学位論文要旨



No 212795
著者(漢字) 東,久雄
著者(英字)
著者(カナ) アズマ,ヒサオ
標題(和) 三次元大振幅液滴振動の研究 実験と解析
標題(洋) Study of Three-Dimensional Large Amplitude Drop Oscillation Experiment and Analysis
報告番号 212795
報告番号 乙12795
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12795号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 栗木,恭一
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 教授 雛田,元紀
 東京大学 教授 森下,悦生
内容要旨

 液滴の振動の問題は、十九世紀以来多数の科学者の関心を惹いてきた。何故なら身近に起こる現象でありながら、流体および波の干渉という基本的で重要な問題を含んでおり、しかも完全な理解が困難であるからである。幾つかの理論解析がなされているが、実験は極めて難しく殆ど手が着けられていなかった。然るに近年微小重力研究の発展に伴い幾つかの実験が行われているが、満足すべきものは見あたらない。そこで筆者は、水銀液滴を希硫酸に浸し、見かけの表面張力を電気的に変化させて加振するという新しい方法を考案して、浮遊した液滴を任意の振動数および強さで振動させることを可能にし、実験を行った。

 まず1g下でつぶれた擬二次元の水銀液滴振動を振動数を変えつつ高速度ビデオで観測し、2次から11次までの振動モードを得た。その際、振動数と振幅、振動モードの関係を求めた。また、振動数を増加および減少させることにより、振動の履歴現象、分岐現象を明らかにした。

 次に小型落下塔を用いて短時間の低重力環境をつくり、その中で実験を行い、今まで得られたことのない、三次元大振幅の液滴振動を世界で初めて実現させた。振動数を変えることにより、種類の振動パターンを求め、振動数と振動モード、振動パターンの関係を求めた。多葉状の振動は主共鳴振動数で起こることを示した。一方、双対の関係にある多面体を実現し、四面体-四面体は主共鳴振動数の三分の一、六面体-八面体は二分の一であることを明らかにして、それらが波の非線形の干渉から起こることを示した。即ち、液滴が大きいエネルギーで共振した時、多葉状の振動が起こり、より小さなエネルギーで多面体の形成が行われる。また、幾つかの注目に値する、非線形の波の干渉によると考えられる形状の振動パターンを得た。

 これらの実験結果を解析的に明らかにするため、液滴振動のラグランジアンを求め、ラグランジュ方程式から液滴振動の運動方程式を得た。方程式を簡単にするため、非回転および非粘性の流れを仮定したが、散逸項を付け加え減衰の考慮を可能とした。液滴の変形は球面関数で表されるとして、上記方程式を摂動法により解いた。その際、実験が強制振動であることを考慮して、強制力に対応した一つの振動モード次数の波が支配的であると仮定する。実際これは正しい仮定である。変形が適当に大きいとして、有限振幅による振動数の減少の関係をまず求めた。振動数の減少は振幅の平方に比例するが、その係数は振動モード次数nで一般的に表された新しいものである。方程式を直接解くことはせず、永年項が現れないという条件から求めた。その際波の非線形の干渉が極めて重要となる。特に変形の大きさを表している球面関数の4重積分の評価が重要となる。この有限振幅による振動数の減少を基に、振動によるエネルギーの減衰、振動強制力の大きさ等を考慮して、実験に対応した液滴振動の方程式(非線形マティウ方程式)を求め、近似的に解くことにより、振動数と振幅の関係を求めた。この解析結果と実験結果から得られた振動数と振幅の関係(n=2および3)の比較により、解析は変形度が0.5までは実験と一致し、解析が正しいことを示すと共に、変形が0.5以上は別のアプローチが必要であることを示唆した。この際、上記ラグランジアン内の4重積分の値が最小となる干渉モードが最も実験値に近い値を示したことから、実際の干渉モードが最小原理に従っていることを確認した。

 このように、実験および解析により、三次元大振幅液滴振動の新しい振動モードを実現し、重要な幾つかの問題点、特に振動液滴の非線形波の干渉構造を明らかにした。

審査要旨

 液滴の振動の現象は、航空宇宙工学をはじめとする理工学の多くの分野で重要な応用的意味を持ち、流体と波の干渉という基本的な問題でありながら、完全な理解がなされているとは言い難い。従来、この問題に対しての理論解析はいくらか試みられているものの、実験を行う際には、液滴の形状変化に対する重力の影響を分離することに非常な困難を伴うため、十分な成果が得られていないというのが実状である。このような実験を正確に行うためには、低重力環境を利用するのが望ましく、近年その環境での実験は種々行われているものの、満足すべき知見は得られていない。

 このような現状に鑑み、著者は水銀液滴を希硫酸に浸し、見かけの表面張力を電気的に変化させて加振するという新しい方法を考案して、浮遊した液滴を任意の振動数と強さで振動させることを可能とした。これを用いて得られた液滴の振動現象について詳細な検討を加えている。

 第1章は序論で、液滴の振動現象を把握する際の従来の問題点と、研究の状況を概観し、それらに対して著者の提案する方法の比較を行うことにより、本論文の目的と意義を明確にしている。

 第2章では、液滴に関して行った実験の結果を示している。最初に実験装置および落下塔の概要を述べるとともに、実験の方法についてその詳細を述べている。三次元振動と比較するために、先ず、通常重力下において、擬二次元の水銀液滴振動を、振動数を変えつつ高速度撮影によって可視化し、2次から11次までの振動モードを得て、振動数、振幅および振動モードを関係づけた。また、振動数の増加および減少に伴う振動の履歴現象および分岐現象も明らかにされた。次に、著者は小型落下塔を用いて短時間の10-3g程度の低重力環境を作り、三次元大振幅の水銀液滴振動を実現し、通常のビデオ撮影による可視化によって、種々の振動パターンに対して、振動数、振動モードおよび振動パターンの関係を得た。この結果から、液滴の振動は波の非線形干渉によって起こり、液滴が大きいエネルギーで共振したとき軸対称の振動が起こり、より小さなエネルギーで共振したときには多面体の形成が行われることを示している。これら一連の実験結果は従来の方法では得ることができなかったものであり、著者の独自の知見であることは特筆に値する。

 第3章では、解析によって液滴振動の現象を明らかにすることを試みている。すなわち、液滴振動をラグランジュ方程式から導いた運動方程式で記述し、液滴の変形は球面関数で表されるとして、摂動法を用いて解いている。この解析により、ラグランジュ関数を最小にするという条件下での各振動モードにおける液滴形状が得られている。

 第4章では、前章までの結果に基づいて、実験と解析による液滴の形状変化を比較するとともに、解析によって得られた振動数と振幅の関係を実験結果と比較している。振動次数が2と3の場合、変形度が0.5までは両者の結果の一致は良好で、比較的大きな振幅の液滴振動まで本解析が有効であることが示され、かつ、その範囲で解析による実験結果の検証がなされたとしている。

 第5章は結論で、上記各章における考察の総括を行っている。

 以上要するに、本論文は三次元大振幅液滴振動を低重力環境において実現し、振動数、振動モードおよび振動パターンの関係を得て、振動の方程式を摂動法で解析した結果で検証することにより、液滴の振動は波の非線形干渉に大きく依存していることを明かにしたものであり、その成果は無重力環境における流体力学に新しい知見をもたらし、航空宇宙工学に貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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