学位論文要旨



No 212778
著者(漢字) 田中,治
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,オサム
標題(和) 建築構造体における固体伝搬音の波動性を考慮した伝搬予測手法に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 212778
報告番号 乙12778
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12778号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安岡,正人
 東京大学 教授 松尾,陽
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 橘,秀樹
 東京大学 助教授 塩原,等
内容要旨

 本論文は,建築構造体中の振動(固体音)の伝搬性状について比較的適用範囲の広い波動的手法を用い,解析と実験との両面から考察をおこなったものである。波動的解析はL.Cremer,らによる構造体2次元交差部問題に関する理論を3次元に拡張し,振動エネルギーの主要な伝搬経路となる柱梁・壁床で一体に建設される建築構造体の中で生じる,各種の波動が分岐交差部でどのように波の種類と振幅を変化させて伝搬するかを解析的,実験的に明らかにした。そしてその成果をそれらの組合せで構成される繰り返し連続構造体(多層多スパン)における問題に適用して予測計算方法を創出し,その有用性を検証した。

 本論文は,以下の3部(7章)で構成されている。

第1部(第1章〜第4章)

 第1章では構造体の分岐部分の2次元ならびに3次元の直交交差部に,縦波(L波)・曲げ波(Bz,By波)・ねじれ波(T波)の平面波の入射があるときのそれぞれについて,反射波と透過波の発生状況を解析的に解き,一般的な表現で示した。すなわち図-1のような分岐部分において,各部材に生じる全ての波動を考え,複素反射率・透過率を未知数として,そのときに生じる力の釣合および速度の連続条件から得られる方程式を求め,図-2に示すように各エネルギー反射率と透過率の形で定量化した。ついで2次元の単純な形の分岐部について,実用上で必要なエネルギー反射率・透過率を部材厚比nと無次元化周波数のみで表される一般式で示した。(1)式がL波入射の例であり,その和は1となることがわかる。

 

図表図-1 3次元直交交差部,反射率・透過率計算モデル / 図-2 基本モデルBz波入射時のエネルギー反射率および透過率

 第2章では誘導された一般式上での性質を定性的に分析し,さらに代表例に就いて数値計算によるパラメトリックな定量的検討結果を示した。そのエネルギー反射率・透過率を求める計算プログラムには,汎用性があり,交差部材数が1〜6本のいずれの場合でも,入射波がL波・Bx波・By波・T波のいずれでも,すべての種類の反射率・透過率を計算することができる。ただし部材の寸法と物性は予め与えるものとする。

 さらに模型実験を行って計算値の検証を行うにあたり,実際の部材上を伝搬する波動の修正(補正)および部材内部損失の算入方法について述べている。

 第3章では計算条件を満たすような理想的な模型の制作方法ならびに固体音伝搬特性の実験方法および計算上特に重要な複素ヤング率を測定する方法を示している。材料物性値の測定結果は損失係数で示し,模型の実験結果は減衰量の周波数特性で示している。

 第4章では実験的な検証をおこない,実際の測定点における入射波と反射波の干渉による定在波の影響を受けるため,エネルギー伝搬率ではなく複素伝搬率による波動的な補正が必要となった。また実際の部材上では,部材断面変形を無視した波動に対して,L波には疑似縦波(quasi-longitudinal wave)を用い,B波には修正曲げ波(corrected bending wave)を用い,T波にも修正ねじれ波(corrected torsional wave)を用いると実験値に近づくことを示し,それらの適用方法を具体的に述べている。次に版構造に適用する場合,加振点近傍からの波動の円筒波拡散の補正が必要となった。以上より,本章で交差部単体に対する解析的検討ならびに実験的検証が行われ,基礎的データが得られた。

第2部(第5章〜第6章)

 第5章では基本的に平面波を伝える柱梁構造の有限長の部材をもつ構造体に対し,部材長に比べて短い波長域での理論計算を行うために,複素反射率・透過率の行列表現を導入して,不連続部および伝搬行程での減衰を含めた変化量を表す複素伝搬行列を提案し,さらに定常状態の部材内多重反射を考慮した応答の計算方法へ発展させている。これらは加振点から伝搬先受振点への振幅および位相の変化量を計算するものである。次にこれらの計算手法を用いて多層多スパン構造体の,加振点から受振点までの最短経路を伝搬する応答計算方法および地盤面からの反射成分の算入方法を提案している。

 第6章では有限長部材をもつ構造体に関する実験を行っている。まずはじめにキ字模型のように有限長部材が1カ所のみのモデルを用い,計算方法の検証(図-3)をおこないつつ,多層多スパンの基礎付きのモデルへ発展させている。予測計算値との比較に関しては,構造体の縁辺部を除いて,基本的な周波数特性を含めて良好な一致が得られた。なお,このモデルを用いて加振部材の取り扱い方法や基礎部分の検討,地盤面の算入の有無および長波長領域における二三の修正に関しても検討した。すなわち本論の主題である加振材と他部材の間のレベル差を対象とした,周波数別の伝搬特性の予測方法について具体的に提案している。次に模型実験結果と計算値の比較検討を行っている。これによると本論でおこなった実験の範囲では対象外となる低周波数域を除いて基本的な周波数特性(図-4)も含めて十分な精度で予測し得ることが明らかになった。

