、近似式の係数を一般化した次式を導き、予測基本式と呼ぶことにした。

 

 但し、遠方界では周波数の対数関数となる

 4章では遠方界に於いて、開口のシールド性能が測定方法の違いにより異なることを実験で明確にした。そしてその原因は電界強度が遠方界のものを測定しているのか否かによるもので、電磁波発生源から受信アンテナへの距離が問題であると考えた。

 このため、一様分布開口面アンテナの理論式を用い、シールド面からの距離と電界強度の関係を求める式を導いて実験データとの比較を行い、計算値と実測値の合致する距離の検討を行った。又、シールド面前後の電界強度分布の調査を行い、空間インピーダンスによる考察を加え、シールド面から受信アンテナを0.55m離したところに設置する遠方界でのシールド性能測定方法(挿入損失法(対象周波数:0.1GHz≦f≦1GHz))を提案、本研究7章の測定に採用することとした。

 5章では近傍電界、6章では近傍磁界での「平面開口」のシールド性能について予測基本式を基に実験データを最小自乗法で整理・分析し、予測基本式係数の係数A,B,Cに具体的数値を与えた実用的な予測計算式を作成した。又、7章では係数A,B,Cを周波数の対数関数とした遠方界でのシールド性能を求める予測計算式を作成した。又、各章で計算値と実測値とを比較し、適用範囲を明確にした。

 8章では開口の厚み(D(m))がシールド性能にとの様な影響を及ぼすか実験で確認した。その結果、予測基本式の係数A、B、Cは近傍界に於いて厚みの一次関数となり、遠方界では周波数の対数関数と厚みの一次関数の結合となることが分かった。

 9章では近傍電界、10章では近傍磁界での「厚みのある開口」を扱い、予測基本式の係数A,B,Cを開口の厚みの関数とした予測計算式を作成し、11章では係数A,B,Cを周波数と厚みの関数で表す遠方界の式を作成した。又、各章で計算値と実測値とを比較し、適用範囲を明確にした。

 12章では近傍電界を対象とした複数開口のシールド性能予測について検討を行う。複数の開口では開口の中心が送受心アンテナの中心軸上にない場合が生じる。開口中心がアンテナ中心軸からずれると伝搬距離の増大により開口のシールド性能はあたかも向上したかのようになる。そのため、まず1開口の中心位置が送受心アンテナの中心軸上にある場合に対し、任意の位置にある場合の実験データを整理、ずれた分のシールド性能補正値を求める式を作成した。更に、補正を行った複数のシールド性能を合成する計算式を作成した。

 又、5章で得た予測計算式と本章の式を用いた計算値と実験データとの比較を行い、適用性を検証した、

 又、近傍電界において複数開口を測定する際、計算でアンテナをどの位置、どの向きに設置すると適切か事前に検討できることが分かった。

 13章は「厚みのある方形開口」予測計算式の応用として垂直偏波、水平偏波に対し等価となる「厚みのある正方形開口」のシールド性能設計用チャートの作成を行い、利用例(近傍電界を対象)を述べた。

 なお、チャートは筆者が設計を行った実施例を基に開口の厚みを設定、その厚みに対する開口の大きさとシールド性能の関係を示すものと、開口の大きさが一定の場合の厚みとシールド性能の関係を示す2種類を各電磁波界毎に作成している。

 まとめでは各章で得た予測計算式の係数の値及び適応範囲を一覧表に整理すると共に全体のまとめを行った。

 そして、今後の課題として実際の設計に応用し、完成後の現場測定データとの比較を行い、より実用的な式とすること、近傍磁界並びに遠方界での複数開口の計算式の検討、開口部に電波伝搬損失がある材料を用いた場合の検討等が有ることを記した。

審査要旨

 本論文は「電磁シールド面に設けた方形開口のシールド性能に関する研究」と題し、建築物のシールド面に不可避的に生じる開口、隙間、貫通口などの面全体のシールド性能に及ぼす影響について、主として実験的に検討を加え、開口のシールド性能予測式を提案したものであり、緒論、本文13章、まとめより構成されている。

 緒論では、研究対象、用語の定義、研究の背景と既往の研究について述べており、開口のシールド性能を、十分高いシールド性能を持つ壁面に設けた開口の幾何学的パラメータに依存する全面開口に対する伝搬損失と定義している。

 第1章では実験施設の概要を述べ、前提となる実験条件の適合性、測定値の信頼性等について検討を加えている。

 第2章では、近傍電界領域に対し、開口を要素分割して微小ダイポールアンテナの集合体と見倣し、その理論式を適用して数値積分を行って実験値と比較検討し、シミュレーション手法の有用性を検証すると共に、近傍界では周波数依存性は無視できるとし、シールド性能と開口の高さと幅との関係を定量的に整理している。

 第3章では、一様分布平面開口面アンテナの理論式から、遠方界の挿入損失法によるシールド性能と開口寸法との関係を表す近似式(S=A log a+B log b+C,S:シールド性能[dB],a:開口高[m],b:開口幅[m],A,B,C:定数)を導出し、それが近傍界にも拡張適用できることを実験的に確認した上で、本論文の予測式の基本形として採用している。

 第4章では、遠方界の測定方法について、特にシールド開口面と受信アンテナ間の距離の問題を理論と実験の両面から検討し、挿入損失法に対する最適距離を提案している。

 第5章では、近傍電界に対する平面開口のシールド性能予測式を、基本式の係数を実験データから最小自乗法によって同定して提示している。

 第6章では、近傍磁界に対する予測式を同様な手法で導出提示している。

 第7章では、遠方電界に対する予測式を基本式の係数に周波数の対数依存性を持たせる形で、同様な手法で導出提示している。なお各予測式の適用性を、パラメーターを同定した実験値に対してではあるが検討している。

 第8章では、厚みのある開口を取り上げ、一定寸法の開口に対し、予測基本式の係数に厚みを一次関数で組み入れる形でその影響を整理できることを示している。

 第9章では、近傍電界、第10章では近傍磁界、第11章では遠方電界に対する予測式を、第8章に示した形で最小自乗法により、それぞれ係数を同定して提示している。

 第12章では、近傍電界領域における複数開口のシールド性能の問題を取り上げ、これまでの送信アンテナ、開口、受信アンテナの中心が一直線上にある場合に対し、それがずれた場合の補正値を求める予測式を実験値から帰納的に導出し、更に複数の開口に対する合成方法を考案し、予測式を提示している。

 第13章では、厚みのある開口の応用として、垂直偏波、水平偏波に対して等価となる厚みのある正方形開口のシールド性能予測用チャートを独自に作成し、その適用方法と有用性を示している。

 まとめでは、各種電磁波界に対する開口別のシールド性能予測式と適用範囲を一覧表にして利用の便を図ると共に、全体の総括を行い、今後の課題について述べている。

 以上、要するに本論文は、シールド面に不可避的に生じる開口部について、その電磁波の伝搬特性を、電気通信学分野の導波管などのように電波を如何に伝えるかという立場ではなく、建築学分野で電波を如何に遮断するかという立場から、実験的に考究したものであり、既往の伝搬理論式をベースに極めて単純な独自の予測基本式を導出し、その係数を、電磁波界の予測条件毎に、開口条件をパラメトリックに変化させた詳細な実験結果から同定して、実用計算式として新規に提案したものである。

 実験条件の異なる実測値への適用検証は十分とはいえないが、マクスウェルの方程式による理論解析ないしは数値計算の困難な、複雑な境界条件を有する建築物のシールド性能を実務レベルで予測する手法として、適用範囲内では十分実用に供し得るものと評価でき、建築環境工学に寄与する処が少なくない。

 よって博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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