学位論文要旨



No 212793
著者(漢字) 加納,眞
著者(英字)
著者(カナ) カノウ,マコト
標題(和) 自動車エンジン・カムフォロワー用耐摩耗材料の設計
標題(洋)
報告番号 212793
報告番号 乙12793
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12793号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,好次
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 助教授 加藤,孝久
 東京大学 助教授 武田,展雄
内容要旨

 最近の自動車エンジンの高出力,高性能化のニーズに伴い,エンジン動弁系カムおよびフォロワー間の摺勤条件が厳しくなってきている。さらには,エンジンオイルの交換距離延長やパルプクリアランス調整廃止に代表されるメンテナンスフリー化,音振要求性能の向上に伴うパルプクリアランス増加の抑制,高寿命化といった要求に伴い,カムとフォロワー間の許容摩耗量は著しく小さくなってきており,それに対応したフォロワー材料の耐摩耗性の向上はますます重要になっている。今までのフォロワー用耐摩耗材料の開発においては,エンジニアの経験により従来材を改善することの積み重ねで開発されてきたのが実状であった。そこで本研究においては,実際の自動車エンジン動弁系カムフォロワー用耐摩耗性材料の「スカッフィング」摩耗を解析し,摩耗量と材料特性値との定量的な相関を明らかにして,フォロワー材における材料設計の指針を得ることを目的とする.

 本論文は7章から構成されている。

 第1章は序論であり,カムおよびフォロワーの機構や材料がどのように適用されているか,実際の摩耗現象はどのような形態が観察されるか,フォロワー材料がいかに開発されてきたかを調査した上で,本研究の狙いと意義を明確にする。

 第2章では,実験に用いたフォロワー材の成分と製造方法および耐久方法について説明する。実際の製品として適用もしくは検討された成分系を選び,実際の製法にならって16種類の材料からなるフォロワーを試作した。試作フォロワーを直列4気筒SOHCガソリンエンジンに組込み,その動弁系を電気モータにて駆動することにより摩耗試験を実施した。エンジン回転数を,摩擦トルクが高く「スカッフィング」摩耗を生じ易い低速回転・600rpmに設定した。数種の材料については,高速度での摩耗を見る目的で4000rpmでの耐久も実施し,摩耗量および形態を比較検討した。相手のカムシャフトは,通常生産されている低合金チルド鋳鉄製とした。

 第3章においては,カム,フォロワーの摩耗試験によって「スカッフィング」摩耗がどのような条件下で発生するのかを調べた。その結果を以下にまとめる。

 (1)低速耐久試験においては,金属材フォロワーに「スカッフィング」摩耗が発生したが,超硬合金と窒化珪素材フォロワーには発生しなかった。

 (2)高速耐久試験においては,どのフォロワー材についても,カムおよびフォロワーともに「スカッフィング」摩耗は生じなかった。

 (3)スカッフィングは,吸気側がフォロワーのすべり率の絶対値が無限大となる接線の折り返し部を,排気側がオイルの巻き込み速度が0となる部位を起点として発生しており,最大摩耗深さはそれらの部位と最大リフト部との間に位置していた。いずれの場合も「スカッフィング」摩耗は潤滑条件の苛酷な点を起点としていた。

 第4章では,低速耐久試験後のフォロワーおよびカムの摩耗形態を,摺動表面および断面の走査電子顕微鏡観察によって調べた結果,以下のことが明らかになった。

 (1)細かい硬質炭化物が基地中に分散した組織を有する鉄基焼結材フォロワーでは,表面で生成したクラックが焼緒空孔や粒界に沿って炭化物の周囲の基地内を伝播する,すなわち疲労破壊することにより,摩耗粉やそれが脱落して生ずるピットが形成される。

 (2)棒状もしくはネットワーク状に析出した粗大な炭化物を有する耐摩耗性鋳鉄材,鉄基焼結材フォロワーでは,摺動方向に沿って炭化物を横断して進展したクラックによって摩耗粉が生じ,破壊した炭化物または相手面の炭化物のアブレーシプ作用によって生じたと考えられる深い条痕が形成される。

 (3)カム材に比べてはるかに硬い超硬合金および窒化珪素材フォロワーでは,損傷は浅い溝や焼結バインダー部の欠落といった軽微なものであり,「スカッフィング」摩耗は生じていなかった。

 これらの結果から,カム,フォロワー間に見られる「スカッフィング」摩耗が,従来考えられていた材料相互の融着に起因するものでなく,摩擦入力による機械的破壊であることが明らかになった。

 第5章では,低速試験後における,種々の金属フォロワー材を用いた場合の,カムおよびフォロワーの摩耗量とフォロワー材料特性値との相関関係を定量的に解析し,前章の摩耗形態との関係を調べた結果,以下のことが明らかになった。

 (1)カムの摩耗量は,フォロワー材によって大きく変化せず,フォロワー材料特性値との強い相関性も認められなかった。

 (2)析出面積の重み付けを施した炭化物の平均粒径および形状係数は,フォロワー摩耗量と強い相関性を示し,両者ともに大きいほど摩耗量は増加して行く傾向を示した。

 (3)表面の観察結果から疲労破壊に支配されると考えられたフォロワー材料群においては,2つの材料特性値,マクロ硬さと炭化物の粒径とフォロワー摩耗量に強い相関関係が得られた。こめ結果を図1に示す。

 さらには有意水準が低いものの,抗折強度と炭化物の面積,形状係数および硬さを加えた6つの材料特性値とフォロワー摩耗量との間に非常に強い相関関係が得られた。

 この結果から,従来からカム材とフォロワー材との融着性で決定されると言われてきた「スカッフィング」摩耗が,疲労破壊に支配されること,そしてそれらに密接した材料特性値でフォロワー摩耗量を定量予測できることが明らかとなった。

 (4)アプレーシブ作用に主に支配されると考えられたフォロワー材料群においては,炭化物硬さと基地硬さの材料特性値とフォロワー摩耗量との間に相関関係が見いだされた。

図1 疲労破壊フォロワー材料群におけるマクロ硬さ(MACH)と炭化物粒径(DD)とフォロワー摩耗量の関係

 第6章では,新型エンジンのフォロワー用耐摩耗材料として,第5章までの解析結果に基づき,従来実用化されていた高クロム鋳鉄材料を改良した。

 (1)粗大な棒状炭化物が軟らかい基地中に多量に存在する,従来の高クロム鋳鉄材の組織に対して,改良材ではタングステンとモリブデン元素の添加および熱処理により,硬いマルテンサイト基地中に細かく塊状の炭化物が分散析出した組織が得られた。

 (2)この改良材の材料特性値を,疲労破壊に支配されるフォロワー材料群におけるフォロワー摩耗量と材料特性値との定量式に代入して計算された予測摩耗量は,従来の高クロム鋳鉄材のフォロワー摩耗量実測値よりも低い値となった。

 (3)従来の高クロム鋳鉄材と改良材からなるフォロワーを用いて,低速試験により耐摩耗性を評価した結果,改良材の実際の摩耗量は,予測通り従来材よりも低くなった。この結果を図2に示す。

 (4)低速試験後の改良材フォロワーの摩耗形態は,疲労破壊が支配的な焼結材フォロワー摺動表面に見られた,クラック伝播による摩耗粉の形成および脱落後のピット形成に類似していた。

 (5)改良材標準組成に対して,炭化物の析出状態を変える合金元素の含有量の増減は,耐摩耗性に大きな形響を与えることが明らかとなった。

 以上の結果から,第5章までに得られたフォロワー摩耗量と材料特性値に関する定量解析結果は,この種の耐摩耗材料の開発において実用上充分活用できることが検証された。

図2 改良材高クロム鋳鉄フォロワーと従来材高クロム鋳鉄フォロワーとの耐摩耗性の比較

 第7章は結論である。

 本研究の結果として,以下の結論が得られた。

 (1)実際のエンジンを用いたカム,フォロワーの摩耗試験を通じて,「スカッフィング」摩耗がどのような条件下で発生するのかを調査した。その結果,「スカッフィング」摩耗はエンジン回転数600rpmの低速試験において,金属材フォロワーには発生するが,超硬合金と窒化珪素材フォロワーには発生しないこと,さらには4000rpmの高速試験においては,どのフォロワー材についても,「スカッフィング」摩耗は生じないことが分かった。

 (2)低速試験後のフォロワーの摩耗形態を摺動表面および断面の走査電子顕微鏡観察にて調べた結果,細かい硬質炭化物が基地中に分散した組織を有する鉄基焼結材フォロワーは,特徴的な「スカッフィング」摩耗を生じ,それが表面からのクラックの生成および伝播を主とする疲労破壊によること,棒状もしくはネットワーク状に析出した粗大炭化物を多量に有する鋳鉄材と鉄基焼結材では,表面突起や摩耗粉によるアプレーシブ作用によること,硬い超硬およびセラミックス材フォロワーでは,浅い溝,焼結バインダー部の欠落や凹みといった軽微な損傷であることが分かった。

 (3)低速試験後における,カムおよびフォロワーの摩耗量とフォロワー材料特性値との相関関係を定量的に解析し,摩耗形態との関係を調べた結果,以下のことが明らかになった。カムの摩耗量は,フォロワー材によってあまり大きく変化せず,今回求めたフォロワー材料特性値との相関性も認められなかった。これに対しフォロワーの摩耗量は,疲労破壊に支配されると考えられたフォロワー材料群においては,フォロワー摩耗量と2つの材料特性値,マクロ硬さと炭化物の粒径との間に強い相関関係が得られた。アプレーシブ作用に支配されると考えられたフォロワー材料群においては,フォロワー摩耗量と炭化物硬さとの間に相関関係が見いだされた。

 (4)本研究の解析結果に基づいた高クロム鋳鉄の耐「スカッフィング」摩耗性の改善を試み,硬いマルテンサイト基地中に細かい塊状の炭化物が分散析出した組織を有する改良材を試作した。それを用いて実際のフォロワーを作製して低速試験により評価した結果,予測通り優れた耐摩耗性を示した。この研究で得られた定量解析結果は,この種の耐摩耗材料の開発において実用上充分活用できることが検証された。

審査要旨

 工学修士 加納 眞 提出の論文は,「自動車エンジン・カムフォロワー用耐摩耗材料の設計」と題し,7章からなっている.

