液滴の振動の現象は、航空宇宙工学をはじめとする理工学の多くの分野で重要な応用的意味を持ち、流体と波の干渉という基本的な問題でありながら、完全な理解がなされているとは言い難い。従来、この問題に対しての理論解析はいくらか試みられているものの、実験を行う際には、液滴の形状変化に対する重力の影響を分離することに非常な困難を伴うため、十分な成果が得られていないというのが実状である。このような実験を正確に行うためには、低重力環境を利用するのが望ましく、近年その環境での実験は種々行われているものの、満足すべき知見は得られていない。 このような現状に鑑み、著者は水銀液滴を希硫酸に浸し、見かけの表面張力を電気的に変化させて加振するという新しい方法を考案して、浮遊した液滴を任意の振動数と強さで振動させることを可能とした。これを用いて得られた液滴の振動現象について詳細な検討を加えている。 第1章は序論で、液滴の振動現象を把握する際の従来の問題点と、研究の状況を概観し、それらに対して著者の提案する方法の比較を行うことにより、本論文の目的と意義を明確にしている。 第2章では、液滴に関して行った実験の結果を示している。最初に実験装置および落下塔の概要を述べるとともに、実験の方法についてその詳細を述べている。三次元振動と比較するために、先ず、通常重力下において、擬二次元の水銀液滴振動を、振動数を変えつつ高速度撮影によって可視化し、2次から11次までの振動モードを得て、振動数、振幅および振動モードを関係づけた。また、振動数の増加および減少に伴う振動の履歴現象および分岐現象も明らかにされた。次に、著者は小型落下塔を用いて短時間の10-3g程度の低重力環境を作り、三次元大振幅の水銀液滴振動を実現し、通常のビデオ撮影による可視化によって、種々の振動パターンに対して、振動数、振動モードおよび振動パターンの関係を得た。この結果から、液滴の振動は波の非線形干渉によって起こり、液滴が大きいエネルギーで共振したとき軸対称の振動が起こり、より小さなエネルギーで共振したときには多面体の形成が行われることを示している。これら一連の実験結果は従来の方法では得ることができなかったものであり、著者の独自の知見であることは特筆に値する。 第3章では、解析によって液滴振動の現象を明らかにすることを試みている。すなわち、液滴振動をラグランジュ方程式から導いた運動方程式で記述し、液滴の変形は球面関数で表されるとして、摂動法を用いて解いている。この解析により、ラグランジュ関数を最小にするという条件下での各振動モードにおける液滴形状が得られている。 第4章では、前章までの結果に基づいて、実験と解析による液滴の形状変化を比較するとともに、解析によって得られた振動数と振幅の関係を実験結果と比較している。振動次数が2と3の場合、変形度が0.5までは両者の結果の一致は良好で、比較的大きな振幅の液滴振動まで本解析が有効であることが示され、かつ、その範囲で解析による実験結果の検証がなされたとしている。 第5章は結論で、上記各章における考察の総括を行っている。 以上要するに、本論文は三次元大振幅液滴振動を低重力環境において実現し、振動数、振動モードおよび振動パターンの関係を得て、振動の方程式を摂動法で解析した結果で検証することにより、液滴の振動は波の非線形干渉に大きく依存していることを明かにしたものであり、その成果は無重力環境における流体力学に新しい知見をもたらし、航空宇宙工学に貢献するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |