学位論文要旨



No 212779
著者(漢字) 赤司,泰義
著者(英字)
著者(カナ) アカシ,ヤスノリ
標題(和) 空調用熱源システムにおける設計と運転計画の最適化に関する研究
標題(洋)
報告番号 212779
報告番号 乙12779
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12779号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松尾,陽
 東京大学 教授 安岡,正人
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 助教授 坂本,雄三
 東京大学 助教授 平手,小太郎
内容要旨

 近年におけるわが国のエネルギー消費量は,産業部門を除いた民生部門,運輸部門で増加の傾向を示しており,特に,民生部門は今後の居住水準の向上やOA機器などの発熱量の増大にともなって,将来的にも継続して伸びることが予想される。建築においても,地球環境問題との関連で省エネルギーを推進していくことが国際的に求められており,建築で使用されるエネルギー消費量の約半分を占めるといわれている空調用エネルギー消費量について,その合理的な使用方法を確立することが重要な課題となっている。また,ここ数年のエネルギー消費量に関する問題点の1つに電力ピーク負荷の増大があげられ,建築の空調分野でも電力の負荷平準化を達成することが社会的に要求されている。

 このような背景のもと,省エネルギーや電力負荷平準化を効果的に実現する手段の1つとして,安価な夜間電力を利用する蓄熱システムと複数のエネルギーを使用する複合熱源システムが建物に導入されつつあるが,現状の試行錯誤的な運転管理だけではせっかくのシステムを使いこなせず,当初の目的を十分に達成できない危険性がある。省エネルギーや電力負荷平準化をより強力に推進するためには,建物固有の熱負荷特性と導入されている熱源システムのエネルギー消費特性を把握し,それらの特性に応じた竣工後の適切な熱源運転計画指針を提示しなければならない。

 本論文は,現場実測データによる建物の熱負荷特性および熱源システムのエネルギー消費特性の同定手法と,それらの特性に基づいた熱源システム運転計画の最適化手法を提案すると同時に、これらの手法を実測データに適用してその最適化効果を定量的に明らかにしたものであり,さらに,複合熱源装置容量比を変えたいくつかの熱源システムに対してその最適運転計画シミュレーションを行い,目的に応じた熱源システムの最適設計について検討したものである。

 まず,第2章では,建物の熱負荷とエネルギー消費量に関する実測と計算について述べた。実測は中規模事務所ビル2件について行い,それぞれの計算にはHASPのアルゴリズムを用いた。この章では,実測と計算によって建物の熱負荷と熱源機器のエネルギー消費量を定量的に明らかにし,これまでの熱的な設計データに基づく動的熱負荷計算と空調システムシミュレーションの再現性について言及した。その結果、熱負荷の実測値と計算値は,空調の立ち上がり時と室内発熱量の入力が実際と多少異なると思われる土日を除けば非常に良く一致し,また、熱源機器のエネルギー消費量については,全般的に計算値が実測値よりも小さく算定されたが,その時間変動については実測値と計算値は類似した変動傾向を示した。熱負荷および熱源機器エネルギー消費量の計算値と実測値との間に差を生じる原因として,計算の理論上に根本的な問題があるわけではなく,設計入力データに確定することの困難な項目があり,それらの入力データが計算に与える影響が大きいということが考えられ,空調システムの省エネルギー評価や適切な運転管理のためには,これらの不確定な入力項目をそのまま用いる熱負荷や熱源機器エネルギー消費量の計算値に基づくのではなく,むしろ,実際の熱負荷の発生状況や空調システムの運転状況を反映した建物の熱負荷特性およびエネルギー消費特性を把握することが必要不可欠と判断された。

 第3章では,熱負荷特性とエネルギー消費特性を現場測定により明らかにするため,熱負荷および熱源機器に関するシステムモデルを構築し,それらの特性値を同定する手法を提案した。提案した同定手法を実測データに適用して,熱負荷モデルおよび熱源機器モデルとその同定手法の妥当性を検討するとともに,それらの特性値の算定を試みた。さらに,実測データから同定される特性値と設計データから導出される特性値の比較を行い,第2章で示した実測値と計算値の不整合性について考察を加えた。

