学位論文要旨



No 212777
著者(漢字) 平松,友孝
著者(英字)
著者(カナ) ヒラマツ,トモタカ
標題(和) 管路系固体音における音・振動源特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 212777
報告番号 乙12777
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12777号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安岡,正人
 東京大学 教授 松尾,陽
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 橘,秀樹
 東京大学 助教授 坂本,雄三
内容要旨

 ホテル、集合住宅等の建物では、従来からポンプに接続された管路系において、ポンプや弁に発生した音響・振動が直接、あるいは管路を伝搬して建物躯体に入込み、居室内装材から放射される固体伝搬音の問題が顕在化している。さらに近年では、ポンプ等を含む熱源機器が居室に近接した中間階、あるいは屋上階に、またパイプシャフトが散在して配置されることが多くなったことにより、居室に与える設備機器・管路系の固体伝搬音の影響は以前より大きくなってきている。また、集合住宅において圧力水槽方式を用いた給水システムを用いることが一般的になってきており、この管路系からの固体伝搬音の影響が新たな問題として浮かび上がっている。したがって、この予測・低減対策に対する現業からのニーズは非常に多く、ポンプ等管路系の固体伝搬音の対策問題は重要なテーマとして位置付けられる。

 このような背景の基では、最終的にはポンプ管路系固体伝搬音の予測手法、および低減対策手法に関する研究・開発が必要であると考えているが、予測手法の出発点となる音・振動源特性に関する研究はほとんど無く把握されていないことから、最重要課題であると判断し、本研究では音・振動源特性を対象とした研究を行った。その特性の具体的な物理量としては、音・振動源から管路内水中へ放射される音響出力と管路へ伝達される加振力とし、その実用的な測定方法に関する検討結果と得られた音響出力、伝達加振力の予測体系における取り扱い方に関する検討結果、および測定方法に基づいたポンプ、弁の音・振動源特性と継手の音響・振動低減効果の測定を実施し、基本的な傾向を把握した結果を示した。

 本研究の内容と得られた知見をまとめると以下のようになる。

(1)ポンプ管路系固体伝搬音の特徴

 ポンプ管路系固体伝搬音の特徴としては、ポンプの回転数に羽根枚数を乗じた周波数で顕著に卓越する純音成分が大きいスペクトル特性を持つため、発生音レベルが非常に小さい場合でも、暗騒音が低い場所は基より、ホワイトノイズ成分の多い空調騒音等が定常的に暗騒音として存在する場所においても良く感知され、音響上のクレームに繋がりやすいということが上げられる。

(2)音・振動源から管路内水中への音響出力の測定方法

 2つの水中マイクロホンを用いて進行波音圧を検出し、管内寸の断面積を乗じて音響出力を算出する方法に関して実験的な検討を行い、音・振動源から管路内水中への有用な音響出力測定方法を提案した。

 空気、および水を充填した管路においてスピーカを音源とし、進行波と逆進行波(反射波)を分離するためにインパルス波入力による基礎実験を行なった。その結果、空気の充填管路では、2マイクロホン法により測定した進行波音圧は、各水中マイクロホン間の感度差、位相差を補正することにより、1マイクロホンによる通常の音圧測定方法により測定した進行波音圧と非常に良く一致し、また水の充填管では、管壁からの再放射音の影響を小さくして進行波と逆進行波を分離することができれば、空気充填管と同様の結果が得られることが想定された。また、空気、水の充填管共に、マイクロホンの組合せの異なった位置によらずほぼ同様の進行波音圧が得られた。これらの結果から、本測定方法の適用により、音響出力を精度良く測定できる可能性を得た。

(3)音・振動源から管路への伝達加振力

 置換法による音・振動源から管路への伝達加振力測定方法に関して実験的な検討を行った。この結果、接続管路の違いによらずほぼ同様な伝達加振力が得られることが確認されたことから、ポンプ等管路系固体伝搬音の音・振動源特性の把握に本測定方法が適用できることを確認した。

