学位論文要旨



No 212787
著者(漢字) 木内,望
著者(英字)
著者(カナ) キウチ,ノゾム
標題(和) 集中立地地域を対象とした公的住宅の更新計画論
標題(洋)
報告番号 212787
報告番号 乙12787
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12787号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高見沢,実
 東京大学 教授 森村,道美
 東京大学 教授 高橋,鷹志
 東京大学 助教授 西村,幸夫
 東京大学 助教授 浅見,泰司
内容要旨

 本論文は、大都市における公的住宅集中立地地域の整備とそれら地域に存在する公的住宅の更新について、両者を一体のものと考え、地域を対象とした公的住宅の更新計画を策定すべきとの前提にたち、その必要性を検証し、その計画課題・計画の枠組について論じたものである。以下に本論文における、研究の背景と目的、論文の構成、及び各章の概要を記す。

1.研究の背景と目的、論文の構成

 本研究は次の4つの認識を背景に成立している。(1)公的住宅制度が現在、転換期にあること。(2)公的住宅制度の矛盾が、公的住宅集中立地地域に典型的にあらわれていること。(3)公的住宅の更新が、制度転換の契機となり得ること。(4)公的住宅集中立地地域においては、地域を対象とした公的住宅の更新計画を基礎的自治体の手により策定すべきであること。

 本研究の目的は、以上に述べた認識を確認し、集中立地地域を対象とした公的住宅の更新計画の、計画課題と計画の枠組みを論じることであるが、具体的には、以下の3つの命題の解明・検証であり、これが論文の構成と対応している。

 (1)公的住宅とその更新や、公的住宅集中立地地域に関わる現状を、社会・制度・研究面から整理すること。そして、大都市における公的住宅集中立地地域の整備と、それら地域に存在する公的住宅の更新について、両者を一体のものと考え、地域を対象とした公的住宅の更新計画を策定するべきであるとの、本論文の前提を検証する。 -第I部(序論)

 (2)具体の対象地域・供給主体を取り上げて、公的住宅集中立地地域や公的住宅の更新事業・更新計画の実態を明らかにすること。公的住宅集中立地地域については、その分布と形成過程、ストックと居住の実態を把握し、いかなる計画課題を抱えているかを探る。公的住宅供給主体については、更新事業の実績と計画課題の推移、計画手法の変遷を把握し、様々な計画課題に対していかなる計画対応をはかってきたかを探る。 -第II部(実態論)

 (3)最後に、公的住宅集中立地地域を対象とした更新計画の有するべき内容を明らかにし、現行の更新計画と関係主体にその策定と運用の可能性がどの程度担保されているか、その向上の手だてが何であるか、を探る。 -第III部(計画論)

2.第I部(序論)の概要

 1章では、現在に至る公的住宅制度の展開を振り返り、また大都市におけるその更新の実態を把握している。その結果、我が国の公的住宅政策の特徴は、(1)所得階層別対応、(2)建設重視、(3)公共主体、の3点にまとめられるが、各々に問題点があり、新たな転換への芽生えがみられること、を検証した。公的住宅の更新については、既に大都市における公的住宅建設の大部分が建替によっていることと、高度成長期に形成されたストックの更新に問題が多いこと、近年の関心が中層耐火構造の住宅の建替にあり、既に調査・研究・先駆的事例の出現を経てストック総体の改善や適切な更新手法の模索期にあること、等を明らかにした。

 2章では、公的住宅とその更新をめぐる関連研究の動向を整理している。その結果、行政・住宅供給主体による調査は、ストック総体を対象にその更新手法を模索したものと、個別の団地の更新計画策定を前提したものに分かれ、後者は、大規模団地の更新や高齢者向け住宅の供給、周辺再開発などのテーマに分かれること、等を明らかにした。研究者によるものには、更新に対する居住者意識や居住者参加をテーマとしたもの、海外事例紹介、ニュータウンの住環境の保全策、周辺の店舗集積を研究したもののほか、最近では高齢者居住の実態把握や生活保護世帯の集中現象など、福祉に関連する研究が目立つこと、等を明らかにした。

 3章では、前2章の結果を受け、集中立地地域を対象とした公的住宅の更新計画の必要性を述べ、本研究で解明すべき2つの命題を提示した上で、それらを明らかにするための、究の方法と論文の構成について述べている。