 第4章では,本論文の目的となる熱源システム最適運転計画問題の最適化手法について述べた。最適制御理論の最適化手法については,これまで多種多様な手法が提案されており,適用範囲や計算の難易度などそれぞれ長所,短所を持っている。空調システムはもちろんのこと,熱源システムにおいても,その構成内容や機器がそれぞれのシステムで異なっていて,熱源システム全体を一般的な数学的モデルに表現することがほとんど不可能である。このように解析する系が複雑になり,種々の拘束条件も加わる場合は,直接法の一つと考えられるBellmanの動的計画法や山登り法が非常に有効であると考えられる。本章では,Bellmanの動的計画法と山登り法の一つである逐次パラメータ変化法について概説するとともに,両手法を実測データに適用し,簡単な最適化シミュレーションを行うことで,両手法固有の特徴を明らかにした。両手法による最適化の結果として導出される最適操作量は,一致する場合もあれば異なる場合もあるという結果が得られたが,目的関数の値には大きな差は見られなかった。逐次パラメータ変化法は広範囲な熱源システムに対して適用可能であり,その最適計算結果も十分な精度を持つので,熱源システム運転計画の最適化問題に対する有効な手段となり得ると判断できた。

 第5章では,第4章の最適化手法と第2章で示した熱源システムのエネルギー消費量に関する実測データを用いて,省エネルギーやランニングコストの低減,電力負荷平準化といった目的に対する複合熱源システムの最適運転計画の効果をシミュレーションにより定量的に把握した。その際には,第3章で明らかにしたエネルギー消費特性もそのシミュレーションに組み込んだ。また,最適運転計画の効果に対して有効に寄与する操作変数を感度解析により抽出し,熱源システムの最適運転計画に関する実用的な操作対象を整理した。本章では,熱源機器の冷水出口温度や流量を操作変数とし,運転方式は,1次換算エネルギー消費量ミニマム運転,従量料金ミニマム運転,ピーク電力ミニマム運転を考えた。シミュレーションによると,1次換算エネルギー消費量ミニマム運転,従量料金ミニマム運転,ピーク電力ミニマム運転のそれぞれの運転方式は,従来の固定した運転スケジュールに基づいた場合と比較して,1次換算エネルギー消費量を3ヶ月で約400〜500GJ,従量料金を3ヶ月で約700〜1,000千円節約でき,ピーク電力も従来の約37〜68%に低下させることができることが分かった。また,1次換算エネルギー消費量,従量料金,ピーク電力の総合的な評価を各運転方式で行うと,1次換算エネルギー消費量ミニマム運転が従来方式と比較しても最も悪い結果となり,省エネルギーのみを純粋に追求することの危険性が示唆された。さらに,最適運転計画を機器のON-OFFのみによるものから,操作変数の積極的な制御によるものへと変更していったとき,その最適運転効果の達成度が,目的とするミニマム運転の内容によって異なり,その達成度は1次換算エネルギー消費量ミニマム運転で大きいが,ピーク電力ミニマム運転ではそれほど顕著な効果が見られないことが明らかになった。

 第6章では,建物と空調システムを包括したトータルシステムの構築を行い,そのシステムシミュレーションによる熱源システムの最適設計について検討した。検討内容は,複合熱源システムの装置容量比に関する設計を取り上げ,熱源システムにおける最適運転計画の効果を最も有効に発揮し得る熱源機器の装置容量比を明らかにした。最適な装置容量比は建物で発生する熱負荷の大きさによって左右されるものの,冷房期間中において最大負荷を生じる日数がそれほど多くはないことを考慮すれば,除去熱量のすべてを1種類の熱源機器で賄うシステムよりも,異種エネルギー源による複数の熱源機器をバランス良く設置したシステムの方が,省エネルギーやランニングコストの低減,電力負荷平準化を総合的に推進していくことができると考察された。また,トータルシステムシミュレーションによって得られる室の温湿度変動は,熱源機器の装置容量比の変化にほとんど影響されないが,最適化計算の過程で予冷運転が自動的に選択され,8時と12時の室温が他の時刻の室温よりも低い値を示す。そのために,12時の室温は低すぎる結果となり,1次換算エネルギー消費量や従量料金を小さくする代償として室の快適性が損なわれていると考考えられる。室温に関する拘束条件に上限値と下限値の両方を設けることは,本論文における現段階の最適化手法では困難であり,今後の改良が望まれる。