(4)予測体系における音・振動源から管路への音響出力、伝達加振力の取り扱い方

 本研究で対象とした音・振動源から管路への音響出力、伝達加振力を用いた管路系固体伝搬音の予測体系の考え方を構築しその研究項目を示した。その考え方における音・振動源周りの音響・振動の伝搬模式図を表せば、図-1に示す通りとなる。

 音響出力、伝達加振力が予測体系の中でどのような意味を持つかを明らかにするために、音響出力、伝達加振力、および接続管路における水中音、管壁振動それぞれの相互関係に関する検討を、水加振実験管路における基礎実験、有限要素法解析、およびポンプに接続された管路における実験により行った。これにより、次に示す結果を得た。

図-1 ポンプ等振動・音の管路系における伝搬摸式図

 ポンプに接続の管路系では、ポンプ固有の音響・振動特性と管路固有の音響・振動特性が複雑に合わさった形で特性が決定されている。音響出力、伝達加振力、水中音、管壁振動それぞれの相関は非常に良く、水中音、管壁振動の大きさは、音響出力、伝達加振力に良く依存していることが確認された。適正なポンプ等の製品の選定、製品の規格化(ラベリング)を行うためには、接続管路の振動、音響特性を考慮した音響出力、加振力を測定する必要性が確認できた。

 水加振実験管路を基本モデルとした有限要素法解析では、低周波数領域において、水中音は水柱の固有振動モード、管壁振動は管路を梁と見なした場合の曲げ固有振動モードとなっており、明らかに異なる性状を、一方中周波数領域では、管壁振動は梁の曲げモードと目される周期性は見られるものの、全体的には水中音のモードに類似しており、水中音圧の影響をうけていることが推察された。また、十分に剛な管では理論に基づいた1,500m/s程度の水中音速となるが、通常使用される一般の管程度の剛性では水中音と管壁振動との相互作用により音速が低下し、水中音モードが異なることが確認された。

 接続管路のフランジ部における駆動点インピーダンス、フランジから管壁への振動増幅レベルを用いた管壁振動予測方法を、音・振動源から管路への伝達加振力を入力量とした予測体系におけるひとつの方法として提案した。しかし、現状では各入力値は実測による値を用いることが必要であり、対象管路系が存在しない設計時の予測においても適用できるように、今後は測定データの蓄積と有限要素法等の理論的な検討により汎用性のある予測方法を構築してゆく必要がある。

(5)ポンプ等の音・振動源特性

 本研究で検討を行った音・振動源から管路内水中への音響出力の測定方法、および管路への伝達加振力の測定方法を適用して、実際の管路固体伝搬音の発生源であるポンプ、および弁を対象に音・振動源特性を、および管路系に設置される継手の音響・振動低減効果を測定し、音響出力、伝達加振力と管内流量(ポンプ回転数、弁開度)、水中温度等との関係、継手の音響・振動低減効果の測定量の違いよる比較、効果と継手通過流量、水中温度との関係等、基本的な傾向を示した。

(6)まとめ

 本研究では、音・振動源から管路内水中への音響出力、および管路への伝達加振力の測定方法を提案することができた。これにより、接続管路の音響・振動特性の影響を考慮した音響出力、および伝達加振力を測定することが可能であり、ポンプ等管路系固体伝搬音の音・振動源特性を把握できる可能性を得た。また、ここで提案した測定方法により各種音・振動源の特性データが蓄積されることにより、それらが管路系固体伝搬音の低減設計を目的とした場合のポンプ等音・振動源機器選定の際の判断基準となりうること、および音・振動源機器の規格化に寄与できることから、本研究の成果は現状においても重要な意味を持つものと判断している。

