学位論文要旨



No 212774
著者(漢字) 田端,淳
著者(英字)
著者(カナ) タバタ,アツシ
標題(和) 二重壁の遮音問題における離散的結合構造の振動伝搬に関する研究
標題(洋)
報告番号 212774
報告番号 乙12774
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12774号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安岡,正人
 東京大学 教授 松尾,陽
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 橘,秀樹
 東京大学 助教授 神田,順
内容要旨

 本論文は、静謐な空間の確保という社会ニーズを背景とし、壁体の遮音性能の予測法をテーマとしたものである。その中でも、現在、建築物の施工で極めて多く利用されているコンクリート壁体等の仕上げ工法である石こうボード直貼り工法に着目し、低中音域における遮音欠損の原因となる壁体内の振動伝搬問題について、離散的結合点を有する二重壁の振動伝搬のメカニズムを解明することを目的としている。本研究で得られた成果を以下に記す。

 第1章では、壁体の遮音問題に関して、まず壁体の遮音機構を、空気音の壁体への振動入力、壁体内部での振動伝搬、壁体振動による空気音放射という三段階の機構の直列結合として捕らえた場合の問題点について示し、本研究で対象とする壁体内部での振動伝搬問題を独立して解析することの妥当性を示した。さらに、個々の機構及び各機構を連成させて解析した既往研究の成果を引用して概説した。

 第2章では、壁体を構成する1枚の平板を取り上げ、一様な厚さをもつ均質な無限大平板内における屈曲波の振動伝搬問題について、剛体との離散的結合点において面外変位が拘束されている場合の影響、及び剛体との間の空気層の影響について検討し、結果以下のことを明らかにした。

 1.結合点のみがある場合の屈曲波の振動伝搬は、結合点間隔で決定する固有振動形状の重ね合わせで示され、各次の固有周波数を基準にして、固有周波数と同一の形状で振動する領域と、振動形状が前後の固有振動形状の和で算出される遷移的な周波数領域になる。

 2.空気層のみがある場合の屈曲波の振動は、空気層内の空気がバネとして作用し、振動伝搬速度が上昇するが、その度合は、空気バネが局所的に作用すると仮定する程は大きくない。

 3.結合点及び背後空気層がある場合の振動伝搬は、自由振動伝搬に代えて背後空気層の影響によって伝搬速度が上昇した屈曲波振動を仮定し、これに結合点の影響を加えたものとなる。

 4.結合点のみ、空気層のみ、及び両者の影響がある各場合に対して、振動伝搬速度モデルを導いた。

 第3章では、2枚の平板が離散的結合点で結合している場合に生じる協調入射効果について、まず、基本的原理を説明し、結合点がある場合の平板の振動伝搬速度モデルを用いた協調入射周波数の算出法について検討した。次に衝撃加振実験、音響加振実験により現象の確認の検討を行った。さらに音響加振実験と同一の条件に対して有限要素法による数値解析を試み、数値解析法の妥当性について検討した。その結果以下のことを明らかにした。

 1.離散的結合による協調入射効果は、結合点における2枚の個々の板の屈曲波の位相が全ての点で一致する場合、即ち、各板の隣接する結合点間の位相差の和もしくは差が2nとなる場合に生じる。

 2.離散的な結合点を有する2枚の平板で生じる協調入射効果の周波数は、第2章で導いた振動伝搬速度モデルを用いて算出される。

 3.2枚の平板を離散的結合点で結合させた部材に対して行った衝撃加振、音響加振実験の結果、2枚の板の間で、振動伝搬速度モデルを用いて算出した周波数近傍で応答波形にピークが生じ、離散的結合による協調入射効果と考えられる現象が確認された。

 4.有限要素法による数値解析の結果は、同一の条件に対して行った模型実験と同様の傾向を示し、離散的結合点を有する二重壁の振動伝搬を解析する方法として、数値解析手法の妥当性が示された。

 第4章では、離散的結合点を有する二重壁の振動伝搬に関して、主に離散的結合による協調入射周波数について、第3章で導かれた結論に則り、数値解析法によりパラメトリックに検討した。その結果以下のことを明らかにした。

 1.離散的結合による協調入射周波数に及ぼす表面板の密度・厚さ、空気層厚さ、結合点間隔の影響は、結合点を有する平板の振動伝搬速度モデルから導かれるものと同じ傾向を示す。

 2.パラメータの与え方によっては、数値解析によって算出された離散的結合による協調入射周波数は、結合点を有する平板の振動伝搬速度モデルから算出される値と異なるものもある。

 3.パラメータの与え方によっては、離散的結合による協調入射周波数は、空気層を考慮した板の固有周波数に近接する。このため、平板の応答からだけでは両方の現象を区別しにくくなることがある。

