学位論文要旨



No 212789
著者(漢字) 尾崎,浩一
著者(英字)
著者(カナ) オザキ,コウイチ
標題(和) 気液二相圧縮過程による蒸気圧縮式ヒートポンプの高性能化に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 212789
報告番号 乙12789
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12789号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 棚沢,一郎
 東京大学 教授 斎藤,孝基
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 西尾,茂文
 東京大学 助教授 飛原,英治
内容要旨

 産業廃熱をヒートポンプで昇温して工業的な再利用を可能にする高温出力型蒸気圧縮式ヒートポンプは,産業社会において極めて多大な省エネルギー効果をもたらすものであり,より一層の高性能化による用途の拡大が望まれている.

 高温出力型蒸気圧縮式ヒートポンプの開発において解決されるべき技術上の主要課題は圧縮過程における過熱の防止であり,圧縮過程に液状熱媒体を噴霧して液相の蒸発潜熱を冷却に利用する液噴霧冷却圧縮技術,即ち,気液二相圧縮過程の利用が重要な要素技術である.しかしながら従来において,気液二相圧縮過程を用いることの主眼は熱媒体と潤滑油の共存下における熱安定性面における要求を満たすことにあり,成績係数との関連からいえば,従来の主要な熱媒体であるフロン類においては成績係数の向上効果がほとんど無く,アンモニアの場合はわずかに向上効果を示す程度であり,そのため,成績係数に対する向上効果の観点から気液二相圧縮過程を用いるヒートポンプサイクルが系統的に研究された例はないのが現状であった.

 本研究は,高性能な高温出力型蒸気圧縮式ヒートポンプの開発において極めて重要な技術である気液二相圧縮過程に関し,その成績係数に及ぼす向上効果を理論的に明確にすることを目的としたものである.

 本研究の本論となる成果をまとめると次のようになる.

 1.気相と液相が平衡状態を保ちながら圧縮される準定常的気液二相圧縮過程では,気液二相間の熱伝達と物質伝達にともなう不可逆損失が生じず,気液二相圧縮過程による成績係数の向上効果が最大になる.このような準定常的気液二相圧縮過程サイクルの解析により,液噴霧冷却圧縮ヒートポンプサイクルが成績係数の向上効果をもたらす理由を明確にするとともに,その効果を最大にする最適液噴霧率が存在する理由を明らかにした.

 2.準定常的気液二相圧縮過程が成績係数に及ぼす向上効果を熱媒体物性値との関連において明らかにした.

 3.気液二相圧縮過程は,圧縮過程に気液の非平衡状態をもたらし,サイクルの不可逆性を付加する側面も有する.噴霧粒子の蒸発速度を考慮して,気液二相圧縮過程における液粒子の蒸発状況や蒸気相温度の変化状況を定式化し,噴霧条件(噴霧量,噴霧粒子径)の違いが液粒子の蒸発状況に与える影響,並びにヒートポンプサイクルの成績係数に及ぼす影響を明らかにした.

 以下に,本研究で実施した研究の成果を各章ごとにまとめる.

 「第1章 序論」では,高温出力型蒸気圧縮式ヒートポンプの重要性を述べ,また,そこにおける気液二相圧縮過程サイクルの有用性を述べるとともに,気液二相圧縮過程サイクルが成績係数の向上効果の観点から系統的に研究されていない現状を述べた.

 「第2章 気液二相圧縮過程による成績係数の向上効果」では,準定常的な気液二相圧縮過程のサイクルを考察し,液噴霧冷却圧縮ヒートポンプサイクルにより成績係数が向上する理由と最適サイクルが存在する理由を明らかにした.

 即ち,まず湿り蒸気吸入による準定常的な気液二相圧縮過程を用いるヒートポンプサイクルを温度-比エントロピ線図(T-s線図)上において考察し,気液二相圧縮過程による成績係数の向上効果が圧縮過程の過熱度の低減と膨張弁における不可逆損失との関係で決まることを示した.これにより,気液二相圧縮過程が成績係数を向上させる理由と成績係数の向上効果を最大にする最適な初期湿り度が存在する理由を明らかにした.次に液噴霧による気液二相圧縮過程を気液二相の混合過程とそれに続く準定常的な気液二相圧縮過程とに分離して考察し,圧縮過程初期に液噴霧ノズルにて等圧混合噴霧をする液噴霧サイクルは,湿り蒸気吸入による気液二相圧縮過程と等価であることを示した.これにより,液噴霧冷却圧縮ヒートポンプサイクルにおいて成績係数の向上効果を最大にする最適液噴霧率が存在する理由を明らかにした.

 また,代表的な温度条件に関するサイクル計算により,準定常的な気液二相圧縮過程が成績係数の向上に及ぼす効果を定量的に求め,最適な液噴霧条件(噴霧量,噴霧タイミング)が存在することを例示により明確にした.

