学位論文要旨



No 212776
著者(漢字) 蓮田,常雄
著者(英字)
著者(カナ) ハスダ,ツネオ
標題(和) 線路上空利用建築物の構造設計法に関する研究
標題(洋)
報告番号 212776
報告番号 乙12776
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12776号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高梨,晃一
 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 助教授 神田,順
 東京大学 助教授 桑村,仁
 東京大学 助教授 大井,謙一
内容要旨

 近年、市街地における土地の有効利用や市街地分断の解消、既成市街地の活性化などの観点から、線路上空を利用する建築物が建設されており今後更に増加する傾向にある。

 線路上空建築物は、その立地条件等による制約から、大きな基礎が設けられず1柱1杭基礎構造となるとともに、特に列車を運行させながらの建設工事の場合、列車運行の安全性確保の面からも地下階や線路横断方向の地中梁を設置しにくい状況にある。

 通常の建築物の場合、柱脚と基礎を剛強な地中梁で相互に緊結し、柱や杭からの曲げモーメントに抵抗させるとともに、地震時に柱脚が相互に動くことを防いでおり、地中梁は重要な耐震要素として機能している。

 本研究では、その重要な耐震要素としての地中梁を設けない1柱1杭基礎構造の線路上空建築物に着目し、実験と解析の両面からこの種の構造形式の建築物の地震時挙動を明らかにし、簡便な動的解析手法を示すと共に、杭に耐力とじん性に優れた場所打ち鋼管コンクリート杭を用いることを前提に高さ45m程度までの線路上空建築物を対象とした耐震設計の基本的考え方を提案する。

 本論文は第1章序論を含め8章で構成されている。各章の要旨を以下に示す。

 第2章では、地中梁の無い構造形式の線路上空建築物の水平荷重時の応力変形を把握するため、地盤剛性の差による柱脚部の変形拘束条件の検討および杭と上部構造を一体化したモデル(杭ラーメンモデル)による静的解析を行い、地盤の水平バネ係数が、地中梁の有る構造に比べて線路階の応力・変形に大きく影響を与えること及び杭頭部の水平変形が大きくなることを指摘した。

 第3章では、地中梁の無い構造形式の地震時の応力・変形には地盤剛性の評価が大きく影響するため、粘性土地盤、砂質土地盤、中間に砂層のある地盤において、場所打ち鋼管コンクリート杭の大変形水平載荷試験を行い、杭-地盤系の水平挙動および水平地盤反力の非線形性を検討した。

 水平載荷試験結果の荷重-変位関係をワイブル曲線で整理すると、基準変位量sに対応する荷重は、残留変形量yoと載荷変位量yRの比yo/yRが急激に増大する荷重にほぼ対応しており、基準変位量sを杭-地盤系の弾性限変位量ysとみなせることを示した。また、既往の大変形載荷試験結果を含めて、杭径Dで基準化した無次元変位ys/Dと地盤の変形係数Esとの関係では、場所打ち鋼管コンクリート杭が最も大きなys/Dを与え、杭の変形が大きくなる対象構造の基礎杭として最適であると評価した。

 水平載荷試験結果の杭体歪み分布を基に、杭体の曲げモーメントMと曲率の関係を完全弾塑性のBi-Linearと仮定して各深さ位置の地盤反力pと変形yの関係を推定した。その履歴は地表面近くではスリップ現象が見られるが、杭径の3倍程度以深では紡錘形の良好な履歴を示した。そこで地盤をBi-Linearで近似し杭体剛性の非線形性も考慮して、単杭の頂部に水平力を与えた時の荷重-変形関係を求めると、実験結果と良く対応した。

 第4章では、地盤の非線形性状を考慮した地盤-杭-上部構造連成系による弾性および弾塑性動的相互作用解析を行い、地中梁の無い構造の地震時の挙動を検討した。動的相互作用モデルとしては、地盤をせん断バネと軸方向バネで連結した多質点にモデル化し杭と上部構造をビーム要素でモデル化する格子モデルを用い、9層の線路上空利用建物を対象として、動的相互作用解析を行い以下の結論を得た。

 (1)地中梁の有無による影響は、軟弱地盤ほど大きく現れるが、影響範囲は線路階以下に顕著に現れ、上層階では影響が少ない。この傾向は、静的解析による結果と対応している。

 (2)線路階より上層の応答量は、レベル1地震(工学的基盤の入力波の最大速度が20kineの弾性応答解析)時では地盤種別に関わらずほぼ同程度であるが、レベル2地震(工学的基盤の入力波の最大速度が40kineの弾塑性応答解析)時の応答量は軟弱地盤ほど小さい傾向にあり、レベル1地震時より小さい逆転現象が生じる場合もある。これは地盤のせん断剛性の塑性化に伴い、上部構造の剛性低下より地盤を含めた下部構造の剛性低下が著しくなり、一種の免震効果的な応答性状を示したものと考えられる。

 (3)杭の変形は地盤種別の影響を受け、軟弱地盤ほど大きくなる。杭と地盤の変形を見ると、地盤上部では杭の変形が最も大きく次に近傍地盤、自由地盤の順で慣性力の影響を受けているのに対し、下部では自由地盤が最も大きく、近傍地盤、杭の順で、地盤の動的挙動の影響を杭が受けている。

 (4)杭上部の最大曲げモーメントは、線路階最大応答せん断力に対応する静的弾塑性増分解析の杭体曲げモーメントでほぼ評価できる。一方、地盤の動的挙動による杭体応力への影響は杭体下部に現れ、その値は、自由地盤の動的解析結果の最大応答変位分布を地盤の強制変位とする杭ラーメンモデルの静的弾塑性解析でほぼ評価できる。

 (5)鉛直入射する実体波による杭頭間の相対変位量は、建物中央部と外側の応答量の差として現れ軟弱地盤ほど大きいが、その値は杭頭の近傍地盤に対する最大変位量(杭ラーメンモデルによる静的解析の杭頭変位に対応する変位)の20%以下である。

 第5章では、地中梁の無い1柱-1杭構造の動的解析モデルとして、分離モデルの一種であるSR(スウェイロッキング)モデルの考え方を準用した多質点せん断型の簡易モデルを提案した。格子モデルによる動的相互作用解析結果と簡易モデルによる応答結果を比較し、簡易モデルの応答値が格子モデルの応答値に対して1.0〜1.2倍の範囲にあり、簡易モデルが上部構造設計用の解析モデルとして有効であることを示した。

 次に、簡易モデルを用いた解析により、線路階の耐力と損傷発生階及び応答量の関係を示し、軌道のシェルターとしての線路階の重要度を考慮した必要保有耐力として、必要保有水平耐力に比例する分布より線路階の値を1.25程度増大させることが妥当であることを示した。

 第6章では、第5章までに述べた検討結果を踏まえ、地中梁の取り付かない1柱1杭基礎の線路上空利用建築物の耐震設計の基本方針を以下の様に提案した。

 (1)上部構造の構造種別は鉄骨造とし、杭は耐力・じん性に富んだ場所打ち鋼管コンクリート杭とする。

 (2)線路階は階高が高く地中梁が無いため、一般の建物に比べてねじり剛性が小さくなることから、極力偏心の小さい架構形式とする。

 (3)耐震設計は3段階の地震を対象とする。建物の存続期間中に数回おきると予想される地震(ランク1地震)に対して建築物を損傷させず機能を保持する。存続期間中に1回おきるかどうかの大地震(ランク2地震)に対して列車運行に支障をきたさず、建築物は補修再使用が可能な損傷に止める。最大級の地震(ランク3地震)に対して人命の保全を図り、必要な耐力・じん性を確保する。

 (4)設計用地震力については、ベースシアーは建築基準法にもとづき定めるが、地震力の高さ方向分布は、代表的地震波による弾性応答解析により定める。

 (5)線路階は線路のシェルターとしての機能も有するため耐力を十分確保する。保有水平耐力の検討時には、線路階が上層階よりも先に層降伏しないことを確認する。

 (6)静的解析の解析モデルは上部構造と下部構造を一体として扱う。

 (7)上部構造の地震時挙動は、杭頭部のスウェイ変形を考慮した等価せん断剛性を用いる簡易モデルで検討して良い。

 (8)下部構造の設計は、上部構造と下部構造を一体とした静的解析を基本とするが、軟弱地盤では応答変位法により地盤振動の影響を考慮する。

 (9)柱-杭接合部は、保有水平耐力検討のレベルでもほぼ弾性状態にとどめる。

 (10)地中梁がないため予想される柱脚相互の相対変位による影響の検討を行う。

 (11)液状化の恐れがある地盤では、液状化が起こった場合と起こらない場合の2通りについて地盤剛性を評価して耐震設計を行う。

 第7章では、第6章で提案した耐震設計の基本方針を適用して建設された大井町駅ビルの耐震設計の概要を示した。

 第8章では、研究の全体を総括した。

審査要旨

 近年、市街地における土地の有効利用や市街地分断の解消を目的として鉄道線路上空を利用する建築物が建設されるようになった。

 線路上空の建築物の構造物は、その敷地の制約から通常の建築物と異なった架構形式になることが多い。その一つは、地中梁が設置されない場合があることである。そのため、1階柱と杭とを直接連結させた、いわゆる1柱-1杭構造となる。

 本研究は、地中梁をもたない1柱-1杭構造の建築物の耐震設計法の基本的な考え方を提案する目的で行われた。そのため実験と解析の両面からこの構造の地震時挙動を解明し、その結果をもとに耐震設計の基本を導いている。

 本論文は8章からなる。まず第1章では序論として、実施例を挙げて線路上空建築物の構造的特徴を示し、これまでの設計法を概観して、それをさらに発展させるための本研究の目的と範囲を示している。

 第2章では、地中梁をもたない1柱-1杭構造形式の建築物が水平荷重をうけたときの力と変形の関係を把握するため、静的解析を行い、地中梁が存在しないと杭頭の変形が大きくなること、水平力に対する地盤のばね係数の値が、地上1階(線路階と呼ぶ)の挙動に大きな影響を与えることを指摘し、地盤のばね係数の正確な評価の必要性を強調して、本研究の必要性を強調している。

 そこで、実地盤における地盤剛性の実測を試み、第3章では粘性士地盤、砂質土地盤、および中間に砂層のある地盤に場所打ち鋼管コンクリート杭を敷設し、水平載荷実験を行っている。このとき杭体の歪測定から、杭体のうける地盤反力と変形を求め、それをBi-linearの力-変位関係で近似した。次に妥当性を検証するため、この地盤特性をもった地盤内の杭の杭頭の水平荷重-変形関係を逆に求めてみると、実験の結果と良く一致した。

 このように求めた地盤の非線形性状をもとに、地盤-杭-上部構造の連成系の動的挙動を第4章で求めている。解析では、地盤をせん断ばねと軸ばねで連結した質点系に、杭と上部構造はビーム要素にそれぞれモデル化したものを用いている。上部構造は9層のラーメン架構1種類であるが、地盤は4種類を考え、それぞれの地盤における上部構造の応答を求めて相互に比較している。これから、地中梁の有無の影響、地盤種別による応答の差、杭の変形の大小、杭の最大曲げモーメントの出現位置などを求めて、この一体系の応答の一つの厳密解としている。

 しかし、上記の方法を実際の設計で常に使用することは不便であるので、第5章では、簡易な方法として、1柱-1杭構造の地表面にスウェイばねを設けた質点系モデルを用いた弾塑性解析法を提案している。これは通常の耐震設計における解析法に従ったものであるが、スウェイばねを静的解析結果から適切に求めることにより前章で求めた解析の結果と大差ない結果が得られていることを示し、実用的な利用が可能としている。

 第6章では、これまで得られた結果をもとに1柱-1杭構造の線路上空建築物の耐震設計の基本方針を提案し、本論文の主たる結論としている。

 第7章は、その実施例として実際に建設された建物の耐震設計の概要を示したものであり、第8章は研究の全体を総括して結びとしたものである。

 以上のように本論文は、基礎ばりがなく、柱と杭が直接連結された構造の建物の耐震設計法の提案を通じて、これまで解明が不十分であった、地盤と杭と上部構造の地震時の挙動を数値解析をふまえて論じたもので、その建築構造工学的な意義は高い。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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