 しかし、実際に建物の建設に携わる実務者にとっては、ここで得られた音響出力、伝達加振力と発生している管路系固体伝搬音との関係、すなわちある音・振動源の音響出力、伝達加振力が把握された場合に対象居室では絶対的にどの程度の固体伝搬音が発生するのかを予測して、確実な低減対策を実施したいということが最終目標にある。したがって、音響出力、または伝達加振力を入力条件としたポンプ等管路系固体伝搬音の予測手法を構築することが最終命題として残る。しかし、これを確立するためには多くの解明しなければならない研究項目が残されており、今後の研究に委ねるところは多いと考えている。本研究は全体のまず一歩であるが、今後の研究、強いては低騒音機器の開発、音・振動源機器の規格化、音環境の向上等に貢献できるならば、大いに幸いとするところである。

審査要旨

 本論文は「管路系固体音における音・振動源特性に関する研究」と題し、集合住宅やホテル等で問題となっている給水、給湯、冷却水等の管路系から発生する固体音について、特にポンプなどの音・振動発生源の諸特性を定量化することに力点を置いて考究したものであり、序論と本文6章及び結論より構成されている。

 序論では、研究の目的、背景等を述べた後、本論文の全体構成とその概要を示している。

 第1章では、ポンプ等の機械室、パイプシャフトに隣接した居室等における発生騒音の測定例を示し、ポンプや弁を発生源とする音響・振動が建物躯体内を伝搬して室内に音として放射されるいわゆる固体音が問題となり、特に純音成分を持つポンプ音が低レベルでもクレームにつながることを指摘している。

 第2章では、管路系固体音の発生・伝搬・放射にわたる全体的な予測体系のフレームワークを独自に行い、その枠組みにもとづいて研究課題を洗い出し、最重要テーマとして音・振動源特性の定量化問題を取り上げ、管内水中音の音響出力と管壁への伝達加振力の双方からアプローチして予測計算体系へつなげている。

 第3章では、管内水中音の伝達パワーの測定方法として空気音系で用いられている2マイクロホン法を水中音に応用して、その得失を実験的に検討し、定量化手法としての有用性を確認している。

 第4章では、ポンプから管路への伝達加振力の測定方法について置換加振源法を中心に実験的検討を行い、加振源に接続される管路系の振動特性の影響を極力排除して加振力特性を測定する方法としての有用性を確認している。

 第5章では、3章、4章で提案された手法で定量化されるポンプ等の音・振動源からの水中音響出力及び伝達加振力が管路系固体伝搬音の予測体系の中でどのような意味を持ち、機能するかについて、実験的、理論的に検討を加え、その有用性を検証している。すなわち、一端に水加振用ピストンを持つ閉管路系実験装置によって、水中への加振力、水中音圧、管壁振動等を実験的に測定すると共に、その閉管路系を有限要素法によって数値解析し、両者を比較検討して、水中音響出力、水中音圧、管壁振動、管内水中音の伝搬定数、管壁のインピーダンス等の相互関係を定量的に明らかにし、新知見を提供している。また、別途ポンプ接続管路系についても同様な検証を行っている。

 第6章では、3章、4章で提案された測定方法を用いて、実際のポンプと弁を対象に、運転、動作条件を系統的に変化させて、水中音響出力、管加振力等を測定し、回転数や水力特性との関係で整理した有用なデータを提供している。

 以上、要するに本論文は、給水、給湯、冷却水など水を扱う管路系について、その固体音の発生、伝搬、放射等の各種機構を一連のシステムとして捉え、加振源特性から発生音特性を予測計算する体系の枠組を独自に構築した上で、最も根幹となる加振源の水中音響出力と管加振力を測定する手法を新規に提示し、それらにもとづく予測計算の有用性を検証している点が評価できる。また、提示した測定方法をポンプとバルブの実機に適用して、その動作条件と水中音響出力、管加振力の関係を表すデータを提供しているのも有用な知見である。

 管路系固体音に関する対策事例研究は多々あるが、統括的、体系的な予測・対策手法は未だ研究の緒についた段階であり、本研究で示された知見は今後この分野の発展に寄与する処大なるものがある。

 よって博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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