学位論文要旨



No 212788
著者(漢字) 高野,清
著者(英字)
著者(カナ) タカノ,キヨシ
標題(和) 電気流体力学(EHD)効果を用いた液滴の蒸発促進に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 212788
報告番号 乙12788
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12788号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 棚澤,一郎
 東京大学 教授 吉識,晴夫
 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 教授 西尾,茂文
 東京大学 助教授 丸山,茂夫
内容要旨

 本論文は,「電気流体力学(EHD)効果を用いた液滴の蒸発促進に関する基礎的研究」と題し,第1〜7章,および付録1〜6より構成されている.

 本論文の主たる目的は,沸騰熱伝達を促進する―手法として電場を利用する場合,電場が膜沸騰熱伝達の促進に及ぼす効果を定量的に調べると共に,その促進機構を解明し,工業的に応用するための基礎的な知見を得ることにある.

 沸騰熱伝達の促進に電場を利用する試みは現在までに数多くなされており,核沸騰,遷移沸騰,膜沸騰の全領域にわたって電場が熱伝達促進に有効に作用することが報告されている.なかでも,極小熱流束(MHF)点近傍領域の沸騰熱伝達を促進させることは工業的にも極めて重要な課題のひとつである.現在までのところ,沸騰熱伝達促進に対する電場の有効性は様々な実験により示されているが,その促進機構の詳細については必ずしも明らかにされていない.また,具体的な応用の際に問題となると考えられる電場の印加方法や装置の接地条件,無極性液体に対する動的制御性,さらには促進に必要な消費電力の検討など未解明の課題が数多く存在する.

 本研究では,膜沸騰領域における電場による促進機構の解明,ならびに具体的な応用への基礎的知見を得るため,スフェロイド状態で蒸発する液滴系に対する電場の効果を様々な観点から調べることにした.スフェロイド状態で蒸発する液滴系の沸騰現象は,基本的に気泡の離脱を伴わないなどプール沸騰系の膜沸騰現象と異なる側面も存在するが,加熱面近傍の現象の観察,特に固液接触の確認が容易であるなどの利点を有する.また,これまでにスフェロイド状態で蒸発する液滴に電圧を印加した場合に生起する現象を扱った研究はほとんど行われていない.したがって,本研究結果はスフェロイド蒸発液滴系の研究に対する有用な知見を与えると共に,膜沸騰領域における電場による促進機構の解明,具体的な応用に対する基礎的な知見を与えるものと考える.

 本論文は以下に記すような形式で構成されている.

 第1章「はじめに」では,これまでに行われたライデンフロスト現象に関する研究,電場を利用した沸騰熱伝達の促進に関する研究,および電場による界面不安定に関する研究についての研究成果を整理することにより,本研究の目的,意義を明確にした.

 第2章「液滴の蒸発時間に及ぼす電場の効果」では,スフェロイド状態で蒸発する液滴の蒸発促進に対する電場の有効性を実験的に検証した.具体的には,単一液滴に直流電圧を印加した場合の蒸発時間を測定することにより,伝熱面温度と印加電圧の関係(蒸発曲線に及ぼす電場の効果)を有極性液体,無極性液体について調べた.また,電場によって液滴の蒸発が促進される様相を高速度ビデオにより観察した.その結果,液体の種類,印加電圧,伝熱面温度などによって定まるある条件下で電場が液滴の蒸発促進に有効に作用することを確認した.そして,この蒸発促進は,液滴底部に液柱が誘起され伝熱面と固液接触するために起こることを明らかにした.

 第3,4章では,電場の印加により液滴底部に誘起される液柱の発生機構と蒸発促進との関連を調べる基礎的な実験と気液界面に関する安定解析を行った.第3章「気液界面の不安定現象(電場を徐々に増加させた場合)」では,数種類の液体の水平自由液面に直流電圧を印加し,印加電圧を徐々に増大させた場合の液面不安定臨界条件を実験的に調べた.さらに,液面不安定に関する解析を行うことにより,液面不安定臨界条件が理論的に予測可能であることを示した.また,第4章「気液界面の不安定現象(ステップ状電場を印加させた場合)」では,無極性液体の水平自由液面にステップ状電場を印加した場合の不安定発生臨界電圧,不安定発生の応答特性などを測定することにより,電荷の緩和時間が長い無極性液体においても有極性液体と類似した臨界電圧で液面不安定が発生することを明らかにした.これらの実験および解析結果より,液面不安定が発生する臨界電圧を理論的に予測する可能であり,また,第2章で行った蒸発実験において,液滴の蒸発促進開始条件が定性的に予測可能であることを示した.さらに,電荷の緩和時間が長い無極性液体においても電場の印加方法,装置の接地条件などを工夫することにより動的制御が可能であり,工業的な応用に対する有用な知見を得た.

 第5章「単一液滴の蒸発時の定常熱流束の測定」では,第2章で確認した電場による液滴の蒸発促進効果を定量化する試みを行った.実験は,有極性液体であるエタノール,および無極性液体であるフロンR113について,液滴・伝熱面間に直流電圧を印加した場合の定常熱流束を測定した.また,熱流束の測定結果,高速度ビデオによる蒸発様相の観察,ならびに安定解析の結果より,液体の種類により熱流束の過熱度依存性が異なることを示した.本章で行った実験により,電場による蒸発促進効果が定量的に明示された同時に,スフェロイド蒸発液滴系の研究において定常熱流束を測定するひとつの技術を確立した.

 第6章「蒸発液滴固液接触時の電流測定」では,電場による蒸発促進効果の有効性を消費エネルギーの観点から検討した.実験はエタノール液滴を対象とし,固液接触に伴い液滴底部から伝熱面へ流れる電流波形を測定することにより蒸発促進に必要な消費電力を求めた.本章の実験により印加電圧と消費電力,蒸発促進効果の関係が明らかになり,電場の有効性が消費電力の観点からも実証された.また,有極性液体では液体の導電性が高く蒸発促進に必要な電力も比較的大きくなるため,消費電力を低減させる試みを行った.その結果,電圧を印加する回路中に適当な高抵抗を挿入することにより,蒸発促進量を減少させることなく消費電力を低減させることができることを示した.このことは,電場を利用した伝熱促進技術の具体的な応用への重要な知見を与えるものである.

 最後に,「まとめ]として,本研究により得られた主要な知見を整埋すると共に,電場を利用した蒸発促進技術の具体的な応用へ向けて今後の課題と展望を第7章に記した.

審査要旨

 熱エネルギー有効利用の観点から,熱を効率よく伝達する技術の開発が求められており,これまでに多くの研究がなされている.なかでも,沸騰や凝縮のように液体の相変化を伴う熱伝達を利用して熱交換を行う方法は特に有効である.一方,近年熱伝達を促進させる一手段として,電気流体力学(EHD)効果を用いる方法が盛んに研究されている.沸騰熱伝達の促進に電場を利用する試みも現在までに数多くなされており,電場が熱伝達の促進に有効に作用することが報告されている.しかしながら,促進機構の詳細,具体的な応用に対する検討は必ずしも十分とは言えない.

 本論文は,膜沸騰熱伝達促進に対する電場の効果を解明するための基礎的研究として.液滴が高温面上でスフェロイド状態で蒸発する場合の電場の効果を様々な角度から調べており,第1〜7章より構成されている.

 第1章「はじめに」では,これまでに行われたライデンフロスト現象,電場を利用した沸騰熱伝達の促進,および電場による界面不安定に関する研究について概説すると共に,本研究の目的,意義を明確にしている.

 第2章「液滴の蒸発時間に及ぼす電場の効果」では,単一液滴に直流電圧を印加した場合の蒸発時間を測定することにより,伝熱面温度と印加電圧の関係(蒸発曲線に及ぼす電場の効果)を実験的に調べている.また,蒸発様相の観察結果より,この蒸発促進の原因は,電場により液滴底部に液柱が誘起され伝熱面と固液接触が起こるためであることを明らかにしている.

 第3,4章は,気液界面不安定に関する基礎的な実験と安定解析の結果である.第3章では,水平自由液面に直流電圧を印加し,印加電圧を徐々に増大させた場合の液面不安定発生臨界条件を実験的に調べている.さらに,不安定解析を行うことにより,液面不安定発生臨界条件が理論的に予測可能であることを示している.また,第4章では,無極性液体の水平自由液面にステップ状電場を印加した場合の不安定発生臨界電圧,応答特性などを測定することにより,電荷の緩和時間が長い無極性液体においても有極性液体と類似した臨界電圧で液面不安定が発生することを明らかにしている.これらの実験および解析結果より,液面不安定発生臨界電圧を理論的に予測することが可能であり,また,第2章で行った蒸発実験についても,液滴の蒸発促進開始条件が定性的に予測可能であることを示している.さらに,無極性液体においても電場の印加方法,装置の接地条件などを工夫することにより現象を動的に制御できる可能性があり,工業的な応用に対する有用な知見を与えている.

 第5章「単一液滴の蒸発時の定常熱流束の測定」では,電場による液滴の蒸発促進効果を定量的に測定している.実験では,有極性液体であるエタノール.および無極性液体であるフロンR113を用い,液滴・伝熱面間に直流電圧を印加した場合の定常熱流束を測定している.また,熱流束の測定,高速度ビデオによる蒸発様相の観察,および安定解析の結果より,液体の種類により熱流束の過熱度依存性が異なることを示している.本実験により,電場による蒸発促進効果が定量的に明示されると同時に,スフェロイド蒸発液滴系の研究において定常熱流束を測定するひとつの技術を確立している.

 第6章「蒸発液滴固液接触時の電流測定」では,電場による蒸発促進の有効性を消費エネルギーの立場から検討している.実験はエタノール液滴を対象とし,固液接触に伴い液滴底部から伝熱面へ流れる過渡的な電流を測定することにより,蒸発促進に必要な消費電力を求めている.本実験により,電場の有効性が消費電力の観点からも実証されている.また,液体の導電性が高い有極性液体においても,蒸発促進量を低減させることなく消費電力のみを低減させることが可能であることを示している.このことは,電場を利用した伝熱促進技術の具体的応用への重要な知見を与えるものである.

 第7章は,本研究により得られた主要な結果の総括である.本論文で行った様々な実験,および解析によって得られた知見を整理すると共に,電場を利用した蒸発促進技術の具体的な応用へ向けて今後の課題と展望を記している.

 以上要するに,本論文において著者は,スフェロイド状態で蒸発する液滴に対する電場の効果を様々な角度から調べ,その蒸発促進機構を解明すると共に促進効果を定量的に示している.さらに,具体的な応用の際に問題となる現象の動的制御性,消費エネルギーにも言及し,電場が蒸発熱伝達の促進に有効であることを明示している.これらの知見は,工学的にも工業的にも価値のあるものである.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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