工学修士上羽正純提出の論文は、「高精度アンテナ指向方向制御系設計法の研究」と題し、10章から成っている。 近年、衛星に大型で柔軟なアンテナ反射鏡を搭載し、その指向方向を高精度で制御する必要性のあるミッションが増えつつある。これを実現するためには、柔軟な大型アンテナ反射鏡を有する衛星において、地上からのビーコン波を追尾すべくアンテナ反射鏡を駆動する制御系設計の技術が必要である。この技術は柔軟構造物の制御系設計問題として1970年代より盛んに研究がなされている。しかしながら、アンテナ反射鏡のように柔軟構造物が衛星本体に多点で接続する場合の系全体のダイナミクス定式化手法、柔軟構造物の不確定性に対する制御系のロバスト性の確保の指標といった実用面では不明な点が多かった。 本研究では、まず最初に、従来不明であった柔軟構造物が衛星本体に多点で接続する場合の系全体のダイナミクス定式化手法を提案している。問題となるのは運動方程式に現われるカップリング係数である。その導出方法を、接続点の幾何学条件を考慮できる未定乗数法による拘束条件付きラグランジェ運動方程式として解くことにより明らかにしている。この後、数値計算、技術試験衛星VI型(ETS-VI)を用いた軌道上実験により、その妥当性を確認したことを述べている。 次に制御系設計法に関しては、厳密には多入力多出力系である駆動アンテナ反射鏡を有するアンテナ指向方向制御対象を、2つの独立な制御対象と見做せるかどうかを判定する指標について言及している。この指標に基づき、古典制御理論からH∞制御理論までの最新の制御理論の適用法を整理している。また、要求制御性能に応じた制御対象のモデリングの度合いを、H∞混合感度問題を適用することにより明らかにしている。即ち、混合感度問題における相補感度関数に対する重み関数を上限とする範囲内に柔軟構造物の不確定性を抑えることにより、所望の制御性能が達成できることを述べている。この時、重み関数の次数を2次以上とした場合、柔軟構造物の振動モードの次数及び減衰係数のみに着目することにより、モデリングの度合いの見通しが得られることを述べている。 第1章では、本研究の背景となる衛星ミッションにおけるアンテナ指向方向制御系及びそれを実現するための現状技術を概観し、本論文の目的、構成を述べている。 第2章では、高いアンテナ指向方向精度の必要性及びアンテナ指向方向精度とアンテナ開口径、使用周波数帯との関係を述べている。 第3章では、スピン安定方式、三軸安定方式による従来の衛星姿勢制御のみによるアンテナ指向方向制御系、及びそれにより達成できるアンテナ指向方向精度の限界を述べている。 第4章では、アンテナ指向方向を高精度で制御するためのアンテナ反射鏡駆動によるアンテナ指向方向制御系について、反射鏡駆動方式を含めた構成方法、および制御系設計法が述べられている。特に1入力1出力系と見做せる限界の判定方法と古典制御理論を適用した設計法、多入力多出力系に対するH∞制御理論に基づくロパスト制御系設計法が示されている。 第5章では、従来より不明であった、多点で接続された柔軟構造物としてのアンテナ反射鏡を有する衛星ダイナミクスの定式化方法が提案され、その妥当性が解析的、実験的に検証されている。特にNASTRAN構造数学モデルによる固有振動解析データとの関係が明らかにされ、そのデータの柔軟構造物を有する衛星ダイナミクスへの汎用的な取り込み方法が提案されている。 第6章では、第4章で示した制御系設計法の柔軟構造物への適用法が述べられている。特に、柔軟構造物の高次振動モード打ち切りによって生じるモデル化されない部分を制御対象の不確定性として取り扱い、要求制御性能を達成するためのその不確定性の上限について述べている。 第7章では、第6章までの提案手法をETS-VIアンテナ指向方向制御系設計に適用した結果が述べられている。衛星姿勢制御系とアンテナ駆動制御系という2つの独立な1入力1出力系として設計を施し、古典制御理論あるいはH∞制御理論によるロパスト制御系設計を適用して所望の性能及びロパスト性が達成されたことが述べられている。 第8章では、第7章と同様に、第6章までの提案手法を将来の10m級大型展開アンテナを有する衛星のアンテナ指向方向制御系設計に適用し、所望の性能及びロパスト性が達成されたことが述べられている。ここでは特に多入力多出力系としての系にH∞制御理論によるロパスト制御系設計法を適用している。 第9章では1994年に打ち上げられた技術試験衛星VI型(ETS-VI)の軌道上実験データを用いてカップリング係数を求め、第5章で示したカップリング係数に基づいた当該衛星ダイナミクス定式化手法の妥当性が述べられている。 第10章は結論であり、本研究により得られた新たな知見を要約している。 以上要するに、本論文は柔軟なアンテナを有する人工衛星の制御系設計において有用な、制御対象の定式化手法及び制御理論の適用方法に関して重要な問題を解決したものであり、航空宇宙工学および制御学上貢献するところが大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |