学位論文要旨



No 212782
著者(漢字) 小浪,博英
著者(英字)
著者(カナ) コナミ,ヒロヒデ
標題(和) 駅前広場計画における面積算定手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 212782
報告番号 乙12782
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12782号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,勝敏
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 助教授 原田,昇
 東京大学 助教授 高見沢,実
内容要旨

 鉄道の発達した我が国において、駅前広場は鉄道と地域を結びつける極めて重要な交通施設であり、また、現在では多くの地域において駅前市街地が当該地域の重要な都市機能の一部を担っている。その駅前広場計画において、広場面積の算定は、単に計画の基本的指針となるばかりでなく、鉄道側と都市側、公共と私権など、とかく対立しがちな利害を調整するためになくてはならない重要な役割を担っている。鉄道側と都市側との利害の対立は、主として費用の負担に関するものであり、駅前広場面積をいかに定め、そのうち鉄道側負担をどれだけにするかというものである。換言すれば、鉄道側の負担をなるべく少なくして、いかにして必要な駅前広場を整備するかという問題である。公共と私権の対立は言うまでもなく用地・補償問題が中心であり、土地権利者サイドも土地はなるべく出さないで駅前広場を作ってもらいたいという複雑な事情を有する。

 このような相対立する問題を調整するため、合理的かつ科学的な駅前広場の算定手法が実務上必要とされるのであるが、これを都市計画の観点から歴史的に考察してみると、昭和30年代までは交通施設としての広場機能が重視され、必要な駅前広場面積は将来鉄道降客数から計算される仕組みであった。昭和40年代になると、都市地域への人口の集中を反映して同地域における鉄道利用者が増大し、必然的に駅前広場ならびに駅前市街地の整備が一層重要となってくるとともに、鉄道乗降客以外の駅前広場利用者の存在が都市計画上の課題となってきた。これに応えるため、建設省を中心として駅前広場整備計画調査委員会が組織され、小浪の提案による、いわゆる小浪式を原型として、鉄道乗降客以外の駅前広場利用者も含む交通需要に対し、バス、タクシー等の交通施設別必要面積を積み上げる面積算定モデルが提案された。しかし、昭和50年代になると、都市地域への人口移動の鈍化と自動車の普及等により、大都市圏の通勤駅など一部の駅を除き鉄道乗降客数は減少を示しはじめ、これは多くの駅において昭和60年代に回復を示すこととはなるものの、この間の駅前広場整備に対する需要は依然として大なるものがあり、これは鉄道乗降客数の変化では説明できないため、その理由の解明と駅前広場面積の新しい考え方が求められることとなった。

 昭和27〜28年の「駅前広場の設計と費用負担率に関する研究」では、駅前広場の機能を「(a)各種交通機関の相互的連絡の交通施設(b)都市の表玄関たる都市中心的かつ都市美的空間(c)付随して防災的性格を持つ」とし、駅前広場の必要面積としては、鉄道と道路交通機関の相互連絡に起因する自動車交通及び歩行者交通、駅前広場に面する周辺高層建築物に起因する一般的都市交通、交通整理、駐車、美観、その他に対応するための面積の積重ねであるとし、各種相関関係を検討の結果、汽車駅、電車駅別の基準式を定めたものである。基準式は結果的に一日平均鉄道乗降人員の関数となり、当時の駅前広場はやはり鉄道乗降客中心であったことが分かる。

 次に、昭和47〜48年の「駅前広場整備計画調査」においては、駅前広場利用者総数の鉄道乗降客数に対する比が、昭和46年の全国17駅に関する建設省調査によれば平均で1.8に達している事実に着目し、この比を面積算定式に直接導入した。また、所要面積についても車道面積、歩道面積、その他面積をそれぞれ計算して積み上げる方式をとっている。ここに、駅周辺の市街化による鉄道乗降客以外の駅前広場利用者の影響が読みとれる。

 このような歴史的流れをふまえて、その実態を把握するため、1970〜1990年の20年間に駅前広場面積を拡張した全国92駅について鉄道乗降人員の変化を調べてみたところ、鉄道乗降人員がこの間に10%以上増加した駅は半分の46駅しかなく、一方では小売り商業ビルの増加による1駅平均の駅周辺商業床面積の増加は2万4千m2に達していた。また、新幹線の無い地方都市の駅にあっては駅前広場は拡張されても鉄道乗降人員は減少している例が多い。従って、駅前広場拡張と鉄道乗降人員増加とがある程度符合している新幹線のある駅の一部と大都市圏の通勤駅以外については、鉄道乗降客のみにより駅前広場の拡張を説明することは困難であり、これらの駅も含めて駅前広場拡張の要因を別途検討する必要が生じた。

 ここで、鉄道乗降客以外の駅前広場利用者は、主として駅周辺に立地する商業業務施設によるのではないかという仮説の下に、全国10駅の17駅前広場について、広場に接する宅地の市街化の実態を調べ、そこに立地する建物からの駅前広場側へ出入するであろう発生集中パーソントリップ数の試算を行ってみた。その結果、都市計画で定められた容積率の建物が立地した場合の、鉄道乗降人員に対する駅前広場隣接建物から駅前広場側に発生集中するパーソントリップ数の比率は、大都市圏の駅で0.57、新幹線のある駅で2.57、地方の拠点駅で2.60となり、仮説を裏付けることが出来た。

 一方、前記92駅の駅前広場拡張の理由を調べてみると、自動車交通の増大に対処、歩行者の交通安全の確保、新幹線乗り入れへの対応、市街地整備への対応、鉄道高架化への対応、国体準備など、比較的予見しやすい理由によっていることが判明し、これからの駅前広場整備もこのような何らかの予見しうる動機により行われることが考えられる。また、その動機を詳細に分析してみると、都市拠点の育成、高齢者等に対する福祉の向上、まちのイメージの向上という一般都市政策上の目的と、自動車交通の増大に対処、自動車駐車需要への対応、歩行者の安全対策、二輪車対策といった交通計画上の目的とに置き換えることができることが判明した。

 以上により、これからの駅前広場計画にあっては、まず、その動機を念頭において、都市計画上の目的を明確にし、数値的予測量としての需要想定になじまない目的のための必要面積と数値的に計量して需要想定のできる目的のための必要面積とを別々に算定し、これらの重複利用可能部分を除いて合算することにより駅前広場の総面積とすることが合理的であるという新しい考え方に至った。

 また、現実の駅前広場計画においては、鉄道事業者、バス・タクシー事業者、道路管理者、警察署、地元商店街、土地権利者、その他許認可に係わる行政機関との各種協議をしなければならず、さらに、地形、土地区画整理事業における減歩率、市街地再開発事業における権利変換率、事業費などの各種制約を伴う場合がある。このため、そのような場合における現実の問題点を整理するとともに、新しい面積算定の考え方の現実の計画への適用性について検討した結果、ここに述べた面積算定に関する新しい考え方は、従来の鉄道乗降人員を指標とする面積算定手法と比較して、現実の駅前広場計画によりよく適合するということができる。

審査要旨

 本論文は、駅前広場計画における駅前広場面積算定手法の変遷の分析を基に、面積算定の意義とその考え方を整理して面積算定上の課題に対する技術的対応の提案を研究の目的としている。まず、計画上駅前広場面積算定手法の役割は土地権利者を含む関係者の間の利害を調整し、適正な広場面積を確保するために必要不可欠なものであるとし、算定手法を下記の2種類に分類している。

 (1) 鉄道乗降客数に基づいて回帰分析的に広場面積を算定する手法

 (2) 鉄道乗降客以外の駅前広場利用者も含め、各機能別の必要面積より積み上げ的に算定する手法

 鉄道と道路との費用負担率を定めるための参考としては上記(1)の手法によることも止むを得ずとしながら、駅前広場計画としては上記(2)の手法によるべきであるとし、当該手法の課題とそれへの対応が本論文の基調となっている。

 「第1章 序論」、「第2章 駅前広場計画における面積算定の意義」では、既往の研究をレビューし、適切な算定手法がない限り、駅前広場は関係者の利害の対立や予算上の制約により面積が小さくなる方向になることを論ずると共に、実際の駅前広場計画において面積算定式が計画合意のベースに活用されていることを明らかにしている。

 「第3章 昭和20〜30年代における面積算定手法とその背景」では、戦災復興に端を発した駅前広場整備は、観念的には鉄道乗降客以外の駅前広場利用者の存在を認めながらも、結果的に昭和28年の建設省と国鉄との協定で鉄道乗降客数により回帰分析的手法により広場面積を算定することとなった事実に対し、筆者は考え方の統一を評価し、自動車普及率の低かった時代の所産としている。

 「第4章 駅前広場面積算定法の再検討と積上式算定手法の提案」では、昭和43年の都市計画法改正による、都市計画作成における住民参加手続きの導入と、経済の高度成長がもたらした自動車の普及とにより、もはや昭和28年の協定による算定手法だけでは対応できないとし、筆者自らが昭和43年に提案した小浪式等の積上げによる面積算定手法について論じている。

 ここでは、駅前広場利用者には鉄道利用客と非鉄道利用客とがあるとし、駅の分類も汽車駅、電車駅、に代わる分類として、鉄道定期券利用客率による分類、および都心駅、郊外駅(以上大都市圏)、地方駅による分類の提案など、利用者特性を考慮した機能別面積算定の考え方がみちれることを明らかにしている。この積上方式の面積算定法は、非鉄道利用客である駅前広場利用客数の算定手法が明らかにされていないことと、各種原単位を多用することにより、昭和28年の協定に置き代わることはなかったが、都市計画原案作成者に対する啓蒙効果は大であったとしている。

 「第5章 駅前広場の役割の変化と面積算定手法の見直しの必要性」では、1970年からの20年間に駅前広場を拡張した駅について、広場拡張の動機、面積の増大と鉄道乗降客数との関連性などに関する分析を行い、次の諸点を明らかにしている。

 (1) 駅前広場拡張の動機は、都市における拠点の育成などの一般都市政策上の目的と、自動車交通の増加に対処等の交通計画上の目的に分類できる。

 (2) 鉄道乗降人員が減少した駅であっても、広場は拡張されている。

 (3) 広場内施設の構成比率は、バス用面積、修景その他が増加し車道が相対的に減少する傾向がある。

 (4) 駅周辺商業床面積は増加している。

 これらの事実に基づき、筆者は駅前広場の釆たすべき役割が単なる交通結節施設としての役割から都市のひとつの拠点としての役割に変わりつつあるとし、鉄道乗降客以外の駅前広場利用者について更に分析する必要があるとしている。

 「第6章 鉄道乗降客以外の駅前広場利用者に関する分析」では、駅前広場周辺の市街化の分析と、駅前広場に接する宅地に立地する建物の発生集中パーソントリップのうち駅前広場に出入するパーソントリップ数の試算を行い、試算値を鉄道乗降客数と比較している。これによれば、駅前広場に接する建物からの駅前広場利用者数の鉄道乗降客数に対する比は、大都市圏の駅で0.2〜1.0、新幹線の駅で1.6〜3.7、地方拠点駅で0.9〜3.5であったとしている。これらの一連の作業は鉄道乗降客以外の駅前広場利用者の存在とその量について明らかにしたものであり、積上方式の面積算定手法を論じるための重要なステップであると認められる。

 「第7章 新しい面積算定手法に関する考察」は、新しい積上方式による面積算定手法について考察したものであり、鉄道乗降客以外の駅前広場利用者を含む駅前広場利用者総数について、一般都市政策上の目的のために必要となる広場面積と交通計画上のに目的のために必要となる広場面積とを合算する手法を提案している。

 「第8章 結論」は、これからの課題として、公共広場論と広場景観論の必要性を論じている。

 要するに本論は、30年の長きにわたって都市交通、都市開発に係わってきた筆者が、駅前広場の計画、設計、整備の行政実務経験の中から駅前広場面積算定手法にみられる行政上のロジックを分析した上で、機能論的計画論に基づいて理論化したもので、今後の駅前広場計画上の有用な知見を提供するものであり、都市工学、とりわけ都市計画上の意義が大きいと言える。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50988