学位論文要旨



No 212791
著者(漢字) 日比野,敦
著者(英字)
著者(カナ) ヒビノ,アツシ
標題(和) 燃焼合成法によるNi3Al金属間化合物の製造に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 212791
報告番号 乙12791
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12791号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木内,學
 東京大学 教授 中桐,滋
 東京大学 教授 林,宏爾
 東京大学 教授 西尾,茂文
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
内容要旨

 近年,科学技術の発展に伴って材料の使用環境も過酷となり,より特性の優れた材料が求められるようになっている.Ni3Al金属間化合物もその検討の対象となっている新素材の一種である.これはNi3Alの高温強度が高く,耐熱性に優れ,耐熱構造材に向いた特性を有しているからである.しかし未だ実用化されない訳は2つある.ひとつはNi3Alが脆く加工が難しく,材料として利用するうえで信頼性に乏しいためであり,もうひとつは同材を均質に安定して製造する方法が確立されていないからである.このうち前者については既に材料学的見地から多くの研究が行われ,第3元素の添加や複合組織化によってその欠点が克服できることが明らかにされてきた.しかし後者の金属間化合物の製造法に関しては,まだ手法が確立されておらず,実験室規模の製造にとどまっている.これは金属間化合物の融点が高く,溶解するにあたって高温を必要とするばかりでなく,酸化や偏析ならびに坩堝からの汚染の問題がつきまとうからである.

 近年,微細な粉末の入手が容易になり,またその成形加工技術も進歩したため,この化合物の製造手段として粉末冶金が検討されるようになってきた.その中でも注目されているのが燃焼合成法である.燃焼合成法とは,1967年に旧ソ連の化学者Merzhanovがセラミックスの瞬間合成を主目的として開発した方法である.そのあらましは,元素粉末の混合物を加熱し,粉末間で反応を生じさせる.すると反応熱によって粉末の温度は上昇するが,この温度上昇が大きければ反応は著しく活発となる.この状態がさらに続くと,後は外部からの加熱がなくとも反応が爆発的に進行し,最終的には化合物の合成体が得られるというものである.この方法が金属間化合物の製造に応用できれば,大規模な設備がなくとも秒単位での化合物合成が可能となり,さらには圧粉体にあらかじめ形状を与えておけば,一工程で最終形状に近い製品が製造できる可能性が考えられる.

 しかし燃焼合成の適用は,これまでセラミックスについてなされ,金属間化合物についてはあまり行われていなかった.またその具体的実施条件も,同法が共産圏で開発された方法であるためか資料に乏しく,ほとんど知られていなかった."これまで20年以上に渉って基礎と応用に関する研究が行われた結果,応用面では若干の成功があったがプロセスの基礎的な面に関してはまったくといえるほど把握されていない"とさえいわれる状況にある.金属間化合物の製造に大きな利点を持つ燃焼合成法の発展のためには,まず基礎的な燃焼メカニズムを明らかにし,燃焼合成のプロセスの制御条件を把握することが重要である.そこで本論文では,これまで全く知られていなかった燃焼合成の実施条件を明らかにすることを目的とし,Ni3Al金属間化合物の燃焼合成について調査することにした.研究は,主に以下の3点を中心として行った.

 -燃焼合成のメカニズム.

 -燃焼合成法の具体的実施条件.

 -燃焼合成法による金属間化合物製造の可能性.

 本論文はその研究結果をまとめたものであり,以下のような8章で構成されている.

 第1章は緒言であり,主に研究の背景と燃焼合成法の特徴,問題点について述べた.

 第2章,第3章は,Ni3Al金属間化合物の燃焼合成過程を基礎的に調べ,燃焼合成のメカニズムについて検討した.具体的には燃焼合成途中の粉末の微視組織変化を調査し,ミクロな粉末の燃焼合成過程を明らかにした.また,この結果に基づき燃焼合成の反応モデルを作成し,合成過程のシミュレーション,合成メカニズムの解析を試みた.一方,NiワイヤーおよびAl融液を合成途中の粉末にみたて,このワイヤーと融液との反応モデル実験から,燃焼合成に関する物性値を決定した.これら2,3章の研究から,上記3問題のうち1番目を明らかにした.

