本論文は、大都市に存在する公的住宅集中立地地域に、現行公的住宅制度の矛盾が典型的かつ集中的に現われていることに着目し、集中立地地域を対象とした公的住宅の更新計画の必要性を検証したうえ、地元自治体が主体となって、周辺地域との融和や活力の維持を重視した更新計画を策定・運用していくべきとの考え方から、その具体的方法を論じたものである。 全体は序論、実態論、計画論の3部で構成されている。 まず、序論では公的住宅の供給・更新や、公的住宅集中立地地域にかかわる現状を社会・制度面から整理したうえ、集中立地地域を対象とした公的住宅の更新計画が必要であること、また、集中立地地域の問題解決を目指した更新の具体的方法や、団地更新を地域のまちづくりや住宅政策と連携させる方法論の確立が必要なことを明らかにしている。 第II部では、東京都足立区と都宮住宅という具体の対象を取り上げ、公的住宅集中立地地域や公的住宅更新計画・更新事業の実態を明らかにしている。 II部第1章では、公的住宅集中立地地域の形成過程とその形成要因を明らかにし、23区縁辺部という地域条件が団地立地の遠隔化を押しとどめようとする供給側の要請に合致したこと、緑地地域指定の段階的解除と土地区画整理事業の施行といった都市計画規制・事業の時期に合致したことなどが複合的に機能して集中立地地域が形成されたとの結論を得ている。 2章では、集中立地地域に存在する公的住宅ストックと、その居住者の実態を分析している。特に公的住宅居住者は、建設年度の古い住宅を中心に高齢化・小世帯化が全体的に進行しており、民営借家・持家が規模拡大により実質的居住水準を向上させているのに対し、公的借家が世帯当たり人員の低下によって見かけ上の居住水準向上にとどまっている実態を明らかにし、公的住宅の更新が成長世帯の定着と新規受入れを目指すべきであることを論じている。 3章では、木造・簡易耐火構造住宅の中高層化であった従来の公営住宅更新事業の履歴を検証している。特に都営住宅建替計画の展開を扱った項では、「団地お断わり」政策をとる地元自治体への対応と建替戸数の増加を背景として、地域(区市町村)を対象とした建替協議・建替計画が成立した過程を詳細に解明し、最近の動きとして、建替倍率へのこだわりの減少や地元自治体の計画策定への積極的関与が生じていることを論じている。 4章では、前3章を受けて、集中立地地域を対象とした公的住宅更新計画の目指すべき方向として「公的住宅の『地域化』」を提示している。そしてその実現にあたっては、公的住宅団地においてコミュニティの再生と活性化を目指すこと、地元の立場での計画・管理・運営を行なうことが重要なポイントになることを論じている。 第III部では、第II部で示された2つのポイントについて、より深い検討を行っている。 III部1章では、住宅供給主体により策定された現行の更新計画を評価している。計画の多くが、更新対象団地選定や事業の優先順位設定において、建設年度や住戸規模等の物理的要因をもっぱら判断基準として用いており、居住実態などの社会経済的要因をも踏まえた計画立案が必要であることを、事業前後の居住実態変化を実証しながら論じている。 2章では、公的住宅更新計画策定過程における地元自治体の関わりを検証し、その役割について論じている。現段階での到達点が、各種まちづくり施策の中で建替を誘導し周辺市街地を含めた物的基盤の改善を進める段階にあること、これまでの更新事業は住宅供給主体任せで、財政負担等も含めた地元自治体の主体性には限界があったことを実証的に論じている。 3章では前2章を受けて、居住者属性のバランスなどを確保できる公的住宅更新計画を地元自治体が主体となって策定・運用することが必要であり、またその可能性も高まっていることを総括的に論じている。 審査にあたっては、公的住宅集中立地地域の実態の把握、及び公的住宅更新事業の実態把握が丹念に行なわれていることに高い評価が与えられた。特に、II部3章において、これまで不十分であった公営住宅更新事業の実績評価と更新計画の展開過程の解明を行った点および、III部2章において、地元自治体が更新計画策定の重要な主体に転換していく過程を、協議プロセスの分析を通して解明し、今後の望ましい役割を具体的に提示した点は、都市工学分野における独創的な貢献であると、審査員一同高く評価するものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |