学位論文要旨



No 212796
著者(漢字) 上羽,正純
著者(英字)
著者(カナ) ウエバ,マサズミ
標題(和) 高精度アンテナ指向方向制御系設計法の研究
標題(洋)
報告番号 212796
報告番号 乙12796
学位授与日 1996.03.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12796号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田辺,徹
 東京大学 教授 松尾,弘毅
 東京大学 助教授 鈴木,真二
 東京大学 助教授 堀,浩一
 東京大学 助教授 中須賀,真一
内容要旨

 近年衛星通信の通信容量の増大等の理由により衛星通信搭載アンテナには高いアンテナ指向方向精度が求められるようになってきている。一方、ロケットの大型化及び衛星重量の増大によりアンテナ指向方向制御系の制御対象である搭載アンテナについても大型化及び柔軟化が進む傾向にあり、同じ要求アンテナ指向方向精度であっても従来にも増して柔軟な制御対象での実現が求められている。さらにアンテナ指向方向精度の高精度化を実現するため、従来の単なる衛星本体のみの制御から衛星上に駆動機構を搭載し地上からのビーコン波を基準として追尾駆動するアンテナ指向方向制御系構成が考案されるようになり、柔軟構造物としての対応に加え、多入力多出力系としての制御系設計も要求されるようになってきた。

 本研究は大型のアンテナ主反射鏡等の柔軟構造物を有する衛星搭載通信機器において要求されるようになってきた高いアンテナ指向方向精度を実現するためのアンテナ指向方向制御系を設計する手法を提案するものである。制御系設計手法としては現在実用化されているアンテナ指向方向制御を含んで総合的にアンテナ指向方向制御系を構成する方法、制御対象が柔軟構造物を有する場合の衛星全体のダイナミクスの定式化手法、さらに要求制御性能に応じた制御対象のモデリングの度合いを、適切な制御理論の適用の観点から明らかにした。

 従来柔軟構造物を有する衛星のダイナミクスの定式化手法については開発の容易性より衛星本体に付属する柔軟構造物単体を片持ちモード法で行なった構造解析データを用いる手法が主流であり、Likins、Hughesらによる手法が代表的である。しかしながら、これらの手法は図1に示すように太陽電池パドルといった衛星本体の1点で接続する場合においてのみ取り扱われ、図2に示すように大型のアンテナ主反射鏡を始めとする柔軟構造物が衛星本体と多点で接続する場合についてはその適用方法は不明であった。特に運動方程式(1)に現われる柔軟構造物振動と衛星の姿勢運動とのカップリング係数の導出方法が問題であった。

 

図表図1 太陽電池パドルと衛星本体との結合 / 図2 アンテナ主反射鏡と衛星本体との結合

 そのため本研究においては柔軟構造物が衛星本体と多点で接続するといった接続条件を境界条件として解析した固有振動データからのカップリング係数の導出方法を明らかにした。この結果、カップリング係数は柔軟構造物の柔軟振動による反力/反モーメントに比例する物理量であり、その導出方法は柔軟構造物と剛体との接続点数によらないことを理論的に明らかに同時に、その妥当性を数値計算及び実験により確認した。数値計算による確認は図3に示すような接続点を一本の梁ABで繋ぎ、その中点OAを剛体である衛星本体に接続したモデルにおいて、梁ABの曲げ剛性、捩じり剛性を増加させた場合のカップリング係数と図2のモデルから直接計算したカップリング係数∞を比較した。梁ABの剛性を増加させることにより直接2点で接続した場合と等価になることが推測される。

 図4に示すように剛性を上げることにより数値計算において両カップリング係数が一致していくことによりカップリング係数の導出手法の妥当性が確認された。また、本定式化の妥当性については技術試験衛星VI型(ETS-VI)を用いた軌道上柔軟振動実験によってもその妥当性を確認した。ETS-VI搭載の大型柔軟アンテナに高感度加速度計を取付け、インパルス加振によって励起されたアンテナの柔軟振動加速度を計測した。図5に示すようにこの加速度より得られる伝達関数と解析値の伝達関数とがよく一致し、表1に示すようにカップリング係数については構造解析精度10%、反共振周波数の20%の相異による柔軟性の増大の影響の範囲内で十分一致している。

図表図3 2点接続置換モデル 図4 置換モデルと2点接続モデルのカップリング係数の比較図表図5 軌道上実験取得加速度による同定伝達関数 表1 軌道上実験による20GHz帯用アンテナ反射鏡柔軟構造データ これにより任意の接続形態の柔軟構造物に対してもNASTRAN等の構造解析プログラムから得られる固有振動データからカップリング係数を求め、定式化された方程式に容易に組み入れることが可能である。

 現在衛星姿勢制御系以外にアンテナ指向方向制御系を有する衛星としてはOlympus、TDF/TV-SAT、ACTSがあるが、そのアンテナ指向方向制御系設計手法としてはアンテナ反射鏡の駆動による影響を衛星に対する単なる外乱としてのみとらえ制御系の安定性を考慮していない、あるいは高精度な電波センサ使用しているが衛星姿勢制御系で制御するため衛星軌道制御時の外乱に弱い等の欠点を有し、衛星姿勢制御系以外に新たなセンサ及びアクチュエータを組み入れる場合の制御系構成及び制御系設計法が統一的に整理されていない。

 従って本研究においては安定性、制御精度を考慮した古典制御理論からH∞制御理論までの各種制御理論の制御対象に応じた適用の可否を2つの指標を用いて整理した。特に静止衛星において予想される外乱トルクに対して要求される制御性能を達成するに十分な制御対象のモデリングの度合いの指標をH∞制御理論を用いて明らかにした。

 第一番目の指標は干渉指数と称され、図6のような2入力2出力の制御対象を2つの独立な1入力1出力系と見做して古典制御理論が適用できるかどうかを判断するもので、適用不可能の場合は多入力多出力系を扱える制御理論の適用が不可欠となる。本研究で対象としたアンテナ主反射鏡駆動あるいはアンテナ副反射鏡駆動のアンテナ指向方向制御系の場合には図7に示すように衛星全体の慣性能率との比をパラメータとして整理することができ、柔軟構造物は干渉指数の増大として影響することを解析的に明らかにした。

図表図6 干渉指数による2変数系の干渉度 図7 アンテナ反射鏡駆動方式と干渉指数

 本手法は技術試験衛星VI型(ETS-VI)の衛星通信機器で求められる0.015度という高精度なアンテナ指向方向精度を達成するアンテナ指向方向制御系の設計へ適用し、シミュレーション及び部分的な地上試験によりその妥当性を確認した。

 第二番目の指標としては相補感度関数に対する重み関数W2のH∞ノルムに着目し、それを上限とする範囲内に制御対象の不確定性があればよいことを明らかにした。本相補感度関数は要求制御性能から混合感度問題を解くことにより一意的に決定される。このことは要求制御性能を満たすために許される制御対象の不確定性が自動的に決まり、この規定された不確定性内に収まる程度に制御対象が正確にモデリングされなくてはならないことを意味する。本研究においては柔軟振動の特徴に着目し、モデリングの不確定性としての代表的な打ち切られた柔軟振動モードを包括できる重み関数W2としてラプラス変数Sの2乗を分子に有する(2)式のような関数を選択した。

 

 これを確認するために開口径10mという大型でかつ柔軟なアンテナ及び柔軟な伸展マストを有するアンテナ系に対して0.04度という精度を実現するアンテナ指向方向制御系の設計へ適用した。その結果、図8に示すように重み関数W2において0というパラメータを変化させて乗法的不確定性を過小評価した場合(0=1.0Hz、2.0Hz)、制御性能が劣化することをシミュレーションにより確認し、設計の妥当性を確認した。

図表図8 H∞制御理論によるモデルの不確定性を有するアンテナ指向方向制御系設計
審査要旨

 工学修士上羽正純提出の論文は、「高精度アンテナ指向方向制御系設計法の研究」と題し、10章から成っている。

 近年、衛星に大型で柔軟なアンテナ反射鏡を搭載し、その指向方向を高精度で制御する必要性のあるミッションが増えつつある。これを実現するためには、柔軟な大型アンテナ反射鏡を有する衛星において、地上からのビーコン波を追尾すべくアンテナ反射鏡を駆動する制御系設計の技術が必要である。この技術は柔軟構造物の制御系設計問題として1970年代より盛んに研究がなされている。しかしながら、アンテナ反射鏡のように柔軟構造物が衛星本体に多点で接続する場合の系全体のダイナミクス定式化手法、柔軟構造物の不確定性に対する制御系のロバスト性の確保の指標といった実用面では不明な点が多かった。

 本研究では、まず最初に、従来不明であった柔軟構造物が衛星本体に多点で接続する場合の系全体のダイナミクス定式化手法を提案している。問題となるのは運動方程式に現われるカップリング係数である。その導出方法を、接続点の幾何学条件を考慮できる未定乗数法による拘束条件付きラグランジェ運動方程式として解くことにより明らかにしている。この後、数値計算、技術試験衛星VI型(ETS-VI)を用いた軌道上実験により、その妥当性を確認したことを述べている。

 次に制御系設計法に関しては、厳密には多入力多出力系である駆動アンテナ反射鏡を有するアンテナ指向方向制御対象を、2つの独立な制御対象と見做せるかどうかを判定する指標について言及している。この指標に基づき、古典制御理論からH∞制御理論までの最新の制御理論の適用法を整理している。また、要求制御性能に応じた制御対象のモデリングの度合いを、H∞混合感度問題を適用することにより明らかにしている。即ち、混合感度問題における相補感度関数に対する重み関数を上限とする範囲内に柔軟構造物の不確定性を抑えることにより、所望の制御性能が達成できることを述べている。この時、重み関数の次数を2次以上とした場合、柔軟構造物の振動モードの次数及び減衰係数のみに着目することにより、モデリングの度合いの見通しが得られることを述べている。

 第1章では、本研究の背景となる衛星ミッションにおけるアンテナ指向方向制御系及びそれを実現するための現状技術を概観し、本論文の目的、構成を述べている。

 第2章では、高いアンテナ指向方向精度の必要性及びアンテナ指向方向精度とアンテナ開口径、使用周波数帯との関係を述べている。

 第3章では、スピン安定方式、三軸安定方式による従来の衛星姿勢制御のみによるアンテナ指向方向制御系、及びそれにより達成できるアンテナ指向方向精度の限界を述べている。

 第4章では、アンテナ指向方向を高精度で制御するためのアンテナ反射鏡駆動によるアンテナ指向方向制御系について、反射鏡駆動方式を含めた構成方法、および制御系設計法が述べられている。特に1入力1出力系と見做せる限界の判定方法と古典制御理論を適用した設計法、多入力多出力系に対するH∞制御理論に基づくロパスト制御系設計法が示されている。

 第5章では、従来より不明であった、多点で接続された柔軟構造物としてのアンテナ反射鏡を有する衛星ダイナミクスの定式化方法が提案され、その妥当性が解析的、実験的に検証されている。特にNASTRAN構造数学モデルによる固有振動解析データとの関係が明らかにされ、そのデータの柔軟構造物を有する衛星ダイナミクスへの汎用的な取り込み方法が提案されている。

 第6章では、第4章で示した制御系設計法の柔軟構造物への適用法が述べられている。特に、柔軟構造物の高次振動モード打ち切りによって生じるモデル化されない部分を制御対象の不確定性として取り扱い、要求制御性能を達成するためのその不確定性の上限について述べている。

 第7章では、第6章までの提案手法をETS-VIアンテナ指向方向制御系設計に適用した結果が述べられている。衛星姿勢制御系とアンテナ駆動制御系という2つの独立な1入力1出力系として設計を施し、古典制御理論あるいはH∞制御理論によるロパスト制御系設計を適用して所望の性能及びロパスト性が達成されたことが述べられている。

 第8章では、第7章と同様に、第6章までの提案手法を将来の10m級大型展開アンテナを有する衛星のアンテナ指向方向制御系設計に適用し、所望の性能及びロパスト性が達成されたことが述べられている。ここでは特に多入力多出力系としての系にH∞制御理論によるロパスト制御系設計法を適用している。

 第9章では1994年に打ち上げられた技術試験衛星VI型(ETS-VI)の軌道上実験データを用いてカップリング係数を求め、第5章で示したカップリング係数に基づいた当該衛星ダイナミクス定式化手法の妥当性が述べられている。

 第10章は結論であり、本研究により得られた新たな知見を要約している。

 以上要するに、本論文は柔軟なアンテナを有する人工衛星の制御系設計において有用な、制御対象の定式化手法及び制御理論の適用方法に関して重要な問題を解決したものであり、航空宇宙工学および制御学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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