図表図-3 キ字模型,2点間(▽→○)減衰量 / 図-4 (1,1)スラブ加振時の(6,4)スラブ応答

 第3部(第7章)では本予測方法の応用例として次の2例を示した。

 (1)本予測手法は基本的に単純な波動の伝搬計算から組み立てられている。したがって計算上,一部の波を取捨選択しながら数値実験を行うことなどが比較的簡単に実行できる。ここでは波の変換による伝搬過程中に算入している縦波成分の影響を調べるために,計算過程に生じる縦波の項を0にして求めた結果を用いて,縦波成分も予測上無視できないことを示している。これは一部SAE法(統計的エネルギー解析法)などによる予測法で,曲げ波のみでエネルギーの収支計算が行われていることへの検証となるものである。

 (2)実際の実験値や現場実測などにみられる周波数応答のピークは本来の材料のみの損失係数から得られる計算上のピークより一般に幅広くなっている。これに対して本予測法の計算手法によって部材両端部の構造的な減衰が重ね合わされていることを示し,両端部の構造が明らかな場合についての構造減衰と材料のみの減衰との関係を明らかにしている。

まとめ

 基本的に平面波を伝える柱梁構造からなる,すべての波を考慮した最短経路を伝搬する固体音伝搬計算プログラムを完成させ,それが多層多スパン繰り返し構造体の模型実験によって,発生する固有周波数の影響を含めて比較的広い周波数範囲で予測計算で可能なことを示した。この方法は実大建築物に適用するには,交差部周辺の複雑性などの算入の問題が残るが,主要な伝搬経路の特性を知ることによって伝搬量が最大になる条件での予測計算方法を明らかにしている。また複素反射率・透過率を用いていることから,有限長部材の固有の性質が予測できることに最も大きな利点を持つものと考えている。

審査要旨

 本論文は「建築構造体における固体伝搬音の波動性を考慮した伝搬予測手法に関する基礎的研究」と題し、鉄筋コンクリートなどの建築構造体中を伝わる固体音の伝搬性状について、理論的、実験的に検討を行い、伝搬予測手法を提示したものであり、序論、第1部1〜4章、第2部5、6章、第3部7章、むすびで構成されている。

 序論では、研究の目的と位置付、固体音の伝搬機構に関する既往研究、本論文の構成と概要、記号用語の定義等が述べられている。

 第1部では、半無限部材の結合分岐部分単体の固体音伝搬特性を解析している。

 第1章では、一体構造直交交差部の固体音伝搬率に関する解析を行い、3次元直交交差部に縦波、曲げ波、ねじれ波の入射があるとき、各部材の複素反射率、透過率を力の釣合いと振動速度の連続条件から求めている。また、厚さ比nと無次元化周波数をパラメータとする2次元道交交差部のエネルギー伝搬率を算定する一般式を導出している。

 第2章では、第1章の一般式上で、伝搬特性を定性的に分析し、代表的なモデルについてパラメトリックな数値計算によって定量的な分析を行っている。このエネルギー反射率、透過率を求める計算プログラムには汎用性があって、交差部の結合部材数(1〜6)、入射波の種類を問わず、すべての種類の反射率、透過率を計算できるとしており、模型実験でその適用性を検証している。更に部材の内部損失等の算入方法についても言及している。

 第3章では、計算手法を検証するため、その前提条件を満足する模型の制作方法、固体音伝搬特性の測定方法、材料の損失係数、複素ヤング率の測定方法などについて詳細な検討を行った後、模型実験を行い、その結果を提示している。

 第4章では、実験的な検証において生じたいくつかの問題点への対応策を述べている。すなわち、定在波の影響についてはエネルギー伝搬率の代わりに複素伝搬率を用いて補正を行い、部材断面変形を無視した影響については疑似縦波、修正曲げ波、修正ねじれ波を用いて対処している。また、版状の部材を点加振する場合の近傍円筒波の補正も行っている。これらの工夫によって交差部単体としての伝搬特性の予測手法を確立し、基礎的なデータを提示している。

 第2部では、有限長部材の組合せ構造体問題への展開を図っている。

 第5章では、有限長の部材をもつ構造体について理論計算を行うために、複素反射率、透過率の行列表現を導入して、不連続部および部材内の減衰を含めた変化量を表す複素伝搬行列を独自に提案し、さらに定常状態での部材内多重反射を考慮し、加振点から受振点への伝搬による振幅と位相の変化量の計算方法へ発展させている。そしてこれらの計算方法を用いた、多層、多スパン構造体中の加振点から受振点に到る最短伝搬経路の応答計算法、基礎からの反射成分の算入方法を提示している。

 第6章では、有限長部材の両端にそれぞれ3つの半無限部材をもつ交差部を設けたキの字モデルで実験的検証を行い、多層、多スパンで基礎付きモデルでの実験的検証へつなげでいる。その結果、構造体の周辺部を除き、周波数特性を含めて良い一致を示している。また、長波長領域等に対する補正方法も追補して、適用性を高めている。

 第3部 第7章では本計算方法の応用例を示し、実験上は分離計測することの困難な、縦波、曲げ波、ねじれ波の寄与度を別々に把握することができる点、また、内部損失減衰と構造伝搬減衰も区別できる点など、構造体中の固体音伝搬特性の内部構造を探ることへの有効性を提示している。

 まとめでは、本計算手法の有用性と適用限界および今後の問題などを述べている。

 以上、要するに本論文は建築物の躯体構造中を伝搬する固体音に関し、その幾何学的形状寸法と材料物性値によって加振点から受振点に到る複素応答を解析する手法を独自に体系化、定式化して、数値計算ができるプログラムを新しく開発したものであり、従来のエネルギー的ないしは実験帰納的予測手法を越えて、部材中の波動現象までを記述できる点で固体音の伝搬予測ならびに防止対策などに寄与する処が大きく、建築環境工学的にも高く評価できる。

 よって博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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