 第4章,第5章では,燃焼合成の具体的実施条件を解明することを目的とし,Ni3Al金属間化合物の燃焼合成の数値解析を試みた.燃焼合成時の圧粉体を微小要素に分割し,この要素のまわりの熱収支,物質収支を考慮して燃焼合成の解析モデルを作成した.このモデルを用いた数値解析から燃焼合成の実施条件を明らかにした.また,燃焼合成の実験と解析の比較から解析の妥当性を確認した.この4,5章から,上記2番目の問題を解明した.

 第6章では,実際に燃焼合成法によってNi3Al金属間化合物を合成し,材料として用いうる緻密体の製造を試みた.また,燃焼合成による金属間化合物の実用化を考え,合成体の加工性,機械的特性についても調査した.この章の実験から,上記の3番目の問題を明らかにした.

 第7章は,以上の研究で明らかになった事項を総括として述べた.

 第8章は,燃焼合成に係わる粉末の有効熱伝導率の問題を補遺として述べた.燃焼合成法では粉末間の化学反応,反応熱,相転移のみならず,粉末の熱伝導率の問題が大きく影響する.本章では4,5章と関連し,粉末の有効熱伝導率の基礎事項を補足検討した.また,この有効熱伝導率が燃焼合成に及ぼす影響についても考察を与えた.

 本論文では上記のような研究から,Ni3Al金属間化合物の燃焼合成について検討を行った.その結果,得られた結論は以下の通りである.

 1.燃焼合成法におけるNi3Al金属間化合物の生成は,圧粉体内部で融解したAlとNi粒子との間で生じ,化合物はNi粒子の周囲に同心円状に形成されることがわかった(Fig.1).また,この化合物の合成過程にFig.2のようなモデルを適用したところ,モデルによる計算値は実測値をよく満足し,圧粉体の燃焼合成挙動が定量的に表せた(Fig.3).一方,NiワイヤーをAlに浸漬する実験により燃焼合成に係わる物性値を求めたところ,次式の値が得られた.

 

 2.上記モデルに基づき,さらに解析を進めた結果,燃焼合成法の解析式を導くことができた.この式による数値解析から,これまで知られていなかった燃焼合成域が存在することがわかり,金属間化合物の合成条件を解明することができた(Fig.4)また確認実験の結果,この解析が妥当性をもつものであることがわかった.

 3.上記合成条件の下で,原料粉末,圧粉体の初期密度,脱ガス条件を選べば,本法で緻密なNi3Al金属間化合物が合成できることがわかった(Fig.5).またこの合成体の機械的特性は,従来の溶製材と比較して同等であることがわかった.これまで大規模な溶解装置を要し,長時間にわたる均質化焼鈍が必要とされた金属間化合物の製造が,短時間で簡単な工程になったことは,大きな進展であったと考えられる.

 4.原料粉末にボロンを添加し燃焼合成させたところ,合成体の機械的性質が改善され,延性,切削加工性を示すNi3Alが合成できた.またその圧延加工によって,薄板材も製造できた(Fig.6).この板状Ni3Al金属間間化合物は,これまで実用化されている材料と比較して強度的に遜色なく,材料として利用できる可能性のあることがわかった.

 5.燃焼合成法で材料としての機械的性質をもつNi3Al金属間化合物が製造できたことは,この材料の製造法として本プロセスが有効であることを示している.今後,さらに特性を向上させる条件を明らかにすることが,燃焼合成法ならびに金属間化合物の実用化につながると考えられる.

図表Fig.1:燃焼合成時のNi3Al金属間化合物の合成過程. / Fig.2:燃焼合成の化合物生成モデル.図表Fig.3:Ni3Al金属間化合物の燃焼合成挙動,(a)計算値,(b)実測値. / Fig.4:燃焼合成における化合物の合成条件. / Fig.5:燃焼合成法によって合成されたNi3Al金属間化合物,(a)外観,(b)断面組織. / Fig.6:Ni3Al金属間化合物の薄板材.
審査要旨

 本論文は,燃焼合成法によるNi3Al金属間化合物の製造について総合的な研究をなしたものである.近年Ni3AlあるいはTiAlといった金属間化合物が高温構造新素材として注目されているが,これら材料は実用化されていない.理由は材料特性が不十分ということもある.しかし,もう一つには同材の安定した生産加工技術が確立されていないことがあげられる.一般に機械構造部品は素材熔解の後,鋳造-分塊・加工-素形材-切削・変形加工で製作される.しかし,金属間化合物は融点が高く,組成幅が狭く,偏析のない均質材を得るのは難しいとされる.一方,本材の特性として脆く,硬く,加工性に劣り,変形加工も難しいとされる.こうした問題が障害となり,特性に優れた化合物が開発されても,製品への成形手段がうまくゆかず,同材の実用化を遅らせていた.

 学位申請者は,上記観点から同材の新たな生産加工手段として,粉体成形技術の一種である燃焼合成法を提案し,この方法による製造を試みている.燃焼合成法とは,粉末の化学反応熱を利用して化合物を瞬時に製造するもので,1967年旧ソ連の化学者メルジャーノフによって開発された技術である.この方法の利用で元素粉末から瞬時にして化合物が合成でき,形状も最終製品形状のものが作製できるといわれている.しかし,この方法は共産圏で開発された方法であるためか,技術資料に欠け,金属間化合物製造のための条件は全く知られていないなかった.また合成体も多孔質で,実用材の製造は不可能に近かった.本論文は,燃焼合成法によるNi3Al金属間化合物の製造を目的とし,その燃焼合成機構.化合物製造のための実施条件,化合物製造の可能性について総合的に研究検討したものである.

 燃焼合成に限らず,材料の生産加工プロセスを検討するためにはまず,その機構を理解することが重要である.しかし,燃焼合成は秒単位で進行し,かつその現象がミタロな粉末間で生じるため,これまで化合物の合成機構は知られていなかった.本論文第2章,3章では,Ni3Al金属間化合物の燃焼合成機構が調査され,ミクロな粉末間の反応が解明されている.その結果によると,Ni3Alの燃焼合成は,Alの融解によって始まり,Al融液とNi粒子との間で化合物の合成反応が生じることが明らかにされた.また,この化合物合成の反応について熱力学モデルが新たに考案され,このモデルによって詳細な解析がなされた.従来,燃焼合成のミクロな粉末間の合成機構は知られておらず.未知のままとされてきた.しかし,本論文の成果によって合成機構が解明され,また新たに提案された熱力学モデルによって理論的に説明されたことは,同法の理解あるいは手法,対策を考えるうえで極めて有益な情報であると判断されろ.

 また,本論文4章,5章では金属間化合物の燃焼合成挙動解析モデルが新たに提案され,このモデルによる化合物合成のための合成挙動解析が行われた.第4章ではまず燃焼合成の解析モデルの構築がなされ,このモデルによる挙動解析の可能性が示された.また第5章では,引き続き詳細な解析が行われ,燃焼合成条件の解明がなされた.従来,燃焼合成については,化合物合成のための具体的実施条件は全く知られていなかった.また数値解析もいくつか試みられていたが,妥当な解が得ちれておらず,モデルの見直しも求められていた.このような状況のもとで,本論文の成果によって燃焼合成の解析法が確立され.また燃焼合成条件が明らかにされたことは,同材の製造にとって有意義であるといえる.

 さらに本論文第6章では,上記結果に基づき無加圧燃焼合成法によるNi3Al金属間化合物の製造が検討されている.燃焼合成による金属間化合物製造の可能性が指摘されながらこれまで実用化されなかったのは上記のように実施条件が明らかでなかったことに加え,合成体が多孔質体となるからである.これまで,この多孔性の改善の目的で,本法にはHIPやHPなど加圧手段が組み合わされたことが多かった.しかし,これら加圧手段では装置が大規模で,コストがかかりすぎる欠点がある.本章ではこうした背景から,Ni3Al金属間化合物の無加圧燃焼合成が試みられた.その結果,原料粉末として微粉を用いかつ圧粉体の初期密度ならびに脱ガス条件を制御すれば,無加圧でも緻密なNi3Al金属間化合物が製造できることが本論文の成果で明らかにされた.またNi3Al金属間化合物は,延性改善の目的でボロンが添加されることが多いが,本法でもB添加Ni3Alが製造でき,かつその化合物は十分な延性を示すことも明らかにされた.さらには圧粉体形状の制御で板材など板状素形材も容易に作製され,本法が金属間化合物の生産加工のうえで極めて有効であることが示された.これまで,燃焼合成法で緻密体が出来たとの報告例は無く,かつ板材など任意形状のものが作製できたことは極めて画期的な事だといえる.

 上記一覧の如く,提出論文はNi3Al金属間化合物新素材の新生産加工法として燃焼合成法を提案し,その燃焼合成機構,化合物製造のための実施条件,化合物製造の可能性を解明している.さらには板材など実用材の製造にも成功している.このことは,金属間化合物新素材の生産加工技術の発展に大きく貢献し,極めて有用な基礎技術資料になりうると判断できる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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