 第5章では、石膏ボード直貼り工法壁の遮音性能に、離散的結合点を有する二重壁の振動伝搬を適用し、低中音域における遮音欠損について検討した。その結果以下のことを明らかにした。

 1.低中音域の遮音欠損は、以下の4つの現象で説明される。

 [1]コンクリート板のコインシデンス効果

 [2]石膏ボード,空気層,コンクリート板で生じる共鳴透過

 [3]接着剤を支点とする石膏ボードの板振動による共振

 [4]接着剤を離散的結合点とする協調入射効果

 2.接着剤を支点とする石膏ボードの板振動による共振は、接着剤間隔を全長とする両端固定梁に、空気バネの影響を加えた振動系の固有周波数となる。

 3.離散的結合による協調入射効果は、第4章にも示した通り、石膏ボード、コンクリート板のの物性・寸法、空気層厚さ、結合点間隔によっては、空気バネを考慮した石膏ボードの固有周波数と近接する。

 4.11種類の石膏ボード直貼り工法壁の音響透過損失実測値に対して、個々の現象を当てはめて説明を試みたところ、既往研究成果では説明できなかった遮音欠損周波数に対して、接着剤を離散的結合点とする協調入射効果で説明できるものがある。

審査要旨

 本論文は「二重壁の遮音問題における離散的結合構造の振動伝搬に関する研究」と題し、建築物のコンクリート壁に石膏ボード等を点付した表面仕上げを持つ間仕切壁等における遮音性能の低下問題に関し、離散的結合による協調入射効果という新たな原理を導入して伝搬機構の解析を行い、二重壁の透過損失の予測ならびに性能改善の方策を探ったものであり、序論と本文4章および総括より構成されている。

 第1章序論では本研究の背景と目的、既往の関連研究とその問題点、本論文の構成と内容概要について述べている。

 第2章では、壁体の構成要素である一枚の平板の振動特性を解析している。すなわち、単一の自由振動平板問題に関する理論を整理した後、周期的な離散点で面外変位を拘束された平板の屈曲振動に関して、理論解析、実験検討、数値解析によって、空気層の影響がない場合とある場合について平板の振動伝搬特性を明らかにしている。拘束点を有する単一の平板の振動伝搬特性に対する伝搬速度などの解析結果はそれ自体一般的にも有用な新しい知見である。

 第3章では、2枚の平板が離散点で結合されている場合に生じる協調入射効果について述べている。このメカニズムは全く新しい知見であり、振動伝搬速度の異なる2枚の平板を伝搬するそれぞれの曲げ波の位相が周期的結合点で一致したときに生じるもので、その原理を説明し、協調入射の生じる周波数の算定式を提示している。ついで、一次元的振動伝搬モデルについて模型実験を行いその現象を実験的に確認している。また、その模型について有限要素法による数値解析を行い、同じく協調入射効果を確認すると共に数値解析手法の妥当性も検討している。更に、この種の協調入射効果は、二重壁のみならず二重床や配管支持等にも起り得るものとしている。

 第4章では、離散的結合点を有する二重壁の代表例として、石膏ボード直貼りコンクリート壁を取り上げ、一次元モデルで振動伝搬の数値解析を行い、石膏ボードがない場合のコンクリート壁の振動からの増大分を、協調入射効果と固有振動共振効果によって説明している。更に、壁体構成材の物性や寸法をパラメトリックに変化させてその影響を定量的に検討し、改善手法の提言につなげている。

 第5章では、前章で得られた結論にもとづき、石膏ボード直貼りコンクリート壁の音響透過損失の実験室測定値に生じた遮音低下に対し、協調入射効果と固有振動共振効果から説明を試みている。その際、一次元問題から二次元問題への拡張を図り、協調入射周波数と石膏ボードの固有周波数を算出して実験結果に当てはめ、その適合性を検証すると共に、既往の研究の固有周波数の算出方法の問題点も明らかにしている。

 ついで、石膏ボード直貼り工法壁の遮音欠損改善方法に関する既往の研究を取り上げ、それぞれの問題点を新たな知見をベースに考究し、より一般性のある効果的な改善方法を提示している。

 第6章 まとめでは、本研究で得られた成果を総括し、その応用性と今後の課題に対する展望を行っている。

 以上、要するに、本論文は離散的結合点を有する二重壁等における板間の振動伝搬現象に対して、周期的結合点で両板の曲げ波の位相が合う場合に生じる協調入射効果という、全く新しい原理にもとづく伝搬メカニズムの存在を実験的、解析的に確認し、その発生周波数等の算定式を提示している点は、独創性のある研究として高く評価できる。また、石膏ボード直貼り工法壁の遮音性能低下現象の解明に応用して改善方法の提案にまでつなげている点は実務的にも有用な知見を提供している。更に、床や配管系への応用を考えると建築環境工学に寄与する処多大なものがある。

 よって博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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