3.第II部(実態論)の概要

 1章では、公的住宅供給主体として都営住宅、公的住宅集中立地地域として東京都足立区を取り上げ、公的住宅供給主体が限られた地域に住宅建設を行なった過程と、地域に公的住宅が大量に立地した過程、の両面から公的住宅集中立地地域の形成過程を検証し、その形成要因を探っている。その結果、公的住宅集中立地地域が形成されるには、公的住宅の集中立地を受け入れた地域の側に、土地利用の転換の仕方など、その要因があると同時に、公的住宅供給主体の側にも団地立地の遠隔化の回避など、限られた地域に大量に住宅建設を行なう要因があったことを明らかにした。また、公的住宅集中立地地域の整備を考える際、この二つの要因に応じて問題・課題が存在することも明らかにした。

 2章では、引き続き東京都足立区を取り上げ、地域に存在する公的住宅ストックとその居住者の実態を把握している。その結果、ストックに関しては、団地の立地・建設年度・土地取得形態により、敷地形態・密度・住戸規模が決定づけられることと、中でも特に昭和40年代に立地した公的住宅団地が、高密度で住戸規模が狭小であること、等を明らかにした。居住実態に関しては、全体的に高齢化・小世帯化が進展しており、小世帯化により見かけ上の居住水準は向上していること、等を明らかにした。そして公的住宅集中立地地域の問題・課題として、(1)単調・画一的な空間の形成、(2)不良ストック、(3)福祉問題の集積、(4)管理・運営の不適切、の4点を整理し、今後のあり得るシナリオとして、3つの方向を示した。

 3章では、木造・簡易耐火構造の公営住宅を対象とした更新事業の履歴と更新計画の展開の過程を、都営住宅を主たる対象に検証している。その結果、都営住宅の建替事業は、当初は住宅の不燃化や老朽住宅の更新といった住宅性能・居住水準の向上の側面が大きかったのが、高度経済成長期に社会背景に対応して住宅供給の性格を強め、その反動で公園や施設の整備など周辺まちづくりへの取組が進み、高度経済成長期以降は住戸規模の拡大による居住水準向上の側面が再び強化されていることが検証された。また計画課題は、当初の居住空間の近代化から、高層高密度居住と調和した居住環境、そして周辺まちづくりに貢献する計画へと移り、この過程で、地域を対象とした建替計画が成立したことが明らかにされた。

 4章では、前3章において明らかにされた課題をまとめ、集中立地地域を対象とした更新計画の有するべき内容を仮説的に提示し、引き続き計画論として解明すべき事象を整理している。

4.第III部(計画論)の概要

 1章では、住宅供給主体により策定された、既存更新計画の評価と再検討を行なっている。これらの計画や方針の多くは、更新対象団地の選定や事業の優先順位の設定において、建設年度や住戸規模等の物理的要因をもっぱら判断の基準として用いていることをまず確認した上で、東京都足立区の公的住宅団地を対象に、更新の対象となった団地の居住実態と、建替前後のその変化、の2点を居住者の高齢化と小世帯化の動向に着目して検証した。その結果として居住者実態などの社会的要因も組み込んだ更新計画が必要であることが明らかにされた。

 2章では、更新計画の策定と運用に地元自治体が果たす役割に着目し、やはり東京都足立区を対象に、区の公的住宅の更新への対応を検証した。その結果、計画策定過程の初期の段階から、長期間にわたって地元自治体との協議が行なわれていることと、この協議が計画そのものに与える影響が大きいことから、その役割が重要であることが明らかにされた。また、区のとった対応はほぼ開発指導行政の枠内にとどまるが、当初の「団地お断り」の姿勢から、戸数の抑制とハコモノづくり、物的基盤の整備へと変化してきていること、そしていずれの段階でも、区の計画の中で要求の位置付けの明確化をはかっていること、景観・住宅のあり方という最近の要請について深く検討し、また団地居住者との接点をみいだすことが今後の課題であること、などが明らかにされた。

 3章では、全体をまとめ、集中立地地域を対象とした公的住宅更新計画を構成する主要概念を提示し、その策定と運用可能性の向上の手だてを提案して結んだ。

 以上が本論文の内容の要旨である。

審査要旨

 本論文は、大都市に存在する公的住宅集中立地地域に、現行公的住宅制度の矛盾が典型的かつ集中的に現われていることに着目し、集中立地地域を対象とした公的住宅の更新計画の必要性を検証したうえ、地元自治体が主体となって、周辺地域との融和や活力の維持を重視した更新計画を策定・運用していくべきとの考え方から、その具体的方法を論じたものである。

 全体は序論、実態論、計画論の3部で構成されている。

 まず、序論では公的住宅の供給・更新や、公的住宅集中立地地域にかかわる現状を社会・制度面から整理したうえ、集中立地地域を対象とした公的住宅の更新計画が必要であること、また、集中立地地域の問題解決を目指した更新の具体的方法や、団地更新を地域のまちづくりや住宅政策と連携させる方法論の確立が必要なことを明らかにしている。

 第II部では、東京都足立区と都宮住宅という具体の対象を取り上げ、公的住宅集中立地地域や公的住宅更新計画・更新事業の実態を明らかにしている。

 II部第1章では、公的住宅集中立地地域の形成過程とその形成要因を明らかにし、23区縁辺部という地域条件が団地立地の遠隔化を押しとどめようとする供給側の要請に合致したこと、緑地地域指定の段階的解除と土地区画整理事業の施行といった都市計画規制・事業の時期に合致したことなどが複合的に機能して集中立地地域が形成されたとの結論を得ている。

 2章では、集中立地地域に存在する公的住宅ストックと、その居住者の実態を分析している。特に公的住宅居住者は、建設年度の古い住宅を中心に高齢化・小世帯化が全体的に進行しており、民営借家・持家が規模拡大により実質的居住水準を向上させているのに対し、公的借家が世帯当たり人員の低下によって見かけ上の居住水準向上にとどまっている実態を明らかにし、公的住宅の更新が成長世帯の定着と新規受入れを目指すべきであることを論じている。

 3章では、木造・簡易耐火構造住宅の中高層化であった従来の公営住宅更新事業の履歴を検証している。特に都営住宅建替計画の展開を扱った項では、「団地お断わり」政策をとる地元自治体への対応と建替戸数の増加を背景として、地域(区市町村)を対象とした建替協議・建替計画が成立した過程を詳細に解明し、最近の動きとして、建替倍率へのこだわりの減少や地元自治体の計画策定への積極的関与が生じていることを論じている。

 4章では、前3章を受けて、集中立地地域を対象とした公的住宅更新計画の目指すべき方向として「公的住宅の『地域化』」を提示している。そしてその実現にあたっては、公的住宅団地においてコミュニティの再生と活性化を目指すこと、地元の立場での計画・管理・運営を行なうことが重要なポイントになることを論じている。

 第III部では、第II部で示された2つのポイントについて、より深い検討を行っている。

 III部1章では、住宅供給主体により策定された現行の更新計画を評価している。計画の多くが、更新対象団地選定や事業の優先順位設定において、建設年度や住戸規模等の物理的要因をもっぱら判断基準として用いており、居住実態などの社会経済的要因をも踏まえた計画立案が必要であることを、事業前後の居住実態変化を実証しながら論じている。

 2章では、公的住宅更新計画策定過程における地元自治体の関わりを検証し、その役割について論じている。現段階での到達点が、各種まちづくり施策の中で建替を誘導し周辺市街地を含めた物的基盤の改善を進める段階にあること、これまでの更新事業は住宅供給主体任せで、財政負担等も含めた地元自治体の主体性には限界があったことを実証的に論じている。

 3章では前2章を受けて、居住者属性のバランスなどを確保できる公的住宅更新計画を地元自治体が主体となって策定・運用することが必要であり、またその可能性も高まっていることを総括的に論じている。

 審査にあたっては、公的住宅集中立地地域の実態の把握、及び公的住宅更新事業の実態把握が丹念に行なわれていることに高い評価が与えられた。特に、II部3章において、これまで不十分であった公営住宅更新事業の実績評価と更新計画の展開過程の解明を行った点および、III部2章において、地元自治体が更新計画策定の重要な主体に転換していく過程を、協議プロセスの分析を通して解明し、今後の望ましい役割を具体的に提示した点は、都市工学分野における独創的な貢献であると、審査員一同高く評価するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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