学位論文要旨



No 212792
著者(漢字) 清原,正勝
著者(英字)
著者(カナ) キヨハラ,マサカツ
標題(和) 圧電セラミックスの電界誘起歪特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 212792
報告番号 乙12792
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12792号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 助教授 黒澤,実
 東京大学 講師 伊藤,寿浩
内容要旨

 圧電セラミックスの持つ微小変位やその制御性およびその応答性は,従来から知られているボイスコイル等の他方式のアクチュエータより優れており,近年,圧電セラミックスをアクチュエータに用いた研究開発が盛んに行われている.このような用途で用いられる圧電素子は,非共振状態で高電圧での駆動や荷重が印加された状態での使用が一般的であることから,これまでの圧電セラミックスの材料とは多少異なる材料性能が要求される.しかし,圧電セラミックスのアクチュエータへの応用研究は緒についたばかりであり,アクチュエータ特性を十分満足する材料はまだ見いだされていない.

 そこで,本研究の狙いは,アクチュエータ用途で重要視される電界誘起歪()特性およびその信頼性に関する電圧繰り返し印加によるの変化等について,圧電セラミックスの組成(結晶構造),焼成体粒径の大きさおよび添加物の影響を明らかにし,各種アクチュエータ用途に適した圧電セラミックス材料を提供することにある.なお,本論文は7章から構成される.

 第1章「序論」では,本論文の背景となる圧電セラミックスの応用およびアクチュエータに関する現状を概説し,本論文の目的を示した.

 第2章「本研究で共通した試料の作製方法および評価方法」では,本研究で検討した試料の作製方法および圧電特性,電界誘起歪特性等の評価方法を記述した.

 第3章「圧電特性および電界誘起歪特性に及ぼす結晶系(組成)の影響」では,代表的なPb(Zr,Ti)O3系圧電セラミックスのZr/(Zr+Ti)量:x(以下,Zr比と称す)を変えて,結晶構造を正方晶系(Tetragonal),菱面体晶系(Rhombohedral)および両結晶系が共存する相境界組成と変えた試料を作製し,圧電特性や電界誘起歪特性に及ぼす結晶系の影響を調べた.組成のZr比を変えることによって,圧電歪定数(d定数)は変化し,x=0.52の相境界付近の組成が最も大きかった.電圧印加による電界誘起歪()は,500V/mmの低電圧ではd定数が大きな相境界の組成が最も大きな値を示したが,印加電圧の増加とともに最大のを示す組成は,正方晶系側の組成(x<0.52)にシフトした.各電界でのはd定数より算出される歪(cal=d×E)よりも大きな値を示すことから,電圧印加によって誘起される分域の回転による歪(p)の存在が明らかになった.このpは,印加する電界の大きさおよび組成によって飽和する傾向を示し,分域の回転を抑制する力(b)と関係することを明らかにした.なお,電圧印加による電界誘起歪のヒステリシスの大きさ(hys)とpの間には強い正の相関があり,hysは分域の回転の寄与であることを明らかにした.また,一定の電圧を長時間印加した場合,が変化する現象(ドリフト現象)が存在することが分かった.のドリフト量は,x=0.52の相境界の組成が最も小さく,正方晶系組成は大きいといった組成依存性を示した.荷重が加わった状態での電界誘起歪()は,各結晶系の試料とも荷重増加とともに低下した.その低下量は,d定数が大きい相境界組成で最も大きかった.

 アクチュエータとして用いた場合,繰り返し使用する際に発生する変位量の再現性が良いことが重要である.そこで,電圧を繰り返し印加した時の電界誘起歪()の変化について検討した.x=0.52の相境界組成はその変化量が最も大きく,正方晶系組成は小さかった.このの変化は,試験後の試料の圧電歪定数(d定数)が増大したことより,分極が促進され電圧印加で誘起される分域の回転による歪(p)が減少したためであることが明らかになった.さらに,荷重が印加された状態での電圧繰り返し印加によるの変化は,無荷重状態での結果に比べて大きかった.

 第4章「焼成体粒径が圧電特性および電界誘起歪特性に及ぼす影響」では,圧電セラミックスの微細構造が電界誘起歪()等のアクチュエータ特性にどのような影響を及ぼすかを調べた.アクチュエータ材料において最も重要と考えられている圧電歪定数(d定数)および電界誘起歪()は,粒径の増加とともに大きくなった.その粒径依存性は,相境界組成が最も大きいといった組成依存性があることも明らかにした.実際の電圧印加によって求められる電界誘起歪()と圧電効果による歪(cal)の差から求まる分域の回転による歪(p)も,粒径の増加とともに大きくなった.また,このpの粒径依存性も相境界組成が最も大きいことが明らかになった.のドリフト現象は,粒径が大きな試料が小さく良好な値を示した.さらに,一定電圧を繰り返し印加した場合のの変化についても粒径の影響が認められ,粒径が大きい試料ほどその変化は大きかった.このように,圧電セラミックスの微細構造は圧電諸特性や電界誘起歪特性に大きな影響を及ぼすことが明らかになった.

 第5章「圧電特性および電界誘起歪特性に及ぼす添加物の影響」では,圧電セラミックスの諸特性の改善に用いられている代表的な添加物(ドナー:Nb2O5,WO3,アクセプタ:NiO,Fe2O3)が圧電特性や電界誘起歪特性にどのような影響を及ぼすかを調べた.添加物を添加することによって圧電セラミックスの焼成体粒径が変化することがわかり,通常の焼成方法で作製した場合の諸特性の変化は,添加物および粒径の両効果に依存するものと考えられた.そこで,ホットプレス法を用いて粒径を一定に制御した試料を作製し,粒径の影響を取り除き圧電諸特性や電界誘起歪特性におよぼす添加物の影響を調べた.その結果,Nb,Wのドナー添加物は,圧電歪定数(d定数),電界誘起歪()及び分域の回転による歪(p)を増大させた.また,Ni,Feのアクセプタ添加はそれらを低下させ,特にpはほとんど存在しないまでに低下した.これらの添加物によるpの差は,分域の拘束状態が添加物によって異なるためであることを明らかにし,その拘束力(b)は,添加物の種類による試料の内部電界の変化に関係することを示した.このように,各試料の粒径をほぼ同一にすることによって,添加物の効果のみを論じることができ,従来より報告されている添加物の効果は小さくなる傾向にあることを明らかにした.以上の結果から,添加物の種類を変えることによって,圧電諸特性や電界誘起歪特性を改善できることが明らかになった.

 第6章「電界誘起歪の温度特性に及ぼす組成および粒径の影響」では,圧電アクチュエータの応用が考えられている温度範囲(-196〜90℃)での電界誘起歪の挙動について調べた.特に,応用が期待されている極低温での検討を行った.なお,この章では第3章,第4章の結果をもとに圧電セラミックスの結晶系(組成)や粒径が電界誘起歪の温度特性に及ぼす影響について系統的にまとめた.温度の上昇とともに電界誘起歪(),圧電効果による歪(cal)及び分域の回転による歪(p)が増加することを確認した.特に,pの温度特性は,相境界や菱面体晶系の組成が大きく,粒径が大きい試料ほど大きかった.すなわち,,cal,pの温度特性は結晶系(組成)と粒径の依存性があることがわかった.また,-196℃の極低温では,いずれの試料ともpはほぼゼロであった.このpの温度に対する変化は,分域の回転を拘束する力(b)が温度によって異なるためであることを明らかにした.電圧の繰り返し印加によるの変化は,温度が高い状態ほど大きかった.の変化は,第3章,第4章で述べたように試料の分極状態の変化に関係があることから,温度が高い状態ほど分極が容易になり,電圧の繰り返し印加によって試料が容易に分極されることが推測でき,の減少が大きかったことが説明できた.このように,圧電セラミックスの電界誘起歪の温度特性についても圧電セラミックスの結晶系及び粒径が影響を与えることが明らかになった.

 最後の第7章「結論」では,本研究で得られた知見と成果を総括し,今後の課題を展望した.

審査要旨

 本論文は「圧電セラミックスの電界誘起歪特性に関する研究」と題し、マイクロメータからナノメータの微小変位を制御できる固体アクチュエータとして、種々の精密機器・精密測定器での利用が急速に広がってきている圧電セラミックス材料について、その最も基本的な特性である電界誘起歪特性に関して行った研究を纏めたものである。

 論文は7章から構成されている。第1章「序論」では、研究の動機と研究目的を記している。 低電圧駆動での共振状態において求めた圧電歪定数が、圧電セラミックス材料の材料探索の評価として従来から用いられてきたが、大きな歪が求められるアクチュエータとしての評価には、電界誘起歪を考處することが不可欠であることを述べ、この電界誘起歪に対する材料組成、粒径、添加物等の影響を明らかにすることを研究の目的としている。

 第2章「本研究で共通した試料の製作方法および評価方法」では、本論文で対象とした、PZT系圧電セラミックス材料の製造法と組成およびそれらの微細構造を詳細に記している。 また、製造し実験に供した圧電セラミック材料の特性を評価する時に必要となる密度、焼成体粒径、気孔率、比誘電率、DE曲線、圧電定数、電界誘起歪等の測定法について各々検討した結果を論じ、具体的に使用した測定法を明解に記述している。 このうち、本論文で最も重要となる電界誘起歪については、これに対する電界、温度、荷重、経時変化の影響を調べる方法と工夫を特に詳しく説明がなされている。

 第3章「圧電特性および電界誘起歪特性に及ぼす結晶系(組成)の影響」では、PZT系圧電セラミックスのZrとTiの組成比が圧電歪定数(d定数)および電界誘起歪に及ぼす影響を多面的な多くの実験により検討し、アクチュエータ用としては、従来員いとされていた相境界組成よりも正方晶系組成の方が得られる変位量や再現性の点で優れていることを明らかにしている。

 第4章「焼成体粒径が圧電特性および電界誘起歪特性に及ぼす影響」では、圧電定数と電界誘起歪に及ぼす焼成体粒径の影響を調べ、精密位置決め用としては正方晶系で粒径が3m程度が適しており、一方、大きな電界誘起歪を必要とする場合には12m程度に大きくした方が良いことを見出している。

 第5章「圧電特性および電界誘起歪特性に及ぼす添加物の影響」では、アクセブタ元素(具体的にはNb、W)およびドナー元素(Ni、Fe)を添加した場合のPZT系圧電セラミックスの圧電定数と電界誘起歪特性に及ぼす影響を調べ、ドナー元素の添加は粒成長を促進し、アクセプタ元素の添加は抑制する働きがあることを明らかにし、粒径を制御した場合にドナー元素の添加は圧電歪定数を増大させアクセブタ元素の添加は低下させる効果があることを見出した。 また、アクセブタ元素を添加した系では、電界誘起歪に対する分域の回転による歪の寄与が小さく、電圧の繰り返し印加に対する歪の変化が小さくなることを明らかにした。

 第6章「電界誘起歪の温度特性に及ぼす組成および粒径の影響」では、第3章と第4章で得られた結果に基づき、PZT系圧電セラミックスの結晶系および焼成体粒径が、圧電歪定数および電界誘起歪の温度特性に及ぼす影響を摂氏-196度から90度の範囲で検討した。 そして、圧電歪定数と電界誘起歪は、温度の低下とともに減少することが明らかになり、相境界の組成のものはこの温度依存性が大きいことを示した。 この他になされた種々の実験により、正方晶系組成で焼成体粒径が小さい(3m)もの、低温域において最も電界誘起歪の変化の少なく、優れていることを明らかにした。

 第7章「結論」では、論文を総括し、各章の成果を纏めている。また、実際の使用条件下における圧電素子の歪量と耐久性を定量的に予測できるようになることが、今後の課題として残されていることな述べている。

 このように、本論文でなされた研究は、PZT系圧電セラミックス材料の電界誘起歪に及ぼす結晶構造、焼成体粒径、添加物、環境温度の影響を世界で初めて、系統的に明らかにしたものであり、その成果は材料工学、精密機械工学等の工学の進展に寄与するばかりでなく、明確に示された圧電材料の開発の指針は関係する工業界の発展に大きく貢献するものと言える。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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