 第7章は各章で得られた結論をまとめて総括とした。

審査要旨

 「空調用熱源システムにおける設計と運転計画の最適化に関する研究」と題する本論文は、近時の空調システムに関わる2つの大きな動向、すなわち1つは地球環境問題から要請されている二酸化炭素の排出削減と電力負荷の平準化、もう1つは熱源方式の多様化への対応を主題としている。本論文では、この2つの課題に応えるべく空調熱負荷の解析理論と最適制御論を結合させた1つの理論体系を構築し、この理論に即して設計段階では熱源機器の最適な組み合わせを、運転段階ではそれら熱源機器の運転スケジュールの最適な選択方法を導出し、実建築物に適用してその成果を確認したもので、全7章よりなる。

 第1章は序論として、上記したような問題の提起を行っている。

 第2章では、建物の熱負荷とエネルギー消費に関する解析理論について述べ、次いで実建物での実測によって理論値と測定値の比較を行い、さらにその異同の原因の追求に進んでいる。ここで用いられた熱負荷解析理論は応答係数法と呼ばれているもので、わが国では「HASP」として知られている電算ソフトウェアを基礎としている。実建物についてその空調用エネルギー消費量を、実測値と電算解析値とを対比させて、場合によって少なからざる異同が生じていることを示した。著者はその原因を、電算側の入力データとして実際上確定困難な項目をデフォルト値として用いざるを得ないためであると指摘している。

 第3章では、上記の欠陥は、理論に含まれるいくつかの係数を実測値からのチューニングによって置き換えることで補正され得るとの考えに立って、在来の空調熱負荷とシステム・シミュレーションの計算モデルの上に、現場測定によるシステム同定をつけ加え、実態をより精確に反映するものに改良した経緯を述べている。

 第4章は、本論文の目的である熱源システムの最適運転計画問題について、予備的な考察を行なっている。従来この目的で用いられてきたいくつかの分析手法を紹介したのち、現実の空調システムがきわめて多種多様であり、各機器に課せられる拘束条件も複雑であるところから、普遍的な数学モデルとして統一的に表現することは事実上不可能であると述べ、数種の可能と思われる手法を試みた上で、最終的に「逐次パラメータ変化法」を採用することとしている。

 第5章が本論文の中心となる部分であって、例題建物を想定し、熱源システムのエネルギー消費に対していくつかの目的を設定し、それに応じるための最適運転計画を前記の最適化手法を用いて算出し、第3章のシミュレーション・モデルによってその効果の定量化を行っている。まず、例題建物として福岡市内の中規模オフィスビルを取り上げ、この建物の熱源システムについて各種操作変数の感度解析を行って、10個以下の寄与性のある変数を抽出し、また、目的設定としては、1次エネルギー消費量の最小化、ランニング・コストの最小化、ピーク電力需要の最小化の3種を取り上げている。

 この分析を通して著者が得た結果のうちで注目すべき点は、1次エネルギー消費の最小化という設定が、かえってピーク電力を大きくさせ、ひいては料金も高騰させるという結果になっている点である。このことは、省エネルギーを単純に1次エネルギー消費を少なくすればよいと理解することが、場合によって適切でなく、危険でもあることを示唆するものであろう。

 第6章は、建物と空調システムを包括した観点から、熱源システムの設計について論じている。ここで問題としているのは熱源計画における最重要なパラメータである複合熱源の装置容量比であって、この問題に前章までの最適運転計画の手法を適用し、複数のエネルギー源をバランスよく配置する方法について1つの試案を示している。

 第7章は、前各章で得られた知見をまとめて、結論としたものである。

 以上を要するに、空調システムにおける複合熱源の採用という近時の傾向と、環境保全への対応という課題を関連させて取り上げ、そこから、熱源の選択、容量決定ならびに最適な運転制御方法について考察し、1つの有力な方式を導き出して、その有効性を実地に検証したものであって、その実用的価値は高く評価することができる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50986