 「第3章 気液二相圧縮過程ヒートポンプサイクルの近似解析」では,気液二相圧縮過程による成績係数の向上効果と熱媒体の熱物性値との関連を明らかにすることを目的として,成績係数の向上効果の有無の判別,成績係数を最大にする最適液噴霧率,成績係数の最大向上度に関し,熱物性値の代表値による近似表現式を求めた.これらの近似表現式は,凝縮温度と蒸発温度間で作用するカルノー効率,凝縮温度と凝縮温度における蒸発熱で規格化した液比熱,凝縮圧力における過熱蒸気の定圧比熱の代表値,T-s線図上における飽和蒸気線の傾きの蒸発温度と凝縮温度間における代表値,の4つのパラメータで表わされた.また得られた近似表現式は,第2章におけるサイクル計算の結果を定量的に説明できるものであった.

 「第4章 気液二相圧縮過程の状態測定実験」では,水蒸気の気液二相圧縮過程の不可逆性の程度を把握するための基礎実験として,水蒸気の圧縮過程に水を噴霧し,蒸発による粒径の変化と気液各相の温度の測定を試みた.

 実験範囲は,熱媒体として水が使用される高温出力型ヒートポンプの実機条件に比較すると温度,圧力,圧縮速度,液噴霧率各条件とも低い値であるが,実験結果として以下のことを示すことができた.

 ・圧縮過程で蒸発により粒径が減少する様子を測定することができた.

 ・過熱蒸気内にある水粒子の温度は圧力に対応する飽和温度であると考えられることを実験的に確認した.

 ・噴霧タイミングの影響がT-s線図上に現れることを実験的に確認した.

 「第5章 蒸発速度を考慮した場合の液噴霧圧縮過程の解析」では,噴霧粒子の蒸発速度を考慮して,気液二相圧縮過程における液粒子の蒸発状況や蒸気相温度の変化状況を定式化し,解析した.ここでの解析手法を第4章で行った低速度で圧力変化する低圧過熱蒸気内への微量液噴霧実験の実験条件に適用し,解析結果と実験結果を比較して解析手法の妥当性を検証した.さらに,実際の高温熱出力型ヒートポンプで用いられると考えられる実機条件に適用し,液噴霧が圧縮機所要動力,ヒートポンプ成績係数に与える影響を推察した.

 その結果,圧縮過程の初期の段階では,気液間の温度差が比較的小さく,気液間の温度差による液相への熱流入量が液相の温度上昇に必要な液相エンタルピの増分をまかなうことができず,そのために蒸気相が液相表面に凝縮する現象が生じること,この凝縮現象は,液粒子直径が大きいほど顕著になること,従って,成績係数に対する噴霧粒子の影響は極めて大きいことが明らかになった.また,圧縮機軸回転速度が3000rpm程度の高速な圧力変化の場合においても,噴霧粒子の粒径に注意を払えば,液噴霧冷却技術が成績係数に悪影響を与えることなく有効に作用することを理論的に明らかに示すことができた.

 「第6章 結論」では,本研究の成果をまとめ,またその波及効果を述べた.

 気液二相圧縮過程サイクルによるヒートポンプの性能向上に対する理論的背景を明らかにした本研究の成果は,極めて重要な意義をもつ.

 代表的な熱媒体であった特定フロンの規制により,その代替物を模索する必要が生じている状況がある.これにより,サイクルが各熱媒体固有の熱物性特性に応じてカルノーサイクルからの偏差を示すとしても,それを選択せざるを得ない場合も生じる.サイクルの不可逆性が大きいほど熱媒体固有の熱物性特性にサイクル性能が依存することになるため,熱媒体熱物性値による成績係数の近似解析表現の有効性が増す.また,新たに注目されるようになった新媒体は,熱物性値の詳細が不明のものも多いが,成績係数の熱媒体熱物性値による解析表現式は,新媒体の熱物性値の詳細が完備されることを待つこと無く,比較的少数の熱物性値情報からそれら新媒体を用いる場合のサイクル性能の概略を把握することを可能にする.従って本研究で示した成績係数を熱媒体物性値で近似的に表現する解析手法は,今後,その有効性を大にしていくものといえる.さらに新熱媒体の開発,材料設計に対して,サイクル性能の観点からの要求という,重要な設計資料を提供することも可能である.

 対環境の観点からの熱媒体の選択の究極として,自然界に存在する物質を熱媒体に利用していこうという世界的な動向がある.自然系作動媒体の代表的なものは,水,アンモニア,二酸化炭素,プロパン等であるが,これらは比較的小さな分子である.このような媒体においては圧縮によって過熱が生じやすく,液噴霧冷却技術の採用が検討されるべきであると考えられる.この意味においても,本研究の成果が波及する方向は大である.

審査要旨

 高温出力型蒸気圧縮式ヒートポンプは,産業廃熱から熱を回収して再利用をはかるのに有用であり,産業界に極めて多大な省エネルギー効果をもたらすものであり,より一層の高性能化と用途の拡大が望まれる.高温出力型蒸気圧縮式ヒートポンプの開発における技術上の主要課題は,圧縮過程における過熱の防止であり,圧縮過程に熱媒体液を噴霧してその蒸発潜熱を冷却に利用する液噴霧冷却圧縮技術,即ち,気液二相圧縮過程の利用が重要な要素技術である.しかしながら従来において,気液二相圧縮過程を用いることの主眼は熱媒体と潤滑油の共存下における熱安定性面の要求を満たすことにあり,成績係数との関連から気液二相圧縮過程を用いるヒートポンプサイクルが系統的に研究された例はなかった.

 本論文は「気液二相圧縮過程によるヒートポンプの高性能化に関する基礎研究」と題し,6章より構成されている.

 第1章は「序論」で研究の背景と本論文の概要を述べている.高温出力型蒸気圧縮式ヒートポンプの重要性と,そこでの気液二相圧縮過程サイクルの有用性を論じ,気液二相圧縮過程サイクルが成績係数の向上効果の観点から系統的に研究されていない現状を述べるとともに,本論文の構成についてふれている.

 第2章「気液二相圧縮過程による成績係数の向上効果」では,成績係数が向上する理由について述べている.準定常的な気液二相圧縮過程のサイクルの考察を通じ,液噴霧冷却圧縮ヒートポンプサイクルによって成績係数が向上する理由,並びに成績係数の向上効果を最大にする最適液噴霧率が存在する理由を明らかにしている.また,代表的な温度条件に関するサイクル計算により,最適な液噴霧条件(噴霧量,噴霧タイミング)が存在することを例示により明確に示している.

 第3章「気液二相過程ヒートポンプサイクルの近似解析」は,成績係数の向上効果と熱媒体の熱物性値との関連についてである.成績係数の向上効果は熱媒体の種類により異なるが,これを系統的に考察することを目的として,温度条件と熱媒体熱物性値の代表値を用いた4つの無次元パラメータにより,成績係数の向上効果の有無の判別,成績係数を最大にする最適液噴霧率,成績係数の最大向上度に関する近似表現式を導いている.これらの近似表現式は第2章におけるサイクル計算の結果を定量的に説明できるものである.

 第4章は「気液二相圧縮過程の状態測定実験」である.水蒸気の圧縮過程に水を噴霧し,蒸発による粒径変化と気液各相の温度測定を行っている.実験条件は,熱媒体として水が使用される高温出力型ヒートポンプの実機条件に比較すると温度,圧力,圧縮速度,液噴霧率の各条件とも低い値であるが,蒸発による粒径変化,気液各相の温度変化に関して,第5章で行う解析方法の妥当性の検証において重要な知見を実験結果として得ている.

 第5章は,液粒子の「蒸発速度を考慮した場合の液噴霧圧縮過程の解析」である.圧力が時間とともに線形に変化する水蒸気の圧縮過程において,ある初期相対速度で水蒸気中に噴霧された球形水粒子の蒸発状況を,気液間の熱伝達速度を考慮して計算し,圧縮過程の温度変化と圧縮機所要動力を求め,さらにそのような圧縮過程によるヒートポンプの成績係数を算出している.この解析方法は第4章で行った低速度で圧力変化する低圧過熱蒸気内への微量液噴霧実験の実験条件に適用され,解析結果と実験結果が比較され,解析方法の妥当性が検証されている.さらに,実際の高温熱出力型ヒートポンプの実機条件に適用され,液噴霧条件によるヒートポンプの成績係数に与える影響が考察されている.その結果,圧縮過程の初期の段階では気液間の温度差が比較的小さく,気液間の温度差による液相への熱流入量が液相の温度上昇に必要な液相エンタルピの増分をまかなうことができず,そのために蒸気相が液相表面に凝縮する現象が生じること,この凝縮現象は,液粒子直径が大きいほど顕著になること,従って成績係数に対する噴霧粒子径の影響は極めて大きいことが明らかにされている.

 第6章「結論」では研究の結果を総括している.著者は液噴霧冷却圧縮ヒートポンプサイクルが成績係数の向上効果をもたらす理由を明確にし,またその効果を熱媒体物性値との関連において定量的に明らかにした.さらに噴霧粒子の蒸発速度を考慮して,気液二相圧縮過程における液粒子の蒸発状況や蒸気相温度の変化状況を定式化し,噴霧条件(噴霧量,噴霧粒子径)の違いが液粒子の蒸発状況に与える影響,並びにヒートポンプサイクルの成績係数に及ぼす影響を明らかにした.

 以上要するに,本論文において著者は,液噴霧冷却圧縮ヒートポンプサイクルの成績係数向上効果について,明瞭かつ体系的な説明を行い,例えば圧縮機軸回転速度が3000rpm程度の,水を熱媒体とする実機における高速な圧力変化の場合においても,噴霧粒子の粒径に注意を払えば,液噴霧冷却技術が有効に作用することを理論的に明らかにしている.これらの知見は工学的にもまた工業的にも価値のあるものである.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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