学位論文要旨



No 212780
著者(漢字) 永田,明寛
著者(英字)
著者(カナ) ナガタ,アキヒロ
標題(和) 地下空間を対象とした熱負荷計算法に関する研究
標題(洋)
報告番号 212780
報告番号 乙12780
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12780号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松尾,陽
 東京大学 教授 安岡,正人
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 助教授 坂本,雄三
 東京大学 助教授 加藤,信介
内容要旨

 日本では,欧米と比べて地下空間利用が遅れていたことや,地下空間の熱負荷は地上部分のそれと比較して格段に小さいため,従来軽視されてきたきらいがあった.しかし,都市の高密度化が進む中で地下空間は貴重な空間資源として注目を集め,1994年6月には,住宅地下部分は床面積の1/3まで容積率に算入されないように建築基準法が改正されるに到り,一方,地上部分の高断熱・高気密化が進む中で地下空間の熱負荷が相対的に大きくなってきたこともあり,設計段階での地下空間の熱負荷予測に対する需要が高まってきた.

 本研究は,以上を背景に地下空間を対象とした熱負荷計算手法の開発を行うものである.開発にあたっては熱負荷計算法として広く実用に供されている応答係数法をベースとし,地下空間の場合に特に問題になる,1)多次元応答,2)長周期応答,3)熱水分同時移動応答のそれぞれに対して応答係数法の拡張を行い,最終的には地下空間の熱負荷・熱環境を予測する計算法として体系づけた.また,地下室つき住宅の実測データをもとにシミュレーションによる検討を行い,その特性を明らかにした.一方,多次元形態という点では,熱橋も地下室と同じであり,地盤に接する壁体の応答に関する知見を生かし,2次元熱橋に対して非定常応答を簡易に予測する手法を開発した.

 本論文は,全9章で構成される.第1章は序論であり,研究の背景,意義について述べた.

 第2章では,多次元熱伝導問題を両表面温度もしくは境界流体温度を入力,表面熱流を出力とみた多入力多出力システムとみなし,システム理論の観点から,差分法・有限要素法・境界要素法による離散化,システムの低次元化・応答近似,システム合成に到るまでを統一的に論じた.熱負荷計算すなわち壁体の熱応答特性把握という観点からみれば,システムの内部表現はあまり重要ではなく,地盤内部の温度を逐次計算していくような手法をとらなくても,伝達関数を直接もとめて応答近似を行うことによってシステムを簡易に表現できることを示した.

 第3章では,地盤に接する壁体の熱応答を算出する方法として,境界要素法によって伝達関数を求め,それを数値Laplace逆変換する方法について検討した.手法自体は,境界要素法の最初期から存在するものであるが,時間領域で畳み込み演算を行う場合に効率化が図れることから,その有用性を主張した.境界要素法は無限・半無限領域の問題を高精度に計算できることが利点の一つとしてあげられるが,地表面や地中部分を離散化せずに地下壁面のみを離散化して解く手法及び地下壁近傍の非等質媒体を直接離散化せず解析的な手法を併用して要素数を増さずに解く手法の2つを新たに提案し,十分な精度で計算できることを示した.また,地盤に接する壁体のような熱的に非常に厚い壁体でも従来の応答係数法が適用できることを示した.

 第4章では,地盤に接する壁体熱損失の簡易計算法について今までの研究状況を振り返ったのち,土間床,地下室の定常伝熱問題に対する解析解について考察した.Green関数を用いる方法とSchwarz-Christoffel変換による等角写像法を併用してDirichlet境界条件における表面熱流を解析的に算出し,更に地盤以外の熱抵抗が存在するRobin境界条件に関しては,Dirichlet境界条件の場合と熱の流れる経路(heat flow path)が同じであると仮定して地盤以外の熱抵抗を直列接続して単純化する方法を適用して,2次元解析解とした.続いて,動的熱負荷計算に用いることを目的として,伝達関数の近似式を作成し,地盤に接する壁体の非定常熱流の簡易計算法とした.従来簡易計算法というと熱損失係数など定常特性だけに終始していた感が強いが,地下空間のように周囲に大きな熱容量を持っている空間を対象とした熱負荷計算では定常特性のみの把握では大きな誤差が生じる.また,簡易計算といえども計算機の普及によって手計算の範囲に拘る必要もなくなっている.その意味で,本論文で作成した簡易式は実用的なものである.

 第5章では,熱橋の熱応答近似について考察した.地盤に接する壁体と同様,伝達関数近似の観点から,熱橋の非定常熱応答特性について検討し,既にデータベース化されている熱橋の熱貫流率補正に用いる係数だけを利用して,熱貫流応答,吸熱応答とも十分な精度で推定できる簡易式を作成した.

 第6章では,線形熱水分同時移動系に対して,第5章までと同様に正のLaplace変換領域における伝達関数を離散的に求め,それらに局所的な適合条件を課して有理多項式近似し時間領域の応答を求める手法(固定公比法)を適用し,多層平面壁に対して熱単独の場合と同程度の手間で高精度に熱水分同時移動系の応答を算出することが可能であることを示した.

 第7章では,多次元形態及び熱水分同時移動を考慮した熱負荷計算法について述べた.第6章まででは壁体の熱水分応答について論じているものの,建築空間に壁体が置かれたときに生じる壁体表面からの対流による空気への熱伝達や壁体相互の放射熱伝達については全く触れていない.新たに室温と室供給熱量を境界条件としてシステムを記述しなおし,室内温湿度・顕潜熱負荷計算法とした.特に,壁体の相互放射を考慮した場合の簡易化について詳述した.また,湿度が成行きの場合の空調システムとの連成の例として,単一ダクトCAV方式の場合を取り上げ,コイル状態や軽負荷・過負荷時など空調状態の変化を考慮した計算式を具体的に示した.

 第8章では,茨城県つくば市にある建設省建築研究所敷地内に建てられた地下室つき実験住宅の実測データをもとに,数値シミュレーションによる検討を行い,地下室が存在することによる地中温度分布の変化,及び地下室の熱負荷性状について明らかにした.また,水分蒸発や日影も考慮して地表面境界条件の設定をし,その影響についての検討も行った.

 第9章では,論文全体を総括し,今後の課題について述べた.

審査要旨

 「地下空間を対象とした熱負荷計算法に関する研究」と題する本論文は、都市の高密度化が進行し、地下空間が貴重な空間資源として注目されるようになり、設計段階で地下空間の熱負荷を精密に予測する必要性が高まっている今日の状況を背景に、従来地上部分に対して従属的に扱われがちであった地下空間に対する熱負荷の計算手法の確立を意図したものである。

 計算法の開発に当たっては、現在広く実用に供されている応答係数法をベースとし、これを地下空間なるがゆえに問題となる 1)多次元応答 2)長周期応答 3)熱水分同時移動応答を含み得るように拡張し、体系付けた。また、地下室付き住宅の実測データをもとに、シミュレーションによる検討を行い、実用性を検証した。一方、多次元形態という点では熱橋も同様であることから、本研究の知見を生かし、2次元熱橋に対する非定常応答を簡易に予測する手法を開発した。

 本論文は、全8章で構成される。第1章は序論で、研究の背景、意義について述べた。

 第2章では、多次元熱伝導問題を表面温度もしくは境界流体温度を入力、表面熱流を出力とする多入力多出力システムとみなし、システム理論の観点から、差分法・有限要素法・境界要素法による離散化、システムの低次元化、応答近似からシステム合成に到るまでを統一的に論じた。壁体の熱応答特性把握という観点からすれば、システムの内部表現は特に重要ではないので、地盤内部の温度を逐一計算するような手法は取らず、熱流の伝達関数を直接求めて応答近似を行うことにより、システムが簡易に表現できることを示した。

 第3章では、地盤に接する壁体の熱応答を算出する方法として境界要素法を採用して、これにより伝達関数を求め、それを数値ラプラス逆変換する手法を検討した。この手法自体は境界要素法として目新しいものではないが、時間領域で畳み込み演算を行う上で効率化が計れることからその有用性を主張した。また、地表面や地中部分を離散化することなく、地下壁面のみ離散化して解く手法および、地下壁近傍の非等質媒体は離散化せず解析的な手法を併用して要素数を増やさずに解く手法の2つを提案し、十分な精度で計算できることを示した。また、地盤に接する壁体のような熱的に非常に厚い壁の場合でも応答係数法が適用できることを示した。

 第4章では、地盤に接する壁体熱損失の簡易計算法について、現在の研究状況を概説したのち、土間床、地下室の定常伝熱問題に対する解析解について考察した。Green関数を用いる方法と、Schwarz-Christoffel変換による等角写像法を併用して、Dirichlet境界条件における表面熱流を解析的に算出し、更に、地盤以外の熱抵抗が存在するRobin境界条件に関しては、Dirichlet境界条件の場合と熱流経路が同じであると仮定して地盤以外の要素を熱抵抗に置き換えて直列接続するという方法を用いた。次いで、熱負荷計算に用いることを目的として、伝達関数の近似式を作成し、地盤に接する壁体の非定常応答の簡易計算法を組み立てた。

 第5章では、熱橋の近似応答について考察した。第4章の方法を応用して、既にデータベース化されている定常応答(熱貫流率)の補正係数だけを引用して、非定常の貫流応答、吸熱応答を精度よく推定できる簡易式を作成した。

 第6章では、線形熱水分同時移動系に対して、これまでと同様に正のラプラス変換領域における伝達関数値を離散的にもとめ、局所的適合条件を課して有理多項式近似し、時間領域の応答を求める手法(固定公比法)を適用することにより、単純熱伝導と同程度の手間で熱水同時移動系を扱うことができることを示した。

 第7章では、ここまでの成果を総合して熱負荷計算法に組み立てる段階を記述した。とくに、壁体の相互放射伝達を考慮した場合の簡易化について詳述した。またこれら建築的要素に空調システムが連成した場合を例題的に取り上げて、空調システム側の状態の変化に応じる計算式を提示した。

 第8章では地下室を持つ実験住宅における実測データに対して、数値シミュレーションによる再現計算を行い、地下室の熱負荷性状と、地中温度分布への影響について考察した。また、地表からの蒸発や日影の影響についても検討を加えた。

 第9章は論文全体を総括し、今後の課題について述べた。

 以上を要するに、本論文は従来の単純な1次元伝熱に基づく熱負荷解析を拡張し、多次元、長周期、水分移動との連成などの扱いを可能とすることにより、動的熱負荷計算法の適用領域を大幅に拡大することに成功したものであって、その学術的ならびに実用的価値は高く評価することができる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50987