 自動車エンジンの吸・排気弁を開閉するためにカム機構が用いられているが、そのカムとフォロワーの接触面は、数百MPaに達する高い接触圧力のもとで、往復の摺動ところがりの混在する接触形態をとるため、トライボロジカルな損傷の防止が難しい摩擦面の一つといわれて来た。最近ではフォロワー摩擦面へのセラミック材料の採用、針状ころを用いたローラー・フォロワーへの置き換えなども試みられているが、経済性・部品点数などの問題から、いまなお伝統的な金属材料への期待は大きい。本研究は、ガソリン・エンジンのカムとフォロワーの接触面に生ずるもっとも厄介な損傷であるスカッフィング摩耗をとりあげ、その摩耗量と材料特性値との定量的な相関を解析して、フォロワーの材料設計の指針を得ることを目的としている。

 第1章は「序論」で、まず現在のガソリン・エンジンにおけるカム、フォロワーの設計、材料と実際の摩耗形態を調査して問題点を明らかし、関連する研究を概観したのち、本研究の目的と本論文の構成について述べている。

 第2章「摩耗の実験」では、実験の詳細を説明している。実験は実際のエンジンを用いて、カムの材料を一般的な低合金チルド鋳鉄に固定し、16種類の供試材料をフォロワーに用いて、外部モーターで駆動した耐久運転における摩耗を測定した。供試材料はいずれも実用化された、あるいは実用化が検討されたもので、10種の鉄基焼結材料、3種の鋳鉄のほか、比較のために超硬合金、セラミック、窒化鋼を含めている。

 第3章「摩擦条件と摩耗」においては、運転条件が摩耗に及ぼす影響と、摩耗の発生状態を調べている。その結果として、スカッフィング摩耗はもっぱら低速運転において生ずること、フォロワー上における摺動の折返し点を起点とし、カムのリフトが最大となる点との間で摩耗痕の深さが最大となることなどを示し、以下に用いる実験条件、測定法の妥当性を検証している。

 第4章は「摩耗形態の解析」で、各材料のフォロワーに生ずる摩耗の形態を調べ、まず超硬合金、セラミックを別にすると、あとの14種類の供試材料の摩耗は2種に大別され、粗大な硬質炭化物をもつ焼結材料・鋳鉄および窒化鋼では深い溝を生ずるアブレーシブ摩耗が支配的であること、細かい硬質炭化物の析出した大部分の焼結材料ではスカッフィング摩耗が支配的であることを示した。さらに摩耗部断面の詳細な観察によって、スカッフィングと呼ばれているフォロワーの損傷が、これらの材料の場合には一種の焼付きを意味するその本来の定義とは異なり、表面で生成したクラックの炭化物周囲の伝播による硬質摩耗粉の発生と、それによる二次的なアブレーシブ摩耗によるものであるという、新しい解釈を提示している。

 このようなメカニズムによるスカッフィング摩耗を示した9種類の材料に対し、第5章「摩耗量とフォロワー材料特性値との関係」において定量的な関係を解析している。すなわち、材料の抗折強度、マクロ硬さ、基地の硬さ、炭化物の硬さ、炭化物の析出面積率、炭化粒の粒径、炭化物の形状係数の7つの特性値を変数に選んで多変量解析を行ない、その結果スカッフィング摩耗量に対し、マクロ硬さと炭化物の粒径が強い相関をもち、硬さが低いほど、粒径が大きいほど摩耗量が増えること、有意水準は若干低くなるが、抗折強度、炭化物の硬さ、炭化物の析出面積率、炭化物の形状係数も相関をもつことを明らかにし、これら6つの材料特性値を用いた回帰式を導くとともに、上記のメカニズムによってこのような定量的関係の物理的な意味付けが可能であることを示している。

 第6章「実際の量産フォロワー材料開発への応用」では、第5章の結果にもとづいて、焼結材料と同様に細かな硬質炭化物を析出させた高クロム鋳鉄材料を開発し、エンジンにおける耐摩耗性の評価を行なって、本研究の実際的な有用性を検証している。

 第7章は「結論」である。

 以上を要するに本論文は、ガソリン・エンジンのカム・フォロワー接触面の主要な損傷であるスカッフィング摩耗を取上げ、実際的な条件における実験を通じてそのメカニズムを解明するとともに、各種材料の耐摩耗性と材料特性値との定量的な関係を明らかにし、耐摩耗材料設計に有用な指針を与えることに成功しており